【魔界で従者を手に入れました/41話】

ルシさんの指が当たっている、額の中心あたりに意識を集中させると――

頭の片隅で、ぼんやりした映像がちらついてきた。

少しずつ見えてくる『何か』の映像。

でも、鮮明に見ようとすると意識が散ってしまうのかまた薄れていくので、もどかしくて何より掴みづらい。

「ルカさん。意識を少しずつ、浮かんできた映像に向けていってください……少しずつです」

やり方を誘導してくれる、ルシさんの囁くような小さい声。


なんだか、この声を聞くとすごく安心するなぁ。


私はその声にだんだん引き込まれ、誘導されていく。

そして……ゆっくり、意識を傾けて……。



すると、どうだろう。

互いを響かせるように重なる鋭い剣戟の音が、耳――いや、これは意識下? で聞こえてきた。

というのも私が居る部屋(というかルシさんの部屋だけどね!)で、ヴィルフリートとルシさんが戦っていない限り、戦う音なんかが聞こえるはずはない。

何より二人は武器を持ってないし。


これはルシさんが言うように……クライヴさんが戦っている、っていう状況(の音)なのだろう。

その証拠に、クライヴさんが二人の男と対峙していた。

男の顔色は真っ青だけど、具合が悪いわけではないみたい。

クライヴさんが吸血鬼と戦ってると言っていたから、どう考えてもコレだろうなぁ。


私がクドラクによってつけられた首筋の刻印――吸血種を引き寄せる効果がある――によってやってきた吸血鬼へ、剣の切っ先と同じように鋭い瞳を向けるクライヴさん。

この魔界では、地上に降り注ぐような暖かくて心地良い光は射し込まない。

だというのに、クライヴさんが持っている幅広の剣は銀色に光り輝いていた。

その剣に何か特別な力が宿っているのか、まではわからないけど……。絶対なんか秘密があるに違いないよねぇ。

で、クライヴさんと絶賛交戦中である吸血鬼二人組。

クルースニクが吸血鬼専門ハンター的なものの仲間なら、ある意味天敵同士、大いに因果のある敵というのか……。

クライヴさんの喉元や胴体を狙って振られる吸血鬼の鋭い爪。

受ければ軽傷では済まないであろうその大振りの一撃を、身を低くして難なく回避したクライヴさんは、立ち上がる一動作に乗せて逆手で握った剣を下から上に目にも留まらぬ速さで閃かせる。いや、実際私見えないんだよ。

しかし、吸血鬼の腕を斬りとばす際の重くて低い音が、視ている私にもしっかりと伝わってきた。

すっぱり斬られた青白い腕は、彼らの頭上高くまで上がった後、ドサリと無造作に石造りの床上に投げ出された。

切断面から、青い色の液体……もしかして血? が滴っていて、斬られた本人も青く変色した傷口を押さえて苦悶の声を上げていた。

うわー。なんか海外のリアルなドラマみたい。

よくさー、医療系の海外ドラマだとかなりリアルに血が出たり切ったり開いたりやってるよね。

でも、なんか血。変な色だけど。

これはクライヴさんの剣の効果……だったりする?

『いいえ。一部の吸血鬼の血は青いんですよ』

頭の中で、そう教えてくれているルシさん。

――あれ、私の頭に直接語りかけているのかな。

どうやら、ルシさんがこうして私の精神の一部を誘導してくれているらしい。

やだー、天使も悪魔も凄いスキル持ちすぎでしょ。

私も超能力とか開花させた方がいいのかな。

……開花させて、スプーンしか曲げることが出来ないような力だったら別にいらないんだけど。

そんなことは今どうでもよかった。


しかし、日頃無愛想でツンツンしているクライヴさんは、こんな時でもそのツンが変わる気配などない。むしろツンしかない。

クールといえば聞こえはいいんだけどね……。

いや、クー、ル? なのかな? わかんないや。

そのツンクールなクライヴさん。

敵意を乗せた鋭いまなざしを、私に向ける以上の冷たさで吸血鬼へと向けている。

……よかった。まだ私もそんなに嫌われていなかったってことだよね。

この目を向けられたら、怖くて顔どころか姿を見かけたらすぐに逃げるようになりそうだよ。


そして、クライヴさんは傷を負った(というより負わせた)吸血鬼へとおもむろに近づき、眼前に剣を突きつけ、表情を変えぬまま口を開いた。


「……クドラクはどこにいる?」

言葉にまで冷たさと……なんだろう……怒り? 憎しみ? うーん……うまく言えないんだけど、そういう負の感情のようなものが視ている私にも伺えた。

吸血鬼ですら予期していない質問だったに違いない。

負傷した吸血鬼も、時折痛みのために苦しげな息を吐きながら、クドラク、と口にする。

「クドラク? ……あいつらに興味ないな。何処にいるかなんて知らない」

俺たちはただ魔力に導かれただけだ、と答えた吸血鬼を見下ろす彼は、顔色一つ変えぬまま……いきなり持っていた剣を相手の膝へと突き入れた。

しかも膝のお皿に、だよ。

ぎゃー……凄く痛そう。

というか、刺された方も凄い悲鳴上げているから痛いに決まってるんだけど。

事実、膝。剣が刺さっているところから変な煙出てるよ!? 何で?

