後方にたまたま座った(という風を装う)セレスくん……と他人行儀な挨拶までして偶然の再会を喜び、クリフ王子達には今までさほど仲良くなかったのだなという印象を与えておいた。
その日の午後、マクシミリアンから外出承諾を得たわたくしは、ジャンを連れて買い物という名目の元……、セレスくんと共に散策に乗り出すことにした。
なぜセレスくんが一緒なのかといえば……学院で『王都のことを全く知らない』とわたくしが会話の中で言うと、じゃあ夜に教会に行く用事があるので、近辺を案内します……というようにセレスくんと話が纏まった。
クリフ王子が同行すると言い出すこともなく、出かけることにお小言もなかったので、わたくしはクリフ王子の気が変わらないうちにセレスくんのご厚意に甘え……こうして三人で王都を見て回っている。むしろ、三人じゃなかったら都合が悪い面しかないのだけど。
「王都も広いので、今日は近場の要所だけ先に回りましょうか。こちらの大通りをまっすぐに行くと、もう見えてますけど……フォールズ城に着きます」
そういってセレスくんが指し示したのは……馬車が悠々とすれ違える程度に広い道。馬車の往来も絶えず、賑わっているのだなということが見て取れる。
その先には、貴族向けの高級ショップがずらりと軒を連ねていた。
乙女ゲーだからという点を差し引いても統一性のある色合いと建物のデザイン。景観は美しく、石畳で道も綺麗に舗装されているし、ボロっちい建物もひとつだってない。
道の端にはいくつもの馬車が停まっていて、御者が主人の帰りを待っている。
この通りのずっと先には、先程セレスくんが説明したように……王城が見えた。
クリフ王子は寮生活だと思ったけど、こんなに学院と近いのなら王城から通っているのかしら?
気になる……というほどでもない疑問だから、誰かに聞く必要も無いし、勝手にアリアンヌあたりが話題にしてくるだろう。
「このお貴族様ストリートはドレスやら贈答品やら、日用品でも質が良く値が張る物を用意している通り、ということですの?」
「そうですねー。普段使いするならこっちじゃなくて、もっと庶民的なところがいくつもあります。貴族相手にやりとりするなら、いずれ必要になると思いますよ」
もっとも、伯爵令嬢でクリフ王子の婚約者という身分はみんなに知れ渡っていると思われるので、学院の生徒達に安物買いしているところを見られて困るのであれば、ここいらのお店の常連になるべきだとも教えてくれる。
「そうですわね……高級品を持つのは社交の場くらいで良いですわ。とはいえ、全く機会がない――ということもなさそうなので、多少は購入しておきますけれど……あ、仕立屋とハンカチの数枚くらいは持っておきたいですわね。それは後で構いませんわ。さ、次に参りましょう」
「そうですか? じゃあ次はですね……」
と、わたくしたちを王都のランドマーク的なところに数カ所案内してくれた。
貴族ストリート、本屋、雑貨屋、城下商店街、そしてここ、大聖堂。
ゲームであれば、ショートカット機能で行けるようなところだ。
「たくさん買いましたけれど……やっぱり、品数の多さは商業都市ラズールのほうが上ですわね。そのぶん、品質と価格は王都の方が高い……のも当然ですし」
そう評価しつつ行く先々で、ちょこちょこ買い物をしているため荷物を入れるマジカル鞄は割と容量を圧迫してきた。さすが王宮もあって、貴族が多くやってくる首都だけのことはある。
一級品が揃っているのも当たり前だと思うが――そうはいっても、中にはラズールの方が良くて安いという商品もあった。
「食い慣れてる味ってところもあるが、食事もラズールのほうがおれは好みだ。王都は香辛料が多いだろ。あと小洒落たモンばっかりで食った気がしない」
ジャンは先程食べたメニューのことを言っているんだろう。
帽子かよってくらい大きいお皿の中に、ちょこんと乗ったメイン。
付け合わせのちょろちょろっとした野菜少々。
周囲には色とりどりの飾りソースや、数種類の香辛料が模様のように添えられていて、一体どう食べるんだろう……と少し考えたやつだ。
美味しかったけど、確かにわたくしもラズール地方のほうが好きだ。屋台も多いし、その屋台料理だって味のレベルが高い。あー、また食べたくなってきた。
「寮で食事は出ますけど、自炊場があったので自分で作るというのも可能ですよ」
私は必要に応じて使い分けようと思います。と、セレスくんはにこやかに教えてくれた。
「あら、それは良いことを聞きました。寮の食事をいただいてから考えることに致します」
