【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/46話】


 わたくしは今日の夜も魔界に顔を出し、ちゃっかり……というか当たり前のように夕食を皆と一緒にいただいている。


 そしてノヴァさん達も、当たり前のようにわたくしとジャンの分まで用意してくれているのが嬉しかった。

「……そうですか。イスキアがあなたの教師に……」

「ええ。エリクのポーションもついでに持って行けばお喜びになるのではないかと」

「止めた方が良いですね。魔界水で作ったポーションなんて、大変な効力です。そんなものを作ったら、イスキアの追求が始まってしまいますし……地上だとラズールのマジックショップでのみ魔界水は手に入れられるのですから、知る人ぞ知る逸品というものになっているようですよ」


 ちなみに、当然『魔界水』という名前ではなく……『秘水』という名前で売られている。神秘の水だとか秘密の水の略称だと勝手にいろいろ言われているようだ。


 そんな話をしつつ、イスキア先生のこともエリクに報告しながら、お肉を頬張る。バーベキューソースのスパイシーで甘辛いタレが染みた、薄切りの牛肉は美味しい……パンにお野菜とこのお肉を挟んで食べても絶対美味しい。


「そういえば、またマジックショップのオーナー、ハルさんから水の入荷量を増やして欲しいと要望がありましたよ。要望というより、嘆願に近いかと」


 ラズールのマジックショップ、わたくしの中での通称『魔術屋』は、ピュアラバ無印版からあるお店。プレイヤーであるアリアンヌでよく合成をして貰ったものだわ。


 合成などはその時代からあったけれど、プレイヤー(アリアンヌ)自身が合成できたわけじゃない。店で合成に必要な材料と手数料を渡し、様々なアイテムを作って貰う。


 そういった人のほか、本職のエリクやイスキア先生以外……わたくしやレトが合成できるということは、今作から……ううん、むしろ本来あるはずのないことだと思われる。


 最近魔術屋への納品はノヴァさんにお任せしているので、そのノヴァさんがハルさんからの要望をわたくしに教えてくれる。


 実際、今まで何度もあのお水については要望があるわけで……。


「そうですわねぇ……。増やそうと思えば増やせるのですけれど、卸している当初『一族の秘伝』と豪語してしまいましたもの。それを急に増やすのも難しいですわね」

 とはいえ、魔界水はただ真っ赤な源水を濾過しただけのもの。

 瓶詰めも最近は小型のゴーレムくんが手の空いたときにやっているらしいので、人件費はあまりかかっていない。


「ええ。先に聞いたように、そうお断りをしたのですが……入荷したらぜひ連絡をくれ、という方々が殺到し、順番に対応するだけでも二年待ちの状態で……お店に並べることも出来ないとハルさんもお困りの様子でした」

「まぁ……それは大繁盛ですのね」


 確かに、わたくしも半年程度魔界から離れていたが、魔界のお水の効力を今現在身に染みて理解しているところだ。一度使うと、他のお水では満足できないわ。


 ましてや、魔術や錬金術に使おうというならば……確かにまとまった本数は欲しいし、継続的に手に入れたい。わたくしが客の立場なら、なんとしてでも欲しいものだ……。


「……その状態ならば増えても困ることは全くないでしょうが、いきなりは増やせませんわね。急に本数が増加すれば、出し惜しみしているものとお客さんが苦情を発するかも分かりません。あるいは、独自に産出場所を調べようとされるかも……偽物が出回る可能性もありますわね。それに……ノヴァさんが定期的に卸していると、誰にも知られていないのでしょうか?」


「確かに決まった曜日に伺っておりますので、道中や納品後に良く来る奴だと姿を認識されることはあるでしょう。何者かと聞かれた場合、ハルさんは魔力水を探している客だ……と答えてくださっているようです。しかし最近、取り引き方法を変更致しましたからラズールへ赴く用事は、買い出しと換金以外ほとんどないのですよ」