「隠すとロクな目に遭わないが。まだ黙っているつもりか?」

これ以上に痛い目を見るぞ、って脅しているんだろうけど、この吸血鬼はもうロクでもない目には遭ってる思うよ、クライヴさん……。

「うぐおぉっ、知らん、本当に知らないんだ! おまえの言うクドラクがどんなクドラクだとしても、匿ったりはせん!」

ほら、吸血鬼でさえ取り乱しちゃって、大変みっともない。でも、クドラクって、そんなにいっぱいいるんだろうか。

『クドラク、というのもヴァンパイアと同じく吸血種族ですからね。独りというわけではないのですよ』

再びルシさんがそう補足してくれる。

あらー。私の思考ルシさんに丸聞こえじゃないのこれ?

とにかく、吸血鬼も単一種族じゃなんだね。

例えるとするなら同じネズミに見えても、ハツカネズミとハムスターくらいに違うのかもしれないなー。モルモットとかかも。あ、いや、トビネズミとか。あ。ハリネズミも?


『……あの』

ヤベッ。ルシさんが何か疲れた声を出している。

ていうかこんな低レベルな考えを覗いてるなんて!

私の頭の中覗いちゃだめ! だめ!

それにハムスターとか変な例えを出してるような場合じゃなかったんだ。

どんなクドラクかと反対に問われたクライヴさんは、剣を相手の膝に差し込んだまま、

「髪の長い、夢渡りのできるクドラクだ」

と至って簡単に、非常に簡素に説明している。

すると、傷の痛みに耐えている吸血鬼は『聞いたこともない』などという、多分本当と思われる事を口にした。

「――そうか。では眠れ。永久に」

言うや否や、クライヴさんは吸血鬼の膝に刺した剣を素早く引き抜く。その傷口から噴出した血が床に落ちる前に。


吸血鬼の心臓へと銀色の剣を深く突き立てていた。


数瞬遅れて、びしゃ、という水が床を打つ音がその後、私たちの耳に届く。

「ガッ、く、ルーす……に…、あああああ!!」

目を見開いたまま、吸血鬼はクルースニク、と言おうとしたのだろう。

クライヴさんを忌々しげにその視界に納めたのだが、突如大きな悲鳴を上げたかと思うとその体が砂のようにざらっと崩れ落ちる。


『おー。やっぱり、あの剣……聖物だったか。なんか嫌な気を感じたんだよな』

あれ、これはヴィルフリートの声。

どうやら、ヴィルフリートも私の頭に直接語りかけているらしいんだけど。

そういえば、前にヴィルフリートはクライヴさんにも話しかけることはできるって言ってたもんね。

じゃあ私にも出来ておかしくないね。


あっさりと一人を駆除したクライヴさん。

最後の一人のほうへと振り返り、ゆっくりと歩み寄っていく。

「ま、待てよクルースニク。夢渡りができる吸血鬼、聞いたことだけはある」

片手を前に突き出すようにしながら、じりじりと後退していく吸血鬼。

話し合いでの解決を求めようというのかな。

でも、クライヴさんの表情や態度は変わるところがない。

「聞いたことがあるだけなら貴様にも用はない」

ブーツが床石を踏みしめる音がやけに響く。

うひゃー。クライヴさん敵に回すとまじ怖い。


見てよほら。可哀想に吸血鬼がブルっちゃってるよ。

「クドラクが、吸血種を呼び寄せてるんだったよな? だったら、そう遠いところにはいないはず!」

オレいいこと言ったー、的な顔で語る吸血鬼だが、クライヴさんの気を変えることは――残念ながら、っていうかやっぱり、無理だったみたいだ。

かつん、と踵を床に打ちつけるように大きく靴音を鳴らし、吸血鬼の眼前に立ち止まったクライヴさん。

「そんなこと、とうに分かっている。不要だ」

まるで、吸血鬼にはクライヴさんは死神にでも見えるんだろうな。


……あれ、そういえば吸血鬼、さっき死んじゃった?

