午前中でポーション製作を終え、昼食をいつものようにアリアンヌと食べるつもりで中庭に行くと、今日はそこにマクシミリアンとクリフ王子まで加わっていた。
面倒だから見なかったことにしようかと思ったのだが、アリアンヌのほうがわたくしに気づき、お姉様~! と甘えるような声音でわたくしを呼び、手を大きく振って『ここです!』的アピールをする。
逃げるタイミングを逸してしまったため、わたくしはやむなくアリアンヌの側に歩み寄っていく。
「今日のお昼は、お二方も交えて依頼の話をしませんか? 昨日やったこととか、今後の納品依頼のこととか!」
「ああ……そういえば、納品依頼がどうのこうのと仰ってましたわね」
クラス対抗戦が始まる前後に、アリアンヌから持ちかけられていたのを思い出しながらそう告げると、なぜかクリフ王子が不機嫌そうに声を荒らげる。
「アリアンヌが貴様なんかを昼食と依頼に誘ってくれているんだぞ! もう少し感謝したらどうだ!」
そして、昨日の依頼もそうだ、と……まだ文句は続くらしい。
「教会と会長に迷惑をかけていないだろうな? 貴様が調合も満足に出来ていない……ということは人づてに聞き及んでいるんだ。今日もまた教師に叱られていたとか……そんな女が僕の婚約者だと指をさされて笑われるなど、本当に恥ずかしい!」
誰だか知らないけれど、クリフ王子にそんなことを報告している奴がいるのか。
とても良い仕事をしているので捕まえて褒めちぎってあげたいところだが、どのような思惑であれもう少し……できれば卒業までその任務を続けていただきたい。
「あら、人様に笑われて恥をかいていらっしゃるの? お可哀想」
「貴様のことだ!! 少しは頭と覚えの悪い自覚を持て!」
テーブルに両手をつきながら怒鳴り散らすクリフ王子に、殿下、とアルベルトやマクシミリアンが両端から諫める。
「そのような大声を出すと他の生徒が驚きます」
「まだ学院の授業も一年経っていません。未経験者へすぐに結果を出せと仰るのは厳しいかと」
二人の意見にむっとした顔をし、君はどう思う? とクリフ王子はアリアンヌに話を向け……アリアンヌはにっこりと可愛らしく微笑んだ。
「私、お姉様が優秀でも不出来であっても、大好きなので関係ありません」
「そうか。君は本当に優しい娘だ……!」
なぜか感動したような声を出し、クリフ王子は頬を紅潮させてアリアンヌに熱い視線を送っている。
今の発言のどこに、琴線に触れるところがあったのか……ちょっと意味わかんなくておかしい気もするんだけど、まあこういった恋愛シミュレーションゲームには、選択肢と返答のチグハグした感じなんて良くある。
「マクシミリアンもクリフ王子も、わたくしが頑張っているという努力を見ているのですから、成績が見合わずとも……評価はさほど変わりませんでしょう?」
「いや、個人への接し方は不変だとしても、学院にいる以上成績は大事なのではないかな……リリーティア、きみ、現在の評価点はいくつだ?」
マクシミリアンからそう尋ねられたので、わたくしは手元の時計型メニュー画面を開き、評価点を調べる。
「32点ですわね」
点数を告げると、マクシミリアンの表情が固まった。
「……いくつ、依頼を?」
「二つです」
「……その……言いにくいのだが、低めでは……ないだろうか」
口元を押さえ、支援学科はそんなものなのか? と呟くマクシミリアン。
「ボーダーラインらしき点数は、85点……なのですけれど」
「ああ、それは我々も同じだ。ちなみに俺は55点で、殿下は60点」
「私も60点ですよ!」
なるほど、彼らからすれば……わたくしは極端に低く見えるのも仕方が無い。
「ご心配には及びませんわ。わたくしたち支援学科は、文化祭という場所で大きく加点できますもの」
「そういう催しが九月にあるのは知っているが……現状その点数で、本当にボーダーを超えられる気でいるのか? クラス対抗戦で、もう少しきみの点数を伸ばしておく必要があるな……」
マクシミリアンの心配そうな表情が突き刺さる。いかん、忘れていたけれど、彼はわたくしの監視役という一応の肩書きもあるのだ。
ここでマクシミリアンの監視を強めたり、行動することが多くなったりすると、今後の活動に差し障りが出る……!
