【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/50話】


「――……アリアンヌの様子がおかしい?」

「ええ。急に、具合が悪いから帰ると早退されて……先程お見舞いに伺ったのですが、風邪かもしれないので伝染(うつ)ってはいけないから、と……ドア越しの応答で終わりましたの」


 わたくしは部屋に戻ると、紅茶を淹れながらレトに今日の出来事を話す。

 この部屋にはセレスくんもいて(わざわざレトが部屋に転移をして連れてきた)ちょうど良くお話に付き合ってくれる。


「そもそも、風邪だとしても……わたくしとお昼ご一緒していたのですから、アウトではありませんか。今更遠慮せずともよろしいのに」

「……そこなの?」


 わたくしがブツブツと文句を連ねていると、レトが驚いたような顔をして指摘……いや、ツッコミを入れたと言うべきだろうか。


 そして、紅茶を受け取ったセレスくんもそうですねえ、と、青い顔をして早退していったアリアンヌのことを思い浮かべたのだろう。


「……確かに、午後の授業が始まる前……戻られてから体調が急激に悪くなりました。あと……」

「あと?」


 言葉を止め、セレスくんは手元のティーカップを見つめながら、念が、と言った。


「……魔法をかけられて……いるようです」

「対象の行動を覗き見するときにかけるもの……じゃないかな」

「おそらくは……」


 やけにあっさり看破するレトと、それに頷くセレスくん。


 それじゃあ、わたくしにも魔王様の覗き見魔法がかかっているのかしら?


 なんとなくそう思ったが、魔王様に『違うよリリちゃん。魔王はそんなことしなくても水晶で見ようと思うだけで分かるのさ』とか言われそう。


「午前中は何も気づきませんでしたけど、彼女の体調を見ているとき、本当にうっすらと感じました。私たちは幼い頃から互いを知っていますので、彼女が魔法を使えないことも知っています」


 それに、自分に魔法の才能というものが無いことくらいアリアンヌも知っているのだから、魔法学科にも行かなかった。自主的に学習もしていない。


 セレスくんとアリアンヌは挨拶くらい普通にするけれどボディタッチ的な接触はしないし、彼女の行動範囲での人物に……魔法学科はいない。だから他人の魔力がついているのはおかしい……とセレスくんは続けた。

 確かに、学院に関係ない人……王家お抱えの魔術師さんが、素行調査目的で魔法をかけているとか、そういう可能性もあるだろう。あ、そうなるとアルベルトも範囲に入っちゃうかしら?


「……目的も、かけた人物も不明ですわね……」


「アリアンヌさんが昼食前後からリリー様以外に誰かと長時間接触したというなら……現在最有力候補はイヴァン会長ですか。しかし、私は近くで彼の魔力を感じたことがありませんから、確かなことは申せません」


 午後のアリアンヌは、わたくしやクリフ王子を見る目に怖れのようなものがあった。ジャンの方なんて見向きもしない。今朝はそんなことはなかったはずなのに。

 イヴァン会長だとしたら、いったい……アリアンヌを監視して何をなさるおつもりなの……。


 まさか、わたくしとアリアンヌがお風呂を一緒に入ったという情報を手に入れたからとか? いや、そんなはずない。だいたいその話を真に受けて、じゃあ監視しようとか思ったんならいろんな意味で計画がずさんすぎるだろう。計画っつーか、ただの思いつきね、それ。

「リリーに関係していなければ、アリアンヌのことは別にいいかな」

「そうだねぇ。そのままイヴァンとやらは、アリアンヌと仲良くなって欲しいねえ……」


 レトがにこりと微笑んで、ヘリオス王子までうんうんと頷いている。


「いえ、一応アリアンヌさんはわたくしの義理の妹ですし……わたくしが関係しているなら、巻き込んでしまうなんて事があってはいけませんわ」


「あれほど嫌がっていたのに、随分心配してるんだねえ。リリーこそ、もっと自分のことを考えて。俺はね、リリーと自分の仲間が無事なら……冷たいようだけど他の人間が死んでしまっても心は痛まないよ」


 前から言っているはずだけど、とも言うのだが、そんなにすぐ割り切れるものなのか。不謹慎だけど、例えばラズールのパン屋さんが危ない目に遭ったらどうするのか。そう聞いた。

「それは、普段なら助けるけど……俺にとって、誰よりも大切なリリーの身柄が関わってくるなら残念だけど見捨てるよ。そういうものじゃない? リリーは俺が誰かに殺されかけたら放っておく? まあ、魔族が殺されそうになるんだから、人間であるリリーがどうにかできることはないな……」


