【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/84話】


「……ちゃんと、容赦しないって勧告はしましたよ」


 そう男に言いながら、緊張した面持ちで次の矢を取り出すアリアンヌ。


……ということは、わたくしが回避を取っている間にアリアンヌがほんとに射った、って事……よね。


 男は、肩からアリアンヌの矢を無造作に引き抜く。止血も無しでそんな事をしちゃったら……。


 男のローブは当然、傷口からあふれた血液でじわじわと赤く染まっていくが、特に痛がる様子も見せず、なるほどと呟き……戦乙女、とはっきり口にした。


「輝く軌跡……紛うこと無き証。だが精霊もなく、まだ覚醒(めざめ)が促されていない状態か……」

「……?」


 このおじさん何言ってんの? みたいな困惑した表情を浮かべるアリアンヌ。


 そりゃそうよね、まだ自分が【戦乙女】の再臨という自覚なんかあるわけないし……って、ちょっと待ちなさいよ。

 この白いローブの奴、なんでアリアンヌが【戦乙女】だって分かったの……?

 レトやセレスくんのような、不思議な力を持っているということ?


 そして……男は引き抜いた矢を足下に放り投げ、警戒の姿勢を崩さないわたくしをじろりと見て……口角を上げた。


「では、おまえこそが……」


 男が何を言おうとしたのかは分か――……りたくない。

 むしろ、その先を言われてなるものか! と、ジェムを投げつけようとした矢先、男の背後で黒い何かが翻る。


 わたくしの目でその黒いものが何かを認識する前に、足下にいた魔狼……と思しきイヌが、いつの間にか立ち上がっていて、一斉に黒いものに飛びかかった。


「チッ……!」


 悪態をついたのは男のほうではなく、黒い何か……のように駆け込んできたジャンのほうだった。


 主人を守るようにイヌ二匹の壁が築かれたため舌打ちしたが……それごと男を断ち切る決断を下したらしい。判断を鈍らせることなく、剣は振られる。


 たとえジャンの剣が通らなくても、わたくしだってこの怪しい男を野放しにしておく気などさらさらない。


 示し合わせたわけでもなく、わたくしもマジックジェムを男に向かって投げ込み、更に鞄から薬剤を取り出し、男の胸元めがけて投げた。


 非常に割れやすい瓶なので、こっちが投げちゃえば相手の身体だろうが地面だろうが、当たれば割れる。


 そうすれば……薬剤が衝撃に反応して凝固し、相手の動きを封じる事が可能となるアイテム……なのだが、男はジャンやわたくしの攻撃を回避しようともせず、展開された魔法の障壁で、わたくしたちの攻撃は弾かれる。


「キャンッ……!」


 一匹のイヌが、悲鳴を上げて地面に転がる。その身体は大きく切り裂かれているので、どうやらジャンの剣は男に届かずとも、イヌの壁を斬ることまではできたらしい。


 倒れたイヌに駆け寄るのは、もう一匹のほうだ。自分も胸を怪我しているというのに、きゅんきゅんと鼻を鳴らしながら、荒い息をつくイヌをペロペロと舐めて慰めている。


 ジャンはこの子達を排除したことにより、改めて男への攻撃に移ろうとしたが、構えを不意に崩して距離を置くために後方に跳んだ。


 ジャンが飛び退いたと同時に、男の後ろには何本もの電撃の柱が落ちる。


「クソ……!」


 こちらに向かえないどころか、更なる回避行動を取らされていた。

 まるで邪魔はさせないというように……大きくわたくしたちとの距離が開く。


「お姉様……!」


 わたくしのほうへと駆け寄るアリアンヌの行動を咎めることもなかったので(わたくしの足下には雷撃が落ちたのに、なぜなのか……)わたくしとアリアンヌにまだ何かあるらしい。早いところお帰り願いたい。


 アリアンヌは武器を構えていないわたくしの前に立ち、男に再び弓を引く。


「……お姉様は、絶対私が守る……!」


 あらやだ、アリアンヌ。あなたなんて凜々しいのかしら。ちょっとキュンとしてしまいそうになったわ。

 まだ鞄には、マジックアイテムならいくつか入っている……けど、この感じだと、尽きても追い払えないかもしれない。魔法の障壁まで扱うし、戦乙女を知っているなら、ただのおじさんじゃないはず――……。


「よせ、戦乙女よ。おまえの実力では、我を倒すことは出来そうにない」

「あなた……いったい何が目的ですの? こんな、人の多いところで事件を引き起こし、戦乙女? と、よく分からないことをアリアンヌさんに言って……」


 わたくしそういうの知りませんという風を装い、男に目的を尋ねてみたが、何がおかしいのか彼は肩を震わせる。


「――【魔導の娘】よ。おまえはあの方々を覚醒させるための存在に過ぎん。おまえ自身は誰も救えないのだ」


 わたくしはどんな言葉にも反応しないようにしたかったのに……男の発した言葉は、予想域を超えた。


 わたくしの動揺を見て取った男は、何かの確証を得てしまったらしく、喉奥で笑い……イヌたちに手のひらを向けると、魔力で練った小さな玉の中にイヌたちが吸い込まれていく。


「戦乙女、おまえの光が強まった際にまた会おう。因果なる運命にむせび泣くが良い。運命の歯車は動き出しているのだ……」


「ま、待ちなさい! あなたっ、よく分からないことばっかり言って……いったい何なんですか!?」


 わたくしのことを気にした様子もなく、強メンタルな救世主アリアンヌ様は、男に苛立ちをぶつけていた。


「――……(クロウ)、とでも名乗っておこう」


 そう言って男は……姿を消した。



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こめんと

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