クラス対抗戦の間は、ほぼ専攻学科だけの時間割……とはいえ、白兵学科や魔法学科は、真面目に自習していたら『こいつ落ちても(=退学しても)良いと思ってる奴なんだな~』とか『もう余裕なんだろうな~』という目で見られることになる。
支援学科はまだ巻き返しが出来る……というより、次じゃないと大量に稼ぐのは難しいというところなので、錬金技術を上げるために調合したり、他の学科と協力してチマチマとポイントを稼ぐわけ。
そんなわけで、本来ならこの学科に来ないはずの人々……赤やブルーのペリースマントを身につけた人たちが通路を歩いている。
教室内……特に調合中はデリケートなので、学科の生徒以外は来てはいけないと張り紙も貼ってあるのだが――……ほわほわっとした雰囲気なのに、割とセクシーなイスキア先生のおかげなのか、他の学科の男子が多くやってくる気がする。
釜はなかなか空かず、人の出入りも多いので、抜け落ちた髪の毛や何かでも入るのだろう。たまにもくもくと黒煙が上がったり、小爆発を起こしたりする。
そのたびにイスキア先生が作業を中断させ、中和剤を混ぜる作業や換気、用がない生徒を追い出す……などを行ったり忙しい。
それらを尻目に、わたくしもアリアンヌから頼まれた薬品を作成して――これは薬品を配達する依頼の一連――教室に埃が立つから成功率が下がるのを嫌い、特殊錬金のほうで調合していた。
くるくるっと軽く液を混ぜ合わせ、出来を確かめる。
質の悪いものを作ろう……などと思わなければ、高品質ポーションなど多少質の悪い材料でも余裕で作れる。事実、きちんと作れば薬品の効力を上げることだって出来るのだ。
今回はそんなことはしない。店売りされている程度の品質くらい……本当に普通のポーションを作っておこう。品質数値としては47~50ってところかしら。
「……こんなもので充分ですわね」
午前中と同じように、しかし手早く十本のポーションを作り終え、わたくしはそれらを箱に詰める。その作業を見逃さず、イスキア先生がこちらにやってきた。
「あらあら、どこかの依頼の手伝い?」
「ええ【C-05】の運搬依頼です。ポーションをわたくしが担当致しましたの」
すると、イスキア先生は一応確認するわね、と時計型メニュー画面を開き……依頼の内容を確認している。
「ふんふん……。あ、義妹さんと婚約者さんと公爵様ね。ロイヤルな依頼だわぁ~」
何が楽しいのか、イスキア先生はウフフと可愛らしく笑っているのだが……まあ確かに、爵位持ちの子供と王族なんて眩しすぎる編成だろう。
イスキア先生は一本一本わたくしのポーションをチェックし、頷きながら元に戻していく。全てのポーションをチェックし終わったとき、ポンポンと嬉しそうに肩を叩いてきた。
「やれば出来るじゃない~……ということにしておきます」
最後の『ということに』あたりは、わたくしにだけ聞こえるくらいの小さな声だ。そして、イスキア先生の前で空のポーション瓶を手に取ると、その場で調合を行い始めた。
イスキア先生も、わたくしの腕前は知っているものの……特殊錬金の手際はまだ見ていないはずだ。
わたくしの意図を理解したらしく、先生は穏やかなお顔で、わたくしの手際を見つめている。
リザーの葉を煮出した水をポーション瓶に詰め、中和剤と魔力水を入れた二液目を同じポーションに規定の比率を入れ、くるくると瓶を揺らすようにして混ぜる。
体感でタイミングを計るのだが、色が変わってきたあたりで混ぜるのを止めて耐水性のコルクで蓋をし、先生の前にどうぞ、と差し出した。
先生はそれを手に取って、満足そうに微笑むと自分のポーチにしまい込み、よくできましたと小声で告げ、去って行く……途中でぴたりと足を止めた。
「――……あ、さっきのポーション十本、先生が品質確認したから、特記事項にポーション品質の採点を記載しておきますね~」
きちんと調合が出来ているということだろう。まあ当然ですけれど、褒められると嬉しいわよね……。
ちょっと嬉しい気持ちになりつつも箱を手にし、アリアンヌ達のいる教室へと向かう。
白兵学科はまだ【第二練習場】という、屋内型練習場 (まあ要するに体育館)が完成していないので、おそらく校庭で訓練するんでしょうけど……ほぼ自習時間だし、アリアンヌも教室にいると言っていたから、自教室へ戻れば良いだけのはず。
廊下のド真ん中を歩いているわけじゃなく、わたくしも左端を歩いているのだが……わたくしとすれ違う生徒達は、わざわざ道を譲っていく。
わたくしが気にせずとも、一般の生徒達は気にしてしまうところなのだろう。フェーブル先生達もそうだものね。
「なあ……今の……クリフォード王子の婚約者って女だよな」
「しっ! ああ、そうだ。確かローレンシュタイン伯爵家の長女だとか……」
すれ違った後方から、男子生徒二人の会話が聞こえた。
なるほど、まあ当然ながら……『クリフ王子の婚約者』としての扱いなワケね。
「めっちゃかわいい……!」
「バカ、滅多なこと言うとアラストル公爵子息と生徒会長に刺されるぞ」
「えっ!?」
その『えっ!?』というのは、わたくしも内心もう一人の生徒とハモった。
なんでそこでマクシミリアンとイヴァン会長が出てくるの?
