【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/41話】


 クラス対抗戦のことは分かったし、マクシミリアンとも一応協力はするといった手前……早く学院の調合環境などに慣れておきたい。


 もうクラスでの共通座学以外にも、きちんと専攻学科の授業も始まっている。


 支援学科は女性の先生二名が担当しており、歌や踊りで後方から支援する『魔奏(まそう)』というものを……アトミス先生という陽気でセクシーな美女が担当し、錬金術や薬学などのアイテム作成系をイスキア先生という、ちょっとおっとり系の落ち着いた女性が担当している。


 魔奏は……自分の歌や踊り、または楽器などを演奏して効果を発揮させるらしい。または、効果が出るよう作曲する、という特殊だがそういう派生もあるらしい。


 少しわたくしの想像とは違うかもしれないけれど、吟遊詩人のような感じ……なのかしらね。

 学科最初の二時間で、生徒をそれぞれ適性があると思われるほうに振り分けるという作業があった。


 一応振り分ける前に軽いリズム感や楽譜の見方、錬金術の調合初歩などを行う。

 わたくしは歌や踊りよりも当然錬金術のほうに適性があったようで、めでたく調合の方で学ぶことになっている。


 だって貴族の娘とはいえ、社交界での踊り方なんてろくに知らないし、歌も自分で歌うのはあんまり興味がなかった。だから本当に……錬金術適性があって良かったと思う。


 ただ、イスキア先生は……わたくしにリザーの葉という、ポーションの材料になる葉っぱを握らせただけで『貴女はこちらの方に才覚があるはず……』とボソッと言ったのが気になるところだ。

 そういうことがあったので、今はめでたく(?)生徒はそれぞれの長所を伸ばしつつ、授業を受けている。


 調合方法というのが、合成釜ともうひとつ……魔女の薬知識からの派生である混ぜずに呪文などで効果を促して作成するほう。これを『特殊錬金』というらしい。そのまんまだ。


 イスキア先生は、最初はわたくしにそれを割り振ったわけだが……ポーションを真面目に作成しようとしても、反応が起こらない。


「……あら? 貴女……術の魔具を持っていないのね」

「え? ええ……そもそも魔具を持っておりませんの。なければ、作成できないのでしょうか……?」


 先生を騙すわけではないが、正確に言えば魔具はある。

 ただ、わたくしが作ったものではないし……魔具を知らないふりでも問題はあるまい。


 しかし、先生はおっとりした仕草でわたくしを見つめ……そうなのかしら……と言って首を傾げる。


「……いいわ、リリーティア様。貴女も合成釜で調合してみてください」


 なんか思わせぶりな言葉が怖いな。しかし、わたくしが錬金術ベテランであることや、魔王様の魔具のことがバレないように……とにかく、挙動不審にならないようにしましょう。


 それに合成釜は久しぶりだ。腕が鳴るわね。

 初心者丸出しを演出するため、自分のノートを一応見ながら、釜の中に『錬金溶液』が入っているか確認する。

 この溶液は、錬金術師が釜を買ったときからずっと使う水。


 どういうわけか、この水には錬金術の経験が蓄積されるとされ、釜に水を入れた日から決して捨ててはいけないと言われている。


 誤って捨てることや、合成使用分量外の水 (継ぎ足し用の合成水や、反応を抑える中和剤以外のもの)を使用すると……最悪、甚大なる研究成果の損失になってしまうらしい。


 だから、学院の合成釜も――壊れるまで水は今後張りっぱなしになる。

 水が入っているのを確認し、釜の火をつけ(マッチを擦って、わらで種火を作る。ここは重要らしい)細い薪の下におく。調合時間が長くなったり火力を上げるには、だんだんこの薪を太くしていくわけだ。


 しばらく待って、釜のお水がふつふつと細かい泡を出すようになったら……リザーの葉を二枚、魔力水を一杯、普通のお水を二杯……と用意し、順番を確認してから順序通りに入れる。


……そういえば、初心者の頃は何も思わなかったけど……水を入れたままで、どうしてポーションが出来たのかしらね。不思議だわ。


 ノートに書かれた、授業内容の通りに材料を入れ……かき混ぜる。


 これ、エリクに教えて貰ったやり方とも違うわ。やはりそれぞれやり方があるのでしょうけれど……わたくし、魔界にいる間に錬金と弓の熟練度はものすごく上げてあるから、テキトーにやっても成功してしまうのよね……。


 少し思い悩んだ後、それとなく混ぜる速度を下げ、ゆっくり混ぜることにする。


 混ぜ方によっても仕上がりが変わるので、これは……混ぜるのを遅くすると、申し訳ないことに粘り気が出て飲みづらくなる。早いと臭みが出る。


 どうせ自分が飲むから試してみよう、とゆっくりかき混ぜていると――教室内を巡回しながら生徒達の調合を見ていたイスキア先生が、わたくしの手の上からグッと棒を握った。


「リリーティア様、こんなにゆっくり混ぜてはダメよ……なぜかわかるわね?」

「わっ、わかりかねますわっ……?! ゆっくりではいけませんの?」


 耳元でそう囁くのも困りますし、イスキア先生のお胸が、わたくしの背中に当たるのですけれど……。ほのかな香水の香りが、妙にわたくしをドキドキさせる。


 なるほど、男子生徒が挙動不審になるのも分かりますわね……。


「リリーティア様なら……先生が何も言わなくても出来るはずでしょう?」

「いえ……そんな――……」


 すると、イスキア先生は『嘘をつくなんていけません』とわたくしを咎めて、妖しく笑った。


「そんないけないリリーティア様は授業が終わった後、先生とお話ししましょうか……」


 耳元でまたそうやって囁くと、先生はわたくしの側から離れて別の生徒のところに行く。


 どうしましょう……。よく分からないけど、あの先生何かを知っている様子……。


 これが男性の教師だったら、わたくしの弱みをチラつかせて……よい子が見てはいけない本みたいな展開になるかもしれない。女性だからセーフとも限らないけど、なんでも意味深に聞こえてしまう。


 なるべくそれを気にしないようにし、釜をゆっくりめにかき混ぜて……ポーションを作ったのだが――……品質はそれなりに良く、少し飲みにくいという当然の結果であるものが出来上がった。




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こめんと

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