【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/19話】


※同性同士のお風呂描写とかがあります。苦手な方は『◆◆◆』(⇐クリックで移動します)の下からお読みください。


 私たちより先に食事を終えたお姉様が、皆で歓談することもせず部屋に戻って行かれるのを見て、その後を慌てた様子のマクシミリアン様が追いかける。


「……ふん。マクシミリアンも、あんな可愛げの無い女など放っておけば良いんだ!」


 気に入らない様子で、クリフォードさまは今しがたマクシミリアン様が座っていらっしゃった場所……まだ料理が残っているお皿を睨む。


 お姉様に気安くしすぎるのはやめろともマクシミリアン様に告げているみたいだけど、クリフォードさまは……嫉妬とかじゃなく……ただお姉様を孤立させたいのだろうか?


 どうしてお姉様に優しい言葉を掛けてあげられないのだろう。もちろんそんなことをされたら、お姉様もあからさまに嫌がるだろうけど……あの綺麗な顔が驚きに満ちたりなんかすると、とても可愛いというのに、クリフォードさまにはどうでもいいことなのかもしれない。


 周囲の人々は、この様子をどう見ているのか……それを思うと複雑な気持ちになる。


 婚約者に冷たくあしらわれても、顔色一つ変えずに美形の護衛と行動しているお姉様……と、そんな彼女を心配する知的な幼馴染。


 これは、とんでもなく……好奇な視線に晒されているに違いないわけで、私も妄想がはかどってしまう。美女をめぐる美形の男たち。ああ、これは嫉妬や羨望、そして口さがない人々の話題……それらが絶妙なスパイスに……。

「ああ……とっても、おいしいです……」

 私がスプーンを持ったまま恍惚の表情を浮かべて呟いてしまった言葉を、何も知らないクリフォードさまは『それは良かった』と、穏やかな顔で頷いていた。

 

 お腹も心も満たされ、私は自分の部屋に戻った。半日がかりで納入されたものだが、使い慣れた家具はやっぱり落ち着く……でも、お姉様は何も持ってきていない。


『鞄一つで事足りてますの』といって、何も心配なさそうに小さい鞄を見せるお姉様。貴族の女性が鞄一つで足りるわけがないのに、私たちに気を遣わせまいと無理をなさっているのが見え見えだ。

 マクシミリアン様が意地悪ではなく善い方で本当に良かったと思う。

 子供の頃からお姉様にはあれこれ買わされたと話の中で笑っていたが、お姉様とは特別な間だったりしないのかなぁ、なんて考えてしまう……。

 だって、マクシミリアン様は……お姉様にとてもお優しい。

 私にも優しいけど、お姉様には輪を掛けて優しい。実は、幼少期から親しくされていたお姉様にほのかな情があったりなんかして、実はクリフォードさまより先にお姉様と婚約するはずだったのに……横取りされてしまった? とか? えっ、なにこれ、自分の妄想ながらグッとくる。


 仕方ないと思っていても、お姉様を忘れることが出来ないので、未だに婚約者を作らず……そしてようやく会えたお姉様は美しく成長されていて、胸にしまっていた想いは余計に溢れ……学院に入学する前までは想いを抑えきれずに口実を付けて会いに行って、入学後は二人の仲を取り持ちながら、自分の思いに煩悶し……でも、でもでも! お姉様にはレトさんという愛の重い恋人が――!!


「はあああっ……! わぁああ最高! でもお姉様やマクシミリアン様に言ったら処刑台に上がることになりそう! ウフフ……もう、泥沼製造レディのお姉様は見ていて飽きません……」


 クリフォードさまや、レトさんをあーだこーだと言ってしまっている私だけど、お姉様のことは純粋……ちょっとそうでもないかもしれないけど、ずっと大好きだ。だからお姉様が嫌われるよりは好かれている方が嬉しい。でもモテモテすぎては困る。

