【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/28話】


 翌朝、久しぶりに味わう魔界の朝食に舌鼓を打ってから、慌ただしく学院へ。


 制服は朝食後に着替えたのだが、お部屋から見送りしてくれるレトもヘリオス王子も口をそろえて『制服姿も素敵だ』などと褒めちぎってくれたので、気分爆上げだ。


 たとえそれがお世辞だったとしても、わたくし自身もこの制服は可愛いと思っているので、似合うと褒められるととても嬉しい。そうでしょう? ……と思わず詰め寄ってしまいたくなる。


 上機嫌で登校していても、昨夜魔界の実情を目の当たりにしてしまったから、学院の勉強のことよりどう動いて魔界を整えるか、ということにばかり意識がいってしまう。


 どうあの子(バッタ)達を説得するか、仕組みをどうするか……ばかり考えてしまうので、そちらを先にやってしまいたい……が、数年の実務経験から、魔界のことは手を加えれば加えるほど仕事が出てくる。


 今までずっと本腰を入れて行動してきたものなのだから、片手間では遅々として進まないのも分かっているのだけれど……。


 漠然と考えているアイテムのことを、どう組み立てて試作してみようかなとかを考えながらクラスに向かう――と。数人の女生徒が集まって話をしており、わたくしが教室に入ってくるのを見るなり、ピタリと話を止める。

「……?」


 何だろうと思ったけど特に気にせず彼女たちの側を通り過ぎたあたりで――最悪よね、と聞こえよがしの声が背中に投げかけられた。

「王子様、婚約者の妹といい仲なんだって、うちのお父様が言ってましたの」

「わたしも聞いたわ。昨日手を取り合って話し込んでたとか……堂々と凄いわよね……」


「婚約者と一緒にいても全然楽しくないのでしょう? あの方何考えてるか分からなそうだものねえ……でも自分の妹と婚約者がいい仲なんて知ったら、確かに恥ずかしくて顔を出せないわよね~」

 くすくすという嘲笑までが聞こえ、なんとなくこちらの様子を窺うような視線も感じる。わたくしが何らかの反応を示すかどうか期待しているのだろう。今の話、クラス中の人に聞こえていただろうな。

 いつかはこうなるって予期していたけど……まだ入学して三日目だというのに、とんでもなくスキャンダラスな話題が出てしまっている。

 しかし、どうしましょう……。

 本当のことを言っているんだろうけど、全く、痛くも痒くもないのよねえ……。

 アリアンヌとクリフ王子が手を取り合って話すのは、嘘でも本当でも全然どうでもいい。あ、そんなことないわ。手を取って見つめ合いながら話してくれているほうが、親密でいいじゃない。本当であってほしい。


 だいたい、聞いたからってベラベラ喋っているようでは……あなたのお父様とやらは身元がモロバレじゃない。一番過敏になっているのはマクシミリアンなんだから、彼がここにいなくて良かったな。もしもわたくしよりやや遅めに登校していたら、注意で済んだかどうか怪しいところだ。

 それに、わたくしが何考えてるか分からないですって?

 ここ数日のわたくしは、もう魔界のことばかりで頭がいっぱいなのよ。

 部屋に戻ればレトもいる。わたくしに向ける優しい瞳も声も、たまらなく好きだ。

 クリフ王子とうまくいっていない……だというくだらない陰口など、鼻で笑って吹き飛ばしてしまう程度にわたくしは浮かれているのだ。

 むしろ、浮かれていなくても吹き飛ばしてやれるものなので、地上の有象無象のことで悩まされるわけないじゃない。

 しかし、クリフ王子の将来的な結婚相手というのが気に入らないのかお嬢さん達は諦めない。わたくしから何らかの反応を引き出したいらしい。


 婚約者がいるというだけでは飽き足らないのか、マクシミリアンが常に側にいてくれている(ように見えるらしい)のに、護衛まで男を連れて本当にいやらしいだの、ふしだらだのという話にまでなってきた。


