【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/15話】


 上質な紅玉のように鮮やかで、くすみのない赤髪。春の日差しのように暖かく、美しい金色の瞳。そして、白い肌と整いすぎるほどの美しさが際立つ顔立ち。声はときに極上の甘さを持つ……傾国の美形、と評してもいい。


 実際この一族 (といっても現在三人の親子しかいないが)は皆美形だ。しかしながら顔と関係の無いところで魔界が傾いていた……いや、むしろ亡国であった。

 そう聞けば、おっ? 女か? と思うかもしれない。

 ところが、違うんだなこれが。全員男なんだよ。

 日常会話で『シュッとしたイケメン』といえばなかなかイケメンなんだな、というのは伝わると思うんだけど、レトたちについては『シュッとしたイケメン』という言葉だけでは良さが何も伝えられない。


 人の視線や心を奪うことについての素質は、外見も特技的にも完璧すぎるといって良く、この一族は球体関節人形が命を持ったのだ……と言われてもみんな納得しそうだ。


 何にも無い魔界を作ってしまった魔神様には恨み言も多いが、この美しい一族の作成に関してだけは心の底からの賞賛と歓喜しかない。ひれ伏して『ヴィレン家を作ってくれてありがとうございます』とお礼を言いたいものだ。

 それが――ピュアラバのリメイク版から登場し、恐らく攻略対象になっている、このレトゥハルト・クルス・ヴィレン第一王子……美形過ぎる魔界の王子であり、わたくしの想い人である。


 わたくしとレトは水晶越しに見つめ合う。


 本来ならばここでお互い、目を熱っぽく潤ませつつ……愛情を極力抑えた再会の言葉を掛け合うはずなのだが――……。


――その愛しいレトゥハルトさんは、目に見えて怒っている。


 美形も怒れば怖い。むしろ美形だからこそ整った顔立ちで怒れば怖いのかもしれないし、実際背筋が凍るほどに恐ろしい。

 水晶の端に、真っ二つに割れたダイニングテーブルが見えた。それをノヴァさんとエリクがいそいそとどこかに運んでいくが、コレと先程の轟音と映像のブレから導き出した予測は、考えたくはないのだが……レトが怒りでたたき折ったもののようだ。


「……テーブル、壊れたようですけれど……ものに当たるのはどうかと……」

『愛用してるテーブルを壊すなんて、そんなつもりはないんだ、ちょっと力を入れて手をついただけなんだよ。ただ、力の制御が出来なかった』


 勢い余ったみたいだ、と薄い唇を開いて彼は笑顔を見せたが、目は一切笑っていない。それに、そんな週間少年雑誌のバトル漫画みたいなこと言われても、あなたそういうキャラじゃないよね……? オラまったくワクワクしねぇぞ。


「誤解が無いようにお伝えしたいのですが……マクシミリアンはクリフ王子とわたくしの幼馴染だそうです」

『……それで?』


 確かにだからなんなの? って感じではあるのだが、マクシミリアンとの誤解は解いておかなければいけない。


「わたくしがきちんとやっているか、心配になって様子を何度も見に来てくださったのと、勉強を――」『俺に連絡もしてくれないのに、マクシミリアンの事は時間を割くんだ? 半年もあったんだから、連絡一回くらい出来るよねぇ?』

――この怒り、感情は違えどわたくしも今朝クリフ王子に感じたような……。

 なんてこった、わたくしはクリフ王子と同じようなことをレトにしてしまったというのか……!


 ただ、レトの場合は愛ある故の怒りからくるものであり、わたくしがクリフ王子に対して抱いた感情は、嘘をつかれた事への呆れと不信である。

「申し訳ございません……。地上からどこに手紙を出せば良いのかと、困ってしまって……」

『手紙? 連絡なら父上から賜った魔具に念じてくれればすぐ俺に繋がったのに、わざとしなかったって事じゃないの?』

――なんですと??

 わたくしは半ば慌てつつ首元のチェーンをそっと手繰り、魔王様からいただいた魔具を取り出して水晶玉にかざす。


「お、お待ちくださいませ……! この魔具、そんな機能がついているなんて伺ってませんわよ!?」


 金属で出来た円と虹色の丸い石が組み合わさったような意匠のペンダント魔具は、魔王様からいただいたとき『魔族と地上の生き物を(あるいは混血も)判別し、会話できる』というものだったはずだ。


 レトと話が出来るよー、ということなど一切何も聞いてないし!!


