綺麗な顔をして恐ろしい事を云うのが悪魔という存在なのだろう。
僕の上に跨ってしなだれかかるピンク色の髪をした女悪魔は、甘い愛の囁きではなく絶望への取引を提案してくる。
――どちらも嫌だ。正直にその意見を口にすると、女悪魔は『じゃあリディアが決める』と言った。
しまった。またしても僕は余計な事をしてしまった……!
懸命に状況を覆すような口実に窮している僕を見かねてか、エスティディアルさんが疑問を口にした。
「リディア……というのはあなたの名前?」女悪魔はそうだと言って、はっきりと首を縦に振る。
質問は僕に投げかけられたわけではなかったらしい。
僕はこの時間稼ぎとも取れるチャンスを有難く受け入れよう。
「そう。リディアは、先代からゼパルの称号を貰ったばっかり……。悪魔というのは突拍子もない事を平気で言うものだ。
しかし、ピンク髪の悪魔……【ゼパル】のリディアは、僕の上から退こうとはせず、ぴたりと寄り添うようにして僕の胸に手を置いた。
「わからないの……? ルシエルの身体に残ってる【魔力】には、もう聖性が残って無い……。たしかに、彼女の言う事は尤もな事だ。
魔力というのは、本来はどの属性としても存在できる。
様々な属性が混ざり合って効果を打ち消し合ってしまった……属性が判別できないほどに均一化した【無】の魔力もあれば、天界や魔界などの様に、固定の属性しか生まれない場所もある。
僕は天界の生まれであり、魔力も体の性質も聖性があったことで、それを……いわゆる無力化しようとする魔界の闇の力や魔力には相当堪える。
逆に悪魔であるヴィルフリートたちが聖性の強い魔法や場所を嫌うのも同じ理由だ。
魔力の状態というのは、肉体よりも影響を受けやすい。
魔力は肉体が作り上げるわけではなく、精神や環境から受け取るものだ。
肉体はその入れ物に過ぎないとはいえ、精神と肉体のコンディションにズレが出始めると魔力の質・量ともに制御ができなくなっていく。
僕の聖性の体は、魔界の闇属性を蓄えている魔力を使うことによってダメージを受け続けていた、ということか。
「魔界に来て闇の魔力を得てしまったゆえというのですか……」そんなところです、と会話に入ってきたのはクロセル。
「クルースニクの方に力を貸したでしょう。魔法すらロクに使えないでしょうと言われては、悔しいけれど何も言い返せない。
ぐっと押し黙っていると、エスティディアルさんが『じゃあ魔力を奪ったらどうするのかしら?』とクロセルへと問う。
「ルシエルの魔力を搾り取って、あの子の聖性を抽出する……それはいいけれど、聖性を奪われた人間は一気に堕落するわね」それは僕も知っている。
人間は神が与えた聖性というものが子孫にも受け継がれている。
もともとルカさんは自堕落な人ではあるけれど、これ以上堕落したらと思うと想像するのが恐ろしい。
もちろん、こんな僕のささやかな悩みなど知るはずもないクロセルたちの話は続く。
「彼女の聖性と魔力を与えれば、ルシエルも一度くらいは本来の力を取り戻せます……そこからが本題のようなもの、ですよ」話しながらぐいと眼鏡を指で押し上げたクロセルは、蒼い瞳を細めて床に倒れている僕を見下ろした。
「天使ラムリエルを倒して彼の聖性を自らに融合させるといいでしょう。 そうすればルシエルの主人にも元通り聖性をお返しできますし、我々も天使を倒すのに兵を集める手間が省けます」クロセルに噛みつくように語気を荒げたが、クロセルの表情から笑みが消え『そうですよ』と氷のように冷たい言葉が投げかけられた。
「良くお考えなさい。天使がこんな場所でまだ生き永らえようとするなどおこがましいでしょう?クロセルはそれだけ言うと、その場に座り込んで動かず集中し続けているヴィルフリートへと近づく。
ヴィルフリートは身じろぎひとつせず、目を閉じたままだ。
「ルシエル、彼が主人の為に精神を同調させ、こうしてただ興味なく座っているだけ……とでも思っていますか?」クロセルは彼の肩に手をそっと置くと、そのまま掌を背中の方へと滑らせた。