寮の食事は朝と夜。食事の時間はきちんと決まっているらしいから、それより遅れると食いっぱぐれてしまうことになる。わたくしたちは食事料金を支払わなくていい。一定以上の暮らしぶりの人は、入学する前に寄付という形で結構な額を支払っているそうだ。
多分、一定以上……主に商人や貴族達の寄付などによってその辺も賄われている(ので、そういう人たちは寮の中でも広くて良い部屋を使える)と推測するけど、一定以上じゃない人が大多数学院に来ているわけで、いつか資金繰りに困って家賃取りそうだなーとか、食品ロスすごそうだなーとか漠然と思う。
食事もどのようなものが出るか分からないが、口に合いそうならそのままいただけばいいし。
「リリー様……ここが大聖堂の前です。まあ大きい教会ですよね」
含みを持たせて、セレスくんはにっこり微笑んだ。
王都の名所……といっていいのかは分からないけど、長方形の頂点に三角形を乗せ、建物の側面に針のような細い尖塔を何本も取り付けたような形をしている教会。
言葉にするとたいしたことがなさそうだが、いざ前に立って見上げた大聖堂はとても荘厳だ。
「お悩みや不安があれば、告解などいかがかと」
「ええ。ですが、連れがおりますので……」
「――それでは、お連れ様を別室にご案内しましょう」
セレスくんがわたくしに告解と持ち出してくるのは、内密な話があるときだ。
一応人に聞かれて困らない、そういう符丁のようなやりとりをしている。
ラズールにいたときから、大聖堂にも何度か足を運んでいるセレスくんは、勝手知ったる様子でずんずんと奥に入っていく。途中で修道士と思われる人にすれ違っても、皆セレスくんに頭を下げた。
セレスくんも教会内の身分は高くないが、その唯一とも思える特殊な才能のおかげで、一目置かれているというか……特別視されているのだと推測した。大聖堂の入り口に至る階段には、司教様 (セレスくんの養父)が担当しているラズール教会と同じく解除の呪文が彫り込まれている。
魔術に興味の無い人にはただの飾り彫りにしか見えないだろうが、これは幻術などの変装を無効化する……つまり要人に化けた存在を見抜くっていう、大事な役割を担っているのだ。これのおかげで、魔族のレトは悪意がなくても教会に踏み入れることが出来なかったのを思い出す。耳や目の色とか、人間に見せている部分の幻術も破られちゃうからね。
わたくしたちは何事もなくその階段を通り、大聖堂に踏み入れ、思わずため息を漏らした。
入ってすぐに、巨大なステンドグラスの窓が目に入る。
その窓上にも大きなバラ窓。窓枠ひとつひとつに聖人らしき人物が描かれていて、細かな作りだというのがうかがえる。街側から大聖堂を見てもステンドグラスがあるっていうのは分かってたけど、中に入ってみると感動のレベルが違う。
祭壇に続く道の両端には円柱が立ち並び、それら一柱ずつ天使が彫り込まれている。
大聖堂というから、やはり内装が豪華絢爛なんだろうなとは思っていたが……こうもゴテゴテ飾ったりしていると、耐震構造とか破損した場合の補填とか、そういうことが気になってくる。
これを作るのに一体どれだけの信者から集められた寄付が使われているのか……そうして改めて教会という組織の強大さを感じつつ、わたくしはセレスくんと相談室と書かれた部屋に入る。
窓が小さいので日の光が入りづらいため、昼でも薄暗いであろう部屋。
麻のカーテンを開けてみたが、分厚いガラス窓の外には格子がはまっていて、ろくに景色も見えない。なんかどんより暗いのは、この格子が遮っているせいもあるんじゃないかな。
簡素なテーブルと四脚の椅子。あとティーセットが置かれている以外、なにもない部屋。
教会の豪華なものとは打って変わって、引っ越し直前の部屋みたいに飾り気もない部屋になっている。
「どうぞお掛けください。ちゃんと結界は張りますから、会話を聞かれる心配はありません」
神父さん達には守秘義務がある。だから、結界を張るための魔具を持っていても何も不思議はないそうだし――なんだったら部屋に備え付けてあるとか。
「密談の場所にはうってつけですのね」
「不本意ながら」
セレスくんは苦笑しつつ、自分の所持していた小さな玉に手をかざす。ふわん、と薄い膜のようなものが部屋に広がる精神的な感覚。何度か肌で感じているので、魔具が起動しているのだということは分かる。
この玉は風の妖精の力を借りて、外に声が漏れないようにする……という、割と業界 (?)ではメジャーな魔具らしい。
ただ、魔具を使用すること自体に練習が必要らしいので、持っていても使えない人は割と多いようだ。
「――さて……」
そうしてごそごそと、鞄を漁って、野球ボールくらいの大きさがある水晶玉を取り出したセレスくんは、それを机の上に置く。
「全員揃ったことですし、魔界と通信でもしましょうか」