私が目を覚ました時は、もう……全てが片付いた後だった。
既にヴィルフリートの城に帰ってきていて、私は自分の部屋(クドラクの一件で壊れちゃったから新しく模様替えもしたんだよ)で昏々と寝ていたようだ。
で、まぁ献身的に元カレであるヴィルフリートの治癒を行うエスティディアルから、ルシさんとクライヴさんは二人で協力してここに残る方法を探るため、彼女を尋ねたことから一緒に行動したことも聞いた。
その過程で、私たちと合流するまで何をしてきたのかは少しだけ教えてもらう事が出来た。
時の雫が貰えない今、用も済んだはずのエスティディアルがいつまでもここにいる事も、なんでルシさんの事を口にする時、ちょっと嬉しそうな顔をするのかも疑問で。
私の面白く無さげな顔を、さも楽しげに見つめてくるエスティディアルは、何か勝ち誇った顔さえする。
「なにさ」何もないわよ、と上品に言われると、こっちもこれ以上は追及しづらい。
「終わったことなんだ。エスティがここにいようが、そんなことどうだっていいだろ。それより俺の事もう少し労われよな」で、一番面白くなさそうなのがヴィルフリートなわけで、私たちの話に無理やり入ってくるとギャーギャーとわめきたてる。
「ウァレフォル、傷に障るぞ……」起き抜けの私に水を持ってきてくれたクライヴさんが、呆れたような顔をして私たち三人を見やると、やれやれと口にして。
「これから一体どうなってしまうんだろうな……騒がしくなりそうだ」何を揶揄しているのかはちょっとわからないんだけど、クールガイなクライヴさんの顔がこうも曇るというのはなかなかない。
きっと、顔を覆いたくなるほどの問題が降りかかってくるんじゃないかな。なにそれ、やだな。
「ルカ様、お気づきになられたか」ぬっと姿を見せたのは、えーと……アンドロマリウスさん、だったかな。
茶髪で眼光鋭いコワモテなんだけど、多分怒らせなかったら怖くない。割と紳士的だったし。
「だいぶ寝てたみたいで……身体もあちこち痛いし、まだ完全じゃないのかも。私が伸びをしながらぎこちなく笑うと、アンドロマリウスさんは左様ですか、と頷いた。
「我々にとっても、人間と久方ぶりの契約だったので、抑えがきかなかったと猛省しております。み、乱れっぷりはもう正直覚えてないし!
何より、クライヴさんの『またか』っていう冷たい視線と、ヴィルフリートの睨みが怖いんで。
私が人の身でルシさんのために出来る事は何かないのかとヴィルフリートに相談を持ち掛けたとき、このお人よしの悪魔は、『そんなこったろうと思ったぜ』と、同じくソロモンの称号を持つ親友クロセル(名前はクロードだったかクローバーだかなんかそんな感じ)の所に出かるって言ったのが始まりだった。
そこで、私から聖性というものを抜き、ルシさんに与える事で天使としての力を幾分回復させることができるだろう、という事を知った。
ヴィルフリートにはこの状況に合うようなアイテムや薬を作れず、聖性の活性化自体はクロセルが出来るらしいけど、他の仲間の力なしではコトが運べないというので――アンドロマリウスと、セーレと、ヴァラクと契約をする事になったわけ。
みんなは『試練の見届け』とかどうとか言いながらも、天使やルシさんの事を引き合いに出したり、ヴィルフリートも表情を曇らせていた。
とにかく――それぞれ何かの思惑があって、私はその中で利用されるのかもしれなかったけど、彼らに協力してもらう事となったのだ。
知らない人(悪魔だけど)と、身体の交わりをするっていうのは本当に怖かったし、ヴィルフリートが私の側に寄り添っていなかったら、私はどうなっていたのかなって考えると、今でも背筋をうすら寒いものが伝っていく。
「……うまくいったのはヴィルフリートのお陰でもあるんだよね……あ、そういえば」無理やり話題を変えると私は胸に手を置いて、自分の心臓の鼓動を確かめる。
どくん、どくんと規則正しく、はっきりと脈打っている。
「私、一回死んじゃってたのかな」ぴょん、と私の影から飛び出してきた、可愛い少年……と、腐ってて気持ち悪い色の皮膚を持つ竜。