異変に気付いたエスティディアルさんは信じられない物を見るような顔をし、驚愕の表情のまま口元を両手で覆った。
ゆっくりとヴィルフリートから手を離したクロセルの掌は……赤く染まっていた。
それが血であるということに気付いたからエスティディアルさんは声を上げたのだ。
「……人間の精神の補佐をしているのです。クロセルがべたりと血の付いた掌を握り込み、再び開くと……掌に血液の跡は無かった。
かわりに水が彼の指先から、床へぱたぱたと音を立てて零れ落ちていく。
「主人は己の聖性を、同僚は自らの精神と血液を犠牲にして、この状況を耐えています。それとも何も棄てませんか――そうクロセルの目が告げていた。
でも、僕だって僅かな望みがあるならそれに賭けたい。
この状況が悪魔にとって都合がいいだけでも、ルカさんとヴィルフリートが尽力してくれているというのなら、猶の事。
もはやラムリエルと戦う事は避けられない。
僕は気を落ち着けるために目を閉じる。
きっと、悪魔達には僕が観念したのだと……感じるだろう。そう思いたければ思うといい。
口に出すのもおぞましい。
でも、ルカさんはこの何十倍も苦しいのだろう。
ヴィルフリートだって、様々な憤りを堪えているだろう。
リディアの期待に満ちた瞳を真っ向から見つめ返すと、僕は僅かに震える声で彼女へとはっきり宣言する。
「……この体と魔力をあなたに委ねましょう……」ぺろりとリディアは僕の喉元に舌を這わせると、そのまま甘えて唇を重ねようとするので顔を背ける。
「キスは、嫌です……。好きな人とだけしたいので」口を尖らせて文句を言うリディアだが、僕としてもそんな提案は絶対にご遠慮したい。
「魔法の力で心を支配しようなんて……あってはならない事です」リディアが僕の左手を大事そうに両手で包むと、甘い砂糖菓子を食べるかのように人差し指を口へ含む。
「んー……っ。イタダキマス♪」口腔のぬるりとする感触のすぐ後、ちゅうと音を立てながら柔らかな唇で強く吸われる恥ずかしさに、僕の体は竦んだ。
リディアは長々と指先を吸う事や舐める事を繰り返し、僕の緊張や精神をじわじわと溶かしてくる。
僕の服に手をかけ、ブラウスのボタンを外すのだが、上着を脱がそうとはせずボタンを開けた隙間から手を差し入れて肌へと触れてくる。
「脱がすのは簡単だけど……それじゃ……面白くないでしょ?」にっこりと悪びれもなく微笑んでいるリディア。
気分が高揚してきているのか、彼女は先ほどより饒舌になっていた。
ブラウスをはだけさせると、フフッと意地悪く微笑む。
「あン……ルシエル、男の割に肌綺麗ね? 乳首もピンクだし、いじってもらってないの?」僕の薄い胸を指先でむにゅむにゅと揉み、乳首にじゃれつくように吸いついては甘噛みをする。
緩急つけて舌で愛撫するようになると、やがて僕の身体にはぴりぴりと軽い電流のようなものが走る。
「ん……くぅ……」我慢しているはずなのに声が漏れるようになると、リディアは嬉しそうな顔をしてくすくすと笑い声を漏らした。
「可愛いなぁ……リディア、いっぱいいじめてあげたくなっちゃう……」乳首をちゅうと吸いながら、舌先でねっとりとなぞり上げる感覚に身を震わせていると、上に乗ったままのリディアが下半身を密着させ、ぐりぐりと足の付け根を絡ませては腰を振って、僕の男の象徴へと刺激を与え始めた。
「少し硬くなったけど、まだ足りない……どうしたらもっと乱れるのかな」僕の表情を伺いながら、この悪魔はついに手を使って直に肉槍に触れる。
「ああっ……! 急に強く扱くのは、だ、ダメです……!」どこで覚えたのかリディアの力の入れ加減は絶妙で、敏感な部分を指の腹で擦ったかと思えば掌全体で先端を包むように撫でる。
毎日のように肉欲を受け入れていたとはいえ、いつもと違う愛撫を受ければ、恥ずかしい話……身体はそれを受け入れようとする。
そそり立ってきた僕の剛直を、口いっぱいに頬張るとキスをしながら愛おしそうに舌でゆっくりと触れていく。
