湖といえば……ピュアラバではイヴァン会長とのデートの定番じゃないですか。
そんなところに薬草がワッサワッサ生い茂っているというの?
イヴァン会長は『行けば分かりますよ』と仰るので……わたくしたちは乗り合いの馬車をふたつほど使って、王都から二時間ほどの場所にある湖……『カーディリ湖』までやってきた。ちなみに湖の名前は今日初めて知った。
天気も良いので、湖面が太陽の光を反射させて眩しく輝いている。
もちろん岸に近い部分は砂の堆積した浅瀬になっているが、湖の透明度が高いので、底が濁っておらず透けるように見える。
もう少し岸から遠いところも見えるようだが、これはいわゆるSNS映えスポットではないかしら。
「まあ……綺麗なところ……」
「わたしもそう思います。静かで、自然に囲まれていて……とてもゆっくりできる景勝地です。気に入っていただけたようで良かったですよ」
ふっと優しげに笑うイヴァン会長。
ここは彼のお気に入りかつデート場所なので、気に入ってしまったと受け取られると少々困る気もするのだが……。
というか、ゲーム中だと移動は一瞬だし、夕方までデートしてるもんだから……馬車乗り継いでデートしに来るところだと思わなかったわ。
「この依頼にあった薬草、水辺でも草原でも生えているものなのですけど……」
「ええ。どこにでも生えているといえばその通りです。しかし、わたしの採取経験ですと水辺にあるほうが、葉が柔らかく、そして大きくなります」
セレスくんが依頼書を見ながら葉を確認していると、イヴァン会長はセレスくんの言葉を肯定しながらも持論を述べている。護衛という役割でわたくしの側に付き従っているジャンは、今日もやることがない。
わたくしはこの……採取する薬草『シロヒシソウ』というものを見たことがない。多分何度か見ているかもしれないが、名前もどんなものかも良く分かっていない状態だ。
植物の名前は長ったらしいし、似ているのが多いので正直覚えるのも大変だけど……『錬金術師とあろうものが、植物の名も薬効も覚えていないなどとは……いささか勉強不足ですね、今までほんと何してたの? いつまでバカなの?』って、エリクに叱られちゃうかもしれないわ。真面目に勉強しておかなくちゃ。
わたくしは二人の後をついて歩き、水を含んで柔らかい場所を通る。
イヴァン会長がおもむろに摘んだ薬草……白いランのような花が咲いた薬草……をわたくしに見せて、これですよと教えてくれた。
「花・茎・葉と、それぞれ使える薬草ですので、薬師には広く利用されています。錬金術ではお使いになりませんか?」
「ええ……シロヒシソウ……初めてです。ポーションは『リザー』と呼ばれる植物の葉を使用するのが一般的なようですので、これを使った調合があるのかをイスキア先生に伺ってみることに致しますわ」
そして、肝心のクエストはこれを100本納品ということだが……。
湖の周囲を見渡してみると、ちらほらと点在して咲いているようだから、なんとか集められるだろう。
根を引っこ抜かないようにしてください、というイヴァン会長の注意の元、わたくしたちはそれぞれの姿を確認できる位置で、薬草収集を始める。
採集作業も久しぶりだが、個人的な採取セットの一部……といっても手袋、はさみを取り出し、手際よく作業を続……けようと屈んで、はっと気づいた。
――……わたくしも、皆さんも制服だったわ。
当然学院の依頼で来ているものだから制服で当たり前だけど、男子はともかく……スカート丈、そんなに長くないのだ。
つまり立て膝などをつこうものなら、向こう側に立たれたら見えてしまう。
薬草は低い位置に生えているので、立ったままでは採取しづらい。少なくとも中腰くらいになる必要があるのだが……この程度の事で怯むわたくしではない。
鞄の中から麻袋を取り出し、土の上に敷くとそこに膝をついて問題なく採取を行う。
