結局、アリアンヌのお願いに絆されて……クリフ王子は嫌々ながらもわたくしを同行させることを承諾し、マクシミリアンは頷くだけ。
ぞろぞろと六人 (護衛二人を含む)で、ウォルテア市場へと向かっている。
「というか……これを運ぶだけですのに、こんなに人数要りませんわよね」
ポーションは十本まとまっているとはいえ……さほど重くない。
十本あったって、わたくし一人でも運べるはずだ。
それくらい軽いものだし、評価ポイントも四等分してしまえばせいぜい……5点くらいではなかろうか。その5点だって、塵も積もれば大変な点数になる……とは思うけど。
「俺も人数としては多いと思うが……きみの点数が少しでも加点できるなら、良いだろう」
「わたくしは大丈夫ですのに……でも、ありがたくご厚意は受け取っておきます」
マクシミリアンはポーションの箱を抱えて、わたくしの隣を歩く。
この中で誰が箱を持つかと決める前に、女性に重いものは持たせられないからと言って、手を差し伸べてくれたのだ。
クリフ王子は当然のように自分で持つとは言わなかったが、マクシミリアンの中で、女子にはそんなことさせられない……というのであれば、必然的に(王族には余計持たせるわけにいかないから)自分が持つことになるのだろう。
「これを運ぶのは……道具屋、かしら?」
「いや、薬師の店と記載がある。三番街だそうだ」
三番街。確か……装飾品が多く並ぶところ。
ウォルテア市場の入り口から始まる一番街が食品、二番街が生活用品……というように、奥へ行くにつれて少しずつ変わっていく面白い市場。
「薬師……まあ、卸先としては疑問に感じませんわね。最近は、薬を作らずに薬を扱う者もいるとか」
薬に関しての知識を持っているが、薬を調合している時間は無いから外部から購入している……あるいは『この薬を買え』という……処方箋のようなものを渡す、いわゆる薬局的役割をしている薬師さんもいる、と授業でイスキア先生が言っていた。
いつも『ゲームの世界ながら……』と思っているけど、わたくしが暮らすこの世界は、現実と同じようにいろいろな職業やスタイルがあるんだなあと、感心してしまう。
ウォルテア市場に到着すると、いつものことながら、多くの人々で賑わっている。
「……こんなところを歩くのか?」
嫌そうにそう告げたのはクリフ王子だ。そりゃそうよね。学院でも王宮でも、こんなに人でいっぱいじゃないもの。
「ここは庶民も貴族も関係なく訪れるところですから……頑張りましょ!」
にっこりと可愛く微笑んで、クリフ王子を元気づけてそそのかす……じゃない、やる気にさせようと頑張るアリアンヌ。
いくらなんでも、クリフ王子くらいの上級貴族がこの道を歩くには大変じゃなかろうか……と思ったが、マクシミリアンは平気な顔をしている。
「……アリアンヌがそう言うのなら」
クリフ王子も、優しげな顔をしてアリアンヌを見つめつつ、しっかりと頷き……って、あらあら。アリアンヌは充分、クリフ王子の扱いを心得ているようね。
わたくしがクリフ王子をじっと見ているのが分かったのだろう。
アリアンヌを庇うように一歩進んでくると、わたくしを蔑むように見返してきて『羨ましそうな顔をしているな』と、頭のネジがどっか飛んでいったようなことを平気で言ってくる。
「……は?」
「僕とアリアンヌの仲が、とても良好なのを気にしているようじゃないか」
「あなたが本気でそう思っていらっしゃるなら、それで結構ですわよ」
くだらないと吐き捨てたいところだが、生憎お花畑に構っている暇はない。
早いところ依頼を終わらせて、学院に帰りたいのだ。
おい! とうるさいクリフ王子に耳を傾けることなく、マクシミリアンを引っ張って三番街を目指し歩いていると……。
一番街と二番街を隔てるように横に延びた小道に、突如――雷撃が落ちた。
わたくしたちが通り過ぎる直前、それが発動したのだ。
