「悪いな……突然誘ってしまって」
「よろしくってよ。わたくしも用事というほどのものはありませんもの」
今日もこのまま図書館に行くか、寮に帰って魔界の様子を確認しに行くかを考えていたくらいだ。実際に急ぎではない。
わたくしたちは学院から離れ、王都内のお貴族ストリート(……と、わたくしが勝手に命名した)にあるカフェで向かい合って座る。
サロンというものよりも軽い雰囲気なので、カフェ……で良いんじゃないかと思うが、内装も立派なものだし、わたくしたちのように若い方々も多くはないから、そういうカテゴリでいいのかはよく分からない。
しかし、このカフェはそれぞれの席に仕切りがあるので、さほど他の席を注目してはいない。マクシミリアンも、そういう場所を選んで連れてきてくれたのかもしれなかった。
「……それで、早速で悪いとは思っているが、俺の話を聞いて欲しい」
注文した飲み物が運ばれ、可愛らしい小ぶりのお菓子が三段の皿に載せられたケーキスタンドを楽しく見ていると、華やかな雰囲気に反して、疲れた顔のマクシミリアンが呟いた。
「……え、ええ……。あの、何か急にお疲れのように見えますけれど……」
「そうだろうとも。毎回毎回、きみたちはどうして毎日のように喧嘩するのか知りたいのだよ」
じろりと非難するかのように見据えられ、ケーキを取っていたわたくしの手がぴくんと一瞬止まる。
「お言葉ですが、喧嘩をしているのではありませんわ。相手が意思疎通出来るか試しているのです」
「そうして殿下を見下すような無礼な態度を取るから、要らぬ怒りを買うというのが分からないか……?」
咎めるような口調ではないけれど、それなりにわたくしとクリフ王子の仲の悪さを気にかけているようだ。そうですわねえ、と他人事のように言いながら三種類のベリーが乗っている一口サイズのフルーツタルトを取り、口に運んだ。
じわっと甘酸っぱさとクリームの甘みが口に広がる。んー、サクサクしたタルトの生地に何か練り込んであるのかしら。爽やかで美味しい。
王都は甘いものの種類が豊富だから、太らないように気をつけなくちゃ。
タルトを一個堪能した後、紅茶で喉を潤し、一応食べ終えるまで返事を待ってくれているらしいマクシミリアンに微笑む。
「……そもそも、わたくしを見るとなぜか怒鳴ってくるではありませんか。わたくしが彼女とお話をしているだけで……いいえ、わたくしの事が気に入らないようですもの」
「ラズールで初めて見かけたときは、にこやかに対応してくださっただろう」
「すぐに現在の……本性を現した気が致しますけれど。何にせよ、早く知ることが出来て幸いでしたわ」
そう。わたくしが失踪していた(とされる頃)ローレンシュタイン家から、王家に婚約破棄のお願いを出されていた。
たまたま視察にラズールを訪れていたクリフ王子とマクシミリアンに出会い、レトと一緒にいるのも知られ……クリフ王子が性悪だということも判明した。
そこから、どういう経緯があったかは詳しく知らないけれど、ほぼアラストル家……まあここは宰相様が、なんとか取り持ってくれたご様子だ。
正直、よけーなことしてくれやがって……と思わなくもないが、関係者を処罰されたり指名手配もされていないのだから、そこだけはありがたく思っている。
「少々……気難しいところはあるのだが、心を許していると思えば気にならないだろう?」
性悪だと暗に指摘したことは、マクシミリアンも特に否定しなかった。
「ではマクシミリアンは、わたくしに毎日理不尽に怒鳴られ殴られたとしても……喜ぶ性質の方ですの?」
「な、何を言う! 俺はそういう特殊な趣味はない!」
「わたくしだって同じです。怒鳴られるよりは、にこやかなご対応を受けたいものですわ。なぜ朝一番から『おい!』と言われなくてはなりませんの?」
そこを突くと確かにそうだが、とマクシミリアンも苦い顔をし、間を取るように眼鏡を指で押し上げる。
「きみと歩み寄る努力をと……殿下にも毎日のように言っている。最近はうるさがられて、きみの名を出すとすぐに嫌な顔をするようになってしまった」
「……クリフ王子の関心がわたくしにおありでないのが、はっきりとお分かりになりますわね。アリアンヌさんにご執心のご様子ですもの。それでよろしいんじゃありませんか?」
そう言った後でうぐいす色のマカロンを口にすると、いいわけあるか、と叱られてしまった。
「殿下がいつ婚約を破棄すると言い出さないか気が気ではないというのに、こちらの気も知らずに何を言っているんだ。殿下も殿下だ……! アリアンヌ嬢はリリーティアの妹だぞ。いったい何をお考えなのか……! どうしてわかり合おうとしないんだ」
あら。マクシミリアン、そんなに怒ってらっしゃったの?
