【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/14話】


「……はぁああ??」


 デマにもほどがある話に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 なんだかうやむやで終わった事件だっていうのに、魔物男は次に随分と大きな波紋を広げようとしているじゃない?


「……それも、ラズールで起こった事件ですの?」

「いや、北の都市ロッドフィールドだ。王都(ここ)から馬車で十五日ばかりかかる」


 都市といっても、ゲーム本編で聞いたことない地名だ。リメイクで新しく出てきた地名かもしれない。


「聞いたことない地名ですわね」

「……あんたがガキの頃送られた別荘がある地域じゃねーか? レトが言ってたぜ」

「あらやだ。あの何にも無……んんっ、風光明媚な地域がロッドフィールド……わたくし地名なんか存じませんでしたわ」


 そーだったんだ……。

 あの辺境の別荘に押し込められたときなんか、この世界に来たばかりで状況に追いついていなかった頃のことだ。その地域からだったら……ずいぶん遠いところからでも、噂って広がるのね。


 とにかく、その都市から噂が発生して、王都を通り過ぎてラズールなどの各地に広がっていった……?


「……噂の内容はどう広がってましたの? 人々の意識と、魔物の状況も」


 すると、ジャンはすぐに噂はいろんな場で人の口に乗った、と話す。


「おれもギルドで各所の地域調査報告書を読んだぜ。魔物達の活動は、繁殖期でもないんで特別攻撃的にもなってなけりゃ、人を襲ったって事件も格段に増えてたってのも見られない。いわゆる『例年通り』ってところだ。でもまあ、感化されやすいやつはどこにでもいる。事実、魔物退治の依頼は多くなってたな」


 それは、つまり魔族にとっては良くない状況だ。

 何も被害を出してないのに、倒されちゃう子もいたってことじゃない。

 魔物が活性化しているって噂が都市で出る。


 そうすると、噂の証拠なんてなくても好奇心や世間話などから、誰かに話す。


 その誰かが尾ひれを付けることもある。


「……活性化という話の種が誰かの話題に上がるにつれ、魔王の覚醒という……もっともっぽい大きなひれを付けて、伝わっていったわけですのね。魔物男がどうして人前で魔物に見える・あるいは魔物を連れて現れ、そんな話をするのか……魔物を見せることで危機感を持たせるためなのかしら? そもそも、魔王様が覚醒していったい何するっていうのです。畑仕事でもなさるのかしら!」


 人がイメージする魔王というのは、恐ろしくて強大な力を持ち、魔物を地上にけしかけて世界を掌握しようという悪いものだろう。


 そして、人々が絶望に沈みそうになったとき……戦乙女が現れ魔王の野望を打ち砕く! というのが、昔から愛されて伝わるフォールズおとぎストーリーなわけだ。


 いずれにしても、うちの魔王様を知りもしないくせに、よくそんなでっち上げを……! 魔王様を引き合いに出したことの方が罪深い。


 わたくしがぷんぷん怒っていると、水晶の向こうから楽しそうに笑う声が聞こえた。


 魔物男の話に熱中している間に、もう誰かが来ていたらしい。

 背筋を伸ばして座り直すと、お話はもうおしまいで良いのですか、と穏やかな声が水晶玉から降ってきた。姿は見えないけど、さすがに仲間の声は分かる。


「――お待たせ致しました。リリーさん、ジャンニ、お久しぶりですね」

 頭にぴんと立った獣耳と、艶があって指通りの良さそうなさらさらした紫髪。

 いつでも穏やかな物腰と言葉遣い。魔界に来てからは仲間達のため、家事を一手に引き受ける、イケメンスーパー家政夫ノヴァさんだ。


 こう見えてもノヴァさんも傭兵なので強い。そして昔なじみのジャンの事を『ジャンニ』と……ジャンニ・カルカテルラというのがジャンの名前であり、わたくしたちがジャンと呼ぶのは、一番最初に本人が『ジャンで良い』と言ったからだ。


 だから、ジャンが本名で呼ばれると『そーいえばあいつジャンニって言うんだったわ』って感じるから、恐らく仲間もわたくしがリリーティアと誰かに呼ばれていたら『そういやリリーティアって名前だったな』って思っているんだろう。お互い様というやつだ。

