【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/69話】


 マクシミリアンの言っていたとおり、その日のうちに学院生徒全員に腕輪が配布され……かくいうわたくしの腕にもそれは装着されたのだが、腕輪というより……時計。ちゃんと文字盤や長・短・秒のそれぞれの針も付いているんだもの。


 ベルト部分は細く、手に食い込んだりしない柔らかい皮を使用しているものであり、時刻も確認出来る。


 学科によって時計の色分けがあるようで、わたくしはペリースマントと同じく黒い革ベルトの時計。アリアンヌたちは赤、セレスくんは青なのだ。


 元々時計を持っている子は、自分のものを外していたり違う腕に付け替えたりしているようだが……時計も高級品の部類に入るようなので、こんなすごいものが貰えるなんて! と感激する生徒は多い。


「あげるんじゃないぞ。評価器は在学中に貸与しているだけだぞー。学校を辞めるときや卒業時には必ず返却して貰うから、壊したり無くしたりすると罰金がものすごいから気をつけてなー! 大事に扱うように」


 フェーブル先生の、のほほんとした口調に反し、内容に聞き捨てならない部分があったので……今まで浮かれたように時計を見ていた生徒達の視線が、先生へと集中する。


「一年に何度も評価制度があるんだ。その度に貸して回収して……を繰り返すと手間がものすごい。だから生徒には先に貸与することになった。お金と技術がたくさん詰まっている時計だ。罰金は……うん、そのときに話そう……」


 良いところで話を終えられるし、妙に先生の顔がこわばっているので、これ以上聞いてしまうと精神上良いことはないのだろう。


 生徒のそれぞれにも緊張が伝わり、そっと手で撫で上げる者や、腕をそろりそろりとゆっくり下ろす者、自分には払えるから関係ありませーんと平然としているクリフ王子など……動きが人それぞれだ。


 フェーブル先生が板書(ばんしょ)しながら、簡単な使い方を教える。わたくしたち生徒はそれをノートやメモに忘れないよう記したり、時計をいじってみたりと……一時間丸々使ってその指導は行われた。


 どのクラスもその時間は講習だったようで、休み時間には学院のあちこちで、時計をいじってクエスト表や機能を確認する……という歩きスマホ的な現象が、探さずとも見受けられるようになっている。

 魔術的な仕組みなのだろうが、時計の側面……竜頭の部分を押しこみながら回すと、ぱっと空中に機能一覧が浮かび上がる。


 あとはスワイプで各種機能を選んで……評価値確認、近くにいる人とのパーティ編成、クエスト受注などができるので、なんか本格的にメニュー画面なのである。


 フェーブル先生、クエスト中は生徒の位置情報を割り出すことも出来ると言っていたが、やろうと思えば平時でも可能って事でもあるのだろう。


 魔界に行くときには外さないと危険だわ。


 で、このように様々な機能があっても、幸いにして自分の能力値を見ることは出来ない。よかった、ステータス見せてなどと言われたら、とんでもないことになるところだったもの。


 セレスくんとわたくしはそれぞれクエスト表を立ち上げながら確認しているが、これがあるということは……正面階段前の掲示板も撤去されるのではなかろうか。


 あ、でも、アナログのほうが確認しやすい人もきっといるかもしれないわ。

 立ち上げるのも面倒なときはあるだろうし、掲示物を見るのって楽しい。


「あ、リリー様……この『薬草の採取』なんて面白そうじゃないですか」


 セレスくんが声を弾ませ、Sの12番だと教えてくれる。

 どれどれ……うん、確かに面白そう。摘む枚数も結構あるし、この薬草なら知っている。


 ただ、受注期間が始まっていないので、始まったら通知を送るよう印を付けると、ポンッと小さなウィンドウが出現した。


『人数やパーティを先に設定できます』


 と記載されている。これを設定すれば、後は依頼受注開始後に選んで受注するだけって事ね。あら、便利。ただ、それまでこのクエストが空いていれば……ってことだけど。


 わたくしとセレスくんはこれを受けるか相談を交わし、うなずき合うと……参加するため、互いの時計を近づけ合ってリンクを作る……のだが、そこに差し出される、もう一つの青い時計。


