【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/20話】


 学院も入学から三日ほどは午前中で終わる。


 来週から本格的に専門学科も始まるようなので、わたくしは今週中にある程度の……というか凄い数の……小動物を集めないといけない。


 集めるということは外に出なければならないわけで……わたくしはどうにかこうにか、マクシミリアンの監視を抜けて活動することになる。

 マクシミリアンへ買い出しに行ってくると二日続けて言っているので、そろそろ買い物も不要なのでは、という旨を告げられたが……買い物くらいしか気を紛らわすことが出来なくて、と寂しく微笑むと、マクシミリアンはそれ以上追求せずに『行ってこい』と快く送り出してくれた。


「あいつ、あんたのこと監視する気あるのか?」


 ジャンですらマクシミリアンの甘さに首を傾げている。

 それについてはわたくしも同感なのだが、もしかして……部下とか使用人とかに探らせているとか? そう口にすると、ジャンは見張りはいないと答える。


 じゃあ……泳がされているとか? 油断しているときに監視にやってくるとか? とにかく何かしらの間、自由にさせてくれていると思われる。だから、なるべく問題を起こさないように……事を進めていきたいものだ。

 わたくしは目立つ格好を避けるため、質素な服に着替えると髪を後ろで束ね、スカーフを三角に折ってかぶる。ふふん、どこからどう見ても野暮ったい小娘だ。貴族に見えない出で立ち。


 ジャンも鎧を脱いで、灰色のジャケットを着るのだが……うん、似合ってるんだけどね、なんか……急に普通の人になってしまった。


 その後、寮の人々にわたくしだと気づかれぬよう、俯きながらこそこそっと出て行った。


 王都の市場……庶民的なウォルテア市場に買い物に来ると、動物を取り扱っている店も何軒かある。そうだ、お嬢様だと思われないように、元気よく庶民っぽく挨拶しよう。


「すみませーん。ここに野鳥とかカエルって置いてるー?」


 奥の方で暇そうにしているしわしわのおじいさんに声を掛けてみると、目が開いているのか閉じているのかわからない顔で、あるよぉ~、と言った。


「ネズミは……五匹……カエル……三袋あるよ……」


 と、握っているステッキでガンガンとネズミの金網を叩くおじいさん。いや、探しているのは鳥なんですよ。ネズミも虫食べるかもしれないけど、穀物を食べられては困るのよ。


 捕獲用籠に一匹ずつ入って、ちょろちょろと走り回るネズミたち。叩かれたショックで、飛び跳ねたり逃げ惑ったりしている。カエルは、姿は見えないけど……モコモコ蠢いている麻袋がいくつも積まれていて、もしかすると……これが全部カエルなのかも……と嫌な予感がした。

 生き物を鞄に入れるの絶対嫌。

 かといって、担いで帰るのも絶対嫌。ちらとジャンを横目で見ると、おれは嫌だぞ、と先に言われた。

「数日後に結構まとまった数が欲しいんだけどさあ、荷車とか借りられるとこない?」

「荷車ァ……。売ってるとこなら……あるけどねぇ……」


 おじいさんは基本的に声が細く、賑やかな中では聞き取りが大変だが、貸しているところはないというのはわかった。

 どうしようかなと思っていると――……屋台にぶら下がっている籠のひとつに、雀くらいの大きさの黒い小鳥がいた。具合が悪そうにぼさぼさの羽毛を膨らませて大人しくしているが、その黒い身体がぼんやり光って見える。

……何かしら。ちょっと気になるわね。

「――おじいさん、この鳥ちょうだい。籠ごと」


 光っている黒い鳥を買うと、銀貨6枚だった。おじいさんの手のひらにお代を乗せ、商品と引き換えると、また今度来るわと言って別れた。

「ジャン、この小鳥……光って見えない?」


 人が途切れた路地の前で立ち止まり、こそっと小声で聞くと、ジャンはじっと鳥を見て……別に、と答えた。


「弱ってるようには見えるが、光っちゃいないぜ」

「そう、かしら……。わたくし、この子の身体が光ってるように見えるのだけど……ねえ、あなた具合悪いのかしら?」


 などと話しかけてみると、小鳥はわたくしの顔を穴が開くほど見つめた後『……この感じ……?』と呟いた。


「あっ、よく見れば、きみはリリーティアじゃないのかい?」


「――ジャ、ジャン、この子喋ってるわよ!!」

「鳴いてるだけだろ」

「違うの! きみはリリーティアじゃないのかいって言ったわ!」

「…………」


 すると、ジャンがあからさまに気持ちが悪いものを見るような顔をして距離を取る。その視線はわたくしに注がれていて、小鳥のほうは何も見ていない。


「おいおい……やべぇな。嘘にしてももう少しマシなことを……」


「こら、信じなさいよ!」

「リリーティア。良かった、助けておくれよ。ボクだよ、ヘリオスだよ」

……えっ?

「……へ、リ……? ヘリオスと仰った?」

「そうだとも」


 小鳥はまるい胸を張っているが、言われてみれば小鳥の声は彼に似ている気がする。尊大というかおばあさんっぽい口調というか、そういうしゃべり方もヘリオス王子にそっくりだ。

「ジャン、ちょっと、買い物どころではなくなりそうですのよ……」

「おい、さすがに買い物しねぇと不便だ。連日手ぶらで帰ってくるのは生活的にも監視を外されてる名目としてももう無理だぜ」


 そうね、それはいい加減マクシミリアンが納得しないかも。


「……では話は後にしましょう。取り急ぎ、買うものを手早く買います。ジャン、鳥かごをちゃんと持って。振り回したりひっくり返したり、なくさないようにお願いしますわ」

 ジャンに籠を押しつけると、わたくしはいろいろなものを手早く買うために動き、両手にいっぱい抱えて寮に戻ったのだった。



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こめんと

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