【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/68話】


 クラスでも当然、正面階段前の依頼状……つまり依頼掲示板のことは皆の知るところとなっており、休み時間のたびにあちらこちらで依頼状のことやメンバーの勧誘について話し合う声が聞こえている。


『ジャンさんを借りたい』という声がなぜか出てきたので、護衛は主人の生命に危険がある場合以外戦闘に参加しませんし、わたくしも戦闘経験はございません、と告げると、戦力にならないことを理解して渋々去っていく。


 あら。そんなすぐ引き下がって、よろしいの?

 命の危険があっても、死ぬことはない……と保証するようなものなのだが、まあ怪我だって負いたくはないわよね。


 それに……知られないように隠しているだけで、わたくしは弓矢の腕前、この学院生徒の中で一番と豪語して良いくらいはあるんだぞ。


 でも、頭があまりよろしくなく、武芸も魔術も出来ない……という、リリーティア像を作ってクリフ王子を落胆させ、その逆に何でも出来て可愛いアリアンヌ最高! 結婚しよ! と思わせるための壮大な婚約破棄計画があるので、わたくしはここで精霊さんとか弓の熟練度の高さを披露するわけにはいかない。


 まだ計画は序盤も序盤、始まったばかりなのだ……。

「――……お姉様」

……と一人で考えていたら、もはやわたくしの前の席に座ることが常態化しているアリアンヌが、こちらに身体を向けて話しかけてきた。


「難しいお顔をされていますけど、お悩み……ですか?」

「ええ、なんでもありませんわ。クラス対抗戦のことを考えておりましたの」

「あっ、そうなんですね!! 良かった、私も同じようなことを考えていたんですよ~! 奇遇です!」


 何が良かったかは分からないが、アリアンヌは表情をパッと輝かせつつ、顔の前で両手のひらを合わせる。そんな仕草も普通に可愛い。


「お姉様、依頼で納品の護衛やポーションの作成があったのは覚えていますか?」

「――……ええ、確か……そのようなものもありましたわね」

「一緒に協力してください! お姉様がポーションの作成をし、私やクリフォードさまがそのポーションや他の品物を納品しに行くので!」


 そうすれば依頼もはかどるし、お姉様の評価点にも繋がります! と鼻息荒くアリアンヌは説明してくれるのだが……基本、依頼は早い者勝ちのはずだ。


「それは、双方にとって喜ばしいことですが……ねえマクシミリアン……様、依頼の方法についての確認をしたいのですが」

 わたくしは自分の後方に座っているマクシミリアンに声をかけた。


 普段マクシミリアンと呼ばせて貰っているが、ローレンシュタイン『伯爵』家よりも爵位の高いアラストル『公爵』様なので、学院や外では名前プラス様付けで呼ばせていただいている。


「ああ、依頼のことか。どんなことが気になっている?」

 マクシミリアンはメモか何かを見ていたようだが、それを閉じて顔を上げ、話の中に入ってくれた。

 ちなみにアリアンヌの隣は、仲良しのセレスくんが座っている。クリフ王子は教室の中央あたりの席にアルベルトと共に座っていて、他の生徒からの依頼勧誘を受けているご様子だ。


 ふむ。これを機に、王族や貴族に近付いていい思いをしたいと狙う子もいる訳ね。


 評価点のボーダーに届かずに学院から退学することになっても、今後の繋がりを生み出し、出生や野望のために持てる全てを使おうとは、なかなかにしたたかだわ。いえ、賢いというべきなのかしら?


