【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/3話】


 ローレンシュタインの家に戻ってからというもの……、学院が始まるまで、わたくしは終日この国の貴族のことやマナーをたたき込まれ、講師が休みの日はマクシミリアンが勉強を教えてくれる、という息の詰まりそうな日々を繰り返すことになった。

 何せ、この国の政治や貴族のことを知らず、そしてマナーも全然だめなので、伯爵の娘として最低限必要なことをたたき込まれているわけだ。

 歩き方だの足の運びだの、どこの貴族の名前はこれだの……こちらも覚える気があまりないので、何度も講師に叱られ、そのたびに両親からの期待は低くなっていき……多分、そろそろ信頼度だか愛情だかのパラメーターも0になりつつある。

 アリアンヌのように、もう少しかわいげのあることをすれば良かっただろうか……とも思ったけど、学院を卒業できたとして……その後、この地上で生きていく気はさらさら無いので、自分には世間の評価など何の痛みもなく、期待など無くて構わない、と思える自分が達観しすぎている気さえする。

 その間、護衛としての役割の一つを任されているジャンはとてつもなく暇そうであり、マクシミリアンが来ているときには自由にさせている。


 最初はマクシミリアンも訝しんで、わたくしに内密で自分の手のものをジャンの見張りにさせていたようだが、普通に酒場に行ったり部屋で寝ているのを繰り返していたため……見張る必要も無いと思ったらしい。


 しかし、ジャンをよく知るわたくしは、見張りが外れてから彼が自由にあちこち行っているのを知っている。ただ、何をしているのかは聞いていない。


 ジャンも自分からは余程のことじゃないと教えないので、わたくしには聞く必要がないこととして把握していない。


 喧嘩をしたり、悪事を働いているわけではないというのは分かっているからこそ、それをしていないというのもあるが……綺麗にまとめれば『信頼しているから』である。

 自由行動の一つに、もしかしたら魔界に残した仲間と連絡を取っているのかもしれない……というくらいは、予想しているけど。


「――聞いているか、リリーティア?」

 そういう事を考えていると、わたくしに勉強を教えているマクシミリアンが、そう声を投げかけてきた。


「えっ? あ……ごめんなさい、何かしら」

「学院に入学するにあたり、希望学科のことを一応聞いておこうと思う」


 勉強を教えている最中に、自分の思考に没頭していたわたくしのことを叱るでもなく、マクシミリアンはいつもと変わらぬ落ち着いた態度でそう聞いてきた。

「……パンフレットを拝見したときは、白兵戦を教える学科と、魔法を教える学科だけだったような気が致しますが……そのどちらか、だけでは?」


 そう自分が知っていることを聞くと、事前入学案内の冊子をわたくしに手渡した人物であるマクシミリアンは、いや、と軽く首を横に振る。


「白兵学科、魔法学科、のほか……良い講師が集まってくださったので、支援学科が新設されることになっている」


「支援学科……?」

「薬師の素質がある者や、歌や踊りで魔法のような効果を出す者、そして合成などを学ぶための学科だ」


 その説明を聞いて、ぴくんと身体が反応した。

「――……合成って、錬金術ですわね?」

「そう、だな……学ぶのはとても難しいと聞いたが」


 合成。合成……!! ああ、そうよ、ピュアラバといえばそれじゃない! 地上でも合成が出来る! なんて心が躍る響きなの!


「わたくし、錬金術を学ぶわ! 支援学科に行くことにいたします!」

 目を輝かせて強い希望を出したが……マクシミリアンはその食いつきっぷりに『お、おぅ……』というように、ひるんだ様子を見せる。


「――やりたいというのは良いことだと思うし、やる気があるのは大いに尊重したいが、錬金術こそセンスや才能が必要で……だいいち俺や殿下と別の学科になってしまうんだ……」


「……それがなにか?」

「なにか、って……そう何が問題なのかという顔をされると、きみを教える講師殿の気苦労が理解できるな」


 そういって苦笑する彼はいいかね、と説明してくれる体勢に入った。

「失礼な物言いを承知で言えば、俺やきみは殿下を補佐し、より高みに輝かせるため学院に入るような存在だ。それが、別の学科に行くとなると……何かあったときに対応が遅れてしまう。常にお側にいる必要があると思わないか」


「思いませんわね。クリフ王子……いえ、殿下を支えることも大事な目的だとしてです。途中で学力などが足りずに自分が退学になるというのは恥ずべき事ではございませんか。でしたら、わたくしたちもそれなりに努力しなければいけないのではなくて?」


 ずばっと切り捨てると、マクシミリアンは若干悲しみを持って目を閉じ、天井を仰ぐ。


「――そこは、話に入れなくても『当然のこと』として理解して欲しかったんだが……」

「う……そ、それに、支援学科に入ってそこそこ良い成績を出せたなら、わたくしにも注目が集まります。そうなると『さすが殿下の婚約者様』として……殿下の注目も集まるのではないかしら」


「それができるなら、だろう。仮にきみに錬金術や薬師の素質があったとしても、殿下と婚姻をして未来の国母となる者には必要が無い学問だ。どうせゼロから始めるというなら、有事の際にも戦力となれそうな白兵学科で弓や指揮を学んだり、目に見えた効果のある魔法学科にしてはいかがかな」


 うむむ……冷静な判断ではあるのだが……あるのだが……!

