【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/37話】


「始まったばかりだけど、学院はどう?」

「本格的な授業は来週からですの。今週はなんだか、いろいろなことが起こりすぎて……少々疲れましたわね」

 虫たちが来るのを待つ間、わたくしとレトはあれこれと思いついたことなど話をする。


 今週は本当にいろいろあった……。クリフ王子もアリアンヌも、魔界のことも。


 中でも、あの市場でヘリオス王子に出会えなかったら……一体どうなっていたかと、今更ながらにぞっとしてしまう。

「リリーは前も疲労から倒れたじゃないか。ちゃんと労ってもらわないと」

「あのときは、ヘリオス王子が干渉していたので……眠くて仕方がなかったのです」


 以前ヘリオス王子が、お母様のことで魔王様やレトに恨みの念を抱いていたことがあって……それは解決したのだけど、そのときわたくしにヘリオス王子はコンタクトを図っていたのだ。

 実際のところは、ヘリオス王子は本物のリリーティアお嬢様と友人だった。だけど、わたくしが成り代わったときにその繋がりは一度断ち切られ、夢の世界で会うことが叶わなくなり……心細く寂しい思いをされていたようだ。

 そして偶然見かけたわたくしを見て喜んだのだが、側にいるのが積年の恨みを抱く相手、レトだったので……まあ、そこから多少のゴタゴタはあった。


 結果的に親子三人が血を見ることもなく一緒に暮らしている状態なので、終わり良ければ全てよしだろう。

「学院、楽しい?」

「楽しいかは……まだ、慣れておりませんのでなんとも……多少、立場が立場だけに人の視線を感じたり、様々な噂をされることはありますけれど」


 気にしていないが、今後そういうことも増えるかもしれない。そう言うと、レトは眉を寄せる。

「……リリーはただでさえ、人目を集めやすい容姿をしているんだ。だから、そんなところにも行かせたくないし……クリフォードのやつが守ってくれるわけもないし、守ってても嫌だし」


 ぶつぶつと文句を言い始めたレトは、とても不満が溜まっているご様子。

 魔王様のように暇だから覗き見……などをしていないだけいいのだろうけど。


 そうこうしていると、ワイワイと賑やかな話し声や大きな羽音が聞こえてきたので、わたくしとレトは草むらの方を見る。

「リリー……サン、ミンナ連レテキタ」


 姿を見せたのはバッタさんだ。個体はどれも同じにしか見えないので、既知のバッタさんであるかどうかは分からない。


 そのバッタさんの後ろに、ぞろぞろと同じ顔のバッタさんや、初めて見る昆虫などもやってきており、どうやら皆様期待感満載でやってきている様子。


「それじゃあ、この魔法陣の上までお進みいただける? 飛べる方は飛んでいても構いませんわ」


 結界石の領域内に敷かれている魔法陣を見ながら指示を送ると、彼らは我先にという勢いで走って行く。本当に申し訳ないけど、こんなにいっぱいいると怖い。


「リリー……サン。一度デハ、全員入レナイ」

「大丈夫だよ。何回でも使えるから」

 術を発動させてくれる本人であるレトがそう言うのだから間違いないだろう。

 虫たちは入れるギリギリまで押しかけ、ぎゅうぎゅうになった陣の上で、今か今かと待ちわびている。


「リリー、じゃあ結界を発動させてくれるかい?」

「心得ましてよ」


 久々の錬金術になるが、わたくしは呪文を思い出しながら呼吸を整え、目を閉じる。


 四大要素どの力でも良いのだが、今回も……わたくしの守護をしていただいている風の力を借りるとしよう。


 地上では気配を消すようにお願いしている精霊さんも魔界に戻ると、のびのびしているようだし。


「――風の精霊よ。ここに寄り添い、羽根よりも柔らかく繋がりたまえ……」


 結界石に手をかざして術を唱えれば、石は光の筋を放出してそれぞれの石と結びつき、正方形の結界が出来上がった。


 それを見届けた後、レトは神経を集中して長い術を唱え始めた。


 魔王様だと『はい終わったよー』って、なんでも一瞬でポンポンやってくれるのだが、それも魔王のスキルなのか経験なのか……。


 黙って陣を見つめていると、術が完成したらしい。魔法陣から紫色の風のようなものが渦巻き、魔物達を取り囲む。

「ウワー!」

「目ガ回ル!」

 悲痛な声が聞こえるのだが、これで合っているのかとレトの方に視線を向けると……何せ初めてなものだ。レトだってちょっとよく分からない、という不安そうな顔をする。

 ハラハラしながら見守っていると、バッタの羽が宙を舞う。結界を張っているからこちらに飛び出したりはしないが、確かに千切れたのか外れたのか、とにかく……あ、あれ? なんかいろいろなものが舞ってない?

