魔王様のお話を伺った後、急いで魔王城の外に戻り、巨大バッタを探したわたくしは……確かに草むらの中に、巨大なバッタがたむろっているのを発見した。
顔は確かにバッタというかイナゴ系の顔だし、体は青や緑の斑点がついていて、妙にカラフルなのに羽だけは毒々しい紫色だ。
色合いと体格の両方があまりに強烈すぎて、見るものに強い衝撃やら印象を与えるので、意図せぬところで『魔物』って感じは出ている。しかも悲しいことに、会話用の魔具を持つわたくしと意思の疎通が可能なのだ。
いや、ダメよ、リリー。そんなことを考えては。
彼らだって、レトやヘリオス王子の、ひいては魔王様にとって大事な民なのだ。
リリー……同じ魔界に住むもの同士、お話しするのよ!
「こっ……こんばんは、バッタさん……」
「ンッ? ニ……ニンゲン、話セル?? ナゼ?」
「わたくしはリリー。魔界の環境を変えていくため、魔王様から認められた存在なのです」
こうしてリリーと名乗るのは、わたくしが貴族の令嬢『リリーティア』ではなく【魔導の娘】でもなく、ただのリリーという存在である、という意味を込めてのこと。
言葉にすると、そりゃ自分は自分だろうという当たり前のことを言っているだけにしか聞こえないけれど、異世界の魂を持ってここに存在しているわたくしにとっては、自分がここにいて良い存在であるという証。とてつもない重みがあるのだ。
「バッタさん、乱暴には致しませんので、ちょっと身体を指でつついてよろしい?」
「イイゾ。イタクスルナヨ?」
バリボリと草を食べ……いや、堅そうな葉っぱを強靱な顎でちぎって咀嚼しているバッタさんの背を、人差し指でつんつんとつつく。
プニッともクニャッともせず、普通にプラスチック製品みたいにしっかりしている。それでもって、凹凸があるのでざらざらする。
「……ふむ……とても硬いのですわね」
「魔界ニ来テ、成長シタ」
「魔界ノ空気モ食ベ物モ、栄養豊富。オレタチ、スゴク育ッタ」
他のバッタも草を食みながらスゴイ触覚やすごいトゲトゲで長い足を『見テ!』……と自慢してくる。ちょっと虫には慣れてないので、至近距離にズイッと来ないで欲しい。
「……繊細な虫がはっきり認識できる程度に、魔界には身体を成長させるモノがあるようですわね」
「…………俺も成長してるのかな」
レトは自分の身体をまじまじと見ているが、元々成長期なので成長するのは当然なのだが……数年でレトのイケメン具合は成長しすぎたと思う。魔界は美容にも良いのだろうか。
「人間のわたくしたちはともかく、レトは外面的にも内面的にも成長していると思いますわよ」
「そういうけどリリーだって……確実に成長してる、ところもある……じゃないか……」
と、レトはわたくしの首から下付近を見ていたが、それに気づいたわたくしがモノ言いたげな目を向けると、彼はすぐに視線をバッタに向けた。
レトが見ていたのは……どことは言わないが、言わなくても分かる外見的な部位だ。
実際にそこは大きくなったと思う。身体的にも少女体型のアリアンヌと真逆の存在ということで、設定的にも様々な部分で対比させた結果かもしれない。
わたくしだって無事に育って良かったとは思うけど、だからって、他者からじっと見られてもいいわけじゃありませんのよ……! そりゃあ、見ず知らずの人とかクリフ王子とかに見られたら嫌悪しかないけれど、レトに見られたらいろんな意味で動揺してしまう。とにかく、恥ずかしいじゃない!
「…………ごほん。レト、半年前と比べて……魔界の……空気や魔素というものに変化を感じますか?」
「半年前と? うーん……連れてきた魔物もいっぱいいるけど、精霊は急に増えたね。そうか……ドラゴンから出る魔素が、彼らが住むに都合良い環境を作っているから……魔王城の周囲にはグリーンドラゴンの好む『植物』の生育状況が良くなった。魔王城周辺が緑豊かになり、それに引き寄せられるように各種精霊も滞在する時間が増え、環境が安定していくという好循環が起こったのか」
しかも植物は魔力を吸い上げて成長するよう品種改良してあったし、エリクの作った促進剤もあって、加速度的にぐんぐん伸びた訳か。なるほどねえ……。
しばらくバッタたちの様子を観察して……性格は温厚そうなのだが、食欲は旺盛。
その外殻は丈夫すぎて、わたくしが棍棒で殴打しても潰れそうにない。
試しに殴ってみて良いかと頼みそうになったが、攻撃したらさすがに凶暴化するかも。複数からこの巨大な顎で噛まれては、わたくしなど細切れにされてしまいかねない。この大きさでも充分すぎるが、更に巨大化することになったら、攻撃力も機動力もあるので戦力としては侮りがたく有効な気がする。
しかし、乙女ゲー的に昆虫で戦乙女を迎え撃つのはナシだ。
だって自分の推しキャラが、巨大な虫の背中に乗って手綱付けて操ってるのよ?
スチル絵になってごらんなさいよ。プレイヤーの大半が拒否反応を示してしまうだろう。
中には『虫に乗ってる推しかわいい』で虫ごと萌えてくれるプレイヤーもいるだろうが、そんな訓練されたプレイヤーばっかりではない。わたくしはレトが虫に乗ってキリッとした顔しても、可愛いとは……いや、レトがいてくれるなら……虫でもドラゴンの背中でもいいかな……。
おっと、わたくしの鍛わった推しへの愛情を語っている場合じゃない。
虫だって植物だって、このまま放っておけない。蝗害はいつの時代でもどの世界でも、甚大な被害を及ぼすのだ。
しなびた草には目もくれず、この子達は新鮮で大きな葉っぱをむさぼっている。
葉っぱなら落ちているのも少しはあるんだけど……。
針のような葉っぱを一枚拾い上げ、バッタさんの目の前に差し出すと、食べにくいのでイラナイと言われる。落ちた葉っぱや針のような葉っぱはキライらしい。いろいろ好みもうるさいようだ。
「……落ちた葉っぱも食べてくれると嬉しいのですけれど……」
まあ落ち葉はいずれ腐るから心配要らないけれど。それで土も豊かになって――……。
と考えて、はっと気づく。
わたくしは素手で草の根をかき分けると、レトに魔法でも何でも良いので明かりを出すようお願いして根元を照らして貰う。
「…………」
「……どうしたの?」
わたくしが土を凝視したまま動かないので、レトが心配そうな表情を浮かべた。
「…………すぐにノヴァさんのところに向かいます。お伺いしたいことができました。バッタさんたち、お食事中失礼致しましたわ! ごきげんよう!」
「マタナ。オレ、ゴキゲンイイ」
またなと言われても、はたして双方が相手の顔を覚えているのだろうか……という疑問がなきにしもあらずだが、彼らと話していて今後の方針が見えた気がする。
それを確認するため、わたくしは急いでノヴァさんのもとに向かっていった。