吸血鬼って、心臓に杭を打ったりしないと死なないイメージあるけど。

『杭だって普通の杭じゃ意味ないぜ。
ま、お前にもクライヴの剣がどうなってるか見えるだろ? それらの手順や材料が必要ない程度には、クライヴの剣は強力みたいだな』

今度はヴィルフリートの解説が始まったよ。

ルシさんと二人でいろいろ教えてくれるのはありがたいんだけど、私の内的思考が読まれているんじゃないかって心配だよ。


そんな私の危惧など当然知る由もないクライヴさん。

剣を振りあげ、剣を一振りして吸血鬼の首と胴を切り離した。

青い血を周囲に噴き散らかしながら、その生涯を閉じた吸血鬼……あれ、吸血鬼って、生きてるんだっけ、死んでるんだっけ。

まぁ、いいか。


剣を軽く振って、血や汚れなんかを落とすともう一度吸血鬼だったものを視界に入れ、死んでいることを確認すると、剣を鞘に納めて目を閉じるクライヴさん。

小さく息をついたらしく、前髪が少し揺れた。

うーん。彼も、私が知らない間に毎日こうして戦っているんだ……。

お客さんみたいなものなのに、本当にありがとうね。


お客さん、か……。


なんか、少しの間一緒にいると、どうもそういう気がしないというか。

確かに馴染みづらいところは多くて、まだコミュニケーションもうまくとれてないけど。

いわゆる、ルームシェアみたいなものなんだから家族みたいなものといえば――そうなるのかな。


家族。


あんまり、それは考えないようにしているけど。

私の家や家族、元々いた環境って、今どうなっているんだろう。

考えていたって、結論なんか見えてこないばかりか、答えもわからない。だって、もうニーナでさえ行くことはできないんだから。


そんな風に考え事をしていると、急に目の前の景色がブレた。

「わっ……」

そして、目の前に広がったのは、元通りのルシさんの部屋だった。

「ご気分が優れないのですか?」

その部屋の住人、ルシさんは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

もしかして、考え事していたのがバレちゃったのかな。

「ううん、平気だよ。ありがと!」

心配を払拭してくれるように笑顔で応じたはずなんだけど、やっぱりルシさんの表情はすぐに晴れなかった。

少し悲しげな紫色の瞳が、じっと私の目を捉えて離さない。

「ルカさん――」
「あ、そうだ、ヴィルフリート。クライヴさんに栄養剤作ってあげて~?」

ルシさんが私の色々なものを見透かしそうなのが少し怖くて、私はヴィルフリートに話を振って誤魔化した。

ヴィルフリートは『何で俺が、クライヴにそんなことをしてやらなくちゃいけないんだよ』とか文句言ってたけど。

その背中をグイグイ押して、ヴィルフリートを早くと急かす私。

背中には、ルシさんの視線を感じる。


ごめんね、ルシさん。


私もここの生活はだいぶ慣れたけど――家のことが恋しいとも思うんだよ。

そんな事を口にしたら、雰囲気が重くなっちゃうし、何より……ホームシックにかかって帰りたいって泣いちゃうかもしれない。

そんな私の気持ちを知る由もないヴィルフリートが、栄養剤の事に関してブツブツ文句垂れてきたけど、私を守ってくれてるクライヴさんの健康が損なわれたら困るから、とか、命の恩人みたいなものなんだからなどそれらしく言うと、渋々承知してくれた。


その日の夕食時、クライヴさんは手渡された緑色の液体……出来立ての栄養剤を気乗りしない顔でしげしげと眺めた後で、今後、と口を開いた。

「――今後、わたしの戦闘時は覗かないでくれないか。気が散る」

しかしこれはウァレフォルが作ったのならありがたく頂戴すると言って栄養剤を胸のポケットにしまいながらも、クライヴさんは私たち三人に注意を促してくる。

なんだ、バレてたんだ。

「ルシエルはいろんなものを覗きたがるド変態だからな。
ルカ、今後のこともある。立ち直れないくらいにきつく叱ってくれよ」

意地悪ですら楽しむように、ワイングラスを軽く揺らしながら、ヴィルフリートは私に話を振ってくる。

そして当のルシさんは『僕は変態なんかじゃないです!』と、肩というか羽というか、まぁそのあたりをフルフルと震わせながら猛烈に抗議している。

うーん、ルシさん、いじられキャラの要素は多大にあるよね。

なんて万能なんだろ。あまりそういう属性いっぱいいらないけど。

いじめっこといじめられっこがいつものようにギャーギャー言い始めると、クライヴさんは目を閉じて小さく息を吐き、とにかく、と通常よりやや大きめの声で二人の喧嘩を終わらせた。

「……とにかく。君らの趣味や興味はわたしに全く関係ない。忠告はしたから、戦闘中はやめるよう気に留めてくれ。頼んだ」

言うだけ言って、また食事を再開するクライヴさん。

とはいえ、彼の夕食は相変わらず薄焼きクラッカー数枚と、数枚のハムと、ちょっとしかないサラダ(味付けもない)っていう小食だ。

いや、これ小食ってレベルじゃない気がする。非常食……?