今喋ったのは、可愛い少年のほうで、竜は乗り物。
っていうか人の影にそんな腐りかけの竜とか入れるのやめてほしいんだけど。臭くなりそう。
大きな瞳で私を見つめるこの可愛い少年は、ヴァラクの……マク……なんとか。
もう名前忘れちゃったから、また後で聞こう。
で、ヴァラクがベッドの上に片手を置き、猫のようにすり寄りながら自分の頭を私の胸に乗せた。
ヴァラクは可愛い子だから許すけど、この臭くて頭が二つある竜がそんなことしてきたんだったら振り払ってるところだよ。
「ルカ姉ちゃんは……聖性っていう、清らかな部分を奪われただけなんだよ」ルカ姉ちゃんっていう、どこかの名探偵の幼馴染みたいな言い方はやめてほしい。かわいいけど。
「貸した聖性が戻ってくるまで、ルカ姉ちゃんの事はボクたちが眠らせてたんだ。にこにこと嬉しそうに微笑みながらそう話すヴァラクはすごく可愛くて、私もつられて微笑みを返し――どきりとした。
忘れていたわけじゃないけど、いつもそこにいるのが当たり前だったルシさんは、今この場に姿が無い。
その後、ルシさんはどうなったんだろう。
ここにいないってだけで、屋敷の中にいるんだろうか。手作りの祭壇に祈りを捧げてるとか?
「ねえ……ルシさんはどしたの?」私は普通に訊ねただけ。
まるでその言葉に強力な呪文の響きでも込められているかのように……部屋の空気は一瞬で凍ったように張り詰める。
なんなの、聞いちゃまずかったの。空気読めないやつになっちゃってるの私?
「もしかして、ルシさん……」怪我とか酷かったの? それとも、天に帰っちゃったの?
次第に私もどうしていいか分からず、ベッドの上で次の言葉を選んでいると、安心しな、とヴィルフリートが声をかけてくれた。
「……ちゃんと生きてる。ただ、ルシエルは、もう……ルシエルじゃない」ヴィルフリートが寂しげな顔でそう呟くので、また何か問題が起こったのかと身を乗り出す私に……彼は紅の眼を向けて微笑む。
「何か性格が豹変したとか、死にそうだとかそういう事じゃねえよ」私の顔に焦りが浮かんでいたのだろう。私を安心させてから、ヴィルフリートは自分の足元に視線を落としながら教えてくれた。
「ラムリエルが来た当時から、魔界にはちょっとした……後継者の問題が出てたんだ」悪魔の名前……と思われているものは、称号でもあるそうだ。
今も初代かつ現役で暮らしているアザゼルみたいな人も僅かにいるそうだけど、代替わりしていくものらしい。
アザゼルって人に会ったことはないからどんな人かは知らない。
ただ、ヴィルフリート曰く後継者の問題っていうのは……初めて聞いた。
「誰かが誰かに称号を渡すって事は、重要なんじゃない?」悪魔じゃなくても誰だって怪我するのは嫌だと思うけど……。
「そこで、まあソロモン一派でも会議とかあってな。ヴィルフリートは、掌を私に見えるように向け、物を数える時と同じように人差し指だけを立てた。
「出来れば優秀な堕天使がいいこと。ついでに言えば俺もアウト側さ、と言ってヴィルフリートはヴァラクの竜の頬を撫でる。
やめなよ、なんか臭いし全然可愛くないし手に肉片がついても知らないよ。
「ルカ姉ちゃん酷い! この子たちは確かに物理的に腐敗してるけれど、すっごく大人しいし言うこと聞くし可愛いんだからね!」私の思っていたことがばれたらしく、ヴァラクが非難するような視線を私に向けながら、双頭の腐敗竜の首にしがみつく。
「あっ、す、すみません……」ぷぅ、と頬を膨らませて抗議するお顔は可愛い。指でプニプニつっつきたい。
そういやそうだ、彼らとも契約したんだった。
「ええと、ヴィルフリート、ルシさん、クライヴさん……ヴァラク、アンドロマリウス、セーレ……私って従者いっぱいいる……」人数に疑問を浮かべたらしいアンドロマリウスさんが、ん? と小さく声を上げた。
「ルカ殿。クロセルとも確か……契約をしていたのでは」ん? 契約って、エッチしなくてもできるものもあるの?