 それを一生懸命説明すると、レトは『ほんとに?』と言いながらも、とりあえず信じてくれたようだ。でもまだ怒っている。


「本当ですわ……一日だってあなたを忘れたことなんかございませんもの」


 いつだってわたくしもお会いしたかった。今だって、こんなにあなたに触れたいと思っているのに。


『……俺も、そうだよ』


 わたくしの気持ちが彼に伝わったのか、レトはようやく機嫌を直してくれたようだ。でも、その顔はまだ不満げで、拗ねたような表情を見せる。

『……近々、連絡してね』


 ずっと寂しかったんだから、と悲しげに目を伏せる様子は、語彙が不足するほど美しく尊い……思わずため息がこぼれ落ちそうになってしまった。変な声出なくて良かった。


 この一家のご尊顔は魔界の至宝である。そんな顔をして、こんな可愛いことを言うので、わたくしの心拍数が異常に跳ね上がってしまう。


 決して顔だけで好きになったわけじゃない。結果的に顔が良すぎてこれも好きになっただけだ。


 そもそもレトは性格がとても素直であり、時折あざとくおねだりするときもあれば、素でこうやってめちゃくちゃ可愛いことを言うし、人を萌え殺そうとしてくる。


 毎日見ていたならまだ抵抗力があっただろうが、半年という期間は抵抗力をすっかり奪い去ってしまった。この顔と拗ねたような言葉に、推しに対する萌えと最愛の人としての愛情が大爆発したわたくしは、机に突っ伏したいところを、かろうじて仲間の前だからという部分だけで堪えた。

 ちなみに仲間達はこのやりとりの間、貝のように押し黙っていた。若干セレスくんが微笑をたたえているのが気になる。

 年長組の二人……まあジャンとエリクのことなんだけど、レトのこんなところは見慣れた光景のくせに、レトがしょんぼりすると……奴らはわたくしを責めるような視線、言動を向けるのだ。


 それはわたくしがロリっ娘だった頃からのもので、奴らはレトに甘い。

 まあ彼の境遇や、当時からわたくしをどう見ていたかを知っているせいか、肩入れしすぎてる気がする。


 自分でも熱を持っているとわかるくらい赤くなった顔は、誰からも丸見えだろう。ぱたぱたと手で風を送るようにして仰ぎ、ところで、と無理矢理話題を変える。

「会議……ということですが、もう始めてよろしいのかしら」

『今テーブル直して貰ったので待ってください』


 というエリクの声が聞こえ、新品でも持ってきたかのような輝きを放つダイニングテーブルが、レトの後ろに見えた。


 この短時間でエリクが修理したわけじゃなかったら、また魔王様を便利屋みたいに使ったようだ。良好なんだろうけど魔王様はわたくしたちの上司 (?)だぞ。


 準備というのもそれからすぐに終わったので、魔界のほうでもレト・エリク・ノヴァさんの三人が席に着いた。魔王様はいつも会議に出席されないので、これがいつもの面々……いや、違うなあ。


「ヘリオス王子はどうされました?」

『今、野暮用と術の練習を兼ねて地上に出しているよ。でも、リリー達とは会えないところだから』


 戻れなさそうだったら連絡来るから平気、と淡々とレトは告げる。

 彼だって子供じゃないけど、ひとりで大丈夫なのだろうか。

『……リリーには、ここ半年の間で行ったことから説明したほうがいいかな。ジャンからは報告されてないでしょう?』


 レトはそうしてジャンのほうを見て、話を振られたジャンもそうだと言った。


「こいつの部屋、盗聴されてたんだぜ。話なんか出来ねえよ」

 すると、レトは今知ったらしい報告にぎょっとした表情を作り、そうなんだ、と悲しそうに呟いた。


『……それなら、連絡も取れるわけがないか。怒ってごめん。もう少し早く教えて欲しかったな』

「悪ィ。魔物男の件でこっちもいろいろ動いてたからな。ああ、話続けてくれ」


 ジャンの言葉に頷くレト。そう、彼は王子様だが、自分が悪いと思ったことは素直に誰にでも頭を下げて謝るのだ。悪いと思っても認めず、謝る気もないクリフ王子とはまずここが違う。


……その前に、さっきわたくしが怒られてるとき、ジャンはそれ言えたよね??