「自分は少し前から居たのですが、何やら議論されていたご様子なので……一段落するまで声をお掛けせず離れておりました。なるほど、あのときの話でしたか……」


「ノヴァさんもご存じでしたの?」

「ええ。リリーさんが地上に行ってしまってからは、自分がラズールに何度か納品に行きましたので、帰る前に教会に立ち寄って話を聞いたり致しましたね……」


 人々にとっては単なる噂話の延長上だったのか、それとも深刻な懸念だったのか……それも気になったけど、ノヴァさんが来たのをきっかけに、話を続ける空気は薄れていく。


「今日は会議だと伺いましたのに……まだ、エリクもレトも居ないようですが……?」


 ノヴァさんが来たから人数も揃ったんじゃないかと思ったが、二人の姿が見えない。


 まだわたくしたちも時間に余裕はあるにしろ、門限があるので早く帰らないといけない。


 エリクが皆を呼びに行ってから、結構経ってるんじゃないだろうか。そう聞いてみると、ノヴァさんは耳をへなりと垂らしながら、言葉を選んでいるかのように渋い顔をする。

「……知らぬ方が、良いかと」

「は?」


「いえ、適切な言葉ではありませんでした。まず、そうですね……エリクは今確かにレトさんを呼んで、資料などもまとめていますが……問題はそこではございません……リリーさんは知らぬ方が良いか、知って身構えておく方が良いか、自分には判断がつかぬ、というのが正直なところです」


 奥歯にものでも挟まっているかのようなはっきりしない返答に、ますます意味が分からないのでわたくしは眉を寄せた。普段いろいろなことを同時にこなすように素早く処理しているノヴァさんが、こんな言い方をするのは珍しい。


「……はっきり仰ってくださいな。どのようなお話でも、わたくし伺います」

 すると、ノヴァさんは観念したように頷いた。


「――半年間。リリーさんはジャンニからの報告ですと、ずっと勉強と監視を受け続けておられたとか」

「その通りです」

――あ。もしや、連絡しなかったことを怒っているのだろうか?


 絶対連絡ちょうだいね、と、転校する学生同士のやりとりみたいなことを言われていた気がするんだけど、連絡なんかどこに出せば良いか分からないままだったし。夜は疲れて早めに寝てたし。


「……監視は、あのクリフ王子のご親戚筋だとか、……ッ!」


 すると、水晶玉の向こうで対話しているノヴァさんが、何かを見て耳を立てた。あれは興味がある時の耳ピンではない。驚いたような、自らが失態を犯したかのような……そういう危機を感じた時の警戒耳ピンだ。


「ああ、マクシミリアン。ええ、彼は本当に良くしてくれ――」

 にこやかに肯定しようとした瞬間。


 だん、という音と共に、不可解な破壊音が響いた。水晶玉の映像が乱れ……床が大きくなったり小さくなったりしながら何回も映る。どうやら玉は床に落下してしまったらしい。


「…………今、ものすごい音がしましたが、一体何が……ねえ?」


 セレスくんとジャンに同意を求めるように振り返ったが、二人はこれから起こることを知っているのか、それとも我々は何も見えていません、とでもいうような……とにかく、わたくしの質問にも答えない。

『――……半年ぶりに見る可憐な伯爵令嬢はご機嫌麗しく……』

 床に落ちた玉は誰かの足にぶつかってその場で動きを止めたが、その水晶玉を掴んだ指が大映りになった。次いで、聞こえる涼しげな声。


 びくん、と身体が震えた。


 それは、わたくしにとって忘れることが出来ない人物の声だったので反応したこと……もあるのだが、このどこか沈んだような涼しげな声は、わたくしにとって危惧すべき事象がある場合の……危機的なもの、いわば『ヤバい』事態に落ちいっていることを認識した、恐怖からの反応でもある。

 ノヴァさんの警戒耳ピンと同じようなものだ。


『半年間、ずーっと連絡もしないで……俺を忘れて毎日のように他の男と二人っきりって、ちょっと大丈夫なのかなって心配してたんだけど……存外に仲良くやってるみたいじゃないか。俺としては、とっても、とっても不愉快なんだけどな』

 そうして水晶玉に映ったのは……半年ぶりに対面するレトのご尊顔だった。




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こめんと

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