【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/64話】


 ここ数日のゴタゴタしたこと(主にイヴァン会長絡みだったけど)も終え、わたくしは久しぶりに仲間と穏やかな夜を過ごしている。


 明日と明後日は連休。アリアンヌは久しぶりにローレンシュタイン家に顔を見せに行くといって許可証に必要事項を記載していたから、泊まりがけで帰省するらしい。


 マクシミリアンとクリフ王子は会食があるとかで、今日の夜は戻ってこないらしい。だから……わたくしの部屋に訪ねてくる人は無いといっていい。


 何かあれば防犯カメラ代わりの魔具を見たレトが教えてくれるし――……わたくしもジャンものんびりと、魔界で過ごしている。


 様々なイライラとストレスが溜まりまくっているジャンは、早速ノヴァさんを連れて訓練所に行っているし、セレスくんは魔界の自室を掃除している。


 ヘリオス王子とレトは、魔王様のところに行ってまだ帰ってきていない。

 なので、わたくしとエリクは……のんびり二人でお茶を飲みながら、錬金術の話をしたり、イスキア先生の話をしているわけだ。


「ポーションが課題で出ましたでしょう? 後日納品したとき、イスキア先生はとっても驚いてくださって……ふふ、そうそう。エリクが通常の方法を用いて作成したポーションもお見せましたの。やっぱり凄いー……って、イスキア先生ったら悔しがって、自分もポーションを作る! ……と燃えておりましたわ」


「イスキアのスタイルは、量産に向いてるので便利なのですが……品質は釜作成のほうが向上しやすいんですよね。そういえば、魔界の土も品質が向上していましたよ。以前の土を使って作成したアイテムより、品質と特殊効果が変化していましたから」

「まあ! それはすごいわ……ううむ、やっぱり土壌って大事なのですわね……」

 魔界の土壌も、少しずつではあるが硬い土がほぐされているような気がするし、変化した魔物達が、土の中からわたくしを呼ぶ声が聞こえるのもびっくりするのだが、新しい環境に適応してうまくやっているらしい。


「そろそろ、魔界の材料で新しい調合も試してみたいものですわねぇ……」


 ハルさんとのやりとりをするための鞄からお金と購入した材料を取り出しながら、わたくしの師でもあるエリクにそう話しかけると、そうですか、という淡泊な返事。


「わたしは日々行っていますので……別になんとも」

「そうでしたわね。それで、どんなものが作れましたの?」


 すると、エリクは地上では作ったことがないものも出来るので、それがなんなのか分からないことも多い……という。


 リメイク版では、魔界の調合は新しいアイテムデータ……としても更新されているのかしら。あ、でも、もしエリクがリリーティア陣営だとすれば、よね。


 ん~……ほんと、これがイレギュラーなのかストーリー準拠なのか全く分からないわ。一度くらいプレイしておきたかった。いや、欲を言えばやりこんでから成り代わりたかった……。

「ちなみに、こういったものが作れました」


 と、エリクがわたくしに差し出したのは……光沢のある黒い金属板。


 手に取ってみると、薄い板はとても重い。思わず落としそうになった金属板を慌ててエリクが掴み、ほぅっと息を吐く。


「……そう。薄いのに、想定していたより……金の比重より重いのです」

「確かにわたくしも見たことがありませんわね……魔界の金属、なのかしら。ちなみに、これはどのように作ったのですか?」

「竜鱗五種、魔界水、ドラゴンバタフライの鱗粉です」


 ドラゴンバタフライ……ああ、あの大きめのチョウか。鱗粉攻撃が全体で、ブラインド効果があって嫌なのよね。しかも材料になるんだ……。


「竜鱗だけでは失敗するのですが、攪拌(かくはん)の反応が軽いので、きっと材料が不足しているのだろうと思い……様々なものを試してみたところ、鱗粉でこれが出来ました。加工しようにも、魔界には鍛冶屋がありませんからね」

「そう、ですわね……。専門的な知識を有した者が必要かしら……」


 かといって、ここは魔界なのだし人間ばかり頼るわけにも……そうだ、ファンタジー世界の鍛冶屋といえばドワーフだったりするわよね。この世界にはそういう人が居ないのかしら。


「エリク、地上のどこかにドワーフの鍛冶屋さんってございません?」


「は? ディルスターに引きこもっていたわたしに、そんな広い世界のことを聞いても分かるわけないでしょ……ドワーフはどこかに居るのでしょうが、数年前のテシュトにすら、そういう人はいませんでしたね。違う大陸にいるかもしれませんよ」

「そう……」


 ピュアラバには『2』みたいな続編などは出ていないから、違う大陸のことだと確かに分からないわね。新しい発見かもしれないけど、魔界の限られた参考書 (しかも地上で書かれたもの)だけでは、全く情報にならない。