 と言いながら、ノヴァさんは新しめのアイテム鞄を取り出し、わたくしの前に置いた。


 わたくしが使っているものよりも若干大きい、ベージュ色の鞄。

 まだ下ろしたてといって良いくらい状態が綺麗なものだ。


「これは……?」

「魔術屋さんと共同で持つことにした、アイテム収納鞄です」


 鞄は共同で持つことが出来るものなのかと感心していると、そういう用途で作ったりもできるらしい、と教えてくれた。


 それは便利なものだわ……購入割引のVIPカードを貰っていたから、ハルさんとの友好度もカンストかと思いきや、こんなサービスまでしてくれるなんてありがたい限りである。


「ここに我々が商品を入れる。すると、受け取った本数分の代金を記載した小切手、あるいは現金が入ります。魔術屋や合成屋で欲しい商品があれば手紙を書いて入れておくと、商品が入ります。代金は次の納品時に、それらを差し引かれたものが入金される……というわけです」


 もちろん足りなければ支払いをするのですが、まず不足することはありませんね、とノヴァさんは笑顔で応える。


 買い取りして欲しい場合も同じように商品と買い取り要望の手紙を入れ、しばらくするとハルさんから見積書が来るので承諾すると商品は消え、お金が入金される……らしい。


 この間の騒動で、大量に倉庫に積まれた虫たちのドロップ品……いわゆる外殻とか……をいくつか買い取って貰うと、これもまたいい値段がついたらしい。


 魔界はお金の宝庫ですわね……と、一瞬にっこりしてしまいそうになったが、重大なことに気がついた。


「――えっ? ちょ、ちょっとお待ちくださいな。その鞄、魔界と地上でそんなにあっさりやりとりできているのですか?!」

「いいえ。魔界でやりとりしようにも、あちらで認識できないようです。地上に出ると、反映されますので……結局一週間に一度は必ず地上に出ないと取り引きが出来ません」


 不思議です、と言ってノヴァさんは鞄をテーブルの上から降ろす。


 少し不便なところはあるにせよ、地上にいる分には全く問題なさそう……。

 そこまで考えて、わたくしは自分が地上にいるのだということに気がついた。


「――……わたくしが、納品業務を代わりに行いましょう。毎日行ったり来たりをしているわけですから、出来上がった瓶を自分の鞄に詰めて、そちらに入れ直せば良いのですから問題ありませんわ」


「それは……大変ありがたいのですけれども……リリーさんも学業や魔界の状況把握などもありますよね。それ以上手をかけるものを増やしては……」


 ノヴァさんは心配そうな顔でわたくしを案じてくれるのだが、ただ出来上がったものを持って行くだけだから問題ないと言うと、エリクがゴーレムを増やして専門的に作らせる提案をしてくれる。


「リリーさんの判断で、納品本数を決めると良いでしょう。ですが、結局……我々もラズールに足を運ぶことに変わりはありません……詰めるための薬瓶は、ラズールで買っていますからね」

「ええ。そちらはお任せ致します。食事の買い出しもありますものね」

 いただいたお茶を飲み干し、ノヴァさんから鞄を受け取るとわたくしは席を立つ。

 まだここに居たいけれど、一応座学の歴史科目を復習しておかないと。

「それでは皆様、おやすみなさいませ」

「はい、おやすみなさい」


 軽く皆に手を振り、わたくしたちは四人……レト、ヘリオス王子、ジャン、わたくし……で寮の自室に転移をする。


 最近はレトも実力が上がったのか、腕を一振りするだけで転移する。なんだかかっこいい。

「……?」


 部屋に戻ってきたのは良いが、なんだか……寮の外がざわざわと騒がしいようだ。


 夜の九時を過ぎているのに何事なのかと窓から階下を覗いてみれば、皆がこちら……いや、もう少し上を見て騒いでいる。別の部屋の子達も窓から上半身を乗り出し、指をさしているものもいた。