「申し訳ないのですが……依頼の受注と承認について、いまいちはっきり覚えておりませんの」

「ああ、そのことか。確か今日あたり生徒全員に、腕輪が配られるはずだが」

「……腕輪?」


 怪訝そうに問いかけ、アリアンヌへ『知っている?』というように目を向けると、彼女は首を横に振った。新たに出た情報なのだろうか。


「依頼がその場で確認・受注できると聞いているぞ」

「まあ……!」


 ステータス画面から呼び出すアレと同じなのね! 分かったわ! ……という言葉を飲み込み、わたくしは曖昧に頷いて、理解したというそぶりを見せた。

「では、腕輪とやらをいただいて、もう一度先生に伺ってみないと分かりませんわね。きっと説明もあるでしょうけれど」

「そうだな。そこで今まで伏せられていたことや、注意事項も増えているかもしれん」


 真面目なマクシミリアンにそう説明され、わたくしとアリアンヌは神妙に頷いた。それに小さく微笑んでから、そういえば――……とマクシミリアンはアリアンヌの隣、セレスくんに問う。


「セレスティオ様は、もう何を行うかお決めに?」

「はい。幸いなことに教会や貧民街での奉仕依頼など、私に得意なことも出来るので」


 にっこりと天使のような微笑みを向け、穏やかに頷くセレスくん。

 中性的に見えることもあるが、セレスくんの物腰の柔らかさは、いつもクソデカボイスで怒鳴り散らすクリフ王子にも少し見習って貰いたいものだ。


「――もし、皆さんのお力が必要な依頼があれば、そのときは頼らせてください。リリーティア様の、作成などはきっと多く必要になるかと思いますから……」


――……なるほど、こうして前置きを作っておけば、一緒に行動していても別段おかしいことはないわね。


「もちろんですわ、司祭様! わたくしこそお願いしたく……」

「司祭様なんて……。孤児院や我が家同然の教会に、多額のご支援をなさっているローレンシュタイン家の方が他人行儀なのは寂しいですよ。どうかセレスとお呼びください」

 おお、セレスくんもなかなか芝居がお上手である。

 ジャンの反応は静かなものだったが、あとでからかわれること必至だ。


「――……わかりましたわ、セレス様。せっかくですもの、わたくしのこともリリーとお呼びくださいませ」

「はは、それではリリー様……よろしくお願いしますね」


 と、ここでお友達になりましたイベントみたいな……ジャンから見ればお遊戯でしかないであろう寸劇のようなことを行い、わたくしたちは笑い合う。


「い、いいなあ……! 私、セレスティオさんのことセレスって呼んだことないですよ?!」

「アリアンヌさんもそのように呼びたければどうぞ」

「じゃあ、セレスさん……うーん、やっぱりやめておきます。なんかしっくりこないし、私の中ではセレスティオさん、が一番慣れてていいかな!」


 孤児院時代からそう呼んでいたんだものと朗らかに笑い合う二人。

 あらあら、これはこれは……とても微笑ましいわね。


 子供の頃からまるで、お兄さんのように見守ってくれていた司祭様との淡い恋……とか、リメイク版はアリアンヌにセレスティオルートがあるのかしら?


 いいじゃない、それはぜひプレイしたかったものだわ。


 間近で人の恋愛を見守ることが出来るなんて、とても美味しいのだけど――……さっきからチラッチラと、視界にクリフ王子の心配そうな、仲間に入りたそうな顔が見えるんですけど。


 だいじょーぶよ、クリフ王子。あなたがよっぽどアリアンヌに愛想尽かされない限りは、セレスくんとくっ付かないわ。


――……あ、だめだ。愛想尽かされたら、婚約破棄できないじゃない。


 リリーティア『で』いいや、って思われてしまうのはわたくしも業腹だし、絶対婚約破棄したいのだもの。アリアンヌ、頑張ってちょうだい!


 そういった思いを乗せてアリアンヌをじっと見つめると、わたくしの熱い視線に気づいた彼女は視線を交差させて……ぽっ、と頬を赤らめて恥じらう。


「そんなに見つめられたら恥ずかしいです……」

「……無遠慮に見つめてしまってごめんなさいね」


 そこは赤くなるところじゃない気がするんだけど。この感じでは『なんとしてでも頑張ってね』という意思は伝わってない可能性がある。


 まあ、あと三年あるのだし、最終的には婚約破棄に持ち込めるよう相談しあえば良いか……などと、まだまだ先が長いことを実感として認識してしまうのだった。




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こめんと

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