「ねえ、ジャン?」

「……んっ? なんだ、あいつら斬ってこいってのか?」


 ジャンの声はちょっと大きかった(多分わざと)ので、性悪お嬢さん達に聞こえてしまったようだ。


 キレて文句を言いに来るという行動ではなく、いきなり命を奪われかねないという危機を察知し、彼女たちは互いの手を握りしめ、引きつった顔でこちらを見ている。


「違いますわよ……ずっと面白そうなお話をされているので」


 わたくしは楽しさを押し隠すように口を引き結び、挑むような顔つきをお嬢さんに向け、席を立つとそちらに向かう。


 お嬢さん達は何をされるか分からない恐怖から縮こまり、かといって言葉を発することもせず、わたくしから目を逸らすこともできない。


「みなさま、おはようございます。なにか楽しいお話をされているのでしたら、わたくしもご一緒させていただけないかしら? そして、どんなお話が好みなのでしょう? 男女の恋愛? それとも、人の血に飢えた護衛が、そろそろ禁断症状が出てしまいそうだ……という怪談話が良いかしら? ねえ、ジャン。あなたはどういうお話が良いと思います?」


「女はそんな殺人鬼の血なまぐさい話は好まないんじゃねぇか?」


 なあ? と言いながら、顔の良いジャンさんは女生徒の一人……たぶん一番得意げに喋っていた――彼女のお父様があずかり知らぬところで運命を左右された日であろう――女性に流し目を向ける。

「そんなものより……おれのものにならないなら死んでくれ……、とか、好きだと言われて頬でも撫でられながら殺されるほうがお好みだろ?」

 一部には絶大な支持層がある攻め方を的確に見せてくるな……。

 それがパッと出てくるあたり、ジャンニ・カルカテルラ……恐ろしい男だ。

 しかし、俺様タイプなのかヤンデレなのか、判断が出来ない玄人ジャンルをいきなり見せてしまってちょっと脅かしすぎたかな――と思ったが……。


 ジャンさんの魅力にやられたお嬢さんは顔を赤くし、こんにゃくみたいにグニャグニャになって……ほぅ、と熱い吐息を発して目を潤ませ、隣の女の子にもたれかかっている。


 あら、これはいけないわ。ジャンに耐性がないと、こうなってしまうのね……。


「…………彼はとても危険な男です。あなたがたのような純情可憐なお嬢さん達には、害でしかありませんでしたわね。発言のひとつで、人生を左右されては困るでしょう? これ以上の毒気と不幸が訪れないよう、いろいろな面でお気をつけあそばせ」


 もうちょっとお嬢さんの言い訳や何やらを聞いてみたくもあったが、ジャンの一撃の威力はとんでもないので、これ以上犠牲者が出ては困る。


 表面上『これくらいにしておいてやるけれど、次はありませんわよ』的な傲慢な態度と表情を浮かべ、挨拶もそこそこに机に戻った。


 このままクラスでも鼻つまみ者の悪役令嬢になりたいわけではなかったが、結果的にそうなる可能性が高い。まあ、このつり目でクールそうな顔つきが既に、アリアンヌみたいな清純派ヒロイン顔ではないものねえ……。


「……ジャン。あなた一体どこで女を殺すような言葉を覚えてきたのかしら?」

「おれはあんたより大人だからな。人生経験ってやつだ」


 どこか得意げに言ってくれるが、わたくしより6歳上というだけなので……わたくしが12歳で出会った当初から考えても、ジャンは当時18歳だ。もしかすると過酷な環境で、お金を稼ぐために様々な仕事をした……とかいう裏設定があるのかもしれないけど……この世界は乙女ゲーなんですぞ?

 推しの過去でもなんでも、自分の分身ともいえるヒロイン以外に……いや、ヒロインですら『女が側にいてはイカン』というご意見だってちらほら見受けられる業界なのだ。


 ましてやR指定の乙女ゲーならともかく、全年齢向けになると、間口が広い。

 いろいろ登場人物的にもそうした制約があるのではないだろうか。


 仮にですよ? ジャンに心身ともに親密だった女性の影が過去にあったら、ガチ恋ユーザーが発狂して『ジャンに近付く女は全部嫌い』って感じになっちゃうことも充分あり得るんだから、いろいろ不幸な出来事を経験しても、最後にはヒロインの横に立っていれば良い……とかいうことじゃないと思うぞ。