 クリフォードさまがお姉様に邪険にされ、悔しげに顔を歪ませるのを見るのもすごく楽しい。


 いつも余計なことを言ってるし、その都度お姉様が無表情ながらも、侮蔑を込めたまなざしを向けるのが最高に良いのだ。そのまま罵ってあげて欲しい。


 歪んだ愛情かもしれないけど、侮蔑されて怒りに震えるクリフォードさまも、ゴミを見るようなお姉様も最高に好きなの。なんだかゾクゾクする。


 そんな私は、マクシミリアン様がいつもお姉様と朗らかにお話しされているのがとっても羨ましくて、私だって一度くらい……お姉様から柔らかく微笑んでもらいたいと思ってるわけで、虎視眈々とチャンスをうかがっているのだ。


 お姉様周辺の妄想を展開し、ベッドの上で枕を抱いてごろごろと身もだえる姿は誰にも見せられない。ひとしきり妄想劇場を楽しんだが、楽しみ終わった後はなぜか虚しさが襲ってくる。


 そうだわ、今お姉様はお一人、あるいはジャンさんとのんびりくつろいでいらっしゃるのかな?


 私も暇だし、せっかくなんだもの、お姉様とお話ししたい!

 そう決めてガバッと飛び起きて、鏡を見ながら手ぐしで髪を整えると部屋を飛び出す。


 お姉様の部屋は隣なので、意気揚々と扉を叩いた。


 誰も出てこない。聞こえなかったのかなと思ってもう一度叩こうとすると、扉が開いて……ジャンさんが姿を見せた。


「あれっ?」

「……あいつは風呂。用があるなら後でいいか」


「えっ……? よくないんですけど……なんで、ジャンさんそんな薄着で……なんか良い匂い……」

「風呂入ったから」

「はい??」

「風呂に」「い、いえ、そこはわかります! そうじゃなくって……」


 なんで、特別な仲じゃないのにお姉様のお部屋で入ってんのか、って聞きたいんだけど?

 それに、ジャンさんがこんな良い匂いの石けん使ってるわけなさそうな……、ま、まさか……お姉様の……じゃない、です……よね?? だとしたらすごく羨ましいんですけどぉぉぉ??


 えっ、まって、実は……ああでも、いけない素敵妄想が頭の中を駆け巡る。

 妄想で緩みそうになる顔をきゅっと口を結んで堪えるが、何かを感じ取ったのか、ジャンさんは不快そうに顔を歪めた。


「あんたなぁ……」


「ちょっとジャ――……」


 ジャンさんが何かを言いかけた瞬間、お姉様は眉をつり上げ、洗濯籠を持ちながら脱衣所の扉を開けて姿を見せた。


 が、私とジャンさんが話しているのを見て、向こうも疑問に思ったらしい。


 お姉様ってば薄着だし、ブラウスのボタンが一つ外れてるし……これって、これって……!

「すっ、すみませんっ……! お姉様とお話でもしようかなって思ったらっ、ごめんなさいっ、やっぱりただならぬ仲だったとか誰にも言いませんから!」

「おいクソガキ、妙な妄想力成長させてんじゃねーよ。どこをどう見たら、おれがアレに欲情すると思ってんだ。四階から突き落とされて死ぬか? 呪い殺されてぇか? あ?」


 剣呑な言葉を使って、私の頭を瓶でゴンゴン叩いてくるジャンさん。

 お姉様があきれ果てながらも部屋に入れと言ってくれた。追い返されなくて良かった。


 部屋に入れてくれたけど、やっぱり家具は新しく購入したモノじゃなくて、備え付けのを使っている。贅沢言っちゃいけないと思っているのかな……慎ましい方……。


 そしてお姉様は一生懸命ジャンさんの部屋 (というよりも小部屋自体)に、お風呂がないことを伝えてくれた。お風呂二人で使うのは不便だろうから、私の部屋にお姉様がお風呂使いに来ればいいって思って……どうぞといったのに、別の意味に取られてしまった。


 でも、考えようによっては……お姉様以外もお風呂使ってるわけで、もう一人増えても関係ないんじゃないかと思う。少なくとも、孤児院もローレンシュタイン家も、お風呂はみんな共同だったわけだし。


