「では、また明日。お休み」
「ええ、おやすみなさいませ、マクシミリアン」
食事を済ませてマクシミリアンと共に四階へと戻り、鍵を取り出して開錠し、部屋に入ろうとしたところで……わたくしが部屋に入るまで見送ってくれるつもりだったであろうマクシミリアンが、逡巡したそぶりを見せる。
「……今日のことは、俺から王家とそちらの家に苦言として報告しておく。今後、殿下には重々気をつけるよう進言するので、どうか気に病まないで欲しい」
「あら、わたくしこれっぽっちも気に病んでなどおりません。マクシミリアンこそ、本人が気にしていないというものを、いつまでも悩むなんて無駄ですわ。お腹が慢性的に痛みますわよ」
そうからかってやると、マクシミリアンも『違いない』と微笑む。
「市街に良い胃薬でもあったら教えてくれ。眠くならないものがいいな」
「まぁ……では、わたくしの市街散策を見逃してくださるのかしら?」
「これは独り言だが……週に二度くらいまでの頻度なら目を瞑ろう。問題を起こしたら監視として付くつもりだ」
「――ふふ、最良の胃薬を探して見せますわよ。それでは、また明日」
独り言を割と聞こえるように呟くマクシミリアンのご配慮に、わたくしは片目を瞑って目配せすると、軽く手を振って部屋に入る。
マクシミリアンも手を振り返した気はするのだが、扉に遮られてよく見えなかった。
扉を閉め、手元に置いてあるライトの灯りを付けようと手を伸ばすと……スイッチに触れてもいないのに、ぱっと部屋が明るくなった。
「あら、ありがとう」
「おれじゃないぞ。あんたの後ろにいるんだから、手が届くわけないだろ」
ジャンは両手を肩の位置まで上げ、何もしてませんとアピールをする。
言われてみれば確かにそうなので、じゃあこれは――……。
「……お帰り」
ぶすっとした顔で、レトが自室にしたと思われる場所からこちらを見ていた。彼が魔術か何かでやったのか?
「部屋の前にリリーが来たのは分かるんだけど、出迎えようと思ったらマクシミリアンがいたから慌てて部屋に戻ったんだよ」
「えっ、見ていた……のですか……? どうやって?」
すると、レトは銀色の金属シート……のようなものを胸のポケットから取り出して、わたくしに見せる。
「これ、廊下に続くドアノブに貼ってあるんだ」
「貼ると……見えるのですか」
「俺の魔具を通して、誰が来たか確認することが出来る」
――なるほど、防犯カメラだ。魔術って凄くない?
「あら、羨ましい。そんな便利なものがあるのでしたら、わたくしにもいただきたいわ」
「無理だよ。あれは俺が作ったから、俺の魔具からじゃないと分からないし……リリーが魔具を持っていたとしても、映すことは出来ないんだよ」
それはとても残念なことだ。
落胆するわたくしに、いつも一緒なんだから良いじゃない、とレトが微笑む。
「一応、誰が来たかは確認できる仕組みになっている。まだ七時を過ぎた頃だから……魔界ではそろそろ夕食の時間になっているはずだけど――どうする?」
どうする、って……。そんなわかりきったことをわざわざ聞く必要があるのかしら。
「――行きますわ!!」
魔界の様子をこの目でも見たいし、魔王様にご挨拶もしたい!
すると、レトは嬉しそうに頷いて……手招きする。
彼の部屋になった場所に入ると、何もなかった場所には小さい錬金釜と本棚、ベッド、机などなど……置かれている。魔界のレトの部屋よりも広いので、それらを置いてもまだスペースは広い。
部屋の中央で腕を横に振ると、魔法陣が浮かび上がった。
「さ、半年ぶりの里帰りへどうぞ?」
と、わたくしとジャンを誘ってくれるのであった。