「クロセルはお膳立ての一回きりでしょう?色々と理解しているらしいエスティディアルは、したり顔で訂正してくれている。それはいいんだけどさ。
「旦那さまって誰? まさかヴィルフリートなんじゃ……」ふふんと優越感を隠そうともしない妖艶な笑みを向けるだけではなく、それに加え勿体ぶられてるとイラッとするな。
じっとヴィルフリートを見ると、彼は『俺じゃねえよ』と呟いてから話を再開した。
「……とにかく、後継者候補にルシエルがいたんだよ。左様、と、アンドロマリウスも頷いていた。
「様々な要因が入り混じった結果、ルシエルは天使と戦い、我々は彼を見極めるためにルカ殿をも利用した」なるほど。
アンドロマリウスさんにとってこの場合、都合のよい未来が【良い未来】だったわけだ。
「で、私も元気だし、ルシさんも生きているって事は、あなたたちの予想通りでいいんだよね」大仰に頷くアンドロマリウスさん。
「おお、我らが主よ。目覚めたか」そこに、また一人……セーレが壁から顔を出した。
影とか壁の中とか、いろんなところから出てくるなあ。
「身体の様子も心配ないようだな」にっこり笑って私の近くにやってくると、申し上げる、と言って、ピンクっぽい色の髪(ストロベリーブロンドって言うらしい)を揺らし、皆の方を振り返った。
「堕天使ルシエルは、称号を受諾した」すると、ヴィルフリートは難しい顔をし、アンドロマリウスさんは当然だという顔をし、ヴァラクは満足そうに手を叩いている。
「あのー、待って。まぁ自分の後を任せるんだから、そうそう変更できないよね。
「……でさ、肝心な事、何も聞いてないけど」すると、セーレは表情を引き締め、威厳を込めた声を出す。
「神を見限り、闇より昏い魔界を統べる、輝ける明星。ルシファーって知ってる。本で見た。
悪魔の偉い人じゃん。大出世どころの騒ぎじゃないけど。悪魔は前職も評価してくれるのかな。
「ルシファー、に……じゃあ、ルシさんはもう、戻ってこないのかな……っていうか、ルシファーでも代替わりするんだ……」そうだよね。王様になっちゃったんだもの。
「ん? 魔王、じゃなくて魔界の王様?」ルシエルという名を捨て、王様となるらしい彼の事を思うと、生きて戻ってくれたのは嬉しいけど、何とも言えない気分になる。
彼はすべてを清算して、新たな生き方を選ぶのか、って。
「気にされるようならご本人に直接お聞きすればよろしい。主にはその権利があるのだから」セーレはそう言って私を見つめると、ルシファー様から渡すように申し付けられた、と――私の掌に、自分の手を重ねた。
何もなかったはずの掌には、20センチくらいの小さな人型のものが乗っている。
「わぁ!?」思わず変な声を出してしまったが、その人型のものは……ルシさんそっくり、というかルシさんを小人さんにしたと言っていいほど。
しかし、ルシさんと違うのは……6枚あったはずの羽が12枚に増えている事。
羽は左右対の白い羽と黒い羽があって、かっこいいけど、どうやって飛ぶんだろう、って心配にもなる。
銀に見えるような金髪には、ニョッキリと赤い角が生えていた。
ちっさいルシさんは、相変わらず綺麗だったけど、肌の色が前より青白くなっている気さえする。
「これ……」私の視線に気づいたか、私の心の準備が出来るのを待っていたのか……セーレの説明が終わるころ、小ルシさんが瞑っていた眼を閉じ、顔を上げた。
