レトたちがわたくしの部屋の一つ(正確には空き部屋二つとも)を使って、自分たちの使い勝手良いように家具を設置しているところだが、防音処理は一応念入りに施して貰っている。
街から帰ってきて、急に部屋に閉じこもりっきり……だと怪しまれるので、今日は食堂で食事を摂ることにした。ノヴァさんの食事にありつけないのは残念だが、これも大人しく生活していると思わせるためだ。そうだ、朝食を魔界で摂ればいいんじゃないかしら。そうしましょう。
それに、魔界のお風呂も入ることが出来るなんて素晴らしいじゃない。
魔界の全てに魔力が含まれているのだが、あっちの水を飲み慣れているせいか、こちらの世界の水はコク? が足りない。
飲んだ充実感というか、身体に染み渡る清涼感というか……そういったものが、魔界水には多いのだ。それを身体に浴びることが出来るなんて贅沢じゃないか。
最初はあんなに警戒していた魔界水だけど、今となっては必需品に近い。
ラズールの魔術屋さんで飛ぶように売れるのも、もっと入荷を増やして欲しいと言われるのも納得だわ。
ということを考えながら、空いている席に座ってジャンと食事を食べていると――……食事のトレーを携えてやってきたマクシミリアンが隣に座って良いか、と聞いてきたので頷く。
「あら? 今日はお一人なのですわね。珍しい」
「ああ。殿下は本日、護衛の顔合わせもあるので王宮で召し上がるそうだ。それに、俺が一人でいるのは別に珍しいことでもないぞ」
そう言いながら、今日の食事……鶏肉のクリーム煮を口にする。
ここの食事は身分関係なく同じものを振る舞われるから、みな同じ釜の飯を食す仲、ってことになる。
マクシミリアンは、食事に何か不満を漏らすこともなく食べているのだが、どこか表情が沈んでいるようにも見える。
「そういえばあなたも、クリフ王子も寮生活なのですわね……お城や屋敷から通うことも出来たのでしょう? ……わたくしは食堂の料理を喜んで食べているのですが、その、一部の方には……」
「家の用事の場合は出向けば良いだけだし、寮生活のほうが時間効率的に楽だ。それに身分問わずで献立も決まっている食事を厭うものは、ここに降りてこない。もし、身分ごとに食事が提供されるなら……多くが無駄になっただろうな」
そういうきみはどう思っているのかな――と言いたげな視線を向けられ、わたくしも素直に頷いた。
「その通りですわね。日々の献立は壁に貼り付けてありますから把握しやすいですし、嫌いな食べ物や食材があれば抜いていただいたり、どこかで買ってくるという手段もありますもの。料理の味も美味しいと感じますわ」
そう、食堂の料理は献立があらかじめ決まっている。
何が入っているかというのも細かく食材の名前が横に書いてあるので、食べたい日はここで食べて、嫌いなもの出る日は自分で作ったり買ってくる……ということもできる。
ある程度限度はあるだろうが……食事はおかわりもできるらしいので、料理が大量に余るということもなさそうだ。
「屋敷で食べているような、見た目に華やかさのある食事も楽しいものだが……こういう、気取らない食事は……いいものだな。うまく言えないが、心が安らぐ……いや少し違うか……」
「――ほっとする味……と仰りたい?」
「……そうだな。ほっとする味、か。楽しい言葉だ」
マクシミリアンは頷くと、楽しげな顔でスプーンを動かして口に運び、一人でほっとする味か、などと呟いている。貴族なのに素直な人だ。なぜクリフ王子の右腕になってしまったんだ……と毎回思わされる。
「――そういえば、買い物は済んだか?」
「えっ、ええ。大体終わりましたけど……まだ小物を買いたいのですわ」
「……きみが自由に動いていると、殿下がお気に召さないようだ」
食事の手を止め、マクシミリアンはすまないな、と申し訳なさそうに言う。
その表情には気まずいというような色が浮かんでいた。
「……殿下は、きみといる時間を増やしたいのだろうから」
「わたくしはそう感じませんけれど……クリフ王子も、アリアンヌさんとご一緒の方がよほど楽しそうですわよ……あら、そういえばアリアンヌさんの姿が見えませんわね」
食堂内を探してみたが、目に付く範囲にアリアンヌはいない。
