【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/12話】


 魔界と通信をしようと水晶玉を取り出したセレスくん。

 地上と魔界で通信? そんなこと出来るわけ無いと思うでしょ?

 でもね、このマジックアイテムは……魔界で作られたものだ。

 なんでなのかよくわからないけど、魔界で作った水晶はこっちでも機能する。

 セレスくんがそれに手をかざし、誰かいますか? と呼びかけながら連絡を取っていた。

「いつもそんなふうにしていたんですの?」

「そうですよ。教会の職務を優先しないといけませんから、魔界から打診があっても出られない場合だってありますからね。だいたい私から呼びかけています」


 なるほど、セレスくんもたまに魔界の会議でリモート参加していたが、こういう感じでやっていたのか……。妙に感心していると、フッと水晶の色が変わった。

『――……教会は毎日毎日……暇なんですかね』


 と面倒くさそうに言いながら、姿を見せたのは……ジャンと同じくらいの年齢の青年。こげ茶色の髪と目の色をした、わたくしの師匠とも呼べる人間だ。

「エリク! お久しぶりです……! あら、あなた少し痩せてしまわれたのではなくて? 不健康そうな顔をしていますわよ」


『リリーさん? おやおや……なるほど、セレスと合流し、ようやく連絡をしてきたというわけですね。ああ、体調についてはご心配なく。設計図を書いたり、錬金術をヘリオス王子に教えたりしているだけです』


 向こうの水晶にもわたくしが映っているのだろう。


 セレスくんからの着信 (――で、いいのかしら……?)だと思っていたらしいエリクも意外そうに目を少し大きく開いた。


 彼はエリク。錬金術師だ。わたくしも彼から錬金術を教わって、十分な知識を付けることが出来た。普通の術師ではなく、魔界の疑似太陽の骨組みや、万物の霊薬の試作品まで自力で作ってしまう天才錬金術師。


 あと、彼のおかげで魔界の生活環境は大きく改善されているので、もはやエリクの知識が魔界を救ったのだと言い変えても……差し支えない。


 そんな彼は、わたくしの代わりにヘリオス王子――レトの弟である第二王子――の指導にあたっている。魔界も立派になったら【なんたらかんたらの錬金術師】みたいなゴテゴテした肩書きを作って……エリクの像とか立てて祀ってもらおう。

「そちらに異常はございませんか?」

『ないですね。ラズールの水の納品も滞りなく行っているし、金銭はノヴァが管理していますからご安心を』


 それを聞いて、ほっと胸をなで下ろす。

 水の納品は、魔界の資金源みたいなものなので……それを失うと大変なことになっちゃうのだ。

『セレスから今日が入学式だと聞きましたが、無事に終えたようですね……ああ、ちょっと失礼』


 と、風景が揺らいで……魔王城の廊下が映し出される。

 エリクがどこかに移動しながら話しているようだ。

『――……最近、魔界にも住人が増えましてね。まあ、全部魔物なのですが。ただ、海にいるような魔物……海竜やら人魚、貝まで来てしまいましたよ。魔界に海なんてありませんから、どうしようかと思いましたが……海竜が自力で海水を作り出しましてね。魔王城の東、60キロほど行った地域に湖のような海が出来ましたよ。こちらも少しずつ規模が広がっています』

「……海水を魔物が作り出せたなんて……すごいものが来ましたわね」

 そうはいっても、ドラゴンも魔界の環境づくりに一役買っているのだから同じく『竜』である海竜さんなら、そういうこともできる……の、かな……。

「そのうち魔界で塩田が出来そうですねぇ」

「労働力の期待はできなさそうですけれど……海は生命の根源でもあるので素晴らしいですわね。今後、海で暮らす魔物もやってくるでしょう」


 セレスくんが嬉しそうに塩田の話を出したが、やっぱり……労働力もさることながら、ちゃんと建築とか魔術とかそういった知識を持った人材も欲しい。

「住民が増えることは良いのですけど、食料などはどうなってますの?」

『いまそういうことを考えている人のところに移動してるんですけど』

 話すのは久しぶりでしょう? と、どこかこちらを気遣うような言い方をするエリクに、わたくしはほんの少しだけレトを意識して――……どきどきと胸の鼓動が早まっていくのを感じた。

 ああ……レト……。わたくしの大事な人……!

『――先に言っとくけど、今日は会議するんだから、気を利かせてあげるとかはしないからね? まあ多分、そんな空気にはならないだろうし……』


 どこか濁すような口調でエリクは先にわたくしへ釘をさし、ダイニングの方へと移動している。


 ダイニング……という庶民的な言い方だが、実際魔王城の通路の一部を借りて、テーブルと椅子、キッチンまで付けてしまった場所だ。

 魔王城は……ちょっと長い話をすると、昔から戦乙女とその仲間達が攻めてくる際、魔法でドッカンドッカンやるから大部分が吹き飛んでしまったらしい。


 なんで魔法でやられたくらいで城が吹き飛ぶんだろうってわたくしも最初は不思議に思ったけど、魔界は地上よりも魔力の濃度が高いので、地上で同じ魔法を使っていても魔界だと……大気に漂う魔力も取り込んで高威力になってしまう。


 中級クラスの魔法でも、とんでもない爆発力を持つそうなのだ。

 そんなことを知ってか知らずか、戦乙女達は全力でかかってくるので……歴代の魔王様達もボッコボコにされていったのだろう。


 あげくに金目のものまで強奪していきやがるので、わたくしが魔界に降り立った当初はお金もない、魔城設計図をはじめとした資料もない、家宝もないので……城は一階部分を残してボロボロに破壊されていた。


