【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/55話】


「……リリーティア様……」

「えっ!? あら、まあ……イヴァン会長、お邪魔しておりますわ」

……結果を言えば、イヴァン会長はその後すぐに戻ってきた。そう、すぐに。


 わたくしとレト、そしてどういうわけかヘリオス王子も一緒に……イヴァン会長の部屋、多少焼け焦げた跡や匂いの残る居間へ(勝手に)お邪魔し、ご帰宅を待っていたわけだが……急に姿を現したのだ。

 ドアが開くでもなく、彼の部屋……居間に降り立った。

 転移というやつだというのは分かっているが、ジャンとレトが通信を終えて五分と経っていない。ジャン達はどうなっているんだろうか。


「初めまして、イヴァン・オリオール。ボクはヘリオス。リリーティア唯一の……友達だよ」


 そう言ってわたくしの背後からぎゅっと抱きついてくる。

 子犬にじゃれつかれているようにしか感じないのだが、唯一の友達というのは……ちょっとわたくし的にも悲しい紹介なのだが、そこについてはフォローしてくれないっぽい。


「…………」


 初対面にも関わらずヘリオス王子に強い眼光を向けたイヴァン会長。これは敵意が剥き出しだなあ……というくらい眉間にシワが深く刻まれ、薄い唇からちらりと覗く白い歯は、きつく噛みしめられている。


「無礼者め! リリーティア様から離れろ……!」


 普段の落ち着き払った態度はなりを潜め、少し攻撃的な意味で興奮しているらしいイヴァン会長が、いつもより高めの声を発しながらヘリオス王子に怒鳴る。


「わぁ、怖いよリリーティア……!」


 叱られた少年のように身をすくめ、更にぎゅうっとわたくしを抱きしめる手に力を込めるヘリオス王子。


 抱きつくというより、どちらかといえば……わたくしが抱きすくめられているようにも見えないこともないのだが……。わ、割と、ヘリオス王子体つきががっちりしてきましたのね?


「――離れろと言っているのが分からないのですか? あなたもあの猿と同じく、リリーティア様にとっての害ですね……!」


 猿とは誰のことなのか……消去法で考えると、ジャンかクリフ王子だろうなという感じはする。まさか正ヒロイン様であるアリアンヌを『猿』などとは呼ばないだろう。アリアンヌのことなら、あんまりにもあんまりである。


 だが、ヘリオス王子は害と言われても平気な顔をして、わたくしをバックハグしたまま『口が悪いなぁ~』と、笑顔を見せていたが……。

「――ねえ、きみもさぁ……リリーティアが欲しいのかい?」

 クスクスと笑いながら、ヘリオス王子はわたくしの髪を一房取り、口づけを落としながらイヴァン会長にそんなとんでもないことを聞いている。


 その仕草が気に障ったのか、イヴァン会長はギッと一層強くヘリオス王子を睨むと……『も?』と尋ねた。そんなに睨んで、目が痛くならないのかしら。


「そうだとも。ボクはリリーティアと切っても切れない友人関係だし、父親からリリーティアと結婚しても良いって許されたら絶対にそうするし……でも、父親はレトゥ……、レトとリリーティアを結婚させたがっている。何より……本人達もそう望んでいるからね、ボクたちの入る余地がなくてねぇ」


