【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/33話】


 レトやジャンはいつでも居ることになるからさておき、今日は旧キャラクターに良くお目にかかる日だ……まさか、イヴァン生徒会長(仮)にまで会えるとは思っていなかった。

 相手もわたくしを既に知っているということだから、改めてという形で、軽い自己紹介だけをしておく。


「オリオール学院長の息子さんということは、ええと……生徒会長さん、でしょうか……?」


 もしかしたら設定違ってたりして……と思いつつ、恐る恐る尋ねてみると、イヴァン生徒会長(仮)は、そうですと答える。


「もう少し正確に申し上げるならば、生徒会長代理……ということになります。まだ生徒会すら完全に発足していない状況ですからね。わたしがその間管理をしています」

 なるほど。代理とはいえど、彼を『(イヴァン生徒)会長』と呼称して良いようである。懐かしみのある呼び方だ。


「わたしがご案内を引き継ぎましたが、リリーティア様は変化の魔術書を探していらっしゃる、そうですが……」


「いえ、それが……わたくし魔術に関してはよく分かりませんので、そういったカテゴリが魔術書で良いのかどうかも分かりませんの。ただ、変化というものを可能にするような記載がある関連書、を閲覧したいと思いまして」


「そうですか……。そういった書籍があるにはあるのですが、僭越ながら申し上げますと……初心者には理解が難しい書物だと思われます」

 会長が難色を示し、わたくしにアドバイスをくれた内容は極めて正しい。だが、わたくしの後方から『ご安心ください』とセレスくんが進み出て、会長の前に立つ。


「私も魔法学科の専攻です。求めていた項目があれば、彼女に解説しながら読みます」

「セレスティオ様……お久しぶりでございます。そういうことでしたら、関連書籍の棚までご案内しましょう。こちらです」

 会長はペリースを翻し、左の通路を手で示しながら、一緒に歩いてくれる。

「あの……会長。失礼を承知でお伺いしたいのですが」

「はは、会長だなんて畏まらないでください。イヴァンで結構です」


 学院の病弱貴公子を呼び捨てなどとんでもないことなので、わたくしは愛想良く微笑むだけにして誤魔化す。


「イヴァン生徒会長は、どこでわたくしを……? 以前ご紹介のあった席でしたら、誠に申し訳ないことではございますが……」


「ああ、ごめんなさい。そうでした……相手が自分の事を知っていたら、驚くのも無理はありませんよ。リリーティア様のことは、わたしが一方的に……存じ上げているだけです」

 ふ、と弱々しい笑みを浮かべる会長。

 わたくし的に『自分が顔を合わせていた=記憶を失う以前の話』だったら大変だなと思っていたので、お目にかかっていない状態なのはかえって良かった。


 ほっと胸をなで下ろしたわたくしを、会長はじっと見つめていたが……視線を感じて目が合うと、人の良さそうな笑みを見せてくれる。


 何か探し物をしていると思われたジャンも、わたくしたちの後方からいつものようについてきてくれていた。


「探していたものはよろしいの?」

「ああ。もう済んだ。たいしたことじゃない」


 随分早いことだ。そういう驚きが顔に出ていたのか、ジャンはすぐ近くにあったんだよと言いながら、知ってる範囲の記述通りだったとも言葉を重ねた。


 それが良かったのかどうなのかはわからないけど、ジャンも話したくないようだ。彼はいつも自分のことになると口数が少なくなるというか、言いよどむというか……とにかく、探られたくないらしい。

 もしかしたら、ジャンのルートに進むと、そこら辺とかも分かるようになるのだろう――……けれど、わたくしはそこに進む気はないので永遠に分からないかもしれない。


「彼は……リリーティア嬢の……お友達、なのですか?」


 控えめに問いかけてくる会長に、わたくしの護衛ですと返すと……彼は不思議そうにジャンの方を肩越しに振り返り、護衛、と口の中で呟く。


 視線を受けたジャンは、片眉を不服そうに上げたものの、そうだよと答える。


「……御主人になんかあっちゃ、王子様も困るだろうからな」

 ここで言う『王子様』は注釈が要らないと思うが、クリフ王子のことだ。

 わたくしとしてはジャンの解答は不本意なものだが、レトも王子様ではあるのでそちらのことだと勝手に解釈しておこう。


「司書さん、おれが護衛じゃ不満でもあんのか? ――それとも、四六時中一緒に居る特別な間柄……だとか言った方が楽しいのかい? あんたは噂好きとは見えないんだがな」


 ジャンのどこか挑発的な言葉を受け、会長は不快そうに眉を寄せた。


「――も、申し訳ございませんわ。ちょっと性格に難がある男なのです……失礼なことを仰るのはよしなさい」


「構いません。こちらこそ、勘ぐるような視線や態度に見えてしまったことは謝罪します。どうかご放念くださるとありがたく……」

 会長は素直に謝罪し、軽く頭を下げた。

 ジャンもそれ以上は何も言わず、側で見守っていたセレスくんも困ったような顔をしているだけだ。


 多少の気まずさを残したまま、会長はわたくしたちを伴って三階にまで上がった。通路の中程にある『魔法構築』というカテゴリにたどり着くと、このあたりですね、と手で大まかな棚の範囲を示す。


「ありがとうございました。とても助かります」

「いえいえ。わたしは仕事をしただけですよ。閉館時間は五時ですので、本を借りる際にはそれまでに受付までお持ちくださいね。それでは」


 丁寧にそう言って、会長はわたくしたちから離れていく。


 階段を下りる前にもう一度こちらを振り返ったので、軽く会釈をすると向こうも微笑みと会釈を返して、去っていった。


「さて。ここから本を探すということに――」「……リリー様」


 気合いを入れて変化に関する本を探そうとした矢先、本当に小さく囁くような声で、セレスくんはわたくしを諫めるような声を発した。


「……イヴァンさんには、充分お気をつけください」

「――え?」

 どうして会長のことを気をつけろと急に言うのだろう。

 男に近付くんじゃねえぞ的な冗談なのかと思ったが、そういう意図ではないみたいだ。現に『気をつけろ』と言ったセレスくんの表情は明るくない。


 それどころか、ジャンも小さく頷くので、わたくしは急にうろたえてしまった。


 ジャンの勘はかなり当たる。


 それだけじゃない。資質だけを見抜くかと思いきや、体調不良なども見極めてくれるセレスくんの凄い才能がそう告げているのだから、さしたる理由もないわたくしが……彼らの忠告のどこを否定しろというのだろうか。


 というかセレスくんはこんな力を持っていて、ただのNPCだったとかすごくない?


 確かに攻略キャラになってしまうと、いろいろと知りすぎている人になっちゃうから扱いづらかったのかもしれないけど。

「……詳しくはまた夜にでも」

「わ、わかりましたわ……」


 話はいったんこれでおしまい。というように強制的に切ると、セレスくんは本棚を指し示し、手分けして探してみましょうとにっこり笑った。




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こめんと

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