「レ……レト、大丈夫ですの? 皆死んでしまったりしないでしょうか?」

「っ、だ、大丈夫のはずだ……でも、様子がおかしい。いったん中断――」

「これで合っているよ。そんなことしなくていいから見ていなさい」


 レトが強制的に術の解除をしようとしたところに、彼の手を掴んで止める人物がいた。

 セレスくんやエリクかと思えば――なんと、魔王様である。

 わたくしとレトは思わずその場で礼の形を取ろうとすると、それはいいから、と陣を指し示される。


「しかと最後まで見届けるのだ。新たなる門出のために、身を捧げた彼らの勇姿を」


 魔王さまは人前に出たので、なんだか口調が尊大なものになっている。

 服もいつものだらしなさそうな部屋着じゃないので、宵闇を固めたような、漆黒で綺麗なものを身につけている。


 冷たげに見える瞳と、一度も笑わない無表情は……圧倒的なラスボス感を醸し出している。


 つまり、今日の魔王様はとても素敵である。


 リメイク版をプレイされるピュアラバガールたちよ。攻略対象かは分からないけれど、リリーティア側は王家沼だよ。おすすめが過ぎるわよ。


 それで、陣の中で悲鳴を上げている虫たちは……まあ、中の様子は乙女ゲーにあるまじき事……詳しい説明は省くが、とりあえず外殻というのか、生まれ変わるものに不必要なものが外れていくようだ。


 蝶などは羽が取れ、本体が魔法陣の上に落下していくのを見た。


 だが、だんだん悲鳴が恍惚の声に変わっていっている。


「キモチイイ」

「アッタカイヨォ……」

「シアワセェ~~」

……本当に大丈夫なのかしら。

 いろいろな意味でハラハラしながら魔法陣の光が収まるのを待ち……そーっと結界の外から中の様子を窺うために近付き、のぞき見る。


 バッタや蝶たちは、なんと……全く別の生き物になっている。


 ダンゴムシやミミズも多いようだが、見たことはあるけれど名前も知らない昆虫になっていたり、中にはどういうわけかトカゲになっている子もいて、元の姿と同じ子は一人もいないようだ。


「ヤッター」

「ウワー、サムイ……」

「土オイシイ」


 結界を解くと、皆ぞろぞろと外に這い出てどこかに消えていく。


 中にはすぐに土の中へ潜っていくものもいて、これから土壌開墾(かいこん)にいそしんでくれることだろう。


 結界の上に転がっているのは、不要になった虫たちの外殻や羽、触角など……これは……。


「回収しないといけませんわ。素材になるかもしれません」

「うむ。魔力も多いゆえ、良質の素材であるぞ」


 魔王様が大仰に頷き、自ら手をかざすと……大量の素材が一瞬で消える。


「全て倉庫に送っておいた。後で確認し分別するがよい」

「はっ……ありがとうございます……」


 すごい、ゲームみたい。


「次、オレサマタチ」

「殿下オネガイシマス」


 第二陣がやってきたので再び結界を張ろうとすると、魔王様がそれを制する。


「よい。我が行おう。レトゥハルトの術の力も確認しておきたかったゆえ、初見は静観しておったが……まあ及第点といったところ。今後更に励むように精進せよ」

「はっ……!」


 魔王様が厳かに言い放つと、レトはキビキビと返事をして片膝をつく。

 わたくしもそれに習ってその場に膝をつくと、魔王様はふっと柔らかく笑った。


「リリちゃんは、もっと堂々としていて良いよ。前に皆の前で『ひれ伏せ!』とかやってくれたでしょ」

「あっ……あれは、その……」


 調子に乗ってやってしまったというか……。そうごにょごにょ言い訳していると、またやってみてと催促された。


 お言葉に甘えてというか、魔王様のご要望を断るわけにはいかないので……わたくしは立ち上がり、咳払いすると魔王様の傍らに一礼して近付く。

「――聞け、魔界の民達よ! 不安定な魔界をよりよくしたいと願うお前達の心に理解を示した魔王様自ら、願う者に御力を与えてくださる。魔界の土壌に携わる存在への変化を望むものよ、魔王様の御前で頭を垂れるが良い!」