 わたくしの部屋からではわからないけれど、この上層で何かあったのかしら。

 そう思っていると、部屋の扉が激しく叩かれ、びっくりして身をすくませる。


 レトが魔具を取り出して人物を確認すると、マクシミリアンだと教えてくれた。


「……何だろう。この騒ぎと関係があるのかな? とりあえず俺たちは部屋に戻る……ジャン、任せたよ」

「ああ」


 ジャンは表情を引き締め、後は大丈夫というように頷く。

 その間も扉は激しく叩かれるので、わたくしはレト達が部屋に入ったのを見届けてから、扉を開いた。


 そこには緊張した面持ちのマクシミリアンが立っていて、夜分遅くに済まない、と先に非礼を詫びる。


「――……マクシミリアン……? あの、外が騒がしいのですけれど――……」


 一体何事でしょうかと続けようとしたわたくしの言葉を遮り、爆発があった、とマクシミリアンは結果だけを述べた。


「――……爆発……?!」

「ああ。この上の階には備品管理室や寮監の部屋、その他学院長の息子さん……イヴァン様の部屋もあるのだが、どうやら彼の部屋から小規模の爆発が起こった様子だ」


 爆発に驚き、イヴァン会長の名前も出たところで、二度もギョッとしてしまったが……。


「それは大変……! 会長にお怪我はございませんでしたの?」

「ああ。幸いにも爆発の余波……破片などで受けた軽度の裂傷で済んだようだ。爆発自体は術の失敗による魔力暴走らしいが……寮監からこの階層の安全を確認して欲しいと言われ、先程セレスティオ様にも確認していたところだ」


 アリアンヌ達はまだ帰っていないのだろう。わざわざそこを突っ込まなくても良いので、わたくしはそうですかと頷いて、一応部屋の中が見えるように身を引いた。


「何事かとは思いましたがご覧の通り、水が天井から染みているですとか、窓ガラスが割れた……などという被害はございませんわ。ご安心ください」

「ああ……それならいい。しばらくは騒がしいだろうが、ゆっくり休んでくれ」

「はい。お休みなさいませ」


 安心したような顔をしたマクシミリアンに、わたくしはわざわざ訪ねてきてくれたことを感謝しつつ深々と頭を下げた。それに応じるように、マクシミリアンも簡素な礼を取ると扉を閉める。


 ドアに耳をつけ、足音が遠ざかっていくのを確認すると、鍵をかけてハーっと長いため息を吐いた。大丈夫と判断したレト達も戻ってくる。

「……事件が起こってましたのね。しかし、爆発だなんて……大きな音がしたのでしょうし、余計なことや鎌をかけるようなことを言われなかったのは、結果として良かったですわ……」


「……そうか、一応解除できたのか……」


 なんだかよく分からない感想をレトは呟いたので、何かその言葉は今回と関係があることなのかと聞けば、曖昧にレトは首を振る。


「いや? ()()()()()()()()よ。爆発に関しても、かなり小規模。建物も壊れていないし、彼もそうだけど、誰も死んでない。凄いことじゃないか。ただ――……彼の部屋から起こったって事は、彼が()()をやって、どこかしくじったって事でしょ」


 レトの言うことはおおむね同意できる事ではあるが、なんか引っかかるような……ジャンはニヤニヤ笑っているし、何か知っているのかしら。

 疑念のまなざしを向けていると、わたくしの背後からヘリオス王子がじゃれつくように抱きついてきた。


「うわー、爆発だって。怖いねリリーティア~!」

「え、ええ……その、急に抱きついてくるのはおよしになってくださいませ!」

「わかった。抱きつくよ、って言えば良いようだね?」

「よろしくありません」

「おかしいじゃないのさ」


 不満そうなヘリオス王子。わたくしが振り向かずに応答しているのは、彼の頬が自分の耳と密着しているからである。


 レトが無言でベリッと引き剥がし、わたくしを自分の腕の中に抱いた。


「……そうだ、ヘリオス。ついでにあんたに聞きたいことがあったんだ」


 ちょうど思い出したように、ジャンがにらみ合っている王子様達に声をかける。わたくしの事は完全スルーだ。そんなことせずに助けて。


「……なにかな?」

「――……やべえやつの思考を知りたい」


 それを聞いて、わたくしは夕方のことだな、と理解したのだった。




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こめんと

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