 隙間から吹く強風で砂も部屋中に入ってくるから大変だったことや、魔物達も何もない環境で暮らせないからほぼ一部のスライム以外、皆地上に逃げていった……という目も当てられない惨状だった。食料もなかったんだから。


 そのため、厨房などというものもどこかのタイミングで吹き飛ばされたのだろう、魔王城のどこにも存在しなかったので、なんとか自分たちで使える程度のものを作ったのである。


 魔王様の居室の目の前だし、皆が顔を合わせるのにちょうど良いので、食事以外にも相談場所に使ったりできる便利な場所だ。

「内装はほとんど代わり映えがねぇな」

 水晶玉をじっと見ていたジャンがぼそっと小声で呟いたが、その声には少しばかり安堵しているような響きもある。


『廊下は……そうですけど、城壁の一部に魔法文字を彫り込んで、魔法・物理双方の攻撃やドラゴンなんかのブレスを無効化を出来ないか? と考えているところなんですよ』


 全部盛り込むのが難しいんですよね、とエリクが言うけれど……セレスくんは、一個に全部盛らなくて良いじゃないですかと意見を出した。


「むしろレンガひとつに魔法一遍ずつ書いた方が発動も速いですよ。一個壊されても城壁にびっしりなら、他の全てが予備になってる状態ですので問題なく……全体強化指定すれば良いので、組むのも楽じゃないですか?」


『…………なるほど。教会から教わるのは癪ですけど、参考にします』


 無から有、そして命までをも生み出そうとする錬金術師の思想と、人間が神の奇跡の所業に近づこうとする浅ましさを批判している教会の思想は――最悪といって良く、エリクとセレスくんもそこは同じようだ。

 どちらかといえばエリクのほうが教会を嫌っていて、セレスくんも激しく文句を言うエリクをあまり好ましくは思ってない。しかし、よく見ているとこの二人は挨拶がわりに罵り合うような『仲良くケンカしな』状態だから、どっちかが泣き出したり殴り合いになったりしたことは一度もない。


 セレスくんがエリクの調合の邪魔をしない限りは……放っておいて大丈夫だ。

 ちなみに、城壁の強化を考えているのは最悪の場合、アリアンヌが覚醒して魔界に降り立つ可能性を考慮しているからだろう。


 あと、半年前の魔界にはまだ子供だけどドラゴンが五匹いて、能力の解放やブレスの練習がてら、至る所にいろんなブレスを吐きまくる。ドラゴンのやんちゃが過ぎて、ドラゴンキックで城壁が壊れたり、豪雨で日干しレンガが泥になりかけて雨漏りしたり、気温が激しく上下したりと大変だった。

 うーん、どれをとっても今のわたくしには懐かしすぎる。ホームシックになってしまうよ……。


 密かにしんみりしながら水晶玉に映る景色を見ていると、廊下を曲がって……ダイニングにやってきた。あ、魔王様の居室の扉も見える。

『ああ、レト王子やノヴァを呼んできますので、ちょっと待っていてくださいね』


 エリクはそう告げて、金色の台座の上に水晶玉を置き……足音が遠のいていく。

「魔界もしばらく帰らない間に、いろいろ進んでいるのかしら?」


 皆が来るまで待機状態なので、わたくしよりは魔界に行っていたであろうセレスくんに聞いてみる。


「えーと、そうですね……半年くらい前からの事だと、地上でちょっと動きがありましたか……」

 すると、ジャンもうんと頷いた。


「あっ、やっぱりあなた、どっかで情報を仕入れてましたのね!」

「そりゃそうだろ。なんで水色メガネがいる間もボーッとしなくちゃいけねーんだよ。暇なんだから動くだろ」


 遊びに来てるわけじゃねえし、と言われるとごもっともなのだけど、わたくしだっていろいろ知っておきたかった!!


「じゃあ、エリク達が帰ってくる間、そのあたりのことをお話ししてくださいな」


 わたくしが二人にそうお願いした。

「じゃあ……リリー様は、地上で密やかに流れていた噂をご存じですか?」


「噂……いえ、そのようなものは何も……」


「そりゃそうだ。日々お勉強しかしてねーからな。外のことが耳に入ることはなかっただろう」


 ジャンがわたくしの生活状態を補足すると、セレスくんはそうですか、と頷いてから切り出した。


「ここ最近、魔族が活動的になってきたかもしれない……そういう漠然とした噂があったわけです」

「それは……まあなんとフワッとした適当な……」


「ええ。これ自体ならそのまま終わる世間話のように、旅に出る人々の注意喚起くらいには使われますよね。その噂が流れる前、ラズールの信者から『数匹の魔物を連れた男を見た……けれど、なぜか通報しようと思えず見ていた。自分はおかしいかもしれない、どうしたらよいか』という相談があったのがきっかけなんですが……」


 セレスくんは、真面目な顔つきになって話し始める。


「……その数日後、貴族の屋敷が何者かに襲撃されるという事件がありました。突然お聞きしますがリリー様、その二つに関係性があると思いますか? それとも無いと思いますか?」


 急にクイズみたいに問題を出さないで欲しいのだが、わたくしの興味を掴むには充分な話題だったので、それに乗ることにした。




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こめんと

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