やばっ、その話聞きたい! ……ので、歩く速度を気持ち落とした。
彼らはこちらの速度に気づいていないようで、噂好きらしき生徒のほうがその先を話してくれた。
「アラストル公爵子息は、実は幼馴染の令嬢が好きで、王子との結婚を快く思っていないのではないか、というのをアリアンヌさんが本人に聞いて、すっげー説教されたって笑ってたぞ」
――……アリアンヌ、あんた何言ってんの?
そしてイヴァン会長のことは……まあ教室内で本人 (わたくしのことだ)に向かって好きだと言ったとかを噂で聞いた程度らしい。
「とにかく、魔性の女だから話しかけたら人生狂うぞ」
「そっかー……」
いや、そっかー……じゃないわよ。話しかけたら人生狂うってあり得ないから。
わたくしどれだけ悪女設定になってるワケよ。おい、ジャン。笑ってんの分かってるぞ。
「……あんた、すげえ悪女なんだとよ。あながち間違ってないんじゃねぇか?」
「失礼なこと仰らないでちょうだい。悪役令嬢ポジだけれど、悪女ではないのです」
「……何言ってんだかわかんねぇが、悪く言われるのは問題ないわけだろ?」
ジャンの指摘に、わたくしはそれもそうだなと思い直し――……かけて、ぶんぶんと首を横に激しく振った。
「全然違いますわよ! あの方々の仰っていた悪女設定では、学院での素行や評判に評価が反映しちゃうじゃありませんか」
「……あんたの評価が下がっても、家柄やあのエロガキの評価が下がるわけじゃないだろ」
「それは……そうですけど……」
わたくし学院内で目立たず過ごしたいのです、と素直に告げれば、もう無理だろうなとジャンはあっさり言い放った。
「――……あっ、お姉様!」
若干のショックを受けたところで、アリアンヌが教室から出てわたくしのほうへ小走りに駆けてくる。なんか周りがきらきらしているように見えるのだが、これがヒロイン補正なのだろうか。
「なんか、そろそろお見えになる気がしてたんです~! お姉様の周囲、きらきら光って見えるような気がするので……すぐ分かっちゃいますよ!」
えっ。わたくしにもキラキラがあるの? 初めて知ったわ……これも魔界陣営ながらヒロイン補正とかがついているのかしら。
自分の感想ながら、ヒロインがきらきらして見えるって聞いたら……なんか恥ずかしいわね。
「本当はずっと見張ってたんじゃねぇか? タイミングが絶妙すぎるし」
わたくしに抱きついてじゃれてくるアリアンヌに、ジャンがそう聞いている。
「むーっ。待ち伏せするなら、もう少し早く出ますもんっ! ねっ、お姉様!」
「ぶりっ子ムカつくから止めろ」
人前なのでさすがにアリアンヌの頭を掴むようなことはないが、内心、瓶底で殴りたいくらい腹立たしいんだろうな……。
「――……あ。そうだわ、アリアンヌさん。これ……頼まれていたポーションです。品質は先生に確認していただいたから問題ありません。使ってちょうだい」
と、出来たてのポーションの入った箱をアリアンヌに渡そうと胸元に突き付けると、アリアンヌが『はああぁっ……!』と、嬉しそう……なんだけど変な声を上げた。
「お、お姉様の手作り! 依頼で使うの、誰かにあげるの初めてですよね!!」
「え……ええ、学院で作っているので、そうなります……わね」
「どうしよう……! 嬉しいです! ていうか店売りのものと替えて詰め直して、お姉様のは私が使って良いですよね!」
「良くねーだろ」
「ジャンさんには聞いてません!」
なんかアリアンヌの目が怖いんですけど……。ポーション、普通のポーションなのよ……?
「ポーションが欲しいくらいでしたら、今度作りますわ……そ、それは依頼に使ってください……」
「えぇ~……しょうがないか……うん、次は絶対、私用に貰いますね!」
どんな味がするのかな~と楽しそうに想像されているのだが、普通に草っぽい味だよ……。香料とか入れてないからね。
「というわけで、確かに渡しましたわ。後はよろしくお願い致します」
それじゃ、と再び学科に戻ろうとするわたくしの手を取り、ダメですよと引き留め始める。
「お姉様も一緒に、運搬に行きましょうよ~! 王都の市場に納品なので、二時間もあれば絶対終わるはずですから、ね!」
「……まあ、それは良いのですけど……あの二人も一緒なのでしょう?」
「大丈夫です、私が間に入りますから! よーし、決定!」
なんか酔っ払いみたいなテンションでアリアンヌは勝手にわたくしを同行させることに決め、教室内に引っ張っていく。
大きな声でクリフ王子とマクシミリアンに支度するように告げていた。