【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/13話】


「まだ充分ヒントが出きっていないようですが、今聞いたことのみで考えると……二つの事件に関係性はない気が致します」


 そう答えたわたくしに、セレスくんは楽しそうな表情を浮かべた。


「それはどうしてです?」

「事件に関与しているかの情報があやふやすぎます。まず『魔族を連れた男がいた』という情報と『何者かに襲撃された』は……前者が犯行をしたという状況や証拠に繋がりませんわ」


 だって、前者は『魔族』と『男』というすぐに分かるキーワードが盛り込まれているのに対して、後者の方は『何者か』だ。不確定要素での情報しかないし、魔族でも男でもない存在、つまり女性が襲撃したって可能性もある。


……もちろん、それは魔族の男性って可能性も考えられるけれど。

「そうですね。実際に貴族の屋敷を襲撃した犯人は、そこに数ヶ月前まで勤めていた下女だったとか。十年近く勤めていた彼女は、屋敷の構造や使用人の大まかな行動時間を把握しており、手薄になる場所と時間を知っていたようです。侵入は容易かったようなんですけど……物色を終え、いざ撤収しようと思ったとき、屋敷の主が憲兵を連れて現場を押さえたそうですよ」


 セレスくんが貴族の館襲撃事件の大まかな全貌を教えてくれたので、ふーんとわたくしは相づちをしながら頷き……あれ、と首を傾げた。


「主()憲兵を……?」


 魔族も男も関係ないし、他にも引っかかるところはある。

 でも、まずはそこだ。


「その主は、事件の数日前に不思議な男が屋敷を訪れた、と憲兵に言ったらしいぜ」

 すると、今度はジャンがセレスくんの話を引き継ぐかのように口を開く。

「二日後の昼下がり、あなたの屋敷に盗人がやってくる……そう言われた。当然怪しむよな。そんな与太話、どこでも掃いて捨てるほどあるわけだし。最初は主も胡散臭いペテンの言葉なんぞ取り合わなかったそうだが、もしかすると本当かもしれないと不安になり……」

 盗難に遭うよりは、と憲兵のところに行ったわけだが……戻ってきて驚いたのは、一体どちらのほうだったのやら。


 ともかく、主の行動のおかげではち合わせになった女は捕まり、屋敷の主は礼を言おうと忠告をした男を捜させたそうだが見つからなかったそうだ。


 なんとなーく事件を未然に防げたから良い話っぽく終わりそうなものだが、聞いていても妙な勘ぐりが残ってしまう。

「それって、よく出来た奇妙な話ですわねぇ。聞けば聞くほど、疑問ばかりが浮上しますのよ」

 胸の前で自身の腕を組み、わたくしは二人に自分の感じたことを伝えようとする。


「――まず、貴族の主自ら憲兵のいる詰め所に赴きます? しかも襲撃というより盗難の予告じゃありませんこと? そして、その犯人である女もなぜ……数ヶ月も経ってから屋敷に侵入を試みたのかしら。入念な準備があったなら分かりますが、その割にはずさんな気がします」


「まあ、疑問は当然のところばかりだな。その貴族ってやつは、普段様々なことを使用人にやらせているようでな、自分で動くタイプじゃないって話だ。そいつが自分から憲兵に来てくれと言うなんて、知ってるやつから見れば、夏に雪でも降るんじゃないかってレベルの珍事だぜ。本人は『急に不安になり、いてもたってもいられなくなった』から自分で来たそうだ」


「金銭の管理は自分でしていたのかしら……」

「そういったものも、使用人の賃金も執事に任せっきりだったようです。ただ日々を怠惰に暮らしていたようで、なんと罰当たりなのでしょう」


 よどみなく答えたセレスくん。解決したものなのかどうなのか、二人はこの事件に関して、結構深いところまで知っているようだ。


 罰当たりとかセレスくんに言われるくらいに動かない、金を持ち、優雅であることこそ貴族の仕事だと……そう思ってる貴族ってのも割といるっぽいけど……他者に仕事どころか金銭管理まで任せておくくらいだから、他人を信用していないわけじゃなかったっぽいわよね。