「大丈夫です! ポーション作成は依頼として結構多くございますもの。一人でたくさん作成すれば、即納品も出来てあっという間に評価点ざくざくですわよ!」
「…………まあ、きちんとそういう計画があるのなら、クラス対抗戦が終盤にさしかかるまでには今の我々と同じくらいまで点数を伸ばしておいてくれ。そうでなければ、俺が依頼に連れ回すぞ」
マクシミリアンの眼鏡がキラリと光る。彼は本気だ。
「わ、わかっておりますわよ。きちんと真面目にこなしますわ……!」
「ああ。信じているぞ」
一応朗らかな笑みを向けてくれるのだが、この笑みが凍り付いたものにならないよう努力しなければ……。
ポーション作成くらい、失敗させようと頑張らず鼻歌交じりで作れば50点なんかすぐに届くのだけど……不出来を演じるのも大変なのよ。
はぁ、と重いため息をついたわたくしが落ち込んでいるとでも思ったのか、アリアンヌはそういえばですね、と慌てて話題を振る。
「依頼、魔物退治があんまりないんですよ……いえ、あるにはあるんです。でも、達成できてない人が多くて……」
「――……達成できていない? それは、敵が強いということかしら?」
「いや。魔物の数が極端に減っているらしい」
と、これはクリフ王子だ。つまらなそうに、ランチセットの唐揚げをフォークでブスブスとつついている。
「ウルフやスライム、ゴーストといったものはいるようだが……コボルドやスケルトン退治など、多く依頼のあったものが……いない」
コボルドは、多数が魔界に来ているはずだからいないのは仕方が無いとして、スケルトンやゴーストといった不死系のものは、魔界産……ということもないだろう。
なんたって魔界には住人が永らくいないのだから、死体だってない。
連れてきたものにスケルトンなどはいなかったから、それらもいないというのは少し変な気もする。
「わたくし、カーディリ湖で鳥のようなトカゲに遭遇しましたわ。会長やセレスくん……のおかげで退治できましたけれど」
ほぼジャンが嬉々として倒した。と言うと大変なことになるので、そこはやんわり誤魔化しておく。当のジャンさんは、無表情のまま昼食を摂っている。
「そうそう。クリフ王子、マクシミリアン。最近、巷では闇営業が様々な業態で増えているらしいと伺いましたわ。わたくしたちも、闇馬車に遭遇しましたの。事なきを得ましたけれど、そのあたり……何かお話を聞いておりませんか?」
「闇営業? なんだ、それは」
きょとんとした顔をするクリフ王子。あまり庶民の生活にご興味がないのだろう。フォールズの未来が不安だわ。
「わたくしも又聞きした話なのですが、正規の職種……のふりをして、無許可で操業し、高い値段を取ったり客を脅したりするのだとか。湖の乗合馬車を運営されている方が、モンスターのことより頭を悩ませているようです」
「そんなもの、馬車の数を増やせばどうにでもなるだろう? くだらん庶民の悩みを王族が聞いていられるか」
「この、バ……」「おっ、お姉様、それは大変ですよね~! ねっ、マクシミリアン様!」
「あ、ああ……その通りだ」
わたくしの怒りを誰よりも早く察知したアリアンヌ。わたくしの腕にとりつき、ニコニコ~ッと表情を引きつらせながら微笑み、そのままマクシミリアンに話を振った。
彼もまた、アリアンヌのアイコンタクトで何かを感じ取ったようだ。うんうんと数度頷き、紅茶のカップを手に取った。
そこに、申し訳なさそうな顔でアルベルトが口を出す。
「――……あの……カーディリ湖方面には、王国警備隊の詰め所があるはずですから。その他、王都周辺で報告や要望が上がっているかどうか、調査します」