「それなら、私もお姉様のお風呂場使います!」


 そう言った瞬間、お姉様は恐怖に凍り付いた表情を浮かべた。

 あ、その顔も、なんか凄く良い……。お姉様には良いところがいっぱいある。


 それに、お姉様とお風呂に入るという千載一遇のチャンスを逃しては、これから絶対後悔するし……姉妹で同じ石けん使えるし……あっ、でもジャンさんとも同じ匂いになっちゃうわ……。


「そうと決まれば早速お風呂入りましょう!」

「ちょっ――……押さないでくださいませ!」

 と、まあなんとか脱衣所までお姉様を連れてきたものの、さすがに照れちゃうなあ。ジャンさんの脱ぎ捨てた服が入ってる籠をポイッと退けて、お姉様の服に手を掛ける。


「きゃっ、ちょっと! おやめなさい!」

「女の子同士ですから! 間違いは起こらないので大丈夫です……たぶん」

「今の間!! 怖いッ!」


 どうにか逃れようとするお姉様を宥めながら、服を先に脱ぐと……お姉様も諦めたらしく、こちらに背を向けて脱ぎ始めた。


 侍女とかが身体を流すのを手伝うためか、浴室も私の部屋と同じ作りで広い。浴槽も大きいからお姉様と一緒に入りたいけど、これ、ジャンさんの入ったお湯だったら彼の汗とかいろいろが入り込んでるんだよね。いやだ……お姉様を入らせたくないな。


 ウキウキ気分だったのが妙にげんなりしてしまったので、今日はシャワーにしよう。

「……わざと、こんなこと考えるなんて……あなたちょっと、変な気持ちがあるのでは?」

「どうでしょう……ないともあるとも、言えないです」


「えぇ……?」

 お姉様は非常に困っている。そんな顔も可愛い。


 恥ずかしそうにタオルで前を隠すお姉様。

 タオル一枚の心許ない姿でも、悪態をつくことで精一杯の虚勢を張ったようなので、とても可愛かった。


 とっても……可愛いので、いつかこういう姿をレトさんにも見せると思うと、ちょっと嫌だなと思ってしまう自分がいる。私、お姉様の言うとおり少し変な気持ちがあるのかな。


 タオルじゃ隠しきれてない身体のライン。ああ、素晴らしいものを見ているなあ……うん。


「わ……お胸大きいんですね……着痩せするタイプだったとは……羨ましい……」

「ちょっと勝手に見ないで! えっち!」

「うふふ……ヒッ!?」


 お姉様がそう言い放った瞬間……なんかぞわっと鳥肌が立った。

 怒られて興奮したとか、そういう感じじゃなくて、本当に恐怖というか何か得体の知れないものを感じたというか……一瞬強い寒気がした、けど、今のは一体何なのかな……。


 気のせいかしらぁ……。気のせいじゃないような……まあ、身体が冷えただけかもしれないよね。


「……お姉様、タオル取ってください。身体洗いっこしましょうよ」

「お構いなく! 一人で出来ますわよっ! って、引っ張らないでぇ!」

「あははー、お姉様非力! こんなんじゃ、孤児院の子供達の方がよっぽど強いですよ!」

「あなたの腕力がゴリラなんですのよっ……あっ!」


 タオルを取り上げると、石けんを泡立てる。

……お姉様、今度は腕で身体を隠してしゃがみ込んでいる。どこまでも抵抗が激しい。


 これは、私が男だったら燃えてしょうがないと思う。うーん、いけない妄想がはかどってしまう。

 どうして神様は、お姉様をこんなに可愛い感じにお作りになられたのか……ありがとうございます。


「お姉様はイヤイヤが激しい小さい子みたい。ふふっ、そういうのも慣れてるんで平気です! まさか、孤児院時代の習慣を役立てる日が来るって思わなかった~! なんでも経験するべきですねっ」