大皿からあれこれ取り分けて、好きなだけ食べてる私たちと比べると、すごく質素な食事。

「クライヴさん。いつも思うんだけど、それだけしか食べなくて平気? お腹空かないの?
一緒のものでよければ、食べない……?」

お肉、お魚、サラダなどが盛られている皿などを指して誘ってみるが、クライヴさんは首を横に振る。

「量を摂ると眠くなるので不要だ。
それに自分の食事は自分で用意できる。わたしにはそういった気遣いも、いらない」

そうして、クラッカーを食べ終えるとクライヴさんはいつものように私たちへ背を向け、振り返りもせずダイニングから出ていってしまった。

うーん。本当に、交流を持つのが難しい人だなあ。

しかし、わりと細めのルシさんだって、野菜中心だけどクライヴさんより食べてるのに。

本当に大丈夫なのかなあ。生活費のことなら心配いらないと思うし。私のお金じゃないけど。

実は偏食だったりアレルギー体質で、好き嫌いが異様に激しい人なのかもしれない……なんて考えていると、ヴィルフリートとルシさんが食事の手を止めて、私の表情をじっくり観察しているのだった。

「なっ、何でそんなに見てんの?」
「お前……ルシエルをたらし込んだと思ったら、今度は随分クライヴを気にしてるじゃねえか。
俺というものがありながら、まだ足りないのかよ。このスケベ」
「そんな目で見てるわけじゃないし。
っていうか、さんざん女の子イタダキマスしてたあんたに、タラシとかスケベとか言われたくないんだけど」

そんなに食ってねえよ、とヴィルフリートが反論するが、じゃあどれくらいと聞いたら『処女はそんなに……』という返答だった。

ふぅん、処女は、ね。へー。

「……まぁ、どのみち片手で足りなそうだもんね」
「そうでしょうね。性格も下半身もだらしないようですから。後先考えたりしないでしょう」

おっと、久々に痛烈なルシさんの毒舌が。

しかも、汚らしいものを見るような顔をしてヴィルフリートの頭からつま先までを座ったまま眺め回すようにしている。

「お前だって後先考えないで行動した結果がこのザマだろうが!」

すかさず、ヴィルフリートは顔をひきつらせながらルシさんを睨む。

「確かに、課程はいろいろでしたが。
僕はルカさんを愛し、護り抜くと誓ったんです。ヴィルフリートとは違います」
「ヘッ。言ってろ言ってろ。
童貞は恋愛に変な幻想抱いてるからなぁ?
可哀想になぁ、ルカ。俺が美味しくいただいちまったから、こんな思いこみ激しいストーカーに付きまとわれて……いつか追い払ってやるから心配するな」
「なっ……! 僕はストーカーじゃありません!
つきまとい行為なら、貴方だってしつこいではありませんか!」

俺はルカに許されてるからいいんだ、僕もそうです、と、二人は譲らない。

いかん、いつもの喧嘩がまた始まっちゃう。

「あー、そこまで。
どっちもストーカーじゃないし、私の大事な人だし、気にしない。ね?」

私も諫め方が手慣れてきたもんだ。

さらっと二人の間に入って、仲良くしようねと笑顔で応対する。

それでも二人は数秒睨み合いをし、私の顔を見た後でどちらともなく離れてくれた。

もしかして、主人わたしの顔を立ててくれてる感じなのかな? 意外と素直なんだよね。嬉しいよ。

「お前がなんでモテないのか、なんとなくわかる気がするぜ」
「ヴィルフリートの肩を持ちたくはありませんが……僕もそう思います」

うわぁ。喧嘩をやめたのは私の言葉に呆れただけ!?

しかもモテない理由をはっきりと指摘してくるし、そんなこと年頃の子に言わないでよ。結構ショックだよ。

「でも、まぁ。俺はお前のことを見捨てたりしないから大丈夫だ。
でもそれ以上ブスにはなるなよ」
「ヴィルフリート。ルカさんは十分可愛らしい方ですよ?
ですが、これ以上可愛いところをほかの男性に見せたくはありません。僕にだけ、愛らしい所を見せて下さい」

そうして二人は私に極上のイケメンスマイルを投げかけてくるんだけど、片方は素直に喜べなかったような……。

まぁ、言い方はとにかく。私は私でいいって意味なんだろうけどさ。

ちょっと引っかかるよね。

そうして私たちは、居間でのんびりと食事をしながら他愛ない話をしながら、暫し楽しい時間を過ごす。


数時間後に、事件が起こるなんて事も……予想できるわけがなかった。



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