「まあ、アルベルトさん、ありがとうございます……! 頼りになる護衛を持って幸せですわねえ、クリフ王子? 羨ましいですわ」
「……ふん、その言い方だと、貴様の護衛は主人と同じく、さほど役に立っていないみたいじゃないか?」
「あら。うちの護衛は、やるときにはやりますのよ。彼の剣速、見せて差し上げたいくらいですわ」
「――……」
すると、クリフ王子の顔がさあっと変わる。
再びテーブルに手をつき、間近で見たから結構だ、と言い捨てて席を立つ。
「いい気になるなよ、リリーティア。剣速が凄かろうと、結局は正確さと斬り方の問題だ。僕は貴様の護衛など容易く越えてみせる」
そう言いながらジャンを睨み、クリフ王子は踵を返して校舎へと戻っていった。
アルベルトもマクシミリアンも慌てて後を追っていく。
そこにはわたくしとアリアンヌ(とジャン)が残された。
「あら、わたくしまた何か怒らせてしまったようですわね」
「あはは……この間ジャンさんを怒らせたとき、クリフォードさまは何も出来なかったので……根に持ってるんだと……」
「あら。ジャンはわたくしのために怒っていたの?」
「そうで……きゃっ、頭を叩くの止めてください!」
「クソガキ、余計なことベラベラ喋ってんじゃねえよ」
アリアンヌの頭頂部を手で軽くぺしんとはたき、ジャンが彼女の椅子を軽く足で押す。
「お二人は仲良しですのね」
「お姉様、何言ってるんですか?! こんな、暴力おじさんと仲良しなんか絶対いやです! お姉様の部屋でお風呂入ってていやらしいし……!」
「おい、エロガキ……なんてこと言いやがる。あんたのスカスカ頭を輪切りにしてやっても良いんだぞ?」
ジャンがアリアンヌの頭をガッとわしづかみにして、メリメリと力を込めている。あ、これ、わたくしが魔王様に『リリちゃん』されるときのやつ。
「それにおれはまだ、おじさんとか言われる年齢じゃない」
「いだいっ、じゃあいくつなんですか!?」
「22」
「うーん……確かに……」
一応納得したらしい。ジャンの手が緩んで、アリアンヌの頭を解放すると、ぐちゃぐちゃの髪を直しもしないまま、アリアンヌはわたくしの胸に飛び込んできた。
「ひどいですよぉ、ジャンさん……!」
「ごめんなさいね、アリアンヌさん。ジャンも謝りなさい」
「どっちかっつーと、おれは被害者だぞ」
アリアンヌはわたくしの背に手を回して、ぎゅうっとしがみついている。
うー、と唸ったり、はぁ~と息を吐きながら離れる気配がない。怯えているんだろう。
「そのエロガキ、止めた方が良いぞ」
「エロガキって……かわいそうな言い方をなさらないで」
アリアンヌをジト目で見つめているジャンは、知らねぇぞ、とだけ言って……足を組み替えると、風景をぼんやりと眺めはじめた。
「――……なんか、急に寒気がっ……!」
そう言って、がばっとわたくしの胸から顔を上げたアリアンヌは、きょろきょろと周囲に視線を巡らせる。
「そうだろうな」
「まだ風も冷たいときがあるもの……きちんとマントを着けておくと良いですわよ」
「そ、そういう寒いじゃなくて……殺気みたいな、刺すようなものがですね」
前にもお風呂場でこういうの感じたんですよ、などと言いながらマントを付け直し、乱れた髪を直す。
すぐ近くで、鳥が警戒でもするかのようにチチッと鳴いた。
振り向くと、木の枝に小鳥が一羽ちょこんと留まっている。
逆光のせいでその姿は黒く見えるのだが……人間に見つめられて驚いたのか、生い茂る葉の中に姿を消してしまった。