【魔界で従者を手に入れました/60話】

「ああ、この数百年ずっと守り抜いてきた操を天使に捧げてしまうなんて……ああっ……、痛、いわ……」

彼女は衝撃的な事を口にしながらも、腰をゆっくり落としていく。

「えっ、ちょっとエスティディアルさん……!?」

慌てふためいたのは僕だけだ。

当のエスティディアルさんは苦悶の表情で眉を寄せ、下唇を噛んで身体を貫く淡い痛みに耐えている。

「な、何してるんですかやめなさい! あなた、まさか処女――」
「冗談でしょ……違う、わよ……っ、でも、長い事してなかったから……もう、痛……っ」

処女じゃなくて良かった。というか、ヴィルフリートが恋人だったのだから処女であるわけがない。

「絶対、俺にすげー失礼なこと考えやがっただろ、お前……」

ぼそりとヴィルフリートが毒づいたような気はしたけれど、エスティディアルさんの痛いという声にかき消されて良く聞こえなかった。

「エスティディアルさん、痛いなら無理しないでください。無理やりしてるようで可哀想になってきます」

すると、エスティディアルさんは……むっとした顔で僕を押し倒し、可哀想ですって、と怒りはじめる。

「好きな男の前で天使に犯されて、確かにわたしは同情を集めるに相応しいけれど……憐憫なんか、犯している本人から貰いたくはないわっ……!」
「犯されているのは僕のような気がするん……ぐっ……!?」

急に首を絞められて、一瞬言葉と息が詰まる。

「はぁ……ん、痛い、けどぉ……、ルシエルのぉ、苦しげな顔を見てたら興奮しちゃう……!
こんな複雑な状況なのに、嬉しい気持ちも、あるなんてぇ……どうしましょう……」

この人は恐ろしい性癖を一体幾つ持っているのだろう。

幸いその力は強くないが、興奮の度合いによってさらに力を加えられるのなら、絞殺される前に早く終わってほしい。

それに、僕は良く知らない女の人と性的な行為をする時、こうして押し倒される事に縁があるようだ。

……もちろん、良く知らない人とそんな事をしても、良く知っている人としてもいけなかったのだけど。

エスティディアルさんのナカはリディアより狭く、肉の壁をこじ開けるようにして僕の楔は更に奥へと突いて行く。

「んっ、ああぁん、ルシエルの汚らわしいモノが、わたしの膣に擦りついてくるっ……!」

けなされるばかりか、汚らわしいと悪魔に言われるこの納得のいかなさは形容しがたい。

「……そんなに汚されて蹂躙されたいんですか?」

わざと冷たく言い放つと、エスティディアルさんはびくりと身体を震わせ、淫蕩な表情を浮かべた。

「ああ……やっぱり、本当に思ってるんだわ……ようやく本性を現したわね……!」

なるほど、どうやらエスティディアルさんは加虐だけではなく被虐性欲もお持ちのようだ。

「止めてって言うわたしを無視して、ぐちゃぐちゃに、わたしの中に精をすり込んで……自分だけ満足したいんでしょう……?」

言葉通りにしてほしいのか、急に力を抜いたエスティディアルさん。

期待するような顔で、チラチラと僕を見つめてくる。

これはご期待に添わないと本気で首を絞められてしまいそうだ。

「……あまり容赦はしませんよ」
「はぁ……あ、あなたの好きにしたら、宜しいじゃない……どうせ、そのつもりの癖に……うぅんっ!」

まだ淫猥な発言を繰り返しそうな雰囲気を見せるエスティディアルさんを黙らせるためにも、腰を前に進ませる。

「あっ、あぁっ……ダメなの、そんなに、激しく……!」
「だめなら僕の上から退いた方がいいですよ。
さっきからお尻を振って、もっと欲しいと押し付けてくるのはエスティディアルさんなんですから」
「わ、わたしは、ルシエルにこんなひどい事をされてンッ、それでも腰が溶けちゃ、って……!」

