【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/56話】


 いやいや、ヘリオス王子。こうなったまでの過程はわたくしも気になるけれど、そんなこと本人が居る前で話すわけないじゃない。


「――……いいでしょう。お話しします」

「いいんですのね……」


 思わず呟いてしまったわたくしに、イヴァン会長は嬉しそうに微笑んだ。


「もうこちらの二人には、貴女に対するわたしの気持ちは透けて見えるようですから……リリーティア様もおそらくは、察しがついているのでしょう?」


「……わたくし、あなたに気に入られるようなことは何もしておりませんわ。だというのに、親身になってくださるというのは疑問に感じていますけれど」


 手に入れたいとか、好きだとか執着しているだろうというのは……ほぼ確定的に感じられる人たちの情報だとしても、ご本人の口から発されたわけじゃない。


 だから、少ない可能性……一時の気の迷いってことだってあり得るはずだ。

「――……わたしはこの世に生まれ落ちた瞬間から、王宮魔術師に匹敵するほどに膨大な魔力を有していたのです……両親は神の祝福だと喜んだそうですが、すぐに、それがわたし自身にも他者にとっても、ただの凶器であると判明するのです」


 イヴァン会長が生い立ちを話し始める。その話の端々は、無印版でイヴァン会長自らアリアンヌに語っていたはずだし、そのルートをクリアしたわたくしも知っている。


「わたしが生まれつき身体……心臓が弱かったこと、怪我をしても自然治癒力が人よりも遅いこと。そして……赤子が、膨大な魔力を制御できるはずもないこと。それらが複合し、わたしは何度も魔力を暴走させ、自身や他者を傷つけていたそうです。魔力を暴走させれば心臓に負荷がかかる。その頃から幾度も生死の境をさまよったと聞きました」


 そう。イヴァン会長は、心臓だけではなく内臓全体が弱いそうだ。

 ご飯もいっぱい食べられない・体育の時間は座学以外休み・筋トレも漢方的なものも効かない……という、体質改善が見込めない、人生ハードモードらしい。


 ファンブックでは『彼は超虚弱体質の反動か、意志と気位だけは強い。だから健康で、才能もあるのにやる気の無い奴が大嫌い。そういう人が、自分の欲しいものを得ていたりすることもあるので、苦しさも数倍なのだと思います』とディレクターのコメントが書かれていた。


――……嫌いな奴の項目がいくつか、ジャンにあてはまっている気がするな。


 そんなわけで、赤ちゃんの頃からイヴァン会長は生まれ持った魔力に悩まされてきたのだという。


「毎日のように、魔術師に来てもらい魔力の吸収などの処置をされていたそうです。その縁のおかげもあり、物心ついてから高位の魔術師に師事して魔法を学ぶことにもなりました。自身で制御できるようになったため、ようやく誰も傷つけぬ生活を送ることが出来るようになりましたが――……体調が悪化し、肺に穴が空いてしまったことが原因で、辺境で数年間寝たきりを余儀なくされました」


 せっかくこれからというときに、数年を寝て過ごすことになるとは……なんともそれは難儀なことだ。


「毎日同じ景色ばかり。わたしの体調も良くなっているのかすら分からない。近々このまま朽ちるかもしれないと……人生にも飽いてきたところに、貴女の話を使用人から聞いたのです」

「え? そこでわたくしですの?」


 突然登場するリリーティアという伯爵令嬢は、彼の人生にどう影響するのだろうか。


 もしかしてそれって、わたくしではない本物のリリーティアの話かしら。


「高貴な令嬢が、突然おかしな事を口走るようになり、手を焼いた当主から辺境に送られたと聞きました」

「ああ……」


 正真正銘、成り代わったわたくしがやらかしてしまった時の話だった。


「……あら? ということは、イヴァン会長が療養していた場所というのは……ロッドフィールドでしたの?」


「はい。むしろ、療養地として最適な場所です。ですから、そんな場所に送られてきた令嬢のことは一体どんな人間なのだろうという興味を抱きましたよ。そして彼女も、もう二度と華やかな生活には戻れないのだろうなと思いましたから」


 ああ、そういう意味での興味から始まったのか。

 当時のイヴァン会長が抱いていたのは、迷惑な隣人が越してきたのと変わらない、なんら普通の感想だ。


 家の品位を落としかねないということで隔絶されていたわたくしは、使用人からも冷遇されて日々寂しくも、気持ちが沈むくさくさした生活を送っていたわね。思い出すだけで息苦しくなるわ。


「しかし、わたしが療養して長い。ずっと面倒を見てくれていた使用人は、この街のことはまるで自宅の庭のように熟知している。来たばかりで勝手がよく分からず困っていた伯爵家の使用人とも、買い物などの経緯から世間話する程度の親しさになっていましてね……様々な情報を聞いてきたと話してくれたのです」


 わたくしが文字すら読めなくなっていること、わがままは言わなくなったが、今までのわがまま三昧に迷惑を被ってきたため、食事もわざと冷めたものを出していること、掃除も適当にしていること……などなどを、頼んでもいないのにあちらが楽しそうに教えてくれたという。


 その恥ずかしい情報を今更ながら他者から聞いた、わたくしの気持ちがどのような状態かは……自分でも整理しきれない。


 あいつら張り倒してやろうか、と思う程度に憤り、やっぱりわざとだったんだなという悲しい気持ちや、資金や装飾品ちょろまかして懐に入れていないだろうなという道徳的な部分から来る疑惑や怒り……自分だけではなく使用人の教育がなっていない恥ずかしい面まで暴露されたのだ。


「ああ……心がつらいっ……」

「リリー……気をしっかり」

「大丈夫だよ、今の話じゃないもの。ね。落ち着くんだよ」


 経緯を教えてくださったイヴァン会長を直視できず、思わず顔を覆ってしまったわたくしに、レトとヘリオス王子がいたたまれないというように控えめな声をかけてくれる。

「……存じ上げていない刺激的なお話だったようですね……お心を乱して申し訳ありません」

「いいえ……少々驚いただけですわ、お気になさらず。どうぞお話をお続けになって……」


 わたくしの使用人から、イヴァン会長の使用人さんに筒抜けになったお話……何があるのか気になるもの。


 先を促すと、イヴァン会長も頷いて話を続ける。


「――……使用人曰く、あちらの使用人が……『頭のおかしくなった令嬢(リリーティア)』様が、魔物を操って逃げ出した、といったそうです」

「……誤解も甚だしいですわね……」


 あのクソメイドだな。顔は忘れかけてるけど、いつも視線を合わさずに冷たいご飯を持ってきた、わたくし担当のメイド。


 そう、あの日は……というか、その魔物こそがレトであり、わたくしと彼の初めての出会いだったのだが……そこでわたくしは人生初めての誘拐をされているのである。


 どこぞのゲーム……ヒゲ配管工のヒロイン、キノコの国のお姫様みたいに何回も誘拐されているっていうのも驚きだが、悲しいことに、レト(魔導の娘を探していたため)・ヘリオス王子 (夢の世界にわたくしの精神を幽閉)・イヴァン会長 (確証はないが限りなく黒)と……わたくしの誘拐犯ばかりがこの場に集まっている……考えただけで恐ろしい組み合わせだ。


「……わたくし、魔物を操ったのではありません」

「ですが『魔物が貴女の側に来て、危害を加えず共に去った』のは間違いない」


 壁や窓ガラスは大穴が空いたくらいに壊れたはずだが、人的被害は出ていない。

 わたくしがぎこちなく同意すると、イヴァン会長はそこなのですよ、と……笑みの形を歪めた。



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こめんと

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