【魔界で従者を手に入れました/47話】

体調が万全なクライヴさんはクドラクの爪を危なげない身のこなしで避け、あの銀色の剣を自分の体の一部のように扱いながら、私の目では追えないほどに速い斬撃を繰り出していた。

もう、身体的には何の苦もなく戦うことが出来ているようだった。

この間の戦いでクライヴさんの動きを『遅い』ってクドラクも余裕出しながら言っていたけど、正直、今もこの間だって、私にとっては次元が違いすぎてよく分からない。

でも、ヴィルフリートやルシさんには分かるみたいで、全然違うと言ってるけど。

だってさー、不調の時でさえ私にはよくわからなかったのに、絶好調の時の速さなんて余計分かるわけないよ。

それなのに間合いを詰めたり離したりできてるってことは、クドラクもクライヴさんの剣速が分かるってこと、なんだよねえ?

目では見えないけど、耳ではずっと甲高い音が響くのを感じているから、攻撃を弾いたりしてるんだろう、とまでは推測できた……うん、まー推測だけだけどね。

クドラクも、ダラダラ生きてるわけじゃなくて、それなりに強かったんだ――と思って見ていると、スッとクライヴさんの身体が若干沈む。

何かまだ具合が悪かったのか、と心配したけど……。

「せぇえいッ!!」

片手で扱っていた剣を両手で握り直し、気合の声と共に下から上に切り払う。

剣先が届く以上に離れていたはずなのに、低い音とともにクドラクの黒いマントが大きく裂かれ、合間から奴の青白い素肌が見えた……! あれか、剣圧で切れたってやつ? うわ、初めて見た!!


……ん?

クドラクの白い素肌がマントから覗いていて、そこから白い煙が立ちのぼって……いるのはいいんだけど。


裸!! 裸じゃないか!!


アイツ、マントの下に何も着てないの!?

「へ、変態だー!!」
「シッ! 見ちゃいけません!」

私の恐怖の叫びを打ち消そうとでもするように、ルシさんが慌てて私の口を掌で押さえる。

だが、この一連のやりとりは丸ぎこえだったみたい。

「娘。我を何度も変態と呼ぶのではない。不愉快だ」

ご立腹みたいだけど、だったら普通、なんか着るでしょ。

しかも、あれってもしかして私を襲う時もあんな格好だったかと思うと……うう、もう嫌だ。変態すぎて鳥肌立ってきた!

クライヴさんですら軽蔑の眼差しをクドラクに向けている……ように見えてるだけで、私たちのやりとりなど、クライヴさんは気にしていないのかもしれない。

「フン、ヴィルフリート卿の力か堕天使の力かは知らんが……貴様の成長は驚嘆に値する威力だな、クルースニク」

青い血が滴る傷口を手で押さえながら、心底不愉快そうにクドラクは言いつつクライヴさんを睨む。

「彼らの力だけではない。貴様への深く暗い憎悪が、わたしを駆り立て、力をみなぎらせるのだ」

聖剣を使用している立場であるはずなのに、原動力があまり褒められたものではなさそうなんだけど、一体こいつとの間になにがあったんだろう。

剥きだしの憎悪を向けられていても、クドラクは全く動じていない。それどころか、ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべはじめた。

やだー、これ何か変なこと考えてる顔だよ。

私、そういうことには勘が鋭くなってきてるんだよね。

「何がおかしい!!」

クライヴさんですら、これは黙っていられないようだ。そりゃ当然だ。

「フフ……憎悪、か。それは今でも我に囚われている証拠ではないかクルースニク?」
「――なんだと?」

僅かにクライヴさんの声に意外そうなものが混じる。

「自分たちの不出来を棚に上げ、我を【家族の仇】として、恨まずにいられなかっただけだろう」

勝ち誇ったような顔つきのクドラクと、クライヴさんの虚を突かれたような顔。

家族の仇、ってことは。

「じゃあ、クライヴさんは復讐の機会をずっと狙っていた?」

すぐ思ったことを口に出してしまうのは、私の悪いところだろう。

「そうだとも」

そんな私の言葉に同意したのは、事情を知っているヴィルフリートでもなく、当事者のクライヴさんでもなかった。


「娘よ、我々魔族にとっては短いが、人間にとっては長い20年という月日の――いわゆる昔話をしてやろう」

吸血鬼であるクドラクが、低く喉奥で笑うと……口を開いた。



「正確な年月と村の名すら忘れてしまったが、およそ十数年前――我が戯れを決めたのは緑の多い、静かな村だった」

名前などどうでもいい、とでも言うようなクドラクの態度に、クライヴさんは恐ろしい顔つきのまま向かっていった。

「そこで、クルースニクが人間を切り殺したのだよ! 自分の家族をな!!」
「減らず口を叩く元気があるようだな……!」

クライヴさんの身にもなれば、自分の住んでいた村、だもんね。

それに、自分の過去すら話したがらないのに、赤の他人にベラベラ話されるのは、気持ちが良いものではない。自慢の脚力を活かし、風のような速さで肉薄するクライヴさん。

その胴を薙ごうと、剣が唸りをあげた。

傷を負ったとはいえ、クドラクの動きは速かった。

白銀の弧を描いた聖剣の軌道から逃れるためか、剣が自らの体に触れる瞬間、悪鬼の体は無数のコウモリに姿を変えた。

クライヴさんの一撃は宙を切ったが、前回のような轍は踏まない。コウモリたちが襲い掛かる気配をすぐに察知し、後方へと飛び退いた。

その刹那、クライヴさんが元いた場所にはコウモリたちが殺到し、牙で抉られたのか何なのか――カーペットは破け、床板まで砕けて、下地の石が見えるくらいに大きな穴が開いていた。