「……ルカさん」今までと変わらない紫の瞳で私を探し、目が合うと……安心したように微笑んで。
「堕天使ルシエルとしてなすべきことは……終わりました。と、ルシさんは自分の両手を広げて、この魔力で出来た身体だとあなたに触れられないと寂しげな顔をする。
彼が動くたびに、数瞬遅れて黒曜の輝きが後を追う様に床へ零れ落ち、消えた。
「ねえルシさん」彼の服は、いつものカソックではなく、黒と赤のベルベットみたいな生地で作ったマント、ベストの下にはヒラヒラのブラウス。
黒い靴は多分いいもので出来てるんだろうけど、ルシさんが歩くと魔力が煌めく。
なんかアイドルのステージ衣装みたいだった。
ルシさんは自分の腕を持ち上げ、袖口をじっと見つめると、噴きだすように『ええ』と言った。
「王として見栄えするものじゃないと、だめなのだそうです。引継ぎって、なんて現代人みたいなことを……。
でも、知っておかないといけない事もあるんだろうし、真面目なルシさんなら確かにすべて真剣に聞いていそうだ。
「ところでルシさん……送ってくれたコレ、小さいけど、急に死んだりしない? ご飯とかは?」ルシさんって何でも作れるね。やっぱ天才は違うわー。才能が妬ましいわー。
……あ。じゃあ、もう……お別れなのかな。
ちゃんとルシさんの選んだ結果は受け入れるって言ったけど、自分からは切り出したくない。
「ルカさん、ルカさん。私が何をどう言っていいか考えていると、ルシさんは両手を一生懸命上に伸ばし、私を呼ぶ。
わ、可愛い。写真撮りたい。デジカメ取ってきたい。
思わず頬が緩みそうになったけど、ルシさんが真面目な顔をしているので――私も頬の内側を噛んで笑いを堪える。
「僕はもう【ルシエル】ではないけれど、僕はあなたの【ルシさん】でありたい。すがるような顔で、ルシさんは私にそんな事を言ってきた。
「えっ」いいんですか? 超王様なのに?
私が違う理由で驚いていると、違う意味に受け取ったのか、ルシさんは怯えるような顔で『あ……』と、小さい声を出す。
「……僕は、悪魔となったこの姿でも、あなたの――あなただけの従者です。だから、どうか……」伸ばした手を引っ込めると、ルシさんは両手で祈るように包み込んで眼を閉じる。
肝心な……つまり、今一番私が言いたい言葉は――彼が一番聞きたい言葉でもあるはずだ。そう信じたい。
「……そんな事、誰かに言われなくたって分かってる。やばい、声震えちゃってる。頑張らないと感極まって泣いちゃいそうなんだもん。
言われた方であるルシさんははっと顔を上げ、淡い期待を浮かべた表情でこっち見てるし。
これはキス待ち顔ってやつか。あ、違う。違うね。うん。
「まだ言いたい事、話したい事、聞きたいことがいっぱいあるんだ。私の言葉をじっと聞きながら、眉を寄せ、唇を軽く噛んで泣きそうな顔をした忙しいルシさん。
お預けと言った次の瞬間、少年みたいに無邪気な顔で笑う。
「…………はい! 必ず、必ずあなたの元へ戻りますから……!」どんっ、と、私の身体に押しのけられた衝撃が走って……ごろりとベッドの上から転げ落ちると、慌ててセーレとヴィルフリートがそれぞれ私の両端に駆け寄って引き起こしてくれる。
ベッドから落とされてパンツ丸出しとか、一昔前のギャグマンガかよ!! もう最悪!
