【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/22話】


――……わたくし、今とんでもないことを聞いたような。


「住む?」

「そう。魔界とここの往復になるけど、ちょうど空いてるからいいよね」

「……だめに決まっていますわよ。もしかすると寮の管理者ですとか、たまにアリアンヌさんがいらっしゃったり……」


 寮の管理者さんは、多分貴族の部屋に踏み込んであちこち見たりしないだろうが、アリアンヌは勝手にやってくる気がする。そんなときに鉢合わせたらどんなことになってしまうか……!!


 アリアンヌの名を聞いた途端、レトの顔が嫌悪に歪んだ。


「――……彼女とお風呂入ったりさせないためもあるね」

「あれは彼女が……って、なんでそんなこと知ってるんですの?」


 すると、レトは目を閉じて咳払いをし、爽やかな顔で『広くていい部屋だね』と感想を述べた。あからさまに話をはぐらかしやがったな。


「――……レト、まさか覗……」「見てないよ。聞こえちゃっただけだよ」


 まさか、ジャンがなんかやってたんじゃねーだろうな。

 そう思ってじろりとジャンの方を見ると、おれは何もしていないと抗議を受けた。ちなみにヘリオス王子は、何の話? と状況を掴めないでいる。


「リリーのペンダント、父上が『リリちゃんが危ない目に遭ってたらレトゥハルトに分かるようにしておくね』って、リリーが身の危険を感じたときに勝手に繋がるんだ。姿が見えるのは、リリーが自分から連絡を取ろうとしたときだけだよ」


 なるほど、それは便利ですわね……と頷こうとしたが、つまり……わたくしがアリアンヌさんとお風呂に入る一部始終は、わたくしの身の危険とされて、彼に伝わったことになる。


「…………えっち! 何もかも聞いてましたわね!!」

「ち、違うんだ。俺もいまいち何が起こっているか分からなくて、でも頭に響いてくるから……! 助けに行くことも出来ないし、リリーが落ち着くまでは、俺だってどうしようもなかったんだよ!」


 みるみるうちにレトの顔が赤くなり、それにつられてわたくしも自分の顔が熱を持つのがわかる。ぽかぽかとレトの腕を軽く叩いたが、レトは困ったような、嬉しそうな、どう判断して良いか分からない表情を浮かべている。


「ああ、もうやだ……なんで、よりによって……」

「そんなに恥ずかしがらないで……良い思いしたアリアンヌが羨ましいよ。あれ以上、リリーに変なことしたらすぐ殺そうかなって思ったくらいで済んだのは幸いだったね」


 殺……って……。

 そういえば、しきりにアリアンヌは『寒い』とか言っていたっけ……。もしやそれはレトの……いや、もう忘れよう。そして、アリアンヌとお風呂入ることになったら、ペンダントは外そう……。


「とにかく、俺がここと魔界を行き来できるようになれば……リリーには利点が多いよ。夕食はエリクとノヴァが作ってくれるから、持ってきたり食べにいける」

「……それは……非常に良いですわね……」


 寮の食事は美味しかったけれど、仲間と気兼ねなく食事がとれるのは良いものだ。

 特にみんなで作るご飯は食べ慣れているし美味しいから、ジャンさんも大きく頷いている。


 そりゃそうだ。魔界にいればわたくしを守るという役目から彼は解放され、気を張る必要が無くなるのだから。あと、ノヴァさんと手合わせも出来るから退屈はしないだろう。


「セレスもいるなら、メモリーストーンを置かせてもらえばセレスの部屋とも行き来できるだろう? それに……俺たちも互いに会えなくて寂しい思いはしない」


 うう、最後の利点は非常にずるい。心にグッとくる。

 しかし、ここで頷いてしまったら、わたくしズブズブに甘やかされてしまいそうだ……なにか、そういう同棲みたいな甘い雰囲気になるなんてだめだと思うんですよ。


 リメイク版の魔界陣営ってどういう設定なの?

 魔界の王子様と一緒になるため、望まない婚約者との関係を破棄しようと学院に通ってるはずなのに、魔界の王子様はわざわざ同棲持ちかけてくるし、誰かに見つかったら無事じゃ済まない……という気しかしない。


「だめです。毎日来るのではなく週に何回か……なら」

「結局来ることは変わらないじゃないか。それに、誰か来たら幻術で何もない部屋だと見せることも可能だし、あるいは入り口付近に大きなものでも置いて物置に見せておくから心配無いよ」


 ジャンの反対もなく、レトの中ではもう決定事項のようだ。

 しかし、ヘリオス王子は『良くない!』と異論を唱えた。


 おお……ヘリオス王子! そう、良く申してくれました。良くないのです!


「レトゥハルトの部屋があるならボクの部屋も欲しい!」


――……期待は一瞬で崩れた。倫理的に良くないとかではなく、自分の部屋がないのにレトの部屋だけ確保されるのはおかしいという意味での『良くない』だったようだ。


 わたくしは何も言うことが出来ず、その場にへたり込む。

 そう悲観しなくて大丈夫だから、とレトはわたくしの肩に手を置いて諭すように言うのだが、安心したいから、とも告げた。


「リリーに迷惑はかからないよう行動するから大丈夫だよ」

「……もう、わたくしが何を言っても行動すると仰るならば、そうお願いしたいものです」


 事実上の降参を示すと、レトはにっこりと微笑んで頷いた。


「それじゃあ、メモリーストーンは置かせて貰うね。ヘリオス、ラズールに買い出しに行こう。今から行けば店が閉まる前に服や家具を買えるよ」

「わかった」


 ヘリオス王子はぴょんとレトの肩に飛び乗り、兄弟はフッと姿を消した。


 嵐のようにいろいろなことが起こってしまった。わたくしはしばらくレトがいたであろう場所をぼーっと見続ける。すると、いつもレトの味方っぽいジャンが珍しく気を遣ってくれたらしく、気にすんな、と言った。


「遅かれ早かれ、こうなっただろうよ。おれも楽になる。理屈は分からねえが、魔具さえ使ってりゃ問題ないんだろ?」

「ええ……。わたくしたち地上の存在が、生身で魔法を使えないのは……地上は魔力が薄いゆえに、引き込み方が下手だから……だとレトが言っていました。そのデメリットをなくすため、魔具を通して魔力を集めているんですの」


「部屋で魔法の練習してる奴くらいいるんじゃねーか? 探りを入れられたら対策を考えりゃ良い」


 そうして、ジャンはわたくしの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫で、ともかくだ、と言った。


「あのエロガキにだけは知られんなよ。あいつ、ちょっと……頭が残念だ」


……第二代エロガキの称号はアリアンヌに贈られたようだ。


 あのねえ、一応アリアンヌは世界を救うヒロイン様なんだぞ。

 ゲームじゃ選択肢とかイベントとかによっては、ジャンだってエロガキの男になってる可能性だってあるぞ。うわ、想像がつかない……。


「ご忠告ありがとう。いろいろ気をつけるように致しますわ。ジャンも、これで少しはゆっくり出来ると良いのですけれど」

「フッ、安心どころか深酒で眠れる程度はできるな」


 そう冗談を言ってから、ジャンははて、と天井を仰ぎ見る。


「……なんですの?」

「……ヘリオスは魔具持ってねぇよな。じゃあここで魔法は使えない。鳥の姿で生活するのに、部屋いるのか?」


 その疑問は、数時間後……魔王様の手を借りて作ったのだと、青い宝石のはまったペンダントを見せるヘリオス王子本来のお姿により、解決するのであった。




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こめんと

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