入場式も滞りなく終了し、わたくしたちは教室に移動することになるのだが――……。
「……知り合い全員同じクラスなのでしたか……」
「どうやら……そのようだ」
クリフ王子もマクシミリアンもアリアンヌも、わたくしも……ものの見事に同じクラスだ。
貴族は貴族の派閥で固まりやすくとか、学院にも多少の思惑はあるのかもしれないけれども……何者かの働きかけがあったのではないかと勘ぐってしまう程度に、王子様と婚約者と公爵様が一緒のロイヤルなクラスになってしまった。
わたくし一般人だったら、肩がぶつかっただけで不敬罪を言い渡されそうな、こんな息の詰まりそうなクラス絶対嫌なんだけど。
とはいえクラスは全学科共通の座学を学ぶときだけ同じで、専攻学科授業などは別の教室で受けることになる。最終的には専攻学科の授業が多くなっていき、クラスに戻る時間も少なくなるらしいので、顔を合わせる時間も減るだろう。それまでの辛抱だ。
席も自由に座っていいようなので、適当な場所を探して座ろうとすると――……目の前に、壇上でさっき挨拶していた……クリフ王子がスッとやってきた。
「……やあリリーティア。久しいな」
「…………はい。殿下もご機嫌麗しゅう」
にこやかな笑みを浮かべて挨拶してきたので、わたくしも一礼し……そのまま無視して座りたいんだけど、身分の高いコイツが立っているのでストンと座るってわけにもいかない。
自分より身分の高いお方が、声を掛けてくださったのだ。話しかけるきっかけを作ってくださっただけ、ありがたいだろう……王家に対し、伯爵令嬢ごときがあるまじき考え方であるというのは自分でも分かっている。
「身体は良くなったかい? 心配していたが……ああ、顔色も良いな?」
「――……それは、お気遣いありがとうございます……」
わたくしは表向き、病床に伏せって辺境の別荘で療養していたということになっている。
失踪していたなんてのはマズいので、マクシミリアン達にそういう設定にされた。
というわけで、クリフ王子がこう語りかけてくるのは確認のためだろう。
なのでわたくしは病弱かつ記憶喪失の令嬢……という、儚さ満載設定が盛り込まれているわけだ。
「屋敷に赴こうにも時間が無くてね」
いけしゃあしゃあと忙しいとか言ってくる。アリアンヌの教えてくれた半月に一回という頻度がなくても、わたくしは今の言葉を信用していなかっただろう。
アリアンヌが教えてくれた今となっては、クリフ王子は仲が良くないわたくしに対してすら、本心を言えば良いのにこうして嘘をつくのだなあと、更に不信感と嫌悪を増しただけである。
しかし、そんなことをつついて恥をかかせるつもりはない。
ここは適当に乗っかっておいてあげよう。
「まあ、そのようなことお気になさらずとも……。ご公務のほうが大変ですもの。ご立派ですわ」
「そうだな」
……公務が大変というところか、自分が立派というところか、何が『そう』なのかよくわかんないけど、クリフ王子はどこか誇らしげに頷いた。そもそもこれは胸を張るところなの?
百歩譲って本気で忙しかったにしろ、手紙くらいは書けたよね?
手紙貰っても結局ムカついてたと思うんだけどね?
まだ挨拶程度しか交わしていないのに、早くもイラつき始めたわたくし。クリフ王子が椅子に座ったので、わたくしも一呼吸分置いて椅子を引く。
わたくしたちの側にはアリアンヌとマクシミリアンもやってきて(この流れではついで扱いになってしまうが、後方にセレスくんが座った)皆心配そうにわたくしたちのやりとりを聞いていた。
三人の顔はにこやかだが、頼むから早々に諍いを起こしてくれるな、という緊張がにじみ出ているのが分かる。全く以てかわいそうだが、わたくしの護衛係のジャンさんときたら、平然とわたくしの隣に座って、相変わらずいろいろなことに興味なさげに周囲を見渡していた。
こう見えて、こいつの耳はちゃんとこっちの会話を聞いている。
だいたい何か始まるのも分かっているだろう。
しょーがないのだ。わたくしとクリフ王子が顔を合わせて無事に済んだ日はなかったのだから。
「ふん……素直に来たことだけは評価できるな。面の皮の厚さもさすがなものだ」
おお、そんなことを考えていたら、いきなり先制の毒舌攻撃が来ましたよ。唐突ですね!
わたくしの前に座ったクリフ王子は周囲に聞かれぬようぼそりと呟き……じろりとわたくしの隣に座るジャンを見て、悪態をつく。貴族でさえ、王子様からこんな顔をされたら、もう人生終了のお知らせと同義だと思うだろう。
「貴様の取り巻きがいるのは相変わらずだな……レトとかいう奴とはどうなった? あいつともどうせまだつるんでいるんだろう? ふん、相変わらずの尻軽っぷりだ」
「クリフ王子……そのようなこと……」
わたくしはそれ以上何も言わなかった。ちょっと困ったような顔をして見つめてやっただけだが、クリフ王子は気持ちいいのか何なのか、にやりと笑う。何笑ってんだよ。そこ笑うところじゃないだろ。
いいですか、クリフ王子? わたくし決してムカつかなかったわけではないのよ?
