いよいよ……皆が待ちに待ったクラス対抗戦が始まった。
何か開会式的なものがあるかと思いきや、そういうセレモニーもなく……登校後すぐに開始された。
あっという間に消えていくめぼしいクエストたち。なお、一つ受注すると依頼達成するかキャンセルしない限りは受けられない。
なので、他の依頼を抱えながら新たに受注することは出来ないのだ
教室内には悲喜こもごもの声が溢れ、受注できたものは足早に教室を出ていき、徐々に廊下を歩く人も増え始めている。
入学前の職業やレベルにも個人差はあるが、わたくしたちはまだ初心者だらけ。遠出の依頼は――……ない。どれも一日ないし二日あれば余裕で終わる。
この一ヶ月間、座学の時間はほとんどなく……各種専攻科目に割り振られている。もちろんいない間の授業内容は誰かにノートやメモを見せて貰えば良いけど、出席するだけで雀の涙くらいであろうと加点されるんだから、おろそかには出来ないってものだ。
時計をいじってメニュー画面を見ると、新たな項目として『評価点』『総合ランク』などという項目が増えていた。
評価点を確認すると、わたくしのところは『21/85(点)』と記載されていた。なるほど、この分母……85点というのが、今季初の振り分けボーダーラインというところか。
ちなみに……100点とれば今期クリア確定なんじゃないの? ……ということはない。残念ながら、ピュアラバ無印版時代からこのボーダーラインは一年目だとしても平気で100を越えてくる。
一年ごとにリセットされるし、アリアンヌの進むルートにもよるのだけど、確かクリフ王子ルートで最終4800点くらいまでは見た記憶がある。
そういう点数を知っているので、この85点というのは――懐かしさと同時に、あまりにもかわいいものだと笑ってしまいたくなるのだ。
まあ、最終年の頃になると依頼も難しくなるし、一度に貰える評価ポイントも今より大きくなっていくんだけどね。
その頃のアリアンヌは、戦乙女覚醒に加え超女子力 (物理)の持ち主で、ドラゴンであろうとソロで伝説の聖剣『ヴァルキュリエ』で仕留めるとんでもない女になってたわけよ。
育て方や装備によるけど体力もぐんぐん上がるから、ドラゴンのブレスは耐えるし戦乙女のクラス特性で、ある程度ターン始めに回復するし、追加ダメージは痛いし、そりゃ歴代の魔王様も大変だっただろう……わたくしも最強のアリアンヌを目指して装備の合成をしまくったものだ……っと、ゲームのことは良い。
「セレスくん、そろそろわたくしたちも準備致しましょう」
「ええ。じきにイヴァン会長もやってくることでしょうし、私も依頼を早く終わらせ、奉仕活動などの依頼をやりたいものですから」
奉仕活動や教会で一日祈るなどという、わたくしから見れば大変そうな依頼は、魔法学科で聖職者を目指す方々に割と人気の依頼らしい。多分魔力だとか信仰とかのパラメーターが上がるんでしょうね。
そうして準備を終え……イヴァン会長を待っていると、アリアンヌとクリフ王子とマクシミリアンといういつものメンバーがわたくしに声を掛けてくる。
「アリアンヌさんはどのような依頼を?」
「私、お二方と一緒にスライム退治ですよ!」
「まあ……お気を付けて」
三十匹倒すそうだが、スライムは多分……すぐ見つかるかもしれない。
逃げなさいと説得を試みたものの、スライムは『ご忠告はありがたいのですが、周囲の掃除をしなくてはいけませんから……そして、悪趣味と言われるかもしれませんが……闇夜に紛れて人間を襲うのも好きなんです』と、プルプルした身体を震わせながら念話で流暢に話しかけてきた。
『リリーティア様のように美しい方や、防御力や攻撃力を誇りに思っている、筋骨隆々に鍛え抜かれた殿方を骨まで溶かしてみたいというのが我々の願望です……』とも熱っぽく告げていたので、枕元にスライムが鎮座していたこともあった魔界でわたくしが生き残れたのは、奇跡かもしれない。