「そんなこと絶対、ぜったいにありませんわ! でも、その……そうあっさり、見捨てると決められるかは……」


「そういう優しいところも素敵だけど……リリーが【魔導の娘】であるように、彼女だって【戦乙女】なんだろ? 君に父上や俺が味方するように、何かあれば彼女にもクリフォードや教会やらが味方するよ。居なくなってくれるならそれもいいし……俺、アリアンヌは助けないよ」

 おおぅ……。今日のレトゥハルト殿下は、息子さんに何かあったときの魔王様に匹敵するほどに冷淡である。血は争えないわね。

「実はイヴァン会長、本命がアリアンヌさんだったとか……?」

「ないだろ」


 しかし、多少ヤンデレか何かだと思われているヘリオス王子は、椅子に背を預けながら天井の方を見つめ、違うなあ、と呟いた。


「……イヴァンとやらは、リリーティアを奪う実力行使に出る準備をしている。多分、というか絶対に」

「は!?」


 ヘリオス王子の顔を睨むように見つめたが、驚かないわたくし以外の全員。


「あいつはいつだって機会を狙ってただろうよ。昨日だって、ただ単に教室に姿を見せたわけじゃねぇ。王子様と水色メガネの観察が主だ」


「……あら。本の返却依頼が主ではないの?」


「――……あんたマジでバカなのか? 返却期限の知らせなんざ、ページの最後、管理の刻印の下に赤く出てただろ。覚えとけ」


「返却期限まで三日以内になると、本全体が白く光るはずなんですけどね……まあ、リリー様も魔界のことでお忙しかったでしょうから……寮の入り口にも書籍返却ボックスがありますので、次からそこに投函して返却しておけばいいかと」


 辛辣なジャンの言葉に、わたくしは何も言うことが出来なかった。

 そして追い打ちのセレスくんである。本棚に置いてあったのに、光ってるとか全く気がつかなかった……。


「……本はともかく、近々必ず仕掛けてくるはずなのさ。リリーティアには精神に働きかけるような魔法が通じにくい『精神抵抗(レジスト)』があっても、精霊を消してるなら攻撃魔法や行動抑制魔法は消せない。加護がないのと同じってことさ。ヤツとの接触には気をつけておくれ。ジャンは特にね?」

「ああ。分かった」


「私も教室には早めに来るようにします。リリー様たちの席に、何かを仕掛けられているなどという違和感があれば、それも感知して祓うこともできるでしょう」


 え、そんなことできるの? という顔でセレスくんを見ると、彼は返事代わりに天使のような優しい微笑みを見せた。


「司祭になりましたので、いろいろな魔法も覚えました。邪念に対して敏感にもなり、魔物除けや解除(ディスペル)もできます」

「それは聖職者用の魔法や特技……だったのですね」


 解除や呪いを祓うようなスキルはピュアラバ無印版で、イヴァン会長が使っていたものだけど……今のイヴァン会長からは想像も出来ないスキルである。


 いや、ある意味自分の仕掛けた物を取り除くんだから、解除くらいは出来ないといけないのかしらね。


「クラス対抗戦までまだ期間があるしな。開催した頃に仕掛けてくれりゃ、魔物との戦いでアイツがしくじったことに出来んのによ」

「物騒なことを仰らないでください。あなたがやったのだと分かれば、学院から追い出されてしまうのはわたくしたちですわよ」


 ジャンの闘争心に火がつく前に、イヴァン会長も早く諦めてくだされば良いのに。そう思っていると、それかもしれない、とヘリオス王子が告げた。


「……リリーティアを学院から除籍させてもいいようなこと……それも狙っているかも……いや、だとすると……ジャンが……それはこうするから……アリアンヌが……」


 彼の中ではヤンデレによるドキドキシミュレーション訓練が行われているようだ。想像を絶する恐ろしい仕組みが構築されているんだろうな。


「レトは、ヘリオス王子が何を仰っているか分かりますの?」

「言いたいことはなんとなく分かるかな」


 恥ずかしそうにそう答えてくれたが、どこも恥じる要素ないぞ。むしろ分からないで欲しい。


「……イヴァン会長は仮にわたくしを手に入れたとして、どうするおつもりなのかしら……」


 デートコースの好みや、プレゼントにあげたら喜びそうな商品チョイスなど、無印版のものはきちんと把握している。


 しかし、リメイク版では新しい要素や設定も付随・変更されているわけだ。アルベルトやイヴァン会長の変貌がその良い例。


 思わず口にしたわたくしの疑問に、男性陣皆が……セレスくんすらも眉根を寄せ、常識すら分からない子を見るような、痛ましい物を見るような顔をしている。


「なっ……? なんですの?」

「……マジか。レトはずいぶん奥手なんだな。こいつが鈍いにも程があると思ったぜ」

「そっ……それは今関係ないだろ! それにっ、がんばって、るからっ……!」


 レトが即反応し、ジャンに文句を言ったのだが……赤い顔をしながらも、自身の努力を訴えていた。一体何を頑張っているっていうのか。わたくしが首を傾げると、ヘリオス王子がにっこり微笑む。


