【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/27話】


 ダイニングには誰の姿もない。

 作業部屋と称した調合釜が置いてある場所には、エリクしかいない。


「あの二人ならもう訓練所に行きましたよ」

「訓練所……?」


 いつの間にそんなものが出来たのかしら。

 その訓練所とやらがどこなのか探そうとすると、レトがこっちだよと手を引いて教えてくれた。

「倉庫にしようと思っていた場所があるんだ。でも、訓練で立ち回るのにちょうど良い大きさなんだよ」


 ダイニングの奥、魔王様の居室をぐるっと回った……先にある。

 鉄の扉を開いて中を覗くと、確かにノヴァさん……と、ジャンの姿があった。

 二人は既に手合わせを始めており、目に見えない闘気が双方に立ち上っていて……こちらの肌にも二人の気迫が伝わってビリビリする。


 いつもノヴァさんは片手で細身の槍を持ち、長方形の盾(タワー・シールド)も装備している……のだが、今日はこの銀盾を装備して戦ってない。あ、ドアの横に立てかけてあったわ。


 この盾は……輝きから察するに多分魔法銀(ミスリル)なのだと思う。

 軽くて丈夫、かつ魔法防御力が高い……と良いことずくめっぽいが、お値段だって当然高価。


 軽いといったって、普通の金属よりは軽い――というだけのことで、わたくしには抱えて走ることなんて出来そうにない。ノヴァさんがこれを装備し、槍で素早く立ち回れるのはナゼなのか……多少なりとも魔族の血が入っているからなせる(わざ)なのだろうか。


 そして、ジャンは人間であるにもかかわらず、能力差があるはずのノヴァさんにも渡り合えている。


 前にレトが言っていたけど、魔族は人間よりも能力値が高い。

 剣術の技量や経験では劣っているとはいえ、レトがジャンに勝ったことは一度も無いらしい。しかも――今回も利き手で戦っていない。


 利き手じゃなくても、能力差があっても、それをものともせずにジャンは無数に繰り出される槍を躱し、薄笑いを浮かべながら懐に飛び込む機会を探っていた。


 今気づいたけど、二人とも練習用の武器じゃなくて自分の装備品で戦ってるじゃない!


「――どっちに用があるんだ?」


 ノヴァさんとの戦いに集中しているようだったから、もう少し待つかと思っていたとき、多分――わたくしたちに向かってジャンが声を掛けてきた。


「あ、申し訳ありませんわね。ノヴァさんに魔王城周辺にある樹木について伺いたいのです」

「――樹木、ですか? いったいどのような……」


 ぴたりと動きを止め、ノヴァさんがこちらを向いた。ジャンも手を止めたことから、どうやら手合わせを中断させてしまったようだ。


「数年前にわたくしたちが木の苗などをいくつか植えたのは記憶しておりますが、あれは建材などにしたいという目的もあってスギだった……はずです。その後、新たに増やした種類などがあれば、記憶していらっしゃる?」


 すると、ノヴァさんは額から流れる汗をタオルで拭きながら、ブツブツと小声で呟いている。


「――……建材が欲しいということでしたので、自分もヒバやマツといったものを植えました。クヌギもあるはずです」

「では、急ぎではないのですが……なるべく早くクヌギやケヤキの苗を多く買いつけて植えましょう。あと……そうね……蜂の生育もありますから、栗の木ですとかアカシア……そういったものもお願いします。植えるときは広範囲に植えましょう」


 クリを選んだのは、実を結ぶことも考えてのことだ。採れたら嬉しいものね。

 他にも多分桜の木とか、ナラの木とかでもいいんだけど……それは後だっていい。


「え? 木を……植えるのですか?」


 バッタをなんとかするんじゃないのか、と言いたげなノヴァさんの表情だが、それとこれとは実は別で、長い目で見ると魔界が安定しやすくなるためのものだ。


「ええ。魔界にわたくし達が植えたものは早く成長しやすい針葉樹でした。葉っぱが針のようにツンツンしていて、葉が落ちにくく、腐敗しづらい。ですが、魔界には……強い日差しを防ぎ、落葉して腐敗していく広葉樹を多く入れる必要がありましたの」


「それが魔界の何と繋がっていくんだよ」

「……土壌ですわ」


「待ってリリー。土壌って、改良は充分行ったんじゃなかったのか」


 固い岩盤を取り払い、土にスライムの粘液やらいろいろなものを加え、錬金術でいろいろな対策を行った。わたくしも素人ながら充分やったと思う。


「先程、草の根をかき分けて土を見ました。落ち葉も少なく、それらを食べる虫がいないのです」

「虫」

「葉っぱを食べる虫……バッタではなく、ですか?」

 お前何言ってんの? 虫めちゃくちゃいっぱいいるじゃん……みたいな顔をみんなでするのはやめてほしい。

「葉っぱは勝手に腐っていきますけれど、落ち葉や剥がれて腐りかけた表皮、落ちた枝……の下に住んだり、食料にして分解していく、土壌生物がいないのです……ダンゴムシですとか、ムカデや……ミミズなどです」


「あんた、やたら虫に詳しいな」

「……作物を植えるためいろいろな本を買い、ひたすら読み込んだのですもの。お勉強の甲斐があったのでしょうね」


 石をひっくり返すだけでも虫がいるのに、この魔界には草の根元にもアリさんすらいない。レトがアリさん達をスカウトしてないなら、買ってきた苗に付着していた微生物くらいしかいないはずだ。


 どこかのまんがみたいに、主人公は幼少時代から微生物が見えて話も出来るからその能力を生かし……という発酵物ストーリーではない……が、ピュアラバは錬金術ができる恋愛RPGとはいえ、現状わたくしは似たようなことをやっている自覚はある……。


「とにかく……あとは、魔術書や錬金術の本を読んで……発想を得たらエリクや魔王様の手を借ります。ジャン、あと一時間くらいしたら戻りますわよ」

「はいよ……って、もう十時か。一時間と言わず、戻ったら良いんじゃねぇか? 本はレトに頼んだっていいし、明日でも読めるだろ?」


 確かに、明日も早く起きるから一時間を惜しんで寝坊することがあってはならない……。


 わたくしは渋々頷き、慌ただしく帰ることをノヴァさんに詫びつつ……十分後、本を携えてレトの転移魔法で寮の自室に戻ることにした。



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こめんと

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