久しぶりだし、学院生活初日だし、みんなの手前、耐えてあげているだけですのよ?
王子様に上から目線だけど、いきなり尻軽とか罵ってくる失礼な奴に対して、しおらしく『そんなことございませんわ』だのとまで言って耐えているのだ。
どう考えてもわたくしは偉すぎるじゃないか。
早速火種がくすぶる何らかの気配を察知したマクシミリアンが『殿下』と小声で諫めたが、本当のことだと言ってクリフ王子は謝る気配も収めようとする気配もない。
まだ周囲に聞こえないように話すだけマシだというところか。
「ふん、そんなふうに可憐な乙女のように振る舞っているが、不在中、今まであの男達といったいどんなことをして遊んでいたことやら……」
「殿下。いくらご心配だったとはいえ、リリーティアにそこまで仰ることは……」
マクシミリアンが再び諫めた。なんかほんとこの公爵子息はいつもわたくしにも気を配ってくれるし、それとなく庇ってくれていい人だなあ……。
今度ゆっくりお茶にでもご招待……いや、この半年間でかなりお茶したわ。こいつが婚約者なんじゃないのかってくらい足繁く通ってきたし、わたくしも実際紳士的に接してくれるマクシミリアンには悪い気はしなかった。
しかし、そんな諫めすら通じないのか、わたくしが反論しないのでクリフ王子は調子に乗り始めたらしい。ほら、マクシミリアンも困っちゃってるよ。
「ああ、こんなふしだらな女が僕の婚約者などとは本当におぞましい! アリアンヌ、そう思わないか……?」
「はひっ!? う、えぇ……?」
急に話を振られたアリアンヌは、自分にまで来るとは思わなかったのだろう。
また変な声を上げて、わたくしとクリフ王子を交互に見て、返事に窮していた。
アリアンヌ的には、彼の言葉に同意すればクリフ王子の機嫌もとれるし、即婚約破棄に繋がるなら迷わずやってくれるだろうが……『お姉様のほうが気持ち的には上です!』だと言っていたのが本物なら、そのわたくしをふしだらだとは思いたくないはず……いや、アリアンヌさん。なんかちょっと熱っぽく見られても困るけど……もしや変な想像してるの?
と、とにかく、クリフ王子のその毒舌、ねじって引き抜いてやる必要があるな。
「――自分が相手にされず、四六時中くっついているジャンが羨ましいからと言って、腹いせにそのような話題を朝から振ってくるのは品位としてどうかと思いますわよ。不快ですわ」
わたくしのことだけブツクサ言うなら黙っていてやっても良かったが、わたくしの仲間やレトと過ごした貴い時間を、汚らわしく言うのも許さないからね。
だいたいね、毎回毎回顔を合わせるたびにネチネチうっせーんだよ。あんたはイビリ好きの小舅かよ。
「どんなことをしていたか、なんて……あなたが一度もしたことない体験をしていたに決まっているじゃありませんか。そんなに汚れた女がお嫌いでしたら、今日中に婚約破棄でもされてはいかが? わたくし切望しておりますのよ……?」
ねえ、と言いながらそっとジャンの肩に手を置いて意味深に笑うと、ジャンもそうだなとつまらなそうに呟く。
「最後はだいたい寝てたが……朝も夜もなく、やりたい放題だったなァ」
「う、わぁっ……! フフ……」
なんか勘違いしたかもしれないアリアンヌが顔を覆うのが見えたし、なんか含み笑いまで聞こえたからか、マクシミリアンは珍獣を見るような顔でアリアンヌを見ている。
まーそうだよね。わたくしも隣にいたらそういう顔してると思う。
「妄想して勝手に喜んで、似たもの同士なんだな……」
ジャンが失礼極まりないことを呟いた。
アリアンヌさんは今の会話でどんな想像してるのかしら。気になるからやめなさいよ。
「なっ、やっぱり、貴様……!」
自分で勝手に喧嘩を売ってきたクリフ王子は、わたくしの反撃が衝撃的な内容だったのか、顔を赤くして震えている。
このままではぶち切れて大声を出すかもしれない。しょうがないのでマクシミリアンの言を借りよう。
「――……マクシミリアン。初日にあなた、わたくしにユニコーンの角を教会から買ってきたと言って渡してくれましたね」
「っ……あ、ああ。確かに渡した」
「わたくしも恥ずかしいのですが……どうやらその結果が今、重要なことのようですわよ? 殿下に教えて差し上げて」
「あ……」
ぎこちなくマクシミリアンが頷き、その先を言うのに羞恥があるようで、俯く。
「角は……リリーティアが箱から取り出して直に触れても、白いまま……でした」
「そういうことです……みなまで言わずともそれで分かりますわよね」
「そんな……ぐっ……」
そんなはず無いと言おうとしたのだろうが、実際マクシミリアンも立ち会っているし、わたくしの後方にセレスくんが座っていると今更気づいたらしい。