悲しいのか生理的な涙なのか、エスティディアルさんは顔を赤らめてぽろぽろと涙を零しながら快楽を押し隠そうとする。

彼女の意志ではどうにもならないのか、それとも自分に嘘をついてまで快楽を欲しているのかは分からない。

とろとろと溢れる蜜は、僕のモノに絡みついてぬちゃぬちゃと粘度の高い音を響かせている。

お尻の肉を鷲掴みにして強く打ちつけると、エスティディアルさんの声もそれに合わせて高く甘くなる。

「ンンっ、イイっ……! はぁっ……、いっ、イッちゃ……ああ、あっ……!」

がくがくと身を震わせしなだれかかるエスティディアルさんの熱い吐息が、首筋にかかる。

彼女の細い身体を抱きしめ、そろそろ僕もいいですねと声をかけた。

「んっ……いい、わ……! 貴方の聖性も、精液もわたしの中に――……! いっぱい、き、てぇーーー……っ!」

きゅぅと締め付けが強くなり、痙攣するかのように身を震わせるエスティディアルさん。

同時に僕も小さく呻くと、彼女の中に全てを放出した。



暫く彼女の身体を抱きしめたままだったが、エスティディアルさんは突如身を起こすと僕をキッと睨みつける。

「……わたし、貴方なんかに……」
「……成り行きとはいえ、僕も驚きです」

絶対屈したりしないんだからと言いながら、彼女は僕から素早く離れ、乱れた髪と着衣を整えはじめた。

「でも、リディアの力はリディアしか……消せないから」

ぼそりとゼパルの悪魔が告げると、エスティディアルさんは彼女をもキッと睨む。

僕も気怠い身体を起こして、身体に全く力を感じない事を感じる。

だいぶ体力を消耗したためか、頭が重い。

「……終わったのか」

暇を相当持て余したであろうクライヴさんは、僕が歩いてくるのを見て壁から背を離して近づいてくる。

「すみません、長い時間お待たせしてしまって……」
「そんな事は別にいい。ただ、顔くらい拭け。恥ずかしい」

困った顔をしてクライヴさんが僕に水で濡れたタオルを渡し、短いが強めの溜息を吐いた。

人間以外でも使える鏡を見せてもらうと、なるほど確かに僕は体液や何やらでべたべただ。

「……申し訳ないです……」
「わたしが困るわけではないが、マスターとの対面がすぐそこだ。
顔くらいは綺麗な方がいいだろう?」

マスター、という言葉を聞いてどきりとする。

クライヴさんが(一応)マスターと呼ぶのはルカさんの事だ。

じゃあ、彼女の方もその――終わったのだろうか?

それを確かめるためにヴィルフリートの方を見ると、彼は既に閉じていた眼を開いて、疲労の為荒い息をついていた。

「……よぅ。愉しんだか?」

いつもの口調で僕に声をかけてくれるヴィルフリート。

彼の顔色もすこぶる良くないのに、やせ我慢までして笑いかけてくれている。

僕は自分が使ったタオルしか持っていなかったけれど、なるべく使っていない方を彼に差し出す。

「……元カノまで寝取ってしまいました。申し訳ない事に反省はしていません」
「お前との出会いもこんな感じだったよな。
しかもこんな使用済みのタオル……まったく何から何までフザけやがって。
まぁ、エスティも楽しんでたから満更でもなかったんじゃ――いてっ」

苦笑してタオルを受け取るヴィルフリートの後頭部を、エスティディアルさんがバチッとはたく。

「失礼な事を言わないで頂戴! わたしはっ、し、仕方が無かったのよ!」
「リディアの魔術にハマって、確か……お前ルシエルが好きになったんだろ?」
「なっ、なってないわ! ひどい!」
「なに動揺してんだよ。怒ったりしねえよ」
「怒りなさいよ!」

何やらややこしい事になりそうだと悟ったクライヴさんは、スッと僕らから離れて黒い球体の方へと歩いていく。

僕も話に巻き込まれないうちに、あちら側に……行かなくては。


「さて、そろそろいい頃合いでしょう。
ご主人との感動のご対面ですよ、従者諸君」

クロセルは眼鏡の下で感情の見えない眼を僕らに向け、黒の球体に爪で一筋切れ込みを入れる。

そこからどろりと溢れるのは、紫というよりも黒にしか見えない程に濃い瘴気。

「っ……」

こんな強い瘴気の中に、ルカさんは押し込められていたのか。

胸に焦燥がこみ上げ、早く出してあげたいと球体に手をかける前に、クロセルが僕の手を弾く。

「まだ、儀式は終わっていませんので……お手を触れてはいけません。
特に貴方は『最後』なのです、ルシエル」
「さいご……」
「はい。貴方の為に、我々は手を貸しているのですから」
「クロセル、これでいいかな? 彼女はもうそろそろおかしくなる……早めに――?」

