【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/17話】


「……野鳥やコウモリを売っている場所?」

 食事中に急にそんなことを聞かれたマクシミリアンは、眼鏡の奥で瞳を数度瞬かせた。


 あの会議が終わってから、わたくしは魔界のために可及的速やかに行動せざるを得なくなった。言い出しっぺは自分なのだが、鳥を捕まえるという任務だ。


 一体どうすれば良いのよ……そう自問自答しても見つかるわけはないので、ここは思い切って、マクシミリアンに聞いてみることにした。


 ちょうどアリアンヌがクリフ王子と話をしているのを良いことに、マクシミリアンに声を掛け、一礼してから問いかけてみたのだ。というかクリフ王子はなんでここにいるの? 寮生活なの? 今日はたまたま夕食を皆で食べるのかしら?


「魔術専門店や、庶民の市場に行けばたまに売っているかもしれないが……何に使うんだ、そんなもの。まさか殿下にけしかけるつもりじゃ……」


「それはそれで慌てふためく様が楽しそうですけれど、そういう用途じゃありませんの。あの……寮の外で大きな虫やネズミを見かけて。部屋に入ってきては困りますので、罠を仕掛けて捕獲した際、買い取ってくださるところがあったりしないかしらと」


 うん、それなりに神経質な気の回しようじゃない。どうかしら?

 ああ、女の子は虫とかネズミを捕獲してもどっか捨ててきてとかいうだけで、買い取って欲しいとは言うわけないか……。


 マクシミリアンも何かと思えば、と言いながら、わたくしがクリフ王子に危害を加えたいわけじゃないと知ると、若干安心したような顔をする。


「外に虫くらいいるに決まってるだろう? だが、まあそういうことなら……虫除け剤でも置いておくといい」

「だ、だめですわよ! ええと、もし死んでいたら罪悪感が……」

 罪もないのに死なれては困る。わたくしは虫ではなく、鳥を生きて連れて行かないといけないのだ。


「捕獲するのに死んだら困るとは、優しいのか冷酷なのか分からないな。捕獲用の籠なら購買申請するか、市場に行けば売っているはずだ」


 それでも丁寧に教えてくれたので、わたくしは彼に感謝の礼を告げると、上品な味わいの野菜スープに口を運んだ。うん、寮の食事は美味しいと思う。これが毎日いただけるとは、良い料理人も抱えていることだろう。


「ここの料理、ジャンの口には合うかしら?」

「何か物足りなさはあるな」


 言わんとすることは分からなくもない。今までそんなに気づかなかったが、ジャンは思ったより食にうるさいのかもしれなかった。


「わたくしの料理に文句を付けたことはなかった気がしますわね」

「普通に食えるからな」


 彼の言う普通がよく分からない。マズくはないという事なのか、食べ慣れたということなのだろうか。そう考えていると、アリアンヌが今の会話を聞いていたらしく、じっとわたくしに視線を向けていた。


「おっ、お姉様、料理されるんですか……」

「当然ですわよ。毎日のように作ってましたわ」


 魔界でキッチンが出来る前までは、出来合いのものをラズールの屋台などで買いまくってきていたけど、自炊できるならその方が節約にもなるし、楽しいし。

 だが、この世界では自炊する貴族のほうが珍しいらしい。

 同じく話を聞いていたマクシミリアンやクリフ王子も、驚いた顔をしていた。

 というか、なんでみんなまとまって一つのテーブルを囲んで座ってるのかしら。


「自分で料理を作る……貴族がそんな無駄な時間を費やすなんてありえない! 人も雇えぬとは、余程困窮した生活をしていたようだな。いい気味だ!」


 こうしてわたくしをバカにしないと気が済まないらしいクリフ王子を無視し、表面が香ばしく焼けた小さめの山形食パンをちぎって口に入れると、小麦とバターの優しい香りが広がった。あら、上質な小麦粉を使っているのね。さすがに貴族がいると、ふすま粉なんかは使わないようだけど……。


「聞いているのか、リリーティア!」

「……ええ。聞こえておりましたが、特に返答の要を認められませんでしたので」

「勝手に判断するな! 全く、貴様はいつも僕を見下すような顔をして……」

「食事が冷めてしまいますわ。せっかく料理人が腕を振るったのです。温かいうちに、静かに召し上がりませんか」


 一応微笑んだつもり……だったが、マクシミリアンもクリフ王子も顔を引きつらせたので、どうやら綺麗に微笑んでいたわけではなさそうだ。あるいは、思いの外毒を吐いてしまったかもしれない。だってうるさいんだもの。


「……お姉様の手料理を毎日のように召し上がれたなんて、羨ましいです」


 アリアンヌがジャンにそう話しかけると、あんたも作れんだろ、とジャンも返した。が、そこでもクリフ王子はアリアンヌにそんなことはさせていないと噛みついてくる。この人いちいち出しゃばってくるから、次からは席を離そうね。


「アリアンヌ、こんな野蛮な奴らの真似をしなくて良い。君の白くて細い指が荒れてしまうのは許せない」

「うふふ、クリフォードさまったら……私のこととっても心配してくれて……嬉しいです!」

 おっ? 突然見つめ合っていちゃつき始めたぞ。いいぞ、アリアンヌ。

 しかし、マクシミリアンは苦い顔をして殿下、と諫め……周囲の視線はそれとなく、このテーブル……特にわたくしに向けられている。


 それもそうだ。入学初日に目立つ四人が来て、婚約者の義妹と目の前で仲睦まじくしていれば、興味の矛先はわたくしがどのような態度に出るかということだ。


 そうね……どんな顔をしていれば良いのかしら。料理が冷めるのは勿体ないし、もう少しで食べ終わる。寮の庭先とかも調べたい。ここは無視しておこう。

 興味も無いしどうでも良いですよーという無表情のままわたくしは食事を続け、綺麗に食べ終えると、トレーを持って席を立った。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 返却口に運び、片付けをしていた料理人達に軽く会釈をした。

 彼らもぎこちなく会釈を返し、いくらか人の視線をその身に受けながら食堂を後にした。




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こめんと

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