「……とても、手つきが慣れていて早いですね。さすがです」
わたくしが夢中になって作業を続けていると、セレスくんが感心したように話しかけてきた。
「まるでリリー様お一人で採り終わってしまいそうです」
「もちろん、それくらい任せていただいても構わないくらいですのよ? ふふ、早く終わればその分、早く帰ることが出来ますでしょう? そして……せっかくですので、わたくしも自分の調合材料になりそうなものをサンプルに持って帰りたいといいますか……」
どちらかというと、そちらの方が重要だったりする。
私たちも負けていられませんねとセレスくんはイヴァン会長に笑いかけ、三人で集めたシロヒシソウという植物を受け取りながら数える。
「……すごい、開始して一時間も経たぬうちに、もう規定の本数が集まりましたよ」
50本ずつの束が二つ……を別の袋に入れながら、セレスくんがこれで採取は完了ですねと微笑む。
「ああ……なんだか我々はあまりお力になれなかった気もしますが」
「イヴァン会長、お疲れではありませんか?」
「さほど疲れていません……といいたいところですが、少し休憩してよろしいでしょうか」
激しい運動はしていないが、立ったり屈んだり移動したりを適度に繰り返す作業だったので、心臓に大きく負担を掛けてはいけないようなイヴァン会長には、すこし疲れる作業だっただろう。
湖畔を望める、ベンチとひさしのついた場所に三人で赴くと、しばしの休息を取った。
そよそよと湖から上がってくる風は、動いた後の熱を持った身体に心地よいが、イヴァン会長には少し冷たいかもしれない。
「こんなこともあろうかと、用意しておいて良かったですわね」
鞄の中から、温かいスープの入った水筒を取り出すと……三人は不思議そうに水筒と鞄を見つめ、最後にわたくしの顔をじっと注視する。
「リリー様の愛用の鞄は……冒険者用の鞄、なの……でしたっけ……?」
「ええ。ジャンやエリクも持っているはずですが、ジャンの場合はポーチだったから容量が少し小さかったはずです」
ね? と尋ねてみると、ジャンは頷いたが……次々取り出されるカップ……に注ぎ込まれてほかほかと湯気を立てているスープを、まるで毒物でも見るような目つきをしながら眉をひそめている。
「冒険者の鞄ってやつは、温かいものを温かいまま保存しても大丈夫なのか?」
「少なくとも、こうして以前からわたくしは使っているし……その日のうちに食べたりしています。自分でお腹を痛めたこともございませんわ」
ラズールでいろいろ買ってきたときだって、鞄にポイポイ放り込んでたのよ。
こぼれるんじゃないかと心配したこともあったが、どういうわけか蓋さえきちんと閉めていれば、そのままの状態で取り出すことが出来るっていう、四次元ミラクル鞄だ。
わたくしが笑顔で手渡したスープを、イヴァン会長は嬉しそうに両手で受け取り……ためらうことなく口に運んだ。
一瞬、目を大きく見開いたのだが……すぐに、それはとろんと恍惚の色を見せる。
「リリーティア様……野菜も細かく刻まれているし、塩辛くもなくて美味しいです。これが、手作りの味なのですか……!」
天使のような微笑みを向けてくれるイヴァン会長。そんなに喜んでくれると思っていなかったので、わたくしも微笑みながら答える。
「いいえ。前日、寮の食堂に依頼しました。快く引き受けてくださいましたのよ。イヴァン会長にも喜んでいただけたとお伝えしておきますわね!」
すると、なぜかイヴァン会長の顔が落胆のそれへと変わっていく。
「…………そう、ですか……」
「飲みゃわかんだろ、味つけが違うんだから」
「……いただいたことがないから分かりません」
ジャンがぼそっと呟いた言葉にも、力なくそう答えるイヴァン会長。
セレスくんは苦笑いを浮かべ、イヴァン会長の背を撫でて、なぜか『いつかまた機会もありますよ……たぶん』などと軽くねぎらっていた。