【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/47話】


 翌朝、わたくしは眠い目を擦りながら支度を済ませ、ジャンと共に登校する。


 昨日の爆発で、寮の食堂は安全のための設備点検……ということでお休みだったらしく、朝食を食いっぱぐれた方も多い。近くのお店で購入したらしいパンなどを、教室で召し上がっている方々もちらほら見かける。

 クラスでの話題も、昨日の爆発やイヴァン会長のことで持ちきりだった。


……なのに、たまーに……『そういえばイヴァン様って、リリーティア様に昨日話しかけていたわよね』『それが原因でクリフォード殿下に狙われたんじゃない?』『むしろ、気を引くためかもよ!』


……などという、とばっちりな噂もちらほら聞こえてくる。

 わたくしが原因みたいな言い方は止めていただきたい。視線をこちらに向けるのもやめてほしい。全く、世の中は口さがない連中ばっかりで悲しくなる。

『リリーティア様、なんだか悲しげだわ……きっと、イヴァン様のことにお心を痛めているのよ』

『へぇ、お優しいこと。自分の婚約者が盗られないか心配をしていれば良いのに……』


 どこからかそんな声が聞こえるが、それは……あなた方の陰口がムカついたり悲しいだけで、イヴァン会長の心配はほんの少ししかしていない。あとは……ただ眠いだけですし。



 昨日、ジャンがヘリオス王子にやべーやつの思考とやらを聞いていたのだが、それが結構遅くまで長引いてしまったから、寝る時間も押してしまったのだ。


――……ははあ。イヴァンという奴は、リリーティアを手に入れたいんだねえ。


 あっさりそんなことを言い切ってくれるヘリオス王子に、その思考はどういうことから導いたのかと聞けば、手に取るように分かると言っていた。恐ろしい子。


 ヘリオス王子が言うには、イヴァン会長はわたくしに自分の持っていない何か特別なものを感じ、惹かれたのだろうという。


 物語に出てくる妖精のような、リリーティアの類い稀な美貌と可憐な容姿だからかもしれないね~、などと言ってくれるのだが、それならまあ納得できる。わたくしの外見はとても美しいと自覚はしている。


――最後まで残るのはリリーティアと仲の悪いクリフォードだろうけど、ジャンはこのままだと真っ先に殺されてしまうよ。念の力が強いから、呪い返しを作っておこうか。


 どこか楽しそうに語るヘリオス王子。


 自分と似たような奴がいるなんて凄いことだなあ、でもボクから友達を奪おうとするなら挑戦と受け取っておこう……などと喜びながら、わたくしの身体に会長の念がほんの少しだけ残っているといって、それをぱっぱと取り払ってくれた。


 レトがやってくれたのももしかしたらそうではないか、と聞けば、彼はどうだったかなと濁すだけだ。



……とまあ、そんなこんなで、ジャンは一応呪い返しとやらに守られている。


 でも、呪い以外にはそんなに効果はないから、モノが頭上から落ちてきたりとかしても効果は発揮しないし、迂闊にいろいろなものに触れないようにとは注意されていた。

 ピュアラバは、そんな怖いトラップデスゲームじゃないはずなのに……。

 リメイク版のイヴァン会長ルートか何かはそういう怖いものなのか?

「お姉様、おはようございます」


 また今日も、極上の微笑みをアリアンヌから向けられて、わたくしは平素と変わらぬ態度で挨拶をする。


 クリフ王子と一緒に登校してきたようで、アリアンヌは隣に座るクリフ王子にくすぐったいような微笑みを向け、彼も同じように微笑む。


「クリフ王子。おはようございます」

「…………ああ」


 機嫌よさげなうちに、ついでに挨拶しておこうと思って、比較的優しい微笑みを向ければ……クリフ王子はこちらをじろっと見た後、たったそれだけ告げて前を向いてしまった。

 なんか、アリアンヌとはすっげー態度違うんですけど?


 わたくしへの態度に、アリアンヌはオロオロとしながらこちらを向き、そういえば昨日はご一緒できずに残念ですと話しかけてくれる。


「ご一緒……?」

「はい、クリフォードさまが、お姉様と私のためにお食事会を、と……」


 嬉しそうな顔をしたアリアンヌに、クリフ王子は止めるよう冷たく言い放った。


「リリーティアは、僕と一緒にいるくらいなら本を読んでいる方がましな様子だからな。マクシミリアンも適当なことを言ってくれるよ」


 ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らせば、わたくしの後方では、殿下、と小さく呟く声が聞こえたので――……そろりそろりと後ろを肩越しに振り返れば、マクシミリアンがセレスくんの横に座っていた。


 しかもクリフ王子は気づいていない様子で、マクシミリアンはだいたい口うるさすぎるとか心配性だとか不満を言い始めた。おい、後ろ後ろ。


 マクシミリアンに気づいているアリアンヌやアルベルトまでもが難しい顔をし、それとなく伝えようとするのだが気づいてもらえない。もう……なんでこいつ、こんなにバカで無神経なの?