球体から姿を見せたのは、金髪の少年。

異形の双頭竜に跨っているが、この竜から瘴気と腐臭は広がっている……。

そして少年の小さな背には――美しく輝く純白の翼があった。

「あなた……天使……のはずはありませんよね」

そう訊ねる自分の声が震えている。僕はきっと、自分の白い羽を誇りに思っていた。

だからそう聞いてしまうのは、執着か羨望か、嫉妬なのか。


いや。恐らく……全部だ。


クロセルの眼が僕へと向き、腐臭を放つ双頭竜に乗っていた少年も僕を見つめる。

「天使は君のほうでしょ、ルシエルさん。ボクはね、【ヴァラク】のマクムトだよ。
縁あって、君のご主人様と取引したんだ」

子供の姿を持つ悪魔は、ヴィルフリートたちと同じくソロモンの悪魔のようだ。

あどけない顔立ちをしていても、称号がある以上その実力はとても高いというのも伺える。

そして――雄の体液で体中べたべたになったルカさんを抱きかかえて出てきたのは、ストロベリーブロンドの、これまた……少年。

ヴァラクよりはまだ外見年齢的に上だが、僕らよりは下に見える程度か。

「……我は【セーレ】のマキア。汝らの主の望みを叶えるべく契約した」
「け、契約……!?」

じゃあ、彼も僕らと同じく従者という存在なのか。

その思考が透けて見えたのだろう。セーレは違う、と首を振って、尊大な口調で説明する。

「我は、気に入った相手と契約を独自に結ぶ。彼女がそれに該当しただけだ」

彼だけじゃないよ、と言ったのはヴァラク。後方の黒い球体を振り返り、楽しげに屈託なく笑う。

「ボクも、セーレも、アンドロマリウスも……確かにクロセルに呼ばれたけど、みんな自分の思惑の為に彼女に協力するんだ。
お互いの思惑が絡み合ってるから、ボクらもそんな好き勝手にできないけどね」

そういう事だと低く呟いたのは、最後に出てきた若い男性。

「あなたが【アンドロマリウス】?」
「……ランベール、という」

頷きながら自己紹介する茶髪の男性は、歴戦の戦士を思わせる雰囲気を醸し出していた。

僕はソロモンの悪魔に明るくはないが、数人集まると流石に脅威を覚える。

セーレはルカさんの身体を大きなバスローブに包み、床へと横たえた。

すると、クロセルがルカさんへと近づいて……片膝をつき、ルカさんの頭上に右手をかざす。

「異界の娘……塩澤瑠伽に我ら【クロセル】【セーレ】【ヴァラク】【アンドロマリウス】の名を、契約において刻む」

ぼぅ、とクロセルの手が青白く光り、ルカさんの胸元へと吸い込まれ……消えていく。

一瞬ルカさんが小さく呻いたときにはヒヤリとさせられたが、彼女が苦しがる様子も無かった。

「……契約は締結。さあ、ルシエル……次は貴方の番だ」

抑揚のないクロセルの声。

彼はルカさんの上半身を起こすと、一瞬にして彼女の身体を汚していたものを拭い去る。

力を使ったのかどうかは不明だが、行為の跡は消え失せていた。

「貴方自身で、彼女の聖性を取り出してください。我々が触れると、限界以上に汚して元に戻せなくなる」
……聖性を取り出す。
「なるほど……だから、『最後』だったんですね」
「そうです。お早く」