その間も手による刺激は続いていて、ちらちらと上目づかいに様子を伺ってくる。
「は……ああ、ッ……リ、ディアさん……そこ、裏は……弱いんです……」唾液をすする厭らしい音と共に、舌先は亀頭の下……裏筋を舐めあげ、腰から駆け上る電流のような快感に、声を殺すことが出来なかった。
「あぁあ……っ!」快楽に逆らえず腰が仰け反るように浮き、堪えようと床に爪を立てる。
「んむ……ん、いいよルシエル、そろそろ我慢できないんでしょ? いっぱいリディアのお口で出して……♪」そう言うや喉奥まで咥えこんだリディアは、ペースを上げ更なる刺激を僕へと送る。
「いっ、や……です……っ! ふぅ、っん……!」歯をくいしばって耐えようにも、『射精したい』という抗えない性の衝動は弾けんばかりに大きくなっていて、欲求に負けそうだ。
それに加え、リディアは唇をすぼめたり竿を甘噛みして、精を搾取しようと一生懸命になっている。
「あっ、あッ……! うっ、ぁ……ん……!」僕の喉からは上ずった情けない喘ぎ声がまろび出て、断続的な痺れを手放すのが惜しくなる。
もう少し奥を、とリディアの頭を押さえつけると、彼女は満足そうに目じりを下げた。
リディアは僕が快楽を貪るのを待っているのだ――そう思った瞬間……熱い衝動が放たれていく。
「ッああ、くぅうっ……! あぁあーー……!」もう、我慢が出来なかった。
女の人のような声を出して、僕は達してしまったのだ。
「ぅ、ん……っ……! ふ……んっ……ちゅる……」勢いよく出てしまった精の奔流は、リディアの唇から一度は溢れて頬と瞼を汚したが、彼女はすぐに吸い付くと甘えるような声を出して、美味しそうに喉の奥へ流していた。
「ふぁぁ~……ルシエルの精液、美味しすぎるよぉ……♪ もっと食べたい~」顔にかかった精液を指で舐め取ると、まだ治まらない陰部に頬ずりしていた。
なんというか……淫乱な女性という存在に、男というのはこうも更なる期待に満ちた魅力を感じてしまうものなのだろうか。
「……ちょっと、まだ終わらないの!?」ぼぅっとリディアの事を見ている僕――というより僕らに――苛立ったのはエスティディアルさんだ。
つかつかと歩み寄ってきたかと思いきや腰に手を当て、貫録あるポーズで柳眉を吊り上げて僕らを睥睨している。
「だって~、もう少しかかるんだもん~というか終わらせるの勿体なぁい♪」キーキーとヒステリックに怒るエスティディアルさんと、口をとがらせて不満そうな顔をするリディア。
クライヴさんはと言えば、クロセルに何かを聞いてはヴィルフリートとルカさんがいるであろう黒い球体のほうに視線を向けていた。
お説教は嫌だと言って、リディアは上半身を起こすと、胸の前で指先を合わせて三角形を形作る。
「な、何よ? 言っておくけど魔法なんか――」若干警戒しつつ身構えたエスティディアルさん。
「女なら魔王さまだって、リディアの術からは逃れられないんだから……ルシエル、見せてあげるね♪」生まれてたいした年月も経たぬ悪魔でさえ、誰に教えられずとも邪悪に笑う事は出来るらしい。
エスティディアルさんの美貌が一瞬歪み、自身の前に薄い防御シールドを張った。
「ルシエルの事、誰よりも大好きにさせてあげるね……?」リディアの手元が淡く発光し、その光は防御魔法を使用したエスティディアルさんを覆う。
「うっ……!? こんな簡単な魔法で……わたくしの心が変わるわけ、ないでしょう……?!」バカにしないで、と言いつつエスティディアルさんは自らの身体を抱きしめながら、苦しそうな顔で懸命に何かを耐えている。
「リディアのは魔法じゃないよ……? 心に直接響くんだから、そんなのじゃ防げないもん」しかし、彼女が僕を見つめる眼は非常に切なそうだ。
「じゃ、ルシエル。エスティディアルの名前をちゃんと呼んで」リディアが苦悶の表情を浮かべる女魔王を見つめて薄ら笑いを浮かべたまま――……僕に彼女の名を呼ぶように告げたのだった。