「だいたい、僕の面倒を見ることより大好きなリリーティアと話している方が楽しいんだろう。あいつも素直じゃないんだ」


 その言葉を聞いた途端、何かが……多分堪忍袋的なモノが、わたくしの中で静かに切れた。


「――……そういうクリフ王子の発する子供のようなわがままが、彼をいっそう煩わせているのではなくって?」


 自分の目が細められ、声も低くなってしまったのが分かる。


「なんだと――……っあ……マクシミリアン……」


 苛立ちを向けたまま、クリフ王子がこちらを見たとき……その後方に居るマクシミリアンにようやく気づいたらしい。


「…………」


 マクシミリアンの表情は分からないが、きっと彼のことだ。申し訳ないというような顔をしているのだろう。


 アリアンヌはといえば、わたくしの変貌ぶりに口元を覆い、なぜか震えながら顔を赤くしていた。怯えさせてしまったかしら。その割には顔が赤いわね。


「――……昨日、クリフ王子がアリアンヌさんとわたくしを誘うおつもりだったのならば、それを配慮できなかったわたくしに非もあります……が、なぜそういう重要なことを当日、急になさるのです? あなたは全ての貴族や国民を従える王族の一員なのですから、もう少し礼節をわきまえてくださいませ」


「ぐっ……」


「そして、あなたが王宮に行っている間……何があったかご存じではありませんでしょう? 寮の一部屋で小規模な爆発がありましたのよ。マクシミリアン様は、安全確認などのため奔走されておりました。きっと、不在だとはいえ……真っ先に向かったのは――……ねえ、マクシミリアン様? あなたは最初にどこを確認されたのかしら?」


 もう一つの勢力、セレスくんのところを失念していたが――……マクシミリアンは、重苦しい声で『殿下の御部屋だ。その次にセレスティオ様の御部屋に』と応えてくれた。よしよし、さすがだわマクシミリアン。


「……自らを支え、第一に考えてくれる存在を……労ることもなく悪し様に言い放って……あまつさえ、わたくしに好意がある? あなたの目は節穴も節穴、キツツキさんが開けるのを途中で止めた失敗の穴かしら」

「――なんだと!? リリーティア貴様、また僕を愚弄するつもりか!」


 またクソデカボイスでブチ切れ、わたくしの机に勢いよく手を突いたので、クラス中の視線を集めてしまった。


 アルベルトが急いでクリフ王子の側に来て諫めるのだが、顔を赤くして怒っているクリフ王子には聞き届けていただけない様子だった。


 ジャンは面倒くさそうに頬杖をついたままだし、わたくしは物音にも動じず、クリフ王子の翡翠色の瞳をじっと見据えていた。


「――……あなたは全てに恵まれすぎていて、誰のことも、その環境ですらありがたいと思っていらっしゃらない。恥じて省みるべきです」

「恵まれるのは当然だ! 僕は王族、次期国王になる身なんだ。全てを思うままに出来る身分だぞ! リリーティア、婚約者だと思い上がっていつもいつも文句ばかり……。いいか、何でも望みのままに出来るのは僕の方なんだぞ! 婚約者なんて――」「――殿下! リリーティアも止めろ!」

 決定的な一言を告げられる前に、マクシミリアンが間に割り込んできた。

「マクシミリアン様……」

「殿下、リリーティア。ここは公の場。学び舎は痴話げんかなどする場じゃない。和を尊ぶものだ。理解してください」


 クソ、真面目なこと言いやがって……その通り過ぎて何も言い返せないわ……。


 わたくしは思わずブルブルと震え、悔しくて唇をかみしめると、ぷいと横を向いた。

――……あとちょっとで、あとちょっとで……! すっごい、取り返しのつかない話になったのに!! なんてことをするの!!

 あれは絶対『貴様の替わりなどいくらでも居るんだからな!』みたいなやつだったはずだ!!


 あるいはもうストレートに『婚約者なんてこっちの方から破棄してやる!』だったかもしれないのにいいい!!!

 あーもー!! マクシミリアン、言ったのがあなたではなかったら、ここで襟首を掴んで、前後左右にガクガク揺らしながらあらゆる文句を言いたい気分よ!! 泣きたいくらい悔しい!

「心に出来た黒い染みは、憎しみを募らせ、広がってしまう……売り言葉に買い言葉では、何も解決にならないでしょう。お互い冷静におなりなさい。赦す心を抱くのです。それでも心にさざ波が立つのであれば、教会へ赴きましょう。神の御前で祈りを捧げるのです」


 セレスくんも優しい笑みと言葉を述べ、神の名のもとにその場を綺麗に収めた。

「……クリフ王子。失言をお許しください…………そして神よ、わたくしに寛大なる愛と赦しをお与えください」


 クリフ王子に謝罪した後、わたくしはセレスくんの方を向き、指を組んで祈りの姿勢を取ると、セレスくんはわたくしの頭上に手をかざし、アーメン的な何かを唱えている。


「――……リリーティア様。神はあなたの祈りを聞き届け、全てを赦すでしょう……」

「ありがとう存じます、司祭様」


 このやりとりで、また教室の空気は気まずいながらも動き出し始めた。

 クリフ王子は何も言わず、セレスくんに頭を下げただけだが、アリアンヌはそんなクリフ王子をよく耐えましたねと宥めている。


「……ありがとう。君は僕を一番理解してくれる」

「クリフォードさま……」

 二人は見つめ合い、柔らかくて甘い感じの雰囲気が流れている。

 ピュアラバ風に言うなれば『クリフォードはアリアンヌに強い関心を向けたようだ……』である。


 これは好感度がばっちり上がったときのテロップっつーか表示だ。


 確実にクリフ王子はわたくしの言葉など理解されてないご様子だが、それでもこうして聖母のように彼を優しく見つめるアリアンヌは、戦乙女ではなく悪魔なのかもしれん。とにかく頑張れアリアンヌ。このままヤツを骨抜きにしてくれ。

 後方で、はーっと息を吐いてぐったりした様子なのは言わずもがなマクシミリアンであり、朝から勘弁してくれ、という本当に小さな呟きが、怨嗟のように聞こえた。




前へ / Mainに戻る /  次へ


こめんと

チェックボタンだけでも送信できます~
コメント