「手に入れたらいろいろするんだと思うよ……レトゥハルトもまだして無」「うるさい!!」


 レトは慌ててヘリオス王子の口を手で塞いだ。口どころか鼻まで覆っている気がしなくもない。


「……もしかして、いやらしいこと? ですの?」

「いずれは、そーなるんじゃねーか?」


 つまり、ヘリオス王子が言ったことは……と理解したところで……自分の顔に朱が差す。


 手を握るとか抱擁するとかそういうものでは、とーぜん、ないのだ。


 それ以上の……恋愛感情描写と人物相関図の矢印の方向がややこしくも激しい、少女漫画モノが展開するよーなやつでは?


 漫画的には、いきなり現れた謎のイケメンが主人公を狙って、密室に追い込んで壁ドンからのアレコレなアレですわよね?


「いけませんわ!! そういうのは物語……虚構話(フィクション)だからできるわけで、未知の興奮と刺激に胸をときめかせる女の子達が読んでいるから……だから許されているのですわよ!! わたくし相手に世の中の男性がそんな目や感情を向けるなんて、到底許せるわけありませんわ!」


「なんか俺にも言われてる気がするんだけど……」


 わたくしが必死でいけないことだと訴えると、レトが複雑そうな表情で目を閉じる。


 レトはいい。レトはしてもいいけどっ……い、今はいけません。もうちょっとわたくしが大人になってからですのよ。


「とにかく、ヤるとかヤらねぇとか、どーでもいいんだよ。あの病弱会長が何かこっちに危害を加えてくるようなら、命を守るために()っても問題ねえって事で良いよな?」


 ジャンの目が挑戦的に煌めく。


「良くはありませんでしょう。学院長の息子さんですわよ」


「いえ……護衛を連れている方々の規約には『依頼者、もしくは護衛本人の生命を脅かすような危機状況に遭遇した場合には、特例として学院内での防衛も認められている』とあります。ですから、多くの目撃証言などを得られる状況――……学院長の息子さんが、貴族の令嬢や護衛に危害を加えた場合――ジャンニさんは罪に問われることはないはずです……けど、相手が王族や教会の上層なら……非があっても難しいでしょうね」


 事前に調べましたというセレスくんの言葉に、どこか勝ち誇った顔をしているジャンさん。


 つまり、ブチ切れたクリフ王子がわたくしを斬り殺そうとし、ジャンが返り討ちに遭わせた場合――……王族殺しやら反逆罪やら付随して、ジャンやわたくしは罪に問われる。


 マクシミリアンも公爵だから多分そっち側だろう。セレスくんは教会の寵児。武器を振られるほどに怒らせるようなことはしてないけど、気をつけておこう。

 しかし、ブチ切れたのが爵位持ちではない貴族以下などは……返り討ちにバッサリやっても罪に問われない。なかなか社会的格差のひどい話である。


 会長。あなたがそういう規約を知らないはずはございませんよね。悪いことは言いませんから、今すぐ悔い改めた方が良いよ。


「……ですが、ジャンも魔法は相性が悪い、というようなことを仰っていましたわよね?」

「ああ。おれがどの程度までやれるかは、あいつの初撃がどんなもんかによるな。あと、物理的に互いが離れていて、こっちが近づけねーところから仕掛けてきたら……最悪、おれが事故ったようにしか見えねえだろ」


 これヘリオス王子の時も考えた気がするけど、本当に乙女ゲー世界なのだろうか。精神を奪われたときも、わたくしのあずかり知らぬところで、レトたちはこんな話してたのかしら。


 そもそもさー、なんで、わたくしの側には隠しパラメーター【病み】がありそうなやつばっか集まってんだよ。怖すぎでしょ。


 ジャンも淡泊に見えてそういうのありそうだし、MAXになったらわたくし殺されるのかもしれないじゃん。怖すぎじゃん。


 魔族陣営のヒロインだからって、好感度の要素が負の感情じゃなくて良いんですよ……?


「とにかく、ジャンも必要な物があれば仰ってください。できるだけ用意はします」

「はいよ。そんじゃ、いくつか後で頼んどくわ。久しぶりに身体が動かせるからな」


 ジャンはそう言って、どこか愉しげに目を細める。


 どーか、死人が出ませんように。


 わたくしはそう祈るほか無かった。



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こめんと

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