それに、これは……マクシミリアンの『相談』というより『愚痴』に付き合わされている感じじゃないかしら。
まだブツブツ言っているマクシミリアンに、わたくしは青いマカロンを直接スタンドから手に取ると、彼の唇に押しつけるようにして食べさせる。
濃厚な甘さのお菓子はあまりお気に召さなかったようだ。マクシミリアンは紅茶で甘さを喉奥に流し込んでいる。
「――……マクシミリアンは真面目ですわね。あなたが見据えていらっしゃるのは、現在ではなく未来の展望でしょう。それに……あなたって恋をしたことは……ございませんでしょう?」
「……そんなもの……」
わたくしの質問に答えることはなく、彼は視線を逸らす。否定できないということが……まあ答えだろう。
「恋をすれば、意中の方以外周りが見えなくなってしまうものです。第三者の声も届くわけがありませんわ。わたくしたち貴族の娘にとっては、意中の方がいようが構わず、政略的に婚姻させられますけれど……」
すると、マクシミリアンはきみも、と声を潜めるようにして尋ねてくる。
「――きみも、あのレトという青年も互いに恋をして……いたのか?」
――……その言葉は想定していなかった。
カップを上げたわたくしの手がぴたと止まり、言葉も出てこない。
そ、そうよね。互いに……ええ、レトはずっと好きだったって言ってくれたのですもの。わたくしもいつからか彼を好意的に思っていたのですから、そうかもしれないわ。
「え……ええ。わたくし今までの記憶もございませんでしたもの。あの屋敷内の誰からも疎ましがられ、辺境に押しやられ……不必要な存在であるとして孤独を感じておりました。そんなときに出会ったのですから……出来ることならっ……添い遂げたいと願うほどに、好いておりましたわ」
多少事実よりも盛ったが、言っていてあまりにもオトメオトメしすぎて自分でも恥ずかしくなってしまった。
すると、マクシミリアンは痛ましいものを見るように目を細め、すまない、と口にする。
「俺も殿下も、きみが記憶を無くして……辛いときに力になってやれなかった。正直、失踪したと聞いたときには――また皆に迷惑をかけて楽しんでいるのだろうと、呆れてもいた」
いや、そこはいいんだ。わたくしも又聞きして構築しているリリーティア像は、大変な少女だったのだから……。
「――きみにとっては、あのままそっとしてくれていたほうが幸せだったようだが……失踪しようと、きみが伯爵家の娘であることは変わらない。いつかは引き離され、つらい別れが来ていたはずだ」
「別れは穏便に済んだのだから良いだろう、と言いたげですのね」
ひどいわ、と軽く非難すると、マクシミリアンは甘んじてその言葉を受け入れる。どうしようもなかったけれど一応、悪いとは思ってくれていたようだ。
「――そういえば、あの護衛がいないようだが」
「あなたと一緒にいるときは大丈夫だろうと、彼は自由行動をしているのです。屋敷にいるときからそうですわよ」
暇と甘いものが好きではないようですと冗談めかして言うと、俺もそうだとマクシミリアンも笑った。
「リリーティア、ほんの少しで構わない。殿下のお心に歩み寄ってみてはくれないか? 提案なのだが、クラス対抗戦も是非力を貸して欲しい。殿下に公私問わず寄り添う姿に、殿下もきみが素晴らしい女性だと、分かってくださるに違いない」
「わたくしにはとても難しいことですわ。端的な案をお伝えすると、お断りよ、絶対いやです、ということですが……」
「……殿下にもこの提案は断られたが、二人で嫌だとわがままを言って困らせないでくれ」
熱弁を振るっていただくのは良いのですが、もう既にクリフ王子にも打診済か。
しかも断られているって相当……。ほんと、なんとかくっつけようとしているあなたを見るたびに不憫でしょうがありませんわね。
「……はぁ。五回に一回の割合ならよろしいですわよ」
すると、マクシミリアンは僅かに目を丸くさせ、本当か、と小さいながらも力強い確認を取ってくる。
「自分の評価点も余裕が欲しいですし、一応クリフ王子を支える名目もございますもの。あなたのお顔を立てるということで、気が向いたときだけクリフ王子の対応はさせていただきますわ」
ほとんど気が向かないということと等しいのだが、それでも妥協案として充分譲歩した形だ。マクシミリアンはありがとうと微笑み、その端正な顔をほころばせる。
うーん、マクシミリアン……無印版では好感度が高くなると、相手に一生懸命なところが健気で好きだったから、彼が喜ぶと少し嬉しいような気がするわね……おっと、いけないいけない。ほだされてはダメよリリーティア。
わたくしにはレトという素晴らしい恋人がいるのよ。むしろ他の男にうつつを抜かしたら、魔王様からの一撃で即死だからね。よく覚えておくのよ。
わたくしたちはその後朗らかなティータイムを楽しんだ後、寮に戻ったわけだが……。
魔界に顔を出すと、またいつの間にか覗き見をやっていた魔王様から『リリちゃん? マクシミリアンと二人きりで楽しそうなお茶会してたねぇ? 他の男と紅茶飲んでるくらいなら、レトゥハルトに渡した媚薬でも飲んでくれない?』と鋭い爪で頬をつつかれつつ、こってりと説教されたのだった。