悪魔に魂を捧げるのも厭わないと言い放ちながら、わたくしに手を差し出すイヴァン会長。といってもそれぞれの立ち位置は部屋の中央と奥、という物理的な距離が両者の間にはあるので、その手を差し伸べたところで届かないのだが。
とはいえ……とんでもないヤンデレが爆誕してしまった。
ヘリオス王子もヤンデレだけど、このゲームで(多分無印で)ハマった皆が待ち望んでいたであろうキャラ……の一人が、ヤンデレに改悪されているとなったら、もはやこのゲームのレビューはやはり低評価にならざるを得なそうだ。
いや、もしかしたらアリアンヌサイドとリリーティアサイドではキャラの性格が違うとか……? うわ、一粒で二度美味しい……のかしら……?
「わたくしを手に入れられるなら、感情を向けられなくても側にいればよろしいみたいですわよ、レト。どうしましょう」
「だめだよ。俺、人形だとしてもリリーを人にあげたくないんだ」
うわ、そんなことを真顔であっさり言っちゃうなんてずるいのでは……。
ちょっと早まった鼓動に意識を向けないようにして、わたくしはイヴァン会長にごめんなさいね、と先に謝っておいた。
「わたくしを熱烈に所望してくださるのは嬉しいことなのですが……わたくしは誰の側にいるのかも、何のために行動するのかも、自分で決めたいのです」
「ええ、そう仰るだろうと思っていました」
なんとも綺麗な笑みを浮かべて、イヴァン会長はゆっくりと頷いた。
それだけなのに、優雅な振る舞いに見えてしまう。
差し伸べるように前へ出していた手に、魔力が溜まっていくのがわかる。
レトが反応し、わたくしの前に出てイヴァン会長の出方を警戒した。
「想定通りに――奪うだけです」
すると、イヴァン会長の手から魔力がはじけ……床一面 に、びっしりと書かれた魔法の文字が浮かびあがる。
「これ……魔法を封じる結界ですのね!」
「やはり貴女は魔法の心得がおありでしたか。そう。相手の術を封じるものと……行動を抑制する術ですよ」
抑制すると言っても、わたくしは自由に動けてしまう。
隣を見ると、ヘリオス王子もレトも微動だにしない。
「レト……? ヘリオス……?」
なんで動かないの?
「ふふ、その二人は動けませんよ……貴女に術をかけていないだけなのですから」
わたくしの疑問に答えてくれたのは、レトではなくイヴァン会長だった。
「…………」
ピュアラバ無印版では、その魔法の力でアリアンヌ(プレイヤー)を助けてくれていたイヴァン会長。
リメイクになってもその才能があることを実証してくれたようだが、全体魔法で一人だけ外すという器用なことまでしてくれるようになっちゃった。
わたくしが精霊さんを外しているからという理由だけじゃない。選んで外しているんだ。
レト達が動かないのを見ると、イヴァン会長は一歩ずつ踏みしめるようにしてこちらに近付いてくる。
「抵抗しないと、すぐに捕まえてしまいますよ」
「……それは、困りますわね」
マジカル鞄は持っているけど、取り出す猶予を与えてくれるかどうか……。なにより人に武器を向けたくない。が……レト達を傷つけられたくない。
鞄に手を突っ込み、属性の力が込められた攻撃アイテムを引っ張り出すと、イヴァン会長は楽しそうに微笑む。
「そんなものを投げられては、また部屋が爆発してしまいますね……大目に見て、修繕費は不問にしますよ。ただし……」
ただし、の部分の声音が低くなったと同時、レトの真横にやってきて……ポケットから取り出した短剣をレトの喉元に突き付けた。
「不問にするのは費用であって、それを投げた場合は――抵抗と見なして即座に彼を殺します」
レト達を行動不能にしたのは、人質にするためなのか?
投げかけた手が止まるのを見て、イヴァン会長はうっすらと笑みを歪める。
わたくしに対して、大きな抑止力があると理解したのだろう。
でも……そんなこと、間違っている。
「あなたに……出来るのですか」
「ええ。貴女を手中に収めるためなら」
何でも無いことのように告げるイヴァン会長だったが、彼は誤解しているようだ。
「……いえ。あなたには、レトやヘリオスを殺すことは出来ません」
「神様が見ているなどと言うなら、無駄なことです」
信仰心は持ち合わせておりませんので、と冷ややかに告げたイヴァン会長に、そうではありませんよとわたくしは首を振った。
「彼ら、魔法にかかっていませんのに……どうして動かないふりをしたのかなと」
「なに……?」
イヴァン会長がわたくしの言葉を確かめるべく視線をレトに向けると――……。
「リリー、そんなすぐにバラさないでよ。命を狙われるなんて事ないから、もうちょっと愉しみたかったのに……まあしょうがないか。ジャンも帰ってくるし、早く片付けないと部屋には入れないよね」
残念だという顔をしながら、レトはイヴァン会長の手首をがっしりと掴んだ。