クライヴさんはふわりとコートをなびかせながら私が普段使っているドレッサーの上に着地。

足場にされたことと着地の衝撃で、ドレッサーに所狭しと並べられた化粧品の瓶がぶつかり合い、ガラガラと派手な音を立てながら床に落ちていく。

中には化粧瓶が割れてしまったものもあって、カーペットの上には美容成分が入った水たまりが広がっていく。

「あー……」

いくつものコロンが混じりあって、部屋の中は鼻の奥が痛くなるほどに濃い臭いが充満しているよ……。

私の悲しげな声は、恐らく皆に聞こえていただろうと思う。けど、それどころじゃないらしく誰も何も言ってくれなかった。


当然私の悲しみなど知ったことではなく、クドラクとクライヴさんの戦いは続けられていた。

コウモリはその場に留まるようにせわしなく羽を動かしていたけれど、不利と悟ったのだろう。

破損した窓に向かって……逃げようとするそぶりを見せる。

「――逃がさん!」

白い狩人は怒気を孕んだ声で鋭く言い放つとコートの裾を払いのけ、腰のベルトにはさんでいた棒――ガラスのように透明で、長さは15センチ程度の細い円柱状のもの――を指の間に挟み込んで数本取り出す。

そのガラス棒を、数十のコウモリと化したクドラクのほうへ向かって投擲した。

だが、棒はクドラクに当たることなく床へと落ち、その衝撃に耐えられず粉々に砕けてしまった。

クライヴさんの腕前なら、多分ノーコン……って事はないだろうから、わざと当てずに外したみたいだ。

ガラス棒の破片がキラキラと輝きを放ちながら散る中、クライヴさんは油断なく剣先をクドラクに向けて、口の中で何やら呟いていた。

――と思いきや、クライヴさんは眉を潜めると、己の手を見つめて……拳を握る。

一体どうしたんだろう?

「ルシエル、君の力を借りたい! 『ついの祈り』は使えるか?!」

クライヴさんは早口でまくしたてながら私……の後ろにいるルシさんを振り返る。

ルシさんは少々驚いたような顔をしたけど、すぐに表情を引き締め、力強く頷いた。

「ええ。使えますけれど……しかし、あなたは本当によいのですか、クライヴさん」
「構わない。元より穢れた身に、唯一与えられた祈りだ」

クライヴさんがそう言うと、ルシさんは頷きを返事として、その場から何かの言葉を呟き始めた。

いつもの喋り方と違うし、何を言っているのかもわからないけど綺麗な声――というより歌みたいな響きのある言葉。

直感的に思ったのは、天使の言葉だ、ということ。悪魔たちの本を見ているときに読んだことがある。

天使たちが話す言葉は、それだけでも清らかな力が含まれているものなんだって。

「俺、天使の言葉嫌いなんだよな。それに、クライヴは大技を使うようだぜ」

ヴィルフリートが、心底嫌そうな顔でルシさんとクライヴさんを見つめている。

この大悪魔ですら何か警戒しているから、相当凄いんだろう。

「我らが主、我らが神よ。穢れしこの身で、清浄なる名を呼ぶことの罪を赦し、願い届ける事を願う」

なんと、クライヴさんが剣を手に祈りを捧げている。

ルシさんが、その後を引き継ぐように(あの歌うような音で)言葉を重ねていた。

私は聞いたことのない響きに気を取られがちではあったけど……そんな中でもクライヴさんの詠唱はまだ続く。

「全能にして聖賢なる我らが神よ。我らの罪と過ちを赦し、あわれみ、ただ一度だけの約束をここに。清浄なる意志よ、地深きこの魔界へ、その一片の霊力を示したまえ」

クライヴさんとルシさんが唱え終わると、なんとあのガラス棒の破片全てから、強い輝きが生まれていた……!

「おお……」

思わず声を上げてしまったけど、あれは、ただのガラス棒じゃなかったんだ!!

「ヌゥ!?」

他に驚きの声を上げたのは、コウモリに姿を変えていたクドラクだった。

一瞬コウモリの動きが鈍くなったと思いきや、苛立ちの声を上げながら変化を解いて元の姿へと戻ったクドラクは、顔を両腕で覆う。

そんな大げさな。眩しくないじゃないかと思ったけど、その光はクドラクを足止めするだけではなく、光の当たっている箇所からは、クライヴさんの剣で切られた時と同じ効果があるのか……白い煙が立ちのぼっている。


「主の聖寵せしルシエルと、クライヴ・イェルツェンの最後の祈りを聞き届けたまえ」

クライヴさんとルシさんが、それぞれ片手を前に突き出し、違った言語ではあっても多分、同じ意味合いの言葉を口にし、一際大きい声で叫んだ。ん、なんかクライヴさんの苗字が聞けたような気が……。あったんだ、苗字。

「――悪鬼クドラクを永遠とわなる眠りへ導く光を! 授けたまえ!」

詠唱が終わった途端、部屋の中に激しい風と光が渦巻いた。

「うわっ……!」

私ですら眩しくて顔を背けたが、突風に髪を弄ばれながらもヴィルフリートは私の腕を引いて、壁際まで後退する。

ヴィルフリートに引かれながら、私がなんとか目を開けて見た光景は……。


クライヴさんが光り輝く剣で、身動きが取れないままだったらしいクドラクの心臓を、刺し貫いた瞬間だった。



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