「アリアンヌさん……覚えておきなさいよ! 絶対ただじゃ済まさないですからね!」

「はーい」


 負け惜しみにしか聞こえない言葉が妙に可愛い……んだけど、どこかから刺すような鋭い殺意を感じるような。ドアは閉まってるから気のせいだよね。


 お姉様はもう開き直ったのか、黙ったまま身体を洗われている。

 ただ、顔がリンゴみたいに真っ赤なので……とても恥ずかしいと思っているみたいだ。


「……お姉様って、いつもお一人でお風呂入るんでしょうか」

「当たり前でしょう! 誰かと一緒に入った事なんてありませんわ!」

「そうなんですね。じゃあ、姉妹仲良くお風呂入ることができて嬉しい」

「……女の子同士だから、逃げないだけですわ」

「レトさんでも逃げないくせに」


 そうしてからかうと、お姉様はキッと私を睨んで、逃げますと声を荒げた。


「お風呂一緒に入るなんて……そんなことになったら恥ずかしくて死んじゃうじゃない……! 変なこと言わないでくださる!?」

「ウヒッ……、お姉様可愛すぎる……そっか、ごちそうさまです……」


 お姉様の一言も一動作もかわいらしいなあと思って、私はついついにまにましてしまう。しかも、私が身体を洗い終えてあげたら、お姉様は勝ち誇った顔して『次はわたくしがあなたに羞恥を与えてあげますわ!』とか言いながらタオルを奪う。でも申し訳ないことに、お姉様に身体を洗っていただけるなんてご褒美でしかなかった。


 だって洗い方がとてもお優しいし、お胸がたまに当たってしまうのが……若干ドキドキするんですけど……。私女の子で本当に良かった……けど……。

「……お姉様。浴室、なんだかすごい寒くないですか?」

「いえ……? わたくし恥ずかしくて身体が熱いくらいですけれど……」

「あれ……じゃあ、私だけみたいですね。妙に寒気がするんです」

「まあ。ごめんなさい、お湯を掛けてなかったものね。風邪を引いたら大変ですわ」


 と言いながら身体に優しくシャワーを当て、泡を流してくれるお姉様。

「お姉様、何を食べたらそんなにお胸が大きくなるんですか? 私全然大きくならなくて……」


 ぺったんこ、ではないけど、膨らみが少し小ぶりなのだ。お姉様みたいにふわふわのお胸が欲しい。


「設定なのかもしれませんわ……でも、わたくしもこんな感じになるとは思わなくて……」

「はい?」

「なんでもありませんわ。うーん……バランスよく食べることじゃないかしら」


 なんかはぐらかされた気がするような……。でも、同じものを食べたからといって同じくらいのサイズになるわけじゃないし、もうちょっと成長すれば、私の胸にも栄養が行き届くかもしれない。


「なんだかお姉様とこうしていられるのすごく楽しい……ね、また一緒にお風呂入りましょう」

「断固拒否致しますわ」



◆◆◆



 お風呂から上がって居間に戻ると、ジャンさんの姿はなかった。


「あら? ジャン、どこ行ったのかしら……」

「ここにいないってなると、寝室じゃないですか? お姉様のベッドで寝てるかも」

「……サラッと恐ろしいことを言わないでちょうだい。一応見てきますわね」


 と、お姉様は湯上がりと羞恥で赤くなった頬と、しっとり濡れた髪のまま寝室に行こうとし……私は慌てて止めた。そんな薄着で危険なことをさせるわけにいかない!! こういう無防備なところがだめだと言ってるんです!!


「わ、私が先に見てきますね! お姉様はここに! 良いって言うまで!」

「え、ええ……」


 結果的には寝室に誰もいなかったけど、女の子なんだから気をつけて欲しい……やっぱり、私がちゃんと見てあげないとだめなんじゃ……うわ、また寒気が。お姉様の部屋には隙間風でも吹いてるのかな。角部屋だもんね。


 髪をしっかり乾かすことと、その真っ赤なお顔で人前に出ないよう言って、私は自分の洗濯物を抱えて部屋を出る。


「……あれ? こんなところにいた……」

「……騒ぎすぎ、あんた」


 いかにも不満ですといった顔のジャンさんが、壁に背を付けて腕組みしながら佇んでいた。どうやらお風呂での会話のことを言っているみたいだ。


「……そうですね。ちょっと男性には刺激的だったかも……あはは……。なんか、すみませんでした……」

「別にガキ相手にあれこれ感じるモンもねぇが、率直に言う……わざとやってんなら止めろ。常識あんのか?」

「瓶で殴ってくる人に常識がどうとか言われたくないですけど……ジャンさんもお風呂上がりのお姉様を見ていつまでそう言っていられるか……わっ、瓶を振り上げないでください!」