「ね~ぇ? わたしにも会いに来てくださるでしょう?」私がいたはずのベッドの上には、私を弾き飛ばしたエスティディアルが寝そべっており、掌にルシさんを乗せて甘い声を出していた。
「ちょっ、あんたいい加減帰りなさいよねっ! 良い所で邪魔しないでよ!」ルシさん、俯いちゃって困ってんじゃん! これは照れてんじゃねーし!! 分かんだろ!
肩をぐいぐい押して退けようとする私の手をべしっと叩いて、エスティディアルは自らのお腹に手を置くと、怖いわと大げさに息を吐く。
「ルシファーの子がお腹にいるかもしれないでしょっ、労わりなさいよ」今、私凄い事を聞いてしまったような。
「えっ!?」ルシさんも、青白い顔をさらに青くして固まっている。
「あら、あんなにいっぱい濃いめの精液を受けたら、いくらわたくしでも孕んじゃう……堕天使と悪魔なんだもの……同族との妊娠は容易いわ」濃いめだの多いだのって、ラーメンスープのオプションじゃないんだから……っていうかいつお前らそういう仲になったんだよ!! 説明しろ!!
「ルシさん……一体どーゆーことなわけ!? あんた、いつそんな泥棒猫みたいな寝取り属性まで!」今の私、夜叉みたいな顔をしているんだろうけど、もうそういうの関係ないから。覚醒中だから。
小さいルシさんは私の怒りを一身に受け、エスティディアルに微笑まれて……更に小さく見える。
「えっと、それは、リディアの魔法で――」にゅっ、と床から生えてくるように姿を現した女性悪魔。
そのまましゅるん、と床から抜けると、エスティディアルの近くに腰かけた。
「わぁ!?」思わず飛び退いたけど……この人もなかなかの美人さんなんだけど、全くのノーマークな存在で……一体本当に何があったんだよ。
「エスティディアルにもいるなら……リディアにも……ルシファーの子、いるのかも……」この美人も、ぺったんこのおなかをさする……恐ろしい仕草再び。
つまり、二人も手籠めにしたのか、ルシさん。
嫉妬にも胸を焦がす私は当然として、なぜかエスティディアルまでムッとしたジェラシー顔をしているんだけど、なんなの?
「……ルシさぁん? なんかいきなりハーレムみたいですけどぉ~、どういうことか、お詳しいお事情をお伺いしますわぁ?」なんだよ、はっきり言いなさいよ。しどろもどろになるルシさんに、だんだん私もしびれを切らせてきた。
「クライヴさん、なんなのこれ、どういう事?」きっと一緒に行動していた彼なら知っているはずだ。
すると、思わぬ矛先を向けられたクライヴさんは、迷惑そうな顔で私を見て。
「ルシエルの身体に残っている魔力を取る時、必要な儀式をゼパルの申し出で受けていた。確かに、私も聖性を取り出しやすくするために乱交してたよ。
でもさー、なんつーかさー、しょうがないとしてもさ……ルシさんは身持ちが固いって思っていたせいもあって、なんかすごい……ショックなんだけど……。
「……とりあえず、この女子二人と致した事は致したんだ?」しかも避妊はしないのか。まあ魔界って倫理とゴムなさそーだもんね。
「はい。でも、僕はルカさん一筋ですから!!」ああ、なんか浮気がばれた亭主みたいなこと言いだしてるよ、ルシさん……。
現場を見てなくて良かったなあ……。
「ちょっとごめん、一筋って言われても今は心が動揺してて信じてあげられないや……でも複数とズボズボ致しているのはお互い様だから……」ヴィルフリートですらげんなりした顔で私を見ている。ちょっとお下品だったようだ。
「まあ、とりあえず見ての通り修羅場で、誰か死ぬかもしんねーし……マジで早めに帰って来てくれよ」俺ァ元カノの世話と主人の仲裁までしたくねーぜ、と、呆れ顔で言っている。
「え、つーか、ここに居候するの? 自分の城帰らないの?」悪びれも無いエスティディアルは、私のベッドでごろごろと身を横たえている。