聴力と視力を奪われるような轟音と光。思わず目を瞑ったとき、わたくしを背に庇った……のはジャンだろう。
「まだ来ます!」
そう言ったのは、アルベルトだ。
来るっていうのは雷が、ってこと――……と聞く余裕もなく、その言葉通り、同じ場所に落ちる雷撃。
人の悲鳴と動揺が伝播していき……状況がよく分からないまま、その場から逃げ惑う人々に押される。
「殿下……!」
「僕は無事だ! ああ――……アリアンヌ! 君大丈夫なのか?」
「はいっ……!」
ここできちんとクリフ王子を気遣ってあげるマクシミリアン。
わたくしのことをスルーしているのは、問題にしないでおこう。無事だし。
「一体何……うっ……!?」
喋ろうとして、思わず口を押さえた。
雷撃が落ちた場所で何かが焼け焦げたのか、もうもうと焦げ臭い煙が立ちこめている。いや、焦げているだけじゃない。何か……腐ったような……鼻をつく悪臭だ。なんだ、これ。
そして……煙の先に、ヨロヨロと左右に大きくふらつく影が数体見えた。
「もしや怪我人では? もし、そこの――」
わたくしがジャンの背中ごしに声をかけた瞬間、ざあぁっ、と風が吹いて……煙が晴れる。
「――……!!」
そこにいたのは……『人間』ではなかった。
白骨と、腐乱した人型のもの……いわゆるゾンビというやつで……!
「――魔物か!!」
マクシミリアンの緊迫した声に、アルベルトが魔法の反応があります、と告げた。
「これらは勝手にやってきたんじゃない! 何者かが……今の雷撃に紛れて呼び出したようです!」
首都ウォルテアはちゃんと高い石の塀で守られているのだ。街で急に魔物が……いや、これはモンスターだけどどっちでも……現れるはずがない。
だから、アルベルトの言うことは極めて当たり前なのだけど――……彼の意を汲むのなら、何者かがこのタイミングを狙って出してきた可能性が高い、ということだろう。
「……ここにいる一般の方々をまず避難させなくてはいけませんわ!」
「貴様、何を言っているんだ! 魔物を退治する方が先決だろう。避難させる間、こいつらを野放しにしておけるのか!?」
わたくしの意見に反論してきたのがクリフ王子だ。
「では、周囲の人々に避難を促す間、ジャンとあなたが足止めをしてくださるわよね? 一般の方は戦えません。犠牲が出てはならないのです!」
「……リリーティア、アリアンヌ嬢。彼らの避難を頼めるか?」
わたくしの意見に一定の理解を示したマクシミリアンは、素早い判断を下し、護衛二人を含めた男四人で魔物……とされる、このモンスター達を相手取ることを決めたようだ。
「お任せを……アリアンヌさん、あなたは一番街のほうに! 商店の方々に決して外に出ないよう注意を促して。わたくしは二番街のほうへ、ここから離れるようよう声をかけてきますわ!」
「わかりました、お姉様……! どうかお気を付けて!」
アリアンヌに頷き、まずは周囲を確かめる。
二番街の入り口付近で起こった事件のため、20メートルほど先の地点で、人だかりが出来ている。
「モンスターが現れましたの! あなた方は早く、三番街のほうに避難して……そちらの方々にも建物の外に出ないよう伝えてちょうだい!」
わたくしが人だかりのあるほうへ声をかけると、何人かは頷いて三番街のほうへ駆けていくが、その数は思ったよりも――減らない。
しかし、わたくしが何度も逃げてと言いながら近付いてくると、発言の信憑性が高いと踏んだのか……行動を開始しはじめた。その場から人が離れていく。
店の人々に注意し、ちょっとした小道もモンスターがいないか確かめながら(といっても、脇道に入らず横目で確認するだけなんだけど)三番街付近まで避難は完了した。
逃げ遅れている人がないかもう一度戻って確認しよう――……と踵を返した瞬間。
「……!!」
わたくしの目の前で雷撃が弾けた。