「あら。フェーブル先生は白兵学科の先生でしたの?」
「そうなんです。しかも先生、格闘の教官で。私二度びっくりしちゃったんです……人は見かけによらないんですねえ」
つり目がちなのできつめの印象を与えるお姉様の碧眼は、驚きに大きく見開かれた。こういう顔をすると、なんだか普通の女の子みたいでとても可愛いと思う。
昼休み、私はお姉様を誘って昼食をご一緒させて貰っていた。
残念ながら当然ジャンさんも一緒だけど、彼はほとんど話に参加せず、お姉様と同じもの……お肉と野菜を挟んだパンを食べていた。
美味しそうだったので売店で売っていたのかと聞くと、自分で持ってきた、って……。
「今朝、作っていたんですか……?」
「さ、昨日の残り……を、パンに挟んだだけですのよ。作るというほどでは……」
お姉様は以前、ご自身で料理もされると言っていた。
貴族の娘が、そういうことをほとんどしないのは常識……むしろ、恥ずかしいものと思われているのでのっぴきならない事情――例えば台所事情が厳しいとか、使用人がいないとか――で料理していると思われるみたい。
それを前にクリフォードさまが『わびしい生活を送っていたのだな!』って指摘された。それから話題にはしなくなったけど、今こうしてお姉様がしどろもどろになっているのは、やっぱり人に言うのは恥ずかしい……のかな。
「ア……アリアンヌさんこそ、そのお食事、なんだか豪華ですわね」
そうお姉様が指摘した、私のランチボックスは……確かに色とりどりのものが詰められている。
「これ、クリフォードさまが私の分も王宮で作って貰ったからって……」
「……そうですか……」
うっかりクリフォードさまからのだと言っても、お姉様は気を悪くしたそぶりはなかった。ただ、呆れたような目をお弁当に向けている。
「……美味しそうですけれど、その量はお一人で召し上がるには多すぎませんか?」
言われて気づいた。確かに多いかも。
確か、これは全部高級な素材で作られていて、ナントカ鳥の肝を薄切りにしてソテーしたものをサンドウィッチにしたとか、ポテトサラダにアレコレを使っただとか、いろいろ教えて貰ったけど……長すぎてよく分からなかった。
「え、そう……ですか……あ、お姉様も食べませんか? 美味しいですよ」
「結構です。お気持ちだけで……」
お姉様は片手を自分の胸の前に出し、やんわりと拒否を示す。
黒いペリースのおかげか、お姉様の素晴らしいプロポーションは制服によって隠されている。
着痩せするタイプだというのは分かってるけど、生身と制服では胸のサイズが随分違って見えるんですけど……なんでブラウスのボタンのところがぱんぱんにならないのだろう。あ。でも、そうなっていたら大変目の毒だからダメだなあ。
きっとクリフォードさまはおろか、マクシミリアン様に至っては直視できないだろう。絶対女性と接点少なそうだし。かといって、お姉様を意識されては困る。
私女で良かった。いざとなればどさくさに紛れて触れてしまうことも出来るのだから。
「……どうされましたの?」
「あー……いえ! 今日も捗るな~って!」
「キモいこと考えてんじゃねぇぞクソガキ」
途中で会話が止まったのを気にしてくれたらしいお姉様。私が適当に笑って誤魔化したのに、ジャンさんのおぞましいものを見たかのような顔と言葉が、私の心をえぐってくる。
この人、いつも……なんで私が考えているようなこと、分かるの……?
こちらも若干引き気味にジャンさんを見るが、お姉様は割と鈍感なので、私たちがお互い抱いている嫌悪というか……得体の知れない生物を見るかのような気配に気づいていない。
「……そういえばお姉様」
ジャンさんと見つめ合う趣味は私にない(し、彼は別にタイプじゃない)ので、ニコッとお姉様に微笑みながら、私は話題を切り替えることにした。
でも、新しい話題を離そうとした瞬間。お姉様のやや後方から別の声が降ってきた。
「こんにちは、リリーティア様」
――確か、あれは昨日……。
脳裏に思い出した名前と、こちらに歩み寄ってくる人物が一致した一瞬、お姉様の顔が恐怖に引きつって、ジャンさんの顔に険がこもる。
どうしたのだろう。不安と疑問が湧いたが、お姉様はすぐに自らを律し、普段通りの涼しげな顔で後方を振り向いて立ち上がる。
「――……あら、イヴァン会長ではございませんの。お怪我もされたようですが、登校してもよろしいの?」
「ええ。生憎、ベッドの上で休むのは長年やっていて飽きましたからね。薄い切り傷だけですから、数日で治ります……けれど……これは、驚いたな……」
そう言って、包帯や絆創膏を貼った痛々しい姿のイヴァン会長――確か生徒会長代理らしい。お姉様とは違った色合いの、薄い紫がかった銀髪と、最上級の紅玉みたいな瞳がとても印象的な、顔の造形が整っている美青年――が、お姉様の肩や髪のあたりなんかをそれとなく見ていた。
本当にさりげなくなのだが、私には分かる。ジャンさんも無言ではあるけれど、気づいているらしい。一瞬眉が動いた。
「……リリーティア様、何か……変わったことはありませんか?」
「? ええと……昨日の件ではなく、本日は特に……ございませんが」
「そう……ですか……。いえ、貴女に何もないなら、よかった……」
イヴァン会長の質問とお姉様の受け答えは別段不自然ではないのに、イヴァン会長にとって想定していたものと違っているのか、視線をお姉様から外し、何かを考え込むような所作をとった。
「……失礼、アリアンヌさんとお話をしたいので、席を外していただけませんか」
「え?」
イヴァン会長が、私と?
「――……そろそろ戻るぞ」
お姉様の返事を待たず、ジャンさんはお姉様の腕を掴んで先に歩き出した。
引っ張られるようにしてお姉様は歩き出し、こちらに向かって『ごめんあそばせ、後ほど教室で』と申し訳なさそうにお声をかけてくださった。
それに手を振って問題ないですという態度を見せて小さくなっていく二人を見送っていると――……目の前、お姉様の座っていた席に、イヴァン会長が腰を下ろした。
「貴女と少しお話をしたいと思いまして」
私もこのとき、お姉様たちと一緒に逃げ出せば良かったと、心の底から思った。