【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/83話】


 眼前で爆ぜたものは、間違いなく魔法による雷撃だ。

 その理由として、放たれた場所に細やかな魔力を感じる。気象現象として起きる雷には、そんなものはない。


 わたくしを狙ったものか、それとも他の誰か――例えばクリフ王子かアリアンヌを狙おうという意図があったため、邪魔をさせないよう足止めしたとか――だろうか?


 そうだとしてもこの状況、何者かに狙われているのは確かだ……!

「くっ……!」


 急いでその場から飛び退き、鞄の中に手を突っ込んで、属性の力を封じ込めたジェムを握る。

 ここでは弓が使えない。


 いや、今後の事を無視して弓を取り出せば確実に戦えるのだが、アリアンヌ達の目がある。そうなってはこの後控えるであろうマクシミリアンのなぜなに追究を避けることが出来ないのもあって、使わないに越したことはない。


 魔法を放った奴の姿は見えないが、雷撃をここに落としたのは意図的だったに違いあるまい。

 わたくしも王都では精霊さんを解放していないのだから、今の魔法攻撃を無意識に回避できたっていう自信はない。


 この魔術師か何かはわざと外したのだ――……多分『次は当てるぞ』という意味を込めて。


 そして先程のように、その場に再びモンスターが喚び出される事もない。

 だが……わたくしは何者かに捕捉されたのだろう。そっちがその気なら、わたくしだってスキルで危険感知してやる。


 素早く周囲を探ってみるが……それらしきものは近くにいない。


 ジャン達の戦況はどうかといえば……大通りの中でモンスターと戦っているわけじゃなく、横道にそれた場所に入って押しとどめているようなので、ここからでは分からない……。


 一番街のほうに目を向ければ、そちらからアリアンヌがわたくしのほうを見ていた。有事の際だからか、彼女の手には弓が握られている。


 見た感じ、鋼の弓……だと思う。どうやらあれが使えるということは……初心者というわけでもなく、それなりに鍛錬しているらしい……けど、あの子なんで弓なんか持っているのかしら。


 将来、聖剣『ヴァルキュリエ』を持つことを考えるとそこは剣じゃないの?


 そんなわたくしの疑問など伝わるはずもない。アリアンヌは、大丈夫ですかー! と大きな声でわたくしに声をかけてくる。


 わたくしと彼女、双方の周囲に怪しい人影はない。


「アリアンヌさん、まだこちらには――……ッ!」


 近付いてくるアリアンヌに声をかけようとした瞬間。

 彼女の近くに、突然赤い光の柱が出現した。


「ひゃわっ……!? な、何?」


 既に弓を手にしているアリアンヌは、驚きながらも素早く矢をつがえて構える。

 びっくりして腰が引けたり、泣きそうな顔でクリフ王子を呼ばないのは……ピュアラバプレイヤー(だった)わたくしから見て、とても勇敢な子だという好感を抱けた。それでこそヒロイン。


 ここで安易に男を頼っちゃうヒロイン様とは違うね! ……って、どうでもいい喜びかたしてる場合じゃなかったわね。


……それにわたくし、武装してないくせに、ジェムを握ったままなんだもの。


 我ながら準備良すぎるわよね。戦えないということになっているのだから、もうちょっと弱そうな意欲 (?)を見せておきたかった。


 そして、光の中から姿を見せたのは……二匹の犬? のようなものを連れた……白いローブの男……うん? 背も高いし、肩幅もそれなりにありそうだから……男、よね?


 その男は、言葉を発さずアリアンヌをじっと見つめ……ゆっくりと、腕をアリアンヌへ伸ばそうとする。


「――……あなたがっ、この騒動を引き起こしたんですか!? もしそうだとするなら、捕まえて王立騎士団に引き渡します!」


 男の動きを制するようにいつもより厳しい口調でそう告げると、アリアンヌはいつでも射つことができるというように、矢を引き絞る手に力を込めた。


 アリアンヌの毅然とした態度に反応したのか、二匹のイヌがうなり声を上げて牙をむく。


 男が従えている二匹のイヌ……いや、あの青い毛並み、もしかして魔狼……? いや……魔狼とは違う気もする。体全体が光っているようにも見えるし……気のせいっぽくも感じる。どうにもはっきりしない。


「――……アリアンヌさん!」

「大丈夫です、お姉様!」


 もう一度大丈夫です、と自分を落ち着かせるように告げるアリアンヌ……から男は視線を外し、こちらへとその顔が向く。


「うっ……?」


 男と一瞬視線が合ったように感じると、ぐらりと軽い目眩のようなものが襲う。

 思わずこめかみを押さえるように手を当てた。


 男の動きを注視しないと、また魔法が飛んでくれば……今度こそ怪我をするかもしれない。痛む頭で男の顔を見据えているのに、なぜか――……この男の顔が認識できない。


 肌の色は浅黒い。そこまでは分かる。だが、顔のパーツ……全体が繋がらない。


 髪の色、目の色、形、眉の太さなど……そこが、全て記憶できないのだ。

 眉は細い? 太い、銀髪? 黒髪? 何も分からない。こんなこと初めてだ。


「……なんですの、これ……魔法……?」


「……おまえたち姉妹の、どちらが……救うつもりだ?」


 わたくしの言葉を完全に無視し……発された男の声は低かったが、よく通る声でそう尋ねてくるのを聞いた。


「え?」


 問いはアリアンヌにも当然聞こえたようだし、男は『おまえたち姉妹のどちらが』とも言っていたので、わたくしかアリアンヌのことを指すのだというのも互いに理解できている。


「救うって……どういう……? あなたは何を言――」


 その疑問を口にしながら男へ慎重に近付こうとすると、数歩動いたところで、雷撃が目の前に散った。


「それ以上我に近付くな」

「そこのあなた――お姉様にそれ以上危害を加えるようなことをするなら、容赦しませんから!」


 おお……ヒーローかと思う程度に勇ましいアリアンヌ。

 普段へにゃへにゃ笑って、ジャンに呆れられているというのに……。


 今のアリアンヌときたら、眉をつり上げて怒っていて、本気で射貫くぞ、という気迫が伝わってくる。義妹がこんなに怒っているというのに……名目だけの婚約者、クリフ王子に見習って貰いたいものである。


 そんなアリアンヌの言葉を、男は意に介さず笑った――ように感じた。


「試してみよう。おまえの実力、いかなる域に達するものかを!」


 そう言い捨てると、男がこちらへと手のひらを向け――……危険を瞬時に感じ取ったわたくしは、何を考える間もなく、地を蹴って右側に跳んだ。


 数秒の遅れすらなく、わたくしの立っていた場所で小規模な爆発が起きる。


 地面に飛び込むようにして回避行動を取ったため、身体を投げ出した衝撃と、爆発によって飛び散った小石がつぶてとなって、身体のあちこちに打ち付けられて痛い……けれど、今の一撃で終わりとは限らない。


 素早く起き上がって、攻撃に備えようとしたところで……男の肩に、矢が突き刺さっているのが見えた。



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こめんと

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