「んっ……? でも、そう言ってきた謎の男とやらも、誰に接触してきたのかしら。その貴族の性格が素直だったか、気の弱いタイプだったとしても……執事がいるのであれば、いきなり素性も分からない男を主に通したりしないでしょう?」


「だから使用人が一番先に対応し、そいつも判断に迷ったので執事に話が行き……執事の口から主にいったわけだな。執事は『どうなさいますか』と聞くと、主は放っておけと言った。だから執事もいたずらであると思うことにしたという」


 一応執事は真面目に仕事しているっぽい。

 しかし、この謎の男がやったことは……判断がしづらいなあ。不幸の手紙(チェーンメール)みたいなもので、他者の混乱と不安を煽って、ばらまくような手口にも似ている。


 姿を見せているぶん、その気になれば捕まえられるかもしれないけど……。


「――そういえばこの男と、最初に話していた魔族と一緒に行動する男は違いますの?」

「そこも共通点がない……いや、あります。証言した人が『男の容姿がどんなものだったか覚えていない』ということです」


 まず、セレスくんに相談した信者さんが言うには、魔物らしきものを連れていた男、ということは覚えている。でも、その男や魔物の細部――例えば、どんな印象だったか、服の色、魔物の種類――が思い出せない。魔物『っぽいもの』と、男というところははっきり分かっているという。


 館にて男の応対をした執事であっても、うさんくさい男であったとは感じているし、話の内容もしっかり覚えているが、男の容姿は覚えていないらしい。最初に対応した使用人もそうだ。

「人の記憶は事実ではないことも都合良く書き換わる……とは言いますけれども、事件から聴取までに時間が経っていたか、こう、自分の姿を思い出せなくする術のようなものが……?」


「私も(くだん)の男が周囲に判断能力の低下を引き起こす道具の使用か、そういった術の影響が強いと見ています。そう考えると、執事のような存在でさえよく覚えていないというのも分かりますし、捕まった女が自供した内容も頷けるんですよ」

 セレスくんはそう言いながら、続きを待っているわたくしを見つめ、男が、と言った。


「その女も『見ず知らずの男から、旦那様の持っている宝の一つを取ってくるように言われた。でも待ち合わせ場所も、その後どうするのかもそういえば聞いていない。男の容姿も思い出せないけど、犬のような魔物のようなものを連れていたような気がする』と……。いずれにしても、女は現行犯で捕らえられ牢獄に。貴族も盗難はなかったですが、人の居ない時間を減らすよう、配置を変更するようにしたとか……ということで、この事件に関してはそれで終わったようです」

 話を聞いた当初より深まる謎に、わたくしのほうがこんがらがってきた。


 未遂で終わった事件とはいえ、女性をそそのかして手引きした人物がいるようだ。


 それに連れていたものが『犬』と『魔物』じゃえらい違いじゃない……いや、魔界にもオオカミはいるし、犬と魔物を誤認するって事も、おかしくはないかもしれないけど……。

「……ということは、二つの事件は関係している……可能性がある、と。はぁ……そうなると、信者さんが見た男と女に指示をした男は同じ人物かもしれず、屋敷に忠告した男性は、何か魔物男の事を知っている……のかしら。あるいは、全てその男が引き起こした狂言かもしれませんけれど、断言できないことばかりですわね」


 いずれにしても曖昧で面倒くさい話だ。

 そう言いたげなのがわたくしの顔に表れていたのか、セレスくんはそう思いますよと苦笑しながら、良い香りのお茶を出してくれて、憂いのある表情を浮かべた。


「……それで終わりなら良かったんですけどね。その『魔物らしきものを連れた男』という特徴を持ったやつが、魔界の王がいよいよ覚醒し、魔物達もそれに呼応して活動的になっていると言い回っているらしいんですよ……」



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こめんと

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