 わたくしもレトにガチ恋なので、リアル同担拒否みたいなものだ。彼に近付く女性には心穏やかではいられないとは思っている。

「……14歳くらいから18歳まで、どなたかと関係があったとは考えられませんけれど?」

 そういうわけだから、いくらジャンだって……()()()()()()なんてないのでは……と、内部的にメタな感想を口に出せるわけもなく、わたくしはある種の確信を持ちながらもそう口にすると、ジャンはふっと意味ありげに笑い、机に頬杖をついてわたくしの顔をじっと見つめた。


「へぇ……おれの何もかもを知ってるような言い方じゃねぇか。でもな――あんたの知らないおれってのは、確かにあるんだ。それが見たいなら、二人になったらいつだって教えてやっても良いぞ? ただし……誰にも内緒で、だ。()()()にも教えられないことになるからな」


 などと妙に艶っぽい声音と表情に危険なものを感じ取ったので、わたくしはサッと視線を逸らし、結構です、と否定するのが精一杯だった。


 危ない。ジャンが本気になったらどうなってしまうのかしら……とすら思う。

 自分が犠牲にならないのなら見てみたいものだが、自分がその毒に当てられるのはごめんである。


 一時の気の迷いからレトを傷つけて不貞を行えば……魔王様に即ブチ殺されてドラゴンの餌にされてしまうのだ。うっかり毒蛇(ジャン)の牙にかかって死にたくはない。


「……あんた、もうちょっと余裕がある態度できねぇのか? そんなんじゃ、こうしてからかわれたら終わりだな」

「おっ……、お黙りなさい。だいたい、意味ありげなことを言ってくるから悪いのです」


「おいおい。なんでそんなに動揺してんだ? そんなんじゃ、先が思いやられるってモンだな……しっかりしてくれよ」


 なんでわたくしが悪いみたいな言い方されてるのかも謎だし、何をどうしっかりしろというのか……この男の考えることはよく分からない。


 わたくしとジャンがそんなやりとりを交わしているなど誰も分からないと思うのだが、始業まで少し時間に余裕がある。


 今日は授業が終わったらどうしようかしら……と、しばらく窓の外を眺めていると……おはようございます、とアリアンヌがわたくしの前の席に鞄を置いて話しかけてきた。


「あら、アリアンヌさん。おはようございます……って、リボン……」


 金の髪に緑色のリボンをつけたアリアンヌは、うふふと照れ笑いしながら微笑む。

「似合いますか?」

「え? ええ、そうですわね……」

「クリフォードさまの目の色に合わせたんです~」


 なぜ緑なのかしらと思ったが、その疑問はアリアンヌ自らが教えてくれた。

 おいおい、そんな大声で言っちゃったら、またお嬢さん達のデビルイヤーがキャッチしちゃうじゃないの。


「……アリアンヌさん。あなたがどのような意図を持って、その色にしたかという理由はよろしいのですが……おおっぴらに、ましてやわたくしに告げるなんて……よろしくありませんわよ」


 マクシミリアンのお説教がまだなかったとしても、だ。

 すると、アリアンヌは悲しそうに、クリフォードさまから貰ったんですよ……と聞いてもないことを言い始める。


「お姉様に早くお見せしたかったので……」

「…………そうですか……」


 そんなのは人のいないところでいっぱい褒めてあげるから、クラスで言うんじゃない! あーほら、なんかあの子達こっち見てるじゃない。次は何を言うのか、って考えると頭が痛いわ。


「……はぁ。クリフ王子からいただいたのであれば、無くすことのないよう気を付けなさ……あら、リボン、結び目から髪が飛び出してますわよ」

「ぴぇ?! 本当ですか!? 朝急いでいたので……な、直してくださいっ」


 相変わらず、変な声を出すお嬢さんだ。


 椅子に座って頭を突き出してくるアリアンヌさんの行動力が凄い。一瞬頭突きされるのかと思ったわ。


 彼女が退く気配もなく、先生がお見えになるまで時間もある。

 しょうがないのでリボンの端をゆっくり引いて――……。


「リリーティア! アリアンヌに何をしている!!」


――解こうとしたところで、ものすごい怒号が教室中に響いた。


 急に大きな声で呼ばれたせいでびっくりしながらも、入口の方に顔を向け……怒りの形相でわたくしを見据えるクリフ王子と、その後ろで困惑した表情を浮かべるマクシミリアンの姿があった。



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こめんと

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