セレスくんもいないのだが、もしかしたら大聖堂に行っていたりと、まだ来ていないだけなのかもしれない。そう思っていると、マクシミリアンが彼女は、と重々しく告げる。
「アリアンヌ嬢は、殿下と共に城へ向かった」
「あらまあ……」
わたくしの言葉をどう拾ったのか、マクシミリアンは違うぞ、と首を振って、何か誤解を解こうとされている。
「きみは出かけていたため不在だったし、あの後、急に決まったことだ。殿下はすぐに王宮に向かわねばならなくて……畏まった席での食事ではないので構わないだろう、というご判断を……」
「そこはよろしいのですが……陛下も王妃殿下もおいでの席、なのでしょう? クリフ王子からアリアンヌさんをお誘いに……という事かしら」
しばしの沈黙の後、マクシミリアンは観念したように頷いた。
「すまない……お止めしたのだが、かえって意固地にさせてしまった」
「……そのやりとりが目に浮かぶようですわね」
大丈夫。それは無印版のイベントにもあったのよ、マクシミリアン。
一定以上クリフ王子の好感度が高まると、王宮でお食事に招待されるのだ。
ただ、やはり学院スタート前から好感度を上げているだけあって、展開が早い気がする。
照れながら両親……まあ国王陛下と王妃様にアリアンヌを紹介し、可愛いお嬢さんねと褒められて二人はまんざらでもない様子で微笑み合う……的な、ピュアピュアした話だったはず。
――なのだが、リメイク版の今作……わたくしがヤツの婚約者なので、それを差し置いて&マクシミリアンが止めるのも聞かず、というのは貴族文化的に確かによろしくない……どころではないような気がする。
「本当に申し訳ない……事前に分かっていれば……」
わたくしの取り急ぎ詰め込まれた程度の『貴族的常識』とマクシミリアンの平謝りを見る限り、とんでもないことで間違いないようだ。
だいたいこういうのって、どーいうわけか情報早い奴とかいるんだよな~……だから学院でも噂になっちゃうわ。この後どうなるのだろう。明日にならないと判断のしようが無い。
「……わたくしのことはお気になさらず。クリフ王子やアリアンヌさんが無事に戻れば良いだけです」
ぶっちゃけ、ローレンシュタイン的にはアリアンヌがうまくやってくれるほうが嬉しいだろうし、二人の関係が進展してくれるほうがわたくしもありがたいのだ……クリフ王子がやらかして、陛下のお怒りを買ったりしない限りはどうでもいい。
「リリーティア……きみという女性は……人が良すぎるな」
割と冷めた態度を取ったが、マクシミリアンはそこに寛大さを感じたらしい。じっとわたくしの顔を見て、ありがとう、となぜかお礼まで言われる始末。
「はっ? あ……あなたが心配しすぎなのですわ。親友の苦言をふりきったクリフ王子もきっと悪いとは思っていらっしゃいます。そこまで愚かではございませんでしょう」
たぶん。
といいたいのを飲み込んで……マクシミリアンには微笑むだけで済ませるが――わたくしだって実際、自分の部屋では魔界の王子ご兄弟と同棲状態になるっていう、嫁入り前の娘さんにあるまじき大変なことになっているのだ。どっちがヒドいかお分かりになるだろうか。
婚約者がいるのに、他の女を両親に紹介して会食を楽しむっていうクリフ王子の精神を責める資格など、わたくしにはこれっぽっちもない。
むしろこっちが責められても何も言い返せないし、マクシミリアンに見つかったら……彼は心身のストレスから吐血して倒れかねない。エリートはショックに弱そうだもの。
他人が聞いたら特ダネになりかねない話題だが、幸いなことに食堂の混雑ピークも過ぎ去っているので、人もまばらだし、わたくしたちの声は小さかったので誰も聞いていない様子だ。
わたくしの向かいでも、聞こえていないふりをしながらジャンは黙々と食事を摂る。
話は聞いていたはずだ。意見を求めたら笑うのか呆れるのかは不明だが、彼の表情には一切の感情が出ていないので、とても素晴らしい対応だと思う。
「あの、そういえば……クリフ王子には護衛が付くとのことでしたが。どんな方ですの?」
「明日になれば紹介されると思うが、先に知っておいても構わないか……近衛騎士隊に所属する――……」
マクシミリアンの唇が動いて、その護衛の名を聞いたとき――わたくしはまた、無印版とは違う! と内心で叫んでいたのだった。