「――なるほど……変異道具を作りたいと」
「そのために、彼から魔術か錬金術の本を見せていただいたのですけれど……そういったものが載っていなかったので」
わたくしたちはセレスくんのお気に入りのお店に行き、奥まった席で食事をしながら図書館で探したいものなどを告げた。
「変異か……錬金術というより、呪術のほうがカテゴリ的に合っている気がしますけどねぇ……」
料理を食べ終えたわたくしたちは、食後のデザートを口にしながら考える。
セレスくんはブドウのシャーベットをスプーンで掬いながら、難しい、と言う。
「私は錬金術に詳しいわけではないのですが……エリクに言わせれば……どうしてこうなるのか分からないけど出来る、という混沌とした原理があるらしいじゃないですか。そもそもわからないものが根本なのに、原理と言ってしまっていいのかも分かりませんが」
擬似太陽も魔術と錬金術の融合で作り出したのだから、他の術と合わせれば調合が可能かもしれない。
どうすればいいか見当がつかない、といったところだが……とりあえず図書館に行き、司書さんにいろいろ尋ねてみようと思う。
わたくしが静かに意気込んでいると、ジャンはセレスくんに過去の新聞などもあるのか聞いていた。
「ええ、向こう十年くらいは保管されていると思います。歴史的に大きな出来事なら、書籍になっているかもしれませんけども」
「そうか……」
珍しく、ジャンが考え込むような仕草を見せている。
彼は剣士イメージにありがちな、脳筋タイプでは無いと思っているけど、こんなに考え込んでいるのだから、余程気になるものがあるのだろう。
「……なにか気になるような調べ物があるのでしたら、わたくしもお手伝い致しますけれど……」
「いや、あんたは自分の調べたいものを探してりゃいい。おれのは……記事があるようなものじゃないだろうからな」
そう言って席を立ったジャンは、わたくしたちの顔を見ながら『行くぞ』と急かす。
慌ただしく残りのデザートを口に運び、彼の後に続いた。
◆◆◆
――王立図書館。
わたくしの知っているような街中の図書館とは桁外れにファンタジックで、桁外れの書が収められていた。
まず、建物がもはや芸術的だ。建っているだけで素晴らしい。
外観はラズールの教会 (セレスくんの住んでいる教会)のように白い建物だが、哲学者や偉人らしき人々の彫刻がレリーフのように彫られており、等間隔に細長い採光窓がある。
中に入ると、360度全てに本棚があり、二階、三階……五階くらいの高さまでぎっしりと隙間もないほどに並べられているのだ。
そして天井も高く、見上げようとすると首も痛いし、上体を反ってしまいそうになる。
「……こんな大きな図書館だったなんて……素晴らしいですわ……!」
小声でセレスくんに感想を告げると、自分の家のことのように彼は喜び、私もここがお気に入りなのですと首肯している。
入り口からまっすぐ進んでいったところに総合カウンターのような場所があり、わたくしたちはそこに行き、魔術関連本を探していると司書の女性に聞いた。
「どのような内容をお求めですか?」
「それが魔術であるかは分からなくて……その、変化の術? などが記載してあるようなものなのですが……」
すると司書さんも、目をぱちくりと瞬かせて変化の術、と小さく呟いた。
「……魔術ですよね?」
「え、ええ。化学とかいうものではなく、魔法や呪術なんじゃないかと思うのですが……」
「はあ……変化……へんげ……少々お待ちください。ほかのものに心当たりがあるか聞いてきます」
空いているカウンター前の椅子を示され、お掛けになっていてくださいと言われたので素直に座って待つ。
ジャンは別の司書さんに何かを聞いていて、男性の司書さんも何度か頷いているので対応して貰っているようだ。
待っている間、再び館内をぐるりと見渡す。
この国の識字率はどのくらいなのか不明だが、利用者もさほど多くはない。
図書館で寝ているような人もいないようだし、綺麗に使われているのだなと思う。
しかし、広くて書籍のいい匂いがする図書館ですこと……。わたくしも今後何かがあればすぐに来ようかしら。
図書館ならマクシミリアンから何も言われないだろうけど、クリフ王子が来たらうるさいだろうな……あの人、そんなに声が大きいキャラじゃない気がしたんだけど。わたくしにだけクソデカボイスなのかしら……迷惑だわ……。
しかし、クリフ王子ねぇ……。
まだ三日目なのに、結構アリアンヌといい感じっぽい。
クリフ王子からヒロインに贈り物イベントなんかあったっけ? 少なくとも無印版にはなかったわね。
まあ、何もかもゲーム通りって訳じゃないんだから、買い物に行ったりお茶をするのだって普通にあっていいことなんだけど。
アリアンヌが強い恋心を原動力にし、わたくしとの取り引きもあるおかげで、とても頑張ってくれているから、クリフ王子の心はだんだんそちらに傾いているわけだろう。
今朝のリボン事件、アリアンヌに向けた表情には優しさがあったもの。
決してわたくし自身がクリフ王子の寵愛を欲しているわけじゃないけど、あの人あんな穏やかな顔を、ちゃんと誰かに見せることが出来るのだなあと、驚いたものだ。
「お待たせしました」
……うーん。素直とか、守ってあげたいっていう感情を沸き立たせてくれる存在って、やっぱり大事なのかしら。
少なくとも、わたくしにはないものばかりだわ。レトは一体、わたくしのどこが……良かったのかしら……。
「あの、お客様」
「リリーティア様、司書さんが呼んでいますよ」
セレスくんに肩を叩かれ、わたくしはビクッと体を震わせながら思考の渦から現実に戻ってきた。
わたくしの眼前には、苦笑を浮かべた先程の司書さんがいて、目が合うと会釈をしてくれる。
「はっ……! も、申し訳ございません。少々、その、考え事をしていて周囲の音が耳に届かず……!」
「いえいえ。お待たせしていたのはこちらですから。あ、それで、ですね。魔法に詳しい係のものを連れて参りましたので、彼にご相談いただけますか?」
と、おねーさんは、後ろに立っていた制服姿……そう、セントサミュエル学院の制服を着た青年を手で示す。ペリースやタイの色がセレスくんと同じく青いので、魔法学科の人だと思われる。
「え、あの、彼も学生さんでは……?」
「はい。学院に通っていますが、司書業もしているんですよ。ご安心ください」
にっこり微笑み、それではと、司書のおねーさんは去って行く。
ああ、司書さんが学院に通っているって事ね。そういうことか。
「――初めまして、リリーティア様。お噂はかねがね……」
背の高い青年は、低めの声でそう言って赤い瞳をふっと細める。
銀髪の右側だけピンで留め、シャギーが入った左はそのまま流してある。
儚げな美青年だが、わたくしの名前も知っている様子だ。
じーっと顔を見つめてしまったが、無印版で見たような……気がするけど、ちょっと違うような……。
「申し訳ございません、わたくし――」「ええ、わたしのことをご存じなくとも当然のことです。入学式には出席できませんでしたし、クラスも学科も違うのですから」
わたくしのペリースの黒色を見て、青年は儚げに頷く。
「申し遅れてしまいましたね。わたしはイヴァン・オリオール。セントサミュエル学院長の息子です」
お見知りおきを。そう言って、イヴァン――……無印では生徒会長……が挨拶してくださった。