【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/34話】


 その日の夜、わたくしは魔界での夕食を味わい……食後に、お茶をいただきながら(一回、マクシミリアンが在室確認か何かで寮の部屋を訪ねてきたので慌てて戻り、読書をしていると話すと、邪魔して悪かったとにこやかに帰って行った)みんなで会議の運びとなる。


 当然、というのか……しかるべき共有事項というべきか。

 話の流れは今日のことになり、イヴァン会長の事もレトの耳に入ることになった。


 反応は薄かったが、良く思っていないのは見て取れる。

「そ、そういえば……セレスくんとジャンは、会長の何に引っかかりを感じたのですか? わたくしには何も感じず……」


「あんたはそういうの鈍いからな。それに、あいつもあんたにはいい顔を見せていたし」

「鈍くなんかありませんわよ! ……ねえ?」


 ジャンにずばっと鈍感だと言い捨てられたあげく、皆に同意を求めてみたが誰も否定してくれない。


「鈍いかどうかより、私が感じたのは……イヴァンさんがリリー様に視線を向け、会話を交わしているうちに、彼の内にどろりとしたものが広がっていくんですよね……あれ、執着ですよ」


「――よし、そいつすぐ殺そう!」

 執着だとはっきり告げたセレスくんに、わたくしより先に反応したのがヘリオス王子だった。


 殺すなんてとんでもない。結論が早すぎる。


「待ちなよ。最終的な手段としては異論はないけど……せめて記憶を消すくらいで良いんじゃないかな」


「だめだよ、レトゥハルト。そういう奴は記憶を消したって、時間が長く過ぎたって……再び執着の対象と出会ったら、自分でも止められない深みにはまってしまうものさ。心の何かが覚えているのだよ」


「……ヘリオスの経験から語られた、とても参考になる意見だね……うん……俺もなんとなく分かる気がするのが嫌かな」

 王子様達が交わす会話はとても怖い。

 一瞬ノヴァさんがわたくしに憐憫の目を向けたようだが、視線を合わせるとサッと逸らされた。


「……執着と言われましても。わたくし、本日まで一度もお会いしたことがありませんのよ? 会長だって、わたくしを調べ上げたところで……せいぜい記憶喪失だということか、うまく調べても失踪していたことくらいしか分からないでしょう」


「……いや、人間の執念を甘く見ねぇほうがいいぞ。アリアンヌとかいうエロガキの時だって、あんた利用されて大変な目に遭っただろ」


 なんでも良いように解釈するなと忠告され、わたくしは素直に首肯しておく……ことにした。


「なんだか自意識過剰に聞こえてしまいますが。仮に、会長がわたくしに執着していたとして……何が目的なのかしら? わたくしが美少女だということは指摘されずとも分かります。ですけれど、一応クリフ王子という存在が表向きにありますので、わざわざ粉を掛けてくるなんて愚を犯す真似はしないでしょうし……家柄にこだわりがあるような方じゃない気がするけれど……」


 無印版では、学院一ともいえる魔術の才能があって、頭脳派のイヴァン生徒会長。穏やかな物腰は、女子だけではなく生徒全体からの信頼も厚い。

 ただ……その才能の対価か……身体が弱い。

 才能あるものによく付与される、ありがち属性である。


 会長も運動しては熱を出すし、学院も休みがち。


 アリアンヌとの森の泉に行くデートイベントでは『わたしも健康だったら、あなたとどこへだって行けるのに……この身が疎ましい』と悲しげに言っていた。


 しかも、会長ってば……ストーリー進行とイベント回収順番によっては体調が悪化し、病院で長期療養……すなわち、学院に来なくなる。


 つまりそこで会長との恋愛エンドルートは進行不能、自動的に会長を想っても思いを届けられない悲恋エンドルート入り、ってことだ。


 好感度が満たされていても、ストーリーのどこまででこれを回収、など把握しておかないといけない。


 回収タイミングを間違えると悲恋エンドになったりするため、会長を落としたいピュアラバガールたちが、ストーリーではなくシビアなイベント管理によって何度涙を呑んだことだろうか。


 一部では『妥協の許されない愛』『体調より厳しい回収順序』とも恐れられている。


「……とにかく、事前に情報を仕入れるなり、マクシミリアンとかいうのに相談するのも良いんじゃないかな。関わらないのが一番だろうけど、ヘリオスを見る限りじゃ……向こうから近付いて来るだろうし」


 レトが珍しくマクシミリアンの存在を肯定している。


「……あなたが彼を認めるなんて思ってもいませんでしたわ」

「…………そう、かな」


 目を丸くして驚いてしまったわたくしが、率直な感想を伝えると……レトはしばしの間を置いてから、肯定でもなく否定でもない口調で頷いた。


「……そのかたの目的が分からない以上、気をつけて……としかわたしには言えませんが、図書館で本をたくさん借りて、何を探したんです?」


 話題をちょうど良く変えてくれたエリクに、ノヴァさんとセレスくんがどこかほっと安心したような顔をした……気がする。


「リリー様、エリクさんに変異のことをお話になった方が良いですよ」

「ええ、セレスくんにも協力していただいて読み解いたのですが……」


 本にメモ紙を細く裂いて……ふせん的に挟んでおいた場所を開き、テーブルの中央に置く。


『対象を別のものに変異させる』という見出しと、術の方法や注意点がびっしりと記述されたページに、全員の視線が向いた。


「要するに、バッタ達を他の姿に変えるのですわ。そのためにはゲートを設置し、中にバッタたちを通す……というやり方にしようと考えておりますのよ」


 ただ、効率を求めてゲートを大きくすると、うっかりわたくしたちが通ってしまったら別の姿になりかねない。だから、虫が通れる適度な小ささにする。


「他の姿というより、現在よりも小さい他の生物になる、という術のようですが……」


 あまり自分には分からないですが、と言いながらも真剣に考えてくれているノヴァさん。


「ええ。それで合っています。その術の基本を取り込みつつ、もっと細かい記述を組み込んでゲートを作ったらどうかな、と思いましたの。ただ、一度で理想的な動作が期待できないので、バッタさんたちには数度協力して貰うかと」


「通った瞬間死んだりしないなら大丈夫じゃないかな」


 レトはそう言ってから、手元に置いていたメモ帳に……さらさらと本に載っている魔法文字を書きはじめた。


 そして、書きながら理解をしていったのか『ああ』とか『そうか』とか独り言を言う。


「……これは……大変な記述になる。そこに載っているのはただ『変化する』というだけの指定だ。小さい生き物ならある程度は変異できるみたい」


 しかし生命の枠の中でもルールがあり、身体の器官が大きくかけ離れるものにはならないようだと難しいことも言っている。


 虫、虫と言っていても、この『虫』というのは……昆虫のみならず小さい生き物の総称のような言葉だし、いろいろな生物が含まれている。


 だからバッタが土壌生物の一部になれるかは……試さないと分からないかもしれない。


 エリクも参考書とレトの書いていく文字を見て、これならゲートは要らないんじゃないですかね、と言った。


「陣を敷いて、そこにバッタを集める。周囲を結界石で覆っておけば、術の発動中は誰も入れません」


 結界石なら予備がある。ゲートという大がかりな仕掛けは作る時間が勿体ないとも言われ、わたくしはふむふむと納得するだけ。


……やはり持つべきものは有能な仲間。知識は大事なのだなと実感した。




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こめんと

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