ルカさんを苦しませないように取り出すことは、多分――できない。

さあ、と促すクロセルの声。ヴィルフリートも、クライヴさんも僕を見守っていた。


「ルシ……さん」

本当に小さく、掠れてはいるがルカさんが僕を呼ぶ。

僕を見る彼女の眼は僅かに光が燈っている程度で、痛々しさに顔を背けたくなった。

「ルシさん、私は大丈夫だよ……。
私の全てを、ルシさんに託すから……ちゃんと、全部終わらせて、ね……」

力なく両手を僕へ向かって伸ばすルカさんは、僕を赦そうというのか。

「ルカ、さん……」
「選んだ道、を、信じて……。どんな未来だって、受け入れる覚悟は……出来てるんだ」

ルカさんは小さく笑って、僕の手を取ると自分の胸元へ導くようにして置いた。

さあ、と無言で伝えるルカさんの頬へ、空いている手を添え……口づけをする。

「一度目は貴女の手で僕は真っ暗な地へと堕とされた。
そして二度目は……貴女の全てが、僕の翼に再び風をくれた……」

もう迷わない。

だから、全てを賭けよう。


ルカさんの胸に、僕の指がめり込んで……痛みにルカさんの顔が仰け反る。

「あああ……っ!!」

悲鳴が耳と心に痛い。でも、ここで止めたら、クロセルらの力添えも、ルカさんの想いも全てが無に帰してしまう。

一気に、僕はルカさんの胸に腕を差し入れ――彼女の中にある、まばゆい輝きに触れる。

ルカさんの口から絶叫が漏れ、ヴィルフリートは俯き、クライヴさんは辛そうに顔を歪めた。

彼女の中にあるのは、懐かしい暖かさ。

僕が持っていた、あの清浄なる力と酷似している。

この小さな身体に、貴女はこんなに強大な力を秘めていたとは……!

痛みを長引かせないため、それを掴んで腕を力いっぱい引き抜いた。

その瞬間、まばゆい光が辺りを包む。

光は翼の先を目指すようにしながら空っぽになった僕の中へと入っていく。

身体に電流が駆け抜けるような強い刺激があるのは、僕の中に力が湧き上がってくるからだろう。

羽が溶けてしまいそうに熱いのは、聖性が僕の身体を作り変えているからだろう。

ルシさん、と、ルカさんが再び僕を呼んで……微笑む。

「きれいに、なったね……よかった……天使に戻れたんだね。
かならず、後悔しない、生き方を……してくだ、さい……」

そう言い残して、ルカさんは目を閉じた。

死んだわけではない。

でも、聖性を奪われた人間は――再びそのまま瞳を開いてしまえば、魔をその身に落とすのだ。

ルカさんの身体に触れてみても、彼女に感じていた魔力はない。

彼女の全ては、僕が受け取ったのだから。

「……ボクたちが、しばらく様子を見ているよ。
君の戦いの決着がつくまでは、目を覚まさないようにしてあげる」

ヴァラクが歩み寄ってくると、人懐こい笑みを僕へと向けてくれた。

「……せっかく仲良くなれそうだったけど、君……ものすごく天使臭いや」
「……はい。僕もそう思います」

そういって微笑んだら、ヴァラクは怪訝そうな顔をする。

僕は今、どんな顔をして彼に笑いかけているのだろう。

少年の腕の中で、死んだように眠るルカさん。

せめて夢では、幸せな時間を過ごしてほしい。

ルカさんの額に手を置き、僕は――久方ぶりに、聖なる言葉を口にした。



「……主よ、憐れみ給え(キリエ エレイソン)

喉も痛くない。

そして、ルカさんを光のヴェールが一瞬包み、ヴァラクが嫌そうな顔をしたから……加護は効いたのだ。

立ち上がる自分の背に、ヴァラクと同じような色をした羽根が見えた。

ルカさんが褒め、好きだと言ってくれたこの翼。

ヴィルフリートも、エスティディアルさんも……僕に微笑みを向けていた。

「天使同士の戦いがまさか魔界で起こるとはな。手ェ抜いたらぶっ飛ばすぞ」
「これ、一応もっていくのでしょう?」

床に置きっぱなしだった時の雫を見せ、エスティディアルさんは僕に手渡すために眼前へとやってきた。

ここまで押し上げてくれた彼ら悪魔の期待や想いも、この翼は背負っている。

「いいのですか? 僕に渡してしまって。奪おうと思えば、今すぐでも――」
「契約はまだ完了じゃないし、わたしには……もう必要なさそうだもの」

寂しそうに笑うエスティディアルさん。

どうしてかと訊ねようとした僕の頭の中に、声が響いた。


『ルシエル……? あなた、なのですか?』

戸惑ったようなラムリエルの声。

「……ラムリエル……」
『一体何が起きたのですか? そこで――何を?』

その声は硬く、警戒の色が伺える。

「外に出ます。少し待っていて」

そう虚空へ告げると、僕はクロセルの屋敷から飛び出した。



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