 そう素直に言ったのに、ジャンさんは無言で持っていた瓶で叩こうとしてくる。この人怖すぎる。


「その様子じゃちっとも反省してねぇな。用がなかったらここに来んなよ。王子様のとこでも行ってな」

「クリフォードさまには当然近づきますが、お姉様と仲良くしたいので無理です」

「人の好みに口出したくはねぇんだが……あんたあいつを最近妙な目で見てねぇか?」


……うっ。このジャンという男性、人の黒い部分を嗅ぎ分けるというか、嘘や危険を察知するのが得意そうだ。そんな気がする。


 そう思っていると、ジャンさんは周囲を確認した後、声を低くする。

「何が目的で、あいつに近づく?」

「うふふ、お姉様の応援と、仲良くなりたいからですよ。本当です」


 これは本心だ。嘘偽りはない。

 だけど、ジャンさんにはもう少し本心を語った方がいいかもしれなかった。


「――クリフォードさまではお姉様を幸せには出来ないでしょう。その逆もです。だから私がクリフォードさまをいただこうと」

「……ふん。ただのエロガキかと思ったら、恐ろしいことを考えてんだな」

「お姉様にとっては、これ以上無い良いことです。私にとっても好きな人を手に入れられますし」


 そもそも、お姉様はクリフォードさまのツボを心得ていない……。

 クリフォードさまは褒められたいのだもの。凄いねって言われて、尊敬して欲しい。でも、お姉様はそうなさらない。


 人を褒めることを知らないのではなく、クリフォードさまに愛想を尽かしている気がするのだ。


 お姉様は男の人の後をついて行くのではなく、肩を並べて、同じものを見てくれる人じゃないとダメなんだと思う。


 ただ、お姉様の目標って何なのだろう。クリフォードさまよりも、ずっと満たされない難しい価値観なんだと思う。それは、なんとなく感じている。

「あの……レトさんは、お姉様と同じ夢や目標を見ているんでしょうか?」

「そうだな」


 悩んだり、はぐらかす意図のないあっさりした答え。


「あんたにゃ共有できないものだ。だからあのとき、縁を切っただろ」

「……なかなか人の古傷を深くえぐってきますね、性格悪いって言われませんか……?」

「痛いところをつつけるから楽しいぜ。その瞬間、人の本性が分かるからな」


 そうして、ジャンさんは壁から離れると、部屋に戻ろうとする。


「一応忠告しておく」

「えっ?」


「……リリーをからかいすぎて、泣かすような真似するなよ。あいつは次、警告だけじゃ済まないって思ってるだろうからな」


 どこから見たり聞いたりしてるか分からないからな、と、なぜかジャンさんは心底嫌だという重い息を吐いている。


「は? あいつ、って……お姉様、ですか?」

「いや……なんでもねぇよ」

「?」


 どこかげっそりしたようなジャンさんに、私は追いすがるように声を掛ける。


「あの……ジャンさんて、お姉様のこと……どう思っ」

 そこまで口にして、彼が小馬鹿にしたように笑うのが見えた。


「マクシミリアンとやらにも同じ疑問を抱いてんだったら、そっちを先に聞いてきな。説教もなくにこやかに解放されたら、おれも素直に答えてやって良いぜ」

「えっ!? 本当ですか、わかりました……! それじゃ、また」


 彼に頭を下げて挨拶をすると、ジャンさんは片手を軽く上げて応じてくれた。


 部屋の扉が閉まる前に小さい声で、バーカ、と聞こえた気がしたけど気にならない。


 翌日、興味津々でマクシミリアン様に同じ質問をすると――……氷のように冷たい瞳を向けられ、随分と歪んだ妄想が詰まっているようですね、全て洗い流しましょうと、恐ろしいことを言われた。


 止むことのなさそうな説教を平謝りしながら食らっているところ、お姉様とジャンさんが通りかかり……私たちを見たジャンさんは愉悦であるかのように満足げな表情を浮かべていたので、その瞬間、謀られたことを悟ったのだった。




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こめんと

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