 適当に言ってみたことに効果はあったか、虫たちは……まあ、構造的に屈むとか出来ない子もいるのだが、ほんのちょっぴり姿勢が低くなった気がする。


 どうやら恭順の姿勢を見せている様子だ。魔王様はうむ、と頷くと……周囲を見渡し、わたくしに一歩下がるようにと言った。


「ほう……その草の向こうにも、望む者がまだこんなにもおったとは。一度で全員変化させるゆえ……魔導の娘よ、レトゥハルトの側まで離れているがいい」


 どこか嬉しそうにそう仰る魔王様に素直な返答をして、わたくしはレトの横まで下がる。


 それを見届けた魔王様は、両手を一度真横にかざし……グッと手のひらを握り混んだ。

 すると、どうだろう。

 魔力の光も出ていないのに、虫たちの外殻がはじけ飛ぶように剥がれて、既に変異を始めていた。


 その範囲の広さ、正確性、術の発動の短さ……それら全てにレトも驚きながら見つめているし、周囲一面伸び放題であった、視界を覆う草むらはちょうど良い長さ……くるぶしくらいの長さにまで一度に刈られる。


 つまり、長く伸びすぎた草も乱舞しながら地に落ちた。

 わたくしがゴーレムくんに頼んで刈って貰っていたのに、一瞬で彼らの仕事は奪われてしまった。

 魔王様……。そんなお力があったら、なぜ普段使ってくださらないの……。

 まあ……魔王様のお力なんかを草刈りごときに使わせるのも気が引けますけれどね?

 魔王様のお力発動により、あと数回行うであろう行程は短縮され、周囲に転がっている虫の素材なども倉庫に一瞬で転移された。


「はい、これでおしまい。あー働くと疲れるねえ。お風呂に入って、夕飯までゴロゴロしようかなぁ」

「魔王様……ありがとうございます。とても素晴らしいお力でしたわ」


 早速ダメ人間みたいなことを言ってくれる魔王様。素直にねぎらうと、魔王様は土壌に散っていく生物たちを嬉しそうな顔で見つめていた。


「リリちゃん……自分の力を……ようやく魔界のために振るうことが出来るなんて、嬉しいことだと思わないかい?」


 そうして魔王様は自らの手のひらに視線を落とし、そっと握りこむ。


「……リリちゃん、やはり君がここに戻ってくると……目に見えて魔界の環境が変わるようだ。行き場を失って渦を巻いていた魔力の大きな流れが、全土に広がって流れていくようだよ」


 そんなことを言いながら、それにね、と魔王様はどこか恥ずかしそうに微笑む。


「我々王族にも、補助的な力を与えるようだね。術の発動時間も早くなっているし、効果範囲も広まった。何より魔力の負担も軽減してくれている。以前はそれほど感じなかったが、目覚めたきみの力も次第に強まってきたんだろう」


「まあ……そうなのですか? わたくし全然そういう感覚がなくて……」

「そう言われてみれば……魔具で転移するときも、リリーがいる場合少し魔力を流すだけで済むんだ。体調に左右されるのかと思ったけどなるほど、そういうことだったのか……」


 そういう力が出始めている実感がないものなので、へぇ……と言いたいのはわたくしのほうだ。


「とにかく、数日様子を見よう。植物に成長促進剤はもう不要だと伝えておいてね」


 魔王様はそう言って、瞬時に姿を消す。転移されたようだ。


「では、リリー。俺たちも戻ろうか……エリクも倉庫で分別を手伝ってもらえるよう、お願いしなくちゃいけないからね」

「エリクなら新しい素材が手に入ったと知れば、二つ返事でやってくれるはずですわ」

 そう言いながら魔王城に向かい……想像以上の量……倉庫にみっちりと入っていた、それぞれのパーツの分別を始めるのだった。



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こめんと

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