 そういう意味を込めて横目でジャンを睨んでやったが、彼は何で睨まれてるか分からないような態度で見据えてきた。


『この半年の間に魔界に海が出来た』

「先程そこはエリクに聞きましたわ。海竜が来たとか。どうやって連れてきたのです?」


『海に行ったら顔を出してくれたんだ。説得して連れてきたんだけど、明るいうちだったから、魔法陣を素早く敷くのが大変だった』


 しかも(つがい)なんだよと嬉しそうな顔をされるのだが、それは是非魔界に帰ったら見てみたいものである。魔界の海もしょっぱいの? 海の色は青いのかしら? 楽しみだ。


『それで、緑地は魔王城の周辺50キロに増えた。広大な面積だけど、植物系の魔物も増えたから、ますます成長も早くなっている。ドラゴンと魔界の風のおかげで、遠方でも所々草木の生育を確認しているよ』


「まあ……! それは良いことですわね。ちなみに、植物系の魔物さんたちから種のようなものなどは?」

 それについては、とノヴァさんが口を開いた。


「彼らから種子が出ても結局魔物が増えるので、魔界の草花が増えるわけではありません。ですが……地上から持ってきた草花が種を作ったのは確認しております。なので、結果的に魔界で草木が増えているというのも間違っておりません」


 岩山にも草が生えたりするので、山に住む魔物達も生活し始めた。

 緑地だけではなく、雪原も出来たため、寒い地域の魔物達も悠々暮らせるそうだ。


「環境の生育は順調ということですのね。素晴らしいことですわ」

 わたくしがうんうんと頷きながらそう褒めると、エリクはそうも言ってられないと首を振った。


『ここ数年で、という短期間で見ればすごい発展であることは頷ける。このままだとあっという間に環境の成長スピードを抜き、食糧問題がやってきてしまうんだ。もちろんそれらを見越してレト王子も動いてくれているけど……魔界の住人が急激に増えるんだよね。しかもかなりスピードが速くてさぁ……』


「人間という天敵もいませんからねぇ……」


 というセレスくんの言葉を聞いて、なるほどと膝を打ちたくなった。

「魔族全般って元の生命力も高いようですけれど、繁殖力も高いのかしら?」


 どうなのかしらとレトに疑問をぶつけてみたが、急にレトは視線を落ち着き無くさまよわせ、分からないと答える。


『は、繁殖力とか……そういうこと聞かれても……魔族と一気に括るのもどうかとは思うけど……増えているし低くは、無いんじゃないか、とは思う……』

「なんでしどろもどろになってますの? わたくし、変なこと聞きました?」


『繁殖方面は調べたことない。なんか、そういうこと聞くの悪いかなって』

「…………確かに、会話が通じる相手を遠目から覗いて観察するのも失礼な気がしますわね」


 繁殖力については計算に入れてなかったようだ。まあしょうがないか。まさかこんなに速く人口問題に移行するなんてわたくしだって考えてなかったもの。


「……当面食糧問題から脱却できそうにない、って事か」

『そう。だからしばらくは、魔物を受け入れるのが難しい』


「ふぅん……おい、学院の年間行事あったろ。今出せ」


 すると、ジャンはわたくしに手を差し出す。なんだよエラソーに……。

 ただ、ここでぶつぶつ言っても時間を食うだけなので、わたくしは鞄の中から今日貰った書類を引っ張り出し、学院年間行事の書類を渡した。


 書類を受け取ったジャンは、それに目を通していたが(セレスくんも同じものを持っているが、彼は自分のを見ている)すぐに紙から目を離し、受け入れないのも困るんじゃねーかな、と意味ありげに言って書類を水晶の方へと向ける。

「……あと二ヶ月で、ちょっと厄介な行事が起こる」


 ジャンが紙を向こうの人々に見せているので、わたくしはセレスくんに頼んで一緒に書類を見せて貰う。


 するとそこには【六月 クラス対抗戦】と記されていた。




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こめんと

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