【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/79話】


 翌朝。


 結局あのまま魔界の自室で就寝し、早めに起床して魔王城周辺の見回りを行う。


 フォールズ王都周辺の魔物を呼び込んだこともあり、目に見えて……魔物と地上生物の混血などを含め、住人が増えていた。


 魔界は弱肉強食、自然の掟をそのまま維持している世界なので……住人が増えるということは、肉食獣達の狩りのチャンスも増えているわけで――……どこか緊張感漂う光景にも遭遇する。


 わたくしができるのは、自分が襲われない限りは手を出さないということだけなので、普段通り作物の状態を見たり、近くの魔物達に話を聞いたりするだけだ。


 住民が増えてしばらくは小競り合いなども多かったが、土地だけは広大にあるので、それぞれ安住の地を求めて散っていったらしい。


 環境適応生物や、特定の環境で力を発揮する妖精達も多かったので、いろいろな条件がうまく噛み合えば、魔界の土地は勝手に環境開発されて良くなっていくだろう。

 まだ味の薄い魔界産の蜂蜜を、朝食に出たパンへとたっぷり垂らしかけながら、わたくしはノヴァさんに鳥トカゲのことを……地上で見たことがあるか聞いてみる。


「――……ああ、あのモンスターですか。たまにアーチガーデンでも見ましたよ」


 山深いところではそんなに珍しい生物でもないそうで、春になると畑の作物を荒らすからいつも農家が怒っていたというが……となると、新しいモンスターとして追加されているのかしらね。


「奴らは集団で行動します。リリーさんの出会ったものは、まだ若い個体が多かったのでしょうか……統率が取れて、リーダー格の個体が賢いと厄介です。自分も子供の頃、苦労させられました」


 今も充分若いノヴァさんが、しみじみと口にして目を細めた。


「もし取り囲まれた場合、必ず上位個体から倒してください。下っ端を倒したところで、あいつらは近くにいる仲間を呼びます。それが再び仲間を呼び……という、気づいたらとんでもない数に増えているなんてこともあります」


「わかりました。リーダー的な存在を探して討つことに致しますわ」


 ノヴァさんに感謝を示し、食事を終えると……隣に座っていたレトが、もう行くの? と声をかけてきた。


 昨夜の説得……『皆と一緒に食事もちゃんと摂って』も一応聞いてくれたらしい。


「昨日のように、魔法陣を出してくださるだけで充分ですのよ。お食事の途中ですもの……」

「いや、一緒に行くよ。ちょっと買い出しでラズールにも行きたいし。ノヴァ、帰ってきたらまた食べるから、俺の食事はこのままにしておいて。二時間くらいで戻るよ」


 すると、ノヴァさんは畏まりましたと深々と頷き、口元を拭ってレトは椅子から立ち上がる。ちなみにジャンは既に食事と身支度を終えて、壁に背を付けたままわたくしを待っているのだ。