 まずは図書館で調べ……てもいいけど、イヴァン会長から花もほころぶ笑みを向けられては呪いのペンダントが喋り始めちゃうし、まずは調べに行く前に、レトに相談してみるのが良いかもしれない。


「ありがとう、エリク。ちょっと今後の方針にも関係しますから、レトに話を持ちかけてみますわね」

「ええ。レト王子もこの金属のことは話してありますから、すぐ通じるはずです」


 わたくしはそれに頷き、席を立ってエリクにおやすみなさいと告げると、通路の向かい側にある、魔王様の居室前に立つと……ひとりでに扉が開いていった。


 わたくしが立つだけで、この扉は勝手に開いてくれるのだ。

 ちなみに、ジャンやレトが前に立っただけでは開かない。


 魔王様の計らいによるものらしいが、魔王様に言わせれば『レトのお嫁さんになるリリちゃんに、魔界で閉じておく扉はない』とのことだ。


 それまで『リリーばっかりひいきしてずるい』と、ぶーぶー文句を言っていたレトが……破顔したのは言うまでもない。


 もしやレトがうるさかったから、適当なことを言ったのでは……とも思ったが、魔王様はいつもまっすぐな物言いなので、これも本気なのかもしれない……。

「魔王様、親子水入らずのところ失礼致します」


 軽く膝を折って礼の姿勢を取ると、構わないよ、と魔王様は優しく仰ってくださった。


「そろそろぼくは寝ようと思っていた頃だからね」

「父上はいつも寝ていらっしゃるではありませんか」


 たまには身体を動かした方が良いですよというレトに、歳だから急に動いたら危ないんだよと返す魔王様。いや、魔王様はただぐーたらしたいだけでしょ。


「それで、リリちゃんもぼくに何かお話があるのかな?」

「あ、いえ……その、エリクの作成した金属のことで、レトにどうしようか聞こうと……」

「あの黒い板のこと? 俺も父上に尋ねていたんだよ。厳密には金属ではないんだって」


 と、レトは自分が聞いた話をわたくしにも共有してくれた。


 どうやら、竜の鱗の硬質さがうまく作用しているらしい。

 防具や武器に加工できれば、魔法銀(ミスリル)にも勝るとも劣らない優れたものが出来上がるだろう、とのことだが……。


「あれは重すぎて、武器や防具に加工できる量を集めたら……人間には装備出来なさそうだ。それに、竜鱗もいくつ使うことになるか……」


 魔族には装備可能だとしても、五種類の鱗を集めるなんてコスパが悪すぎる……ということで、断念せざるを得ないようだ。


 確かに加工方法も不明だし、スマホくらいの大きさの板を何枚集めて使えばいいのかもわからないわよね。わたくしが生きている間に材料や情報をどれくらい集められるのか、ということすら分からないのだから、後世の天才達にお任せしましょう。


「……残念ですが、武器や防具としての加工は諦めるしかなさそうですわね」


 魔界は戦を想定することより、領地開拓のほうを考えたほうがいい程度だし。


 話はそれだけ……といえばそうなるので、魔王様もそろそろお休みになされるようだったので、わたくしはここで辞しておこう。


「ちょうど良く、そちらでお話していたことの結論が聞けましたので……助かりましたわ。聞きたいことも聞いてしまいましたし、わたくしこれで失礼致しますわね」

「リリーは今日魔界で過ごすの? それとも、寮に戻る?」

「せっかくですから魔界で過ごします。もし、誰か寮に尋ねてくる方が居たら教えてください」


 急いで戻らないといけないから、と告げると……レトは困ったような顔をして、分かったよと応じてくれた。

 魔王様の居室を出て、慣れ親しんだ魔界の自室……というか小屋……に戻ろうと通路を歩いていると、後方から駆けてきたレトに呼び止められた。


「あら、どうなさいましたの?」

「伝えたいことがあったんだけど、さすがに二人の前では言いづらくて……」


 わたくしに伝えたいこととは何なのかしら。

 首を傾げ、レトが用件を話してくれるのを待っていると……。


「――……寝る前で良いんだけど、俺の部屋に一人で来て」

「え? ええ……わかりましたわ」


 というか、魔界にいるときには危険が無いので、ジャンもお役御免なのである。

 何を心配しているのだろうか……と思っていると、レトは困ったようにわたくしを見て、はぁ、と小さく息を吐いた。


「……わかってなさそうだね……とりあえず、待ってるから」

「はい……? ええ、また後ほど」


 軽く手を振って応じると、レトはなぜかがっくりと肩を落とし、何かに落胆したそぶりを見せてつつも自室に戻っていくようだ。

 わたくし、また何かレトの期待に応えられない事をしてしまったのかしら……。




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こめんと

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