セレスくんはわたくしたちの個人的な話など、聞いてないフリをしてくれている……が、実は聞こえているはずだ。
教会の商品を否定しようものなら、もう一つの勢力に王家自らケチを付けることになる。
互いに内部干渉しない条件にしているはずなので、やっちゃったら大変な問題になるはずだ。
んで、わたくしたちの話にある一角獣の角。
教会の特殊な術を施されたユニコーンの角は、貴族の間で婚姻前の不貞判定に使われるのだそうだ。
ピュアラバは恋愛要素を含んだ楽しい調合RPGだと……わたくしも認識している。当然そんな生々しい判定をする道具など、全年齢向けゲームには出てこないので安心して欲しい。
わたくしたちはまだ一度も結婚してないので使えるけど、婚姻した後の浮気とか、バツイチ後とかどうするんだろうというのは素朴な疑問だ。
角は握るだけで良いから楽だけど、これがなかったら他人……特に医者に診せるとかか。嫌すぎる。そのために狩られまくるユニコーン(これは幻獣とかいう地上の生き物)も良い迷惑だ。
そのうち絶滅してしまうだろうに……。そうだ、魔界に呼んであげようかな。
巻き込んでしまったけど、誠実なマクシミリアンだって年頃の青年だ。
幼馴染美少女の不貞判定するなんて恥ずかしいし、もし角が黒くなって破損したら、とか……結果は白いままだけど、どっちの結果としても生々しいし、いろんな意味でどきどきしちゃうだろ。かわいそうに。
実際、何回も『すまない』って謝られたもの。
ついでにユニコーンの角は一回使うと術の効果が切れるらしい。
不要品になった角を捨てようとしていたので、こちらで処分するからと慌てて貰っておいた。
調合の高位材料なんだぞ。なんで捨てようとするんだ!
……後でジャンかセレスくんに頼んで、魔界に送って貰おう。
で、そのユニコーンの角のおかげで文句を言うことが出来ないクリフ王子は、不服でたまらんという顔をしつつ、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。なんだその失礼すぎる態度。
「……そもそもわたくしまだ16歳です。記憶を失った当時から何かあってはおかしいでしょう? ですが……ええ、毎日精を出しておりましたわ……」
「何……!」
そこには食いつくのかよ! 実は興味津々だろ。あなたも男の子なのね。
キッと睨み、語調も荒く詰問するようなクリフ王子とは逆に、マクシミリアンは静かに目を伏せる。何事もなく終わって欲しい、と祈っているようにも見えた。
「農業と家畜のお世話ですけれど? 一日でもさぼったら大変ですのよ」
「はぁ? そんなものを……?」
「そんなもの……って、将来王となるべき者が本気で仰ってるの? 国の根底を支えるための、重要な仕事ですのよ? わたくしが彼らと服を汚しながら毎日昼も夜もなくしていたことを、何だと思っていらっしゃったのかしら。王子様の想像力はものすごく豊かですこと……」
なぞなぞの問題みたいな言い回しだが、充分にクリフ王子には効いている。
ぶるぶると怒りに身を震わせ、拳を握った。
「この……」「も、もうその辺に。教師も来る頃かと」
更なる険悪ムードになるのを敏感に察したマクシミリアンは、慌てて話題を変え、クリフ王子を前に向かせる。
ちら、とマクシミリアンが肩越しに『余計なことを言って殿下を煽るのはやめてくれ』というような目配せをしてきた。
ごめんなさいね、と顔の前で手を合わせたジェスチャー付きで謝ると、うんと小さく頷かれる。
でもさー、そもそもあっちがわたくしにふっかけてきたんだよ。
わたくしだって大事な人を傷つけられるのは嫌だし、言い返したっていいじゃない。
とまあ、今の会話で分かるとおり、クリフ王子は顔が良いけど性格がクッソ悪い。
ついでに煽ってくるくせに自分の煽り耐性はない。すぐ顔を真っ赤にして怒り出すのだ。
自分がされて嫌なことは、人にしてはいけないという心もなければ、良い行いも悪い行いも全て自分に返ってくる、という因果的なものもお分かりにならない。
表面だけ取り繕っているので、普段は誰にでもにこやかに対応するのだが……ムカつくことに、こうしてわたくしには暴言を吐いてくる。
構って欲しいのか、嫌われているからなのか、もっとわたくしから嫌われたいのか――さっぱり分からない。
ある意味、成り代わる前のリリーティア本人とは性格の悪さが似たもの同士とは……嫌すぎだわ……未来のフォールズ王国終了のお知らせじゃん。
わたくしも清い魂で生きていきたいものだ……口は災いの元だし気をつけよう。
そうして、教室の一部が妙にギスギスした雰囲気を発したまま――……学院生活はスタートするのだった。