 レトに転移をお願いし、ノヴァさんとエリクの『いってらっしゃい』を聞きながら――……わたくしは地上に戻る。


 わたくしはこのまま学院へ、レトは買い物へ……ということなので寮の部屋でお別れなのだが、一瞬、レトが寂しげな表情を浮かべる。


「リリー。学院……気をつけて行っておいで」

「はい。あなたも……」


 そんな悲しげな顔をされると行きづらい。

 出来ることなら学院はサボって、レトとお出かけ……といきたいところなのだが、ここは涙を呑んで登校しようじゃないか。


 レトに軽く手を振って、わたくしはなんとなく……ペットを飼っている人が、通勤通学するときに『じっと見送られると辛い』と行っていたのを思い出すのだった。

◆◆◆

 ほぼ今月は専攻学科の授業メインなので、わたくしは一人でも受けられる『ポーションの作成』に取りかかっている。


 本当はもう少し個人的な調合……昨日採ってきた薬草を使用するなどしてみたいのだけど、まだ学科には大勢の生徒がいるし、釜の数も一人一つというわけにはいかない。


 そのため、釜を使わない調合……イスキア先生の得意な『特殊錬金』を習っているわけだが……なかなかこれが難しい。


「リリーティア様。もう少しゆっくり、二液を混ぜるのよ」


 イスキア先生が横に立ち、わたくしの調合を指導して見守ってくれる。

 昨日の今日で、わたくし女なのにイスキア先生に再びドギマギしながら、ポーション瓶にスポイトでポタポタと数滴垂らしていく。


「そう……初めてだからと焦らなくて良いの、ゆっくり……あっ、上手よ」

「せ、先生、そんな風に仰らないでくださいませ」


 男子生徒が聞いたら悶々としてしまいそうなセリフに猛烈な照れを感じつつ、わたくしはポーション瓶を軽く揺する。調合釜で行っているのと同じように、ふつふつと小さい泡が立ってきた。


「熱を発さないよう、瓶を回すように揺すり続けて……そう、いいわ! ああ、そんなに激しくしないで!」

「……先生、もう少々穏やかな声を……」


 イスキア先生はこう見えて情熱的な指導タイプなのだろうか。

 わたくしが瓶を回すだけで、イイと何度も口に出す。


 側にいる男子生徒が、何度かこちらを振り返ったのが視界の端で見える……し、ジャンでさえ気味悪げに先生を見て、遠巻きに距離を取っているのだ。


 そこは男性としてもう少しイスキア先生に興味を示したら良いと思うべきか、あるいはこれで正解なのかは……わたくしにも分からない。


 少なくとも、わたくしはいろいろな意味で恥ずかしいしドギマギさせられている。


 ようやく一本ポーションを作り終えたときには、先生もほぅっ、と息を吐いた。


「リリーティア様、特殊錬金は何回も試してみて、自分なりに調合研究してみてね? 貴女なら上手に出来るはずよ……」

「……ええ、イスキア先生が側にいないときに試してみますわ」


 恥ずかしくて集中できない。そう正直に告げると、イスキア先生はそんな憎まれ口を言ってひどいわ、などと拗ねたような顔をする。


「せ、先生。次は俺も、教えてください……!」


 わたくしとイスキア先生が話しているのに割り込んでくる男子生徒に、イスキア先生はにっこり微笑んで……いいわよ、と彼の背中を押す。


 彼も特殊錬金に挑戦し始めたようだが、先生はニコニコしながら『頑張って!』『そうそう!』『いいわね!』などという、超絶普通の言葉をかけまくる。


「……わたくし、からかわれているのかしら……」

「そうかもしれねぇな……あんた以外に、あんな変な声出してねえし」


 顔見知りというだけでこうも態度が違うのは少しおかしいのではないだろうか。

 あるいは、わたくしがイスキア先生にとって、からかい甲斐のある生徒なのかも……いや、何も嬉しくないんですが。


 やれやれと思いながら、またポーション瓶で液剤を混ぜ合わせ、くるくると回していると……だんだんと、調合のコツが掴めてきた。


 これも液剤を混ぜる速度、すなわち回す速さが関係している。

 だいたいわたくしがいつも釜で回す速さがこれくらいで……というスピードにすると、質の良さそうなポーションになる。


 ただ、質の良いものを作ると良くないので、だいたいの範囲が分かったら即座に混ぜるスピードを速めて、質の悪いものを作る……という、申し訳ない不正を行っている。


 それを十本作り終えたところで再びイスキア先生を呼び、依頼分が終わりました、と言うと……それらを一本ずつ取りあげて品質をチェックしたイスキア先生は、困ったような表情を浮かべた。


「…………リリーティア様。こんなに質の悪いポーションを作るなんて……」


 その声はやや大きめに、近くにいる人に聞こえるであろうくらいに言ってもらう。


「あら。そうかしら? わたくし言われたとおりにやりましたのに」

「先生の言うこと、全然聞いてないでしょう」


 こんなの納品できません、やり直し! ……とすげなく断られ、イスキア先生は座ったままのわたくしの後方から……両肩に手を置いた。


「これでいいわリリーちゃん……あとはもうちょっと良い状態のものを作って納品してね」


 耳元でそう告げられ、首元に押しつけられる大きな桃みたいなものの……豊かさを感じながら、わたくしはぎこちなく頷いた。



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こめんと

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