 わたくしとセレスくんのパーティ設定に割り込んでくるように、ポン、と表示された名前は――……『イヴァン・オリオール』だった。


「…………」


 思わずジャンの隣に立ったイヴァン会長であろう人を仰ぎ見ると、紛れもなくあの病弱生徒会長代理が……はにかみながら立っている。


「……羨ましいので、つい」

「つい、ってあんた……図々しいところは変わんねぇな」


 ジャンの悪態にも、あの険しい顔をすることもなくなったイヴァン会長は『遠慮すると良いことは起こりませんから』とにこやかに答えていた。


「その薬草であれば、わたしもよく知っています……たくさん生えている場所も知っていますから、リリーティア様のお役に立てると思いますよ」

「私のことは無視なんですね……」


 苦笑するセレスくんだったが、リリー様が良いなら私も構いませんと言ってくれる。


 まあ、そうねえ。


 閉じ込められることは無いと思うし……良いかな。


「ええ、それなら――……」

「お姉様!」


 そう思っていると、アリアンヌが血相変えてこちらにやってくる。

 じりじりとわたくしの側に近寄りながらイヴァン会長を睨み、また何かあるんですか、と警戒しながら聞いていた。


「お姉様に近付かないでください……っ」

「おや、ひどい。わたしはリリーティア様へ健全に片想いしているだけですから、そう警戒なさらずとも大丈夫ですよ」


 さらっととんでもないことを普通に言うのは止めて欲しいのだが、それ以上に……イヴァン会長がこのクラスに現れたことで、クラスの視線は彼に集中していたのだ。


 ざわめき立つ教室内と、若干ショックを受けたような顔をする女子。教室の外にはイヴァン会長のファンかと思わしき子もいて、青白い顔をしていた。


 クラス中がこの爆弾発言に興味を持ってしまったことくらい、イヴァン会長も分かったと思うのだが……彼は相変わらず綺麗な赤い瞳で、周囲を見渡すと優しく微笑んだ。


「――……今のは、そんなに驚くことでしたか?」

「ええ。それはもう……」


 アリアンヌでさえ気まずそうにクリフ王子のほうをチラ見し、まずいんじゃないでしょうか、と小声でイヴァン会長に告げた。

 そのクリフ王子ですらこちらを見ているのだが、あまり動じたところはない。

 だが、それよりも深刻そうなのが……マクシミリアンだ。


 胃でも痛むのか腹部を押さえ、また眉間に深いしわが刻まれている。

 このままでは学院を卒業する頃には、平時でも彼の眉間には深い山と谷が刻まれてしまうのが予測できた。哀れでしかない。


 眼鏡の奥、アイスブルーの瞳が……切実に訴えかけるようにわたくしを射貫いていた。


 多分、他者の好意をスルーしろとか、空気を読ませろとか、返事は断れとか、様々な要望が多く孕んでいるのは分かるのだが……分かるのだが……。


「イヴァン会長、せっかくですが――……」

「ああ……そうですね、急に押しかけてきては迷惑でしょう……でも、わたしはいつまで学院にいられるか……この心臓も、いつまで持つかわからぬ命です。動けるうちに、せめて貴女と楽しい思い出を作りたかった……」


 すっ、とそっぽを向いて悲しげな表情を作るイヴァン会長。


 その表情もとても絵になるのだが、こんな時に病弱設定を前面に押し出して、断りづらい雰囲気を作るとは……結局ピュアラバのリメイクでは、イヴァン会長は改悪されている。


 こんなイイ性格している奴など、病弱のイケメンでなければ即お断りしているところだ。

「かわいそう……」

「パーティくらい組んであげればいいじゃん……」

 急にイヴァン会長に同情する人が続出した。

 当事者じゃないから好き勝手言える外野どもめ……。


 マクシミリアンとイヴァン会長も、わたくしの返事を待っている。


 セレスくんはもはやあきらめ顔。

 周囲の様々な視線に込められた感情。


 あなたがたは、わたくしにいったいどーしろというのか……。


 そうねえ……イヴァン会長はわたくしに危害を加えることはもうないはずだ。

 危なくなればジャンもいるし、セレスくんだっている。問題ない、と思いたい……。


「――……わかりましたわ。採取なら、お身体に無理をさせることはありませんわね」

「おお……許可をいただけるなんて、夢のようだ……」


 ふわぁああ……っと周囲に花が咲き乱れるかのようなイヴァン会長の笑み。

 割と策士のくせに本当に嬉しいのか可憐な笑顔を見せるので、つられてこちらも笑いかけてしまった。


 レトもこういう時期があったんだよね。今もとってもかっこいいし可愛いのだけど、最近はこんな風に笑っていないからなあ……。感動が足りていないのかしら。


 わたくしがそう考えているうちに、イヴァン会長は勝手に三人パーティで申請し、そのままポチポチとあれこれを押すと……『依頼を受注しました』という赤文字が出現した。

……あれ?

「……受注……? まだ……できませんわよ、ね?」

「そうだと、思うんですが……そういう表示になるのでしょうか……」


 わたくしとセレスくんが首を傾げていると、イヴァン会長は口元に人差し指をあてて上半身を傾けながら、楽しそうにわたくしたちへ顔を近づけ……。


「――実はこれ、受注は生徒会長(わたし)の権限で、先に認可できるのです」

 ズルだ。

「それ、職権濫用というのでは……」


 アリアンヌでさえ絶句し、それとなーく不正行為をするイヴァン会長を咎めているようだが、生徒会は当然いろいろな権限を持たされているのです、という謎の理由で不正は握りつぶされた。これが権力か。


「……どうしても、貴女と行動したかったので。誰にも言わないでくださいね」


 言わないのはわたくしと行動したいことか、職権濫用したことかどっちだ。

 渋々と頷くと、では当日よろしくお願いしますねと言いながら、イヴァン会長は自分の教室へと軽やかに戻っていった。


 後に残されたわたくしとセレスくん、そしてアリアンヌはそれぞれ顔を見合わせる。


「お姉様。もう大丈夫……じゃ、なかったんですか……?」

「大丈夫のはずです。基本的には……」

「邪念のような感情は、見受けられませんでしたよ。わたしには、本当にリリー様と一緒に組みたかったのではないか、と思うのですが……」


 セレスくんは深く息を吐いて、波乱ですね、と呟く。


 ジャンはもうこの問題に興味が無いらしく、結局戦闘依頼じゃないのかと、どこかがっかりした様子だった。




前へ / Mainに戻る /  次へ


こめんと

チェックボタンだけでも送信できます~
コメント