そんなわけなので、きっとスライム達は今日も美少女とマッチョを骨まで溶かす願望を抱きつつ、徘徊していることだろう。
「……うん? リリーティア、貴様、指輪はどうした。先日作り直しただろう」
「ええ。確かに作り直していただきましたが……依頼時に破損や傷を付けるのは嫌なので外しております」
「それじゃ意味が無いじゃないか。全く貴様はちっとも言うことを聞かぬ女だ……! そんなに嫌か!」
「正直、指やピアスなどの装飾品は調合時に釜へ落下させるととんでもないことになりますので、付けたくはありませんの」
髪の毛一本だって大変なのよ。そう正直に告げると、ブツブツ毎度の文句を呟きながらも……(指輪に)傷や破損は確かに避けて欲しいところではある、などとも言っているので、理解はしてくれたらしい。
それではまたな、とマクシミリアンが軽く手を振ったので、それに応じて振り返すと……三人は仲良く連れ立って出発していった。
「……指輪かぁ……」
わたくしは口の中でそう呟き、数日前のことを考える。
――……レトがあの日……王家の指輪を持ってきた日以来、魔界にほぼ閉じこもるようになってしまった。
わたくしが何か気を悪くさせるようなことをしたのなら謝りますと言ったのに、そんな事じゃないからと……自室と調合室を往復する生活を続けているそうだ。
メリメリと頭に爪が食い込むのも覚悟で、魔王様にご相談したものの……なんと、魔王様はそんなことはせずに『レトゥハルトの好きにさせてあげて』と仰るだけだ。
指輪が原因でレトに何かあったのだろう、というところまでは分かったのだが……わたくし、彼に避けられているのかもしれない……。
「はぁ……」
「おや、リリーさん。気分が沈んでいますね」
「ちょっと……個人的なことで」
苦笑交じりにそう告げると、何か分かったような顔をするセレスくんは頷き……それ以上は聞いてこなかった。
そのまま時間を潰していると、ややあってイヴァン会長が姿を見せた。
「すみません、お待たせしてしまったようで……」
「いいえ。さほど待っておりませんわ」
「だいたい二十分は無駄にしたぜ」
横からそう口を出してきたジャンを軽く諫めて、わたくしはにっこりと愛想笑いをイヴァン会長へ送ると……彼は嬉しそうに微笑み返した。
「それは失礼を。それでは、早く採集現場へ参りましょう」
そう言いながら歩き始めるイヴァン会長。気のせいか、張り切っておられるような……。
くせのないサラサラの銀髪は、朝日に煌めいて輝いていた。
同じ銀髪でもわたくしとは違った色合いであり、こうして銀髪と一緒くたにいっても、ちょっとずつ違うんだなあ……と感心する。
後ろから見ると、イヴァン会長の左側の髪は、首筋を撫でるように揺れている。
同じように切りそろえているはずの右側はピンで留めているから、横から見ると……ぴょこんと耳のところで毛先が上を向いているのだ。
「初めての依頼って、なんだか緊張しますわね!」
「大丈夫ですよリリー様。私とイヴァンさんは魔法が使えますから、いざとなったら戦闘くらいは覚悟しております」
セレスくんはわたくしの戦ったところを直に見たことは……うん、特にないか。 それでも感覚が鈍らないよう、弓の練習をしているところは見ているはずだから、力量を知りつつも戦えることを隠してくれている……のかな。
「ええ、心配など要りませんよ、リリーティア様。もしモンスターが出ても、わたしが貴女の憂いを全て取り払って差し上げます」
優しくそう告げてくれるイヴァン会長。その柔らかい物腰とは逆に、やると決めたときには、人に刃を向けることすらなんとも思わぬ男なのだ……。
「ヨロシク、オネガイ、シマス……」
ようやく絞り出した言葉に気を良くしたのか何なのか、イヴァン会長はお任せくださいと声を弾ませる。
「ちなみに、目的地はどちらですの?」
そう尋ねると、イヴァン会長は『湖です』と答えた。