 あいにくわたくしは、出奔中に弓を最高の熟練度(毎日続ければそんなに難しくなかった)まで上げ、錬金術も先生が錬金術の天才だったので、教えを受けてかなり様々なモノを作れるわけで、地上にほとんどいないといっても過言ではない精霊の加護まで受けている。


 正直学院で学ぶ技術など……ない。


 いわば強くてニューゲーム(2しゅうめ)状態、チート級の能力を持つ人材なのだ。


 もちろんそんなこと誰も知らないし、精霊の加護という特別すぎるものは、まだアリアンヌでさえ持っていない。


 無印版の設定だと、中盤くらいからアリアンヌは【戦乙女】としての片鱗や精霊の加護という情報が開示されるからだ。


 現状わたくしが持つこれらの能力は、仲間以外誰にも知られてはならない。

 わたくしは魔界の有事の際まで【魔導の娘】という役割とこれらの能力をひた隠しにし、どの学科に行っても『そこそこ』のラインに納めるよう努めるつもりだ。


 んでもって、わたくしに期待を持てないクリフ王子はアリアンヌの仲を進展させ……婚約破棄!!

「あっ、結局これって……! 無印版の設定通りじゃない!?」


「……何がだ?」


 思わず叫んでしまった謎単語だらけの言葉を、ひとかけらも理解できないというようにマクシミリアンが眉をひそめた。


「あ……ああ、殿下の引き立て役に徹するという……当初の事に繋がるなと……」

「だからそうしようと説明しているんだが?」


 慌てて適当なことを言ってごまかしたが、わたくしが言いたいことは、無印版のリリーティアのことだ。

 クリフ王子との婚約者という設定は当時無かったが、リリーティアは成績も平均ラインそこそこ、実技もそこそこであり、最終決戦前には脱落してしまう(=断罪イベとナレ死)くらいだ。


 絶対落ちると分かっているくらい誰の期待もなかった。


 なるほど~、リメイクではそーなるのか……。

 わざと能力をセーブするのか……リメイク版からプレイした人には、なんじゃこのヒロインクッソ弱くない? って思うだけだろうけどさ、終盤もし無双しちゃうルートなんか出ちゃったら、みんな『うおおお!! 最初からやれるならやれや!』ってなるだろうけど、古参は涙にむせぶわけじゃないですか。

 シナリオディレクターなかなかそのへん反映させるなんて粋じゃない?

……まあ、それはいま浸るところじゃないな。マクシミリアンが返事のないわたくしを気持ち悪いモノを見るような目で見ている。あながち間違ってない。

「……とにかく……わたくしにはその後の自由もありませんから。最後くらい、無駄なことをしたいものですわ……」


 ふっと(できる限り)悲しみに満ちた表情を意識して作る。


 外見(ガワ)が圧倒的美少女なので、普段ツンケンしているのにこんな表情をすれば……ほら、悲壮感ばりばり。マクシミリアンも強くは言えなくなっている。

 この技を見破ったのは魔王様やジャン、時折……わたくしの想い人である男性といった、仲間だけだ。


 残念ながら、次に通用するかはわかんないからな。

 洞察力の高いマクシミリアンでも――初見殺しという、回避できない技を受けていただこうと思う。


「…………わかった。支援学科を希望ということで出しておこう」

「ええ……ありがとう、そして……ごめんなさいね、マクシミリアン……」


 そうして力弱い笑みを向けると、彼は案ずるなというように頷く。


「……ああ。俺も、きみの自由を奪ううちの一人だからな……だが、希望者が多い場合は選考に漏れるかも分からないことを覚えておいてくれ」


「ええ、そうなった場合は致し方ありません」


 頷くと、マクシミリアンは資料をまとめて立ち上がる。


「少々長居をしてしまった。明日は仕立屋が制服の採寸に来ると思うので、準備しておいてくれ。その後、夕方にまた来る」

「ええ」

――いつの間にやらスケジュール管理されている。

 屋敷が近いからって、かいがいしいというかなんなのか……。


 マクシミリアンを玄関まで送ったあと、客間に戻って広げっぱなしの勉強道具を片付けていると、アリアンヌがひょっこりと姿を見せた。


「お姉様、もうマクシミリアンさまはお帰りになっちゃいましたか?」


 この子は一応伯爵令嬢になったというのに、屋敷にいるときはドレスを着たがらない。

 今日は赤い膝丈のワンピースに、黒いニーソ。あざとめである。


 大きめの襟に加え、フリルとかも所々あしらわれているので、デザイン的にはロリータファッションと呼ばれる服に近い。

 なんでも……『ドレスはお外に出るときに着るもので良いと思うんです(はーと)』だとか言っていた。


 その意見には同意できる部分もまぁ……あるけど、ドレス着るのめんどくさいんだな、とも読み取れる。あと、そういうの普通に可愛いもんね。


「ええ。マクシミリアン……様は明日の夕方にいらっしゃるそうです」


 何か用があるならそのときにどうぞ、と続けようとすると……ああ良かった、という安堵に満ちた返答があった。

「まだあの傭兵(ジャン)さんも帰っていないようですから、今日はお姉様を独占できますねっ! ずーっと姉妹でお話ししたかったんです~」


 語尾にハートつきまくりの甘えた声を出しながら、アリアンヌは手早く卓上の筆記具をかき集めてペンケースにしまい、ノートや教科書をぱたぱた……いや、シュバババッと閉じていく。

 なんだこいつ……動きが異常に素早いぞ? 服が赤いからか?

 通常の三倍もかくやという速さで文具を全て片付けたアリアンヌ。


 それらをひとまとめにし、自分の胸に押し抱くようにして持つと……空いた右手でわたくしの手首を掴んだ。

「なっ、なにす……!?」

「一緒にお話ししましょ! 私、お姉様に聞いて欲しいご相談もあるんです!」


 こちらの都合もお構いなくグイグイくるアリアンヌは、どこからそんな力が湧いているのか分からないくらいの女子力 (腕力)で、わたくしを勝手に自室に連れ去っていったのだ……。



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こめんと

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