おい、ルシさん。あんたとんでもない女に好かれやがったな。
「……うう、すみません……」私のどす黒いオーラを感じ取ったらしい。ルシさんはしょんぼりと肩を落とす。
エスティディアルの手の上に正座しているルシさんを見るや、エスティディアルとリディアは可愛いとキャーキャー喜んでいる。
それを見て私は不機嫌そうな眼でルシさんを見るし、ルシさんは誰と目を合わせないよう膝の上に置いた手を見つめていた。
これが……魔界の王……。
クライヴさんが苦い顔で遠巻きにこちらを眺めながら、大きな息を吐く。さっきからクライヴさんが溜息つきまくる理由はこれだったようだ。
「そうは言ってもあなただって、他人事じゃないわよ?エスティディアルがこちらを見ながらクライヴさんに意地悪を言うのだが、彼は『そうだな』と、動じた様子はない。
山のように動かない男、クライヴ。
「悪魔の助力もあるし、まだきっと、わたしや彼女の命は長い」そう言って、クライヴさんは儚く、柔らかい笑顔を見せる。
「今は思えなくても、じきに……新しい命が欲しいと、そう思う日がもしかしたら来るかもしれない。やばい、なんかすごいイケメンがいるぞ。
クライヴさんってほんと瞬間発破の威力がすごいよ……私、もしかしたら本当にチョロすぎるのかもしれないけど、どきりとするものはあった。
じわじわと体温が上昇するのを感じていると、ヴィルフリートと小さいルシさんが文句言いたげに私を見ていた。
「あれくらい俺だって言ってんだけどな」二人の文句のほかに、面白がってヴァラクも『そういう遊びなの? 楽しそう!』と、便乗しようとしている。
違うんだよ坊や。遊びと本気を間違えると死線の上に立つことになるよ。
「ルシファー争奪戦は、ライバルが強敵ぞろいだから見ていると楽しそうだな。なんか賭けでも募るか」ヴィルフリートはそう言ってへらへら笑ってるけど、その一人はあんたの元カノだけど大丈夫なの?
元カノを寝取られて、よく平然としてられるなあ。昔のトラウマとかが胸をえぐったりしないのか。
悪魔とアメリカの青春ドラマは恋愛模様がややこしくて、純愛至上主義の人には考えさせられるよね。
「主よ。一つだけ、いいか」セーレが改まって、私に許可を求めてきたので、どうしたのと聞いてやると、彼は空を仰ぐ。
「ルシファー様は無事に新王になられた。それは我々にとっても目的の達成でもある。そんなことできるんだ……。
だったら、時の雫は悪魔が持っていると言っても大袈裟な表現じゃないかも。
確かに私も、向こうのセカイが気になって……帰りたいって、凄く思っていたもんね。
私は首を横に振って、もう大丈夫だという旨を伝える。
「本心を正直に言うと、両親も友達も大事だし大好きだけど、ずっとここにいたい。そう言って納得したような顔をするセーレは、少し嬉しそうに目を細める。
知らない人が集まって、協力したり一つの家に暮らしたりする。
「……ヴィルフリートも、ルシさんも、クライヴさんも……私の大事な人だよ」もちろん、ヴァラクやセーレ達も、同じくらい大切になるのは、そう遠くない未来で。
ちらりとアンドロマリウスさんを見たけれど、彼もこくりと頷いていたから、分かっているんだろう。
私たちは失うものも多かったけど、得るものも大きかった。
こうして互いに理解や愛情を深めていくのかな。それって、きっと素敵な事なんだと思う。
もう会えないお父さん、お母さん……友達も先生も、ここからじゃ聞こえないかもしれないけどさ。
この暮らしは大変だけど、日々充実してる。
もし、届けてもらえるなら、いつか――みんな笑顔で映ってるような写真に一文添えて、セーレに送ってもらおうかな。
私は、魔界で従者を手に入れました――って。