【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/65話】


 部屋の掃除を終えてから入浴も済ませ、髪を梳きながら……先程レトが『寝る前に部屋に来て』と言っていたのを思い出す。


 忘れていたわけではなく、ずっと考えていたのだけど……重大な話があるような感じではなかった。


 もしかしたら、明日の行動とかを言付けしたり確認するだけ、かもしれない。


 時計を見ればもう夜の十時になろうという頃だ。これ以上遅くまで待たせると失礼だし、レトだって予定があるんだから早く行った方が良いわね。


 今着ているのは、透け感のない白いロングワンピースなのだが……変ではないか、鏡の前に立って確認してみる。


……うーん、わたくしってば相変わらず美少女だわ。


 可愛いものも、セクシーなものも何を着ても似合う。

 今度いろいろ買って試してみようかしら……って、ウットリしてる場合じゃない。薄着じゃないし、これに軽めのストールでも羽織っていけば大丈夫かしら。

 薄青のストールを掴んで肩にかけると、そのままレトの部屋へと向かう。


 魔界にも寒暖差のある地域が出てきたが、このあたりは疑似太陽の直下ということもあって、夜は蒸し暑い。


 時折物陰で闇の精霊が幽霊のように佇んでいることがあって、その都度わたくしは内心驚いているのだが……そうして二、三度驚きながらもレトの部屋の前へとたどり着く。


「ああ、来てくれたんだ……早く中に」


 扉をノックするとすぐにレトが顔を見せてくれて、若干強引にわたくしの手を引いて部屋の中へと招き入れると、すぐに鍵をかける。


 先日の転移ギミックがあってから、部屋に鍵をかけるとなんとなーくわたくしの精神は緊張してしまうのだが、レトだから大丈夫だろう。


「……来て、くれたんだね」

「来て欲しいと仰ったのはレトではありませんか。それに、断る事なんて何もございませんもの」


 レトに笑いかけながらそう告げると、なぜだか彼はいたく嬉しそうに頷き、ありがとうと礼まで言われてしまった。


「お礼なんて言われることでは……。その、何か大事なお話があるのでしょう? 遅くなってしまってごめんなさいね」

「――……話?」


 ニコニコと微笑んでいたレトが怪訝そうな……むしろ初めて聞きましたというように困惑した顔をして、眉を顰める。


「えっ? お話があるからわたくしを呼んだのですわよね」


 そう発した瞬間、確かにレトの周りの空気が固まった――……ように、わたくしには思えた。


 彼は動きを止め、二度、三度と瞬きをしてから……額に手を置いて、盛大なため息を吐きつつその場にへたり込んだ。


「そうだね……。そこから、か……」

「えっ?! ええっ!? そんなに呆れられるものですの?!」


 わたくし何か見過ごしているのだろうか。


「俺、話があるって言わなかったと思う」

「それは……そうでした、けれど」


 こちらを少しばかり責めるような眼をして、不満をレトは口にしたのだが……人を呼ぶということは話があるから……だと普通は解釈しないかしら。


「それでは、どのような用向きが……?」

「…………」


 すると、レトは急に押し黙ってそっぽを向いてしまった。


 用件を言わないし、聞いても答えないし一体どういうこと?

 何か言えないような理由でも――…………、そう考えたとき、わたくしは頭の一部が急激に冴えてくるような感覚と、どうして良いのか分からずに思考を停止したいような感覚が同時にやってくる。


 レトもわたくしが何かに思い至ったというのが分かったらしく、小さな声で『そうだよ』と呟いた。


「リリーと、もっと一緒にいたかったから……」


――……あ、そっちなんだ。


 いけないことを想像していたような、心の汚い自分を即恥じる。

 魔界の王子様は純粋なのだ。そういう事をそんなに考えているわけがない。


「そうですわね。わたくしが学院に行ってからは……一日中一緒、ということは限りなく少なくなりましたもの。たまには夜更かしも悪くありませんわ!」

「うん……?」


 またレトの言葉に疑問符がついている。


 わたくしたちは再び、お互いの顔を見つめながらまた勘違いをしている……のかどうかを観察し合う。


「レト……どうやらわたくしの勘違いに困っていらっしゃるようなので、そろそろあなたの想定していることを教えていただきたいのですが」

「……そうか。リリーは分かってくれたのかと思ったけど、そんなことないか……」


 リリーだものね、とどこか諦観したような顔をしているが、おい、それはちょっと失礼ってものだぞ。


 レトはコホンと咳払いを一つして、自らの気を整え(?)てから……すっとわたくしのことをまっすぐ見つめた。

「今日は、リリーと寝たかったから」

 と、とんでもないことを口にした。




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こめんと

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