 寂しいなあ、と言いながら頬をすり寄せてくるヘリオス王子。

 改めて他者から、レトとわたくしが互いとの結婚を望んでいる、と指摘されると照れてしまいますわね……。


 そんなことを考えながら、レトの方をちらっと盗み見るかのように視線を投げると……彼も同じように考えていたのか、やや恥ずかしげな表情を見せて微笑んだ。


 わたくしたちの密やかなアイコンタクトを感じ取ったイヴァン会長は、忌々しそうにヘリオス王子に向けていた視線をレトへと素早く移す。めざとい。

「――……貴方が、レト……!!」

「……そうだよ。そう呼ぶことなど貴様には許可していないけれどね」


 まあそうする以外無いのだから仕方ないんだけど、とも小声で呟きつつ、レトはイヴァン会長と睨み合う。


 それにしても、普段『君』とか穏やかに言っている気がするのに、初対面でもう『貴様』とは……。レトは相当怒っているようだ。


「はじめましてだね。噂はいろいろと聞いているよ」

「噂……?」


 興味を示したのか、イヴァン会長の声音がほんの少し変わる。

 その言葉の後に若干の間があったので、話して欲しいという意思の表れなのだろうか。


「随分あからさまな態度でリリーの行動や周囲を探っているね。それと、どさくさに紛れて手を握ろうとしたり、穴があきそうなほどじっと見たりするのはやめて欲しいんだけど」

「気のせいじゃないでしょうか。リリーティア様はどう思われていましたか?」


 レトの意見を聞き流し、わざわざこちらに話を振ってくるイヴァン会長。


「えっ? そう、ですわね……イヴァン会長が、レトの言うことを本当に行おうとされていたのなら――……」「まさかまさか。わたしがそんなことをするとお思いですか?」


 レトやヘリオス王子に見せていた凶相とは別人のように、わたくしへとにっこりと微笑んで、あるわけないと強調したイヴァン会長。


 そうですわよねと頷いたところ、ヘリオス王子から『また騙されてる』と呟きが聞こえた。


「……こういう、人の良いところ……というか隙だらけだからって、そこにつけ込もうとするのは止めてくれないかな」


 おお……レト、わたくし一分の隙もございませんわよ。一応人を見る目というものはあるはず……それなのになぜ、そんなひどいことを……。


「そうですね、笑ってしまうくらいに――お優しい方です」


 イヴァン会長、それわたくしを褒めていらっしゃるの? なんだか褒められた気がしないのだけど……。


 意見の一致 (?)があったところで、空気が和むかと思ったらそんなことはない。

「でもね」

 そうレトは続ける。

「――……それを承知していながらも、リリーを見ているだけ……というのなら許してやろうかとも思ったけど、誘拐・監禁は見過ごせないよ。もちろん、それだけで終わったとは思えないから、俺はわざわざ貴様の前に出向いて、とても怒っているというのを伝えに来たんだ」


「貴方に許して貰おうなどとはこれっぽっちも思っておりませんよ。もちろん、リリーティア様の婚約者にさえも……ね」


 にこやかな笑顔ではあるが、その目に冷たいものを宿したまま相手を見据えるレト。そして、会長も微笑みをたたえているものの、その目は少しも笑っていない……。


「面白いことを言うね。はっきり言わせて貰えば、貴様という存在が目障りなんだ。身の程をわきまえるべきだよ」

「それはそれは、苦しい思いをされているようですね。『同じ穴の(むじな)』という言葉をご存じですか? わたしも貴方も、横恋慕という立ち位置は同じではありませんか」


「そう? 残念だけど俺とリリーは相思相愛なんだ」

「妄想癖の上に大丈夫だとあぐらをかいて、他者に取られるまで動かないなんて……ただの間抜けでは?」

「取られてない」


 あの二人の周りだけ、気温が下がりまくって見えない猛吹雪までもが巻き起こっているに違いあるまい。

「――……あのさあ」

 氷原にヘリオス王子が声をかけ、氷点下の争いを繰り広げそうであった二人がこちらを向いた。


「そのまま殴り合いでも何でも双方で始めるのは構わないのだけどね、ボクはイヴァンに聞きたいことがあるのさ」


「……わたしに?」


 知らない男子に呼び捨てにされて、眉間はピクリと神経質そうに動いたが……一応話を聞いてくれる態度を見せるイヴァン会長。優しい。


「きみが、どうしてリリーティアを気にしているのか。手中に収めたいのか、それに興味があるんだ。せっかくだし教えてくれないかなあ」




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こめんと

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