【魔界で従者を手に入れました/27話】

逃げ去ってしまった電波男は、私の左肩に赤い刻印のようなものをつけていった。

形としては……逆さ十字に、羽根の生えた蛇が絡みついているという……何かしらの意味があると思われる印だった。

「ルカさん……ああ、こんなにドロドロになって……!」

ルシさんがショルダー・ホルスターへ銃をねじ込みながら私の前でやや屈むと、沈痛な面持ちで、口元についたスライムの粘液を指で拭ってくれた。

「具合も悪そうですね……少し、僕のお側に。具合が悪いところは他に無いですか?」

非常に心配してくれている。それは凄く嬉しかったけれど、具合が悪い、というか……。

「……お……トイレ、したい……」

もう、我慢できなそうなんだけど。もじもじと太ももをすりあわせた私に、ヴィルフリートが『そのへんでするしか無いだろ』と言い放つ。

「あのね、あなたたちみたいにそのへんでできるわけ無いでしょ!」
「だいたい、便所なんかこの辺に無いぞ。城まで我慢出来無いんだろ?」
――こんな男ばっかりいるようなところでおしっこしたくないし。(女の子ばっかりでも同じだけど)

草むらじゃないんだから、隠すところもなくお尻丸出しでなんて、恥ずかしいよ。

「ルカさん、ヴィルフリートにただのスライムを出してもらうといいですよ。
スライムはほぼ粘液みたいなものですから、吸い取ってくれると思います」

ルシさんは笑顔でとんでもないことを言っているけど、つまりスライムに……引っ掛けろってことじゃん。

「へーぇ。ルシさんは、外でおトイレ行きたくなったらスライムにかけてるの?」
「えっ……。い、いえ、僕らはそんな……はしたない事……」

そのはしたないことを、主人にさせようとしてるのは……どういう事なんだろうか。

私の文句有り気な視線を受け、ルシさんは己の言動を恥じてしまったのか頬を赤くしつつ視線を逸らしてしまった。

「じゃあ、どうするんだよ。ここでするのかしないのか。俺達はどっちでも関係ねぇぞ。早く決めろ」

イライラし始めたヴィルフリートに急かされ、私も結局……そのへんでする方を選んだ。

ルシさんがティッシュを持っていたので(しかも私用の着替えも持ってきてくれてた! さすが!)鞄一式を受け取ると、絶対に来るな聞き耳を立てるなと念を押して、大きな瓦礫の物陰にサッと腰を下ろした。


あちらでは、ルシさんとクライヴさんが何か話しているようだけど……。

私は極力音を立てないように、とかのほうが心配だったから気を向けていなかった。

でも、粘液や汗で身体がベタベタだ……これで着替えを……って、おぉおおー!?


ルシさんから渡された着替え一式セットバッグからは、靴やウェットティッシュの他に汗拭きシート(10枚入り:石鹸の香り)が出てきたよ!

うわー! うわぁー……ルシさん、気が利くなぁ……! もう大好き! あとでチュッてしてあげよう!

トイレも終わって上機嫌な私は、砂を上からざかざかとかけて見えないようにすると、ウェットティッシュで手を拭いた後ありがたく汗拭きシートで身体を拭いた。ああ、気持ちいい……っ! お風呂は後で入るにしても、スッキリ爽快!

汗拭きシートの使用済みゴミは持って帰るとして、さて着替え…………。


……あれ。

出てきた下着はレースがひらひらとあしらわれた、薄いサーモンピンク色の上下と……ガーターベルト。

私、こんな下着持ってないけど。一体どこから仕入れたんだよ……。

でも、まぁ、可愛いしこれしかないから履く。

……あれ、ガーターベルトとショーツって、どっちから先に履くんだろう。

……あ、でも、ショーツ先に穿いたら、途中で引っかかってトイレ行けないよね。じゃあガーターが先なんだ。

私あっちでは学生だったから。家と学園往復してるような生活だし、こんなのつけたこと無い。当然見せる相手もいなかったし……。

ブーツを取り出して、その上に足を置きながらストッキングを履く。

ガーターつけるのはいいんだけど……これ、面倒くさいなぁ……下着を付けないノーパン状態でやらなくちゃいけないの?


四苦八苦しながらようやくつけ終わって、ショーツを穿いた。ああ、このフィット感。これだよ、文明人は。

「おい。まだ着替えてんのか?」
「ま、まだ! まだかかるから、見ないで!」

瓦礫の向こうから、ヴィルフリートが声をかけてくる。慌てて胸元を隠して、あっちへ言ってくれと追い返す。

遅せぇ、と文句を言いながらまた戻っていった。しょうがないじゃん! ガーターつけたことないんだから!

……なんで、ルシさんこんなの持ってるんだろう……。深く考えないようにして、ブラも着用すると、サイズも苦しくなくてピッタリだった。

自分のサイズまで把握されていることに、色々恥ずかしくなったけど……き、きっと善意でやってくれたに違いない。

そして、用意してくれた服というのは……ルシさんと似たような、カソックだった。


「お、おまたせ……」

着替え終えた私は、おずおずと物陰から姿を見せた。

腕組みして瓦礫にもたれかかっていたヴィルフリートは、組んでいた腕を外して身を起こす。

「ったく、やっと着替え――」

ヴィルフリートが私に視線を向けてから、言葉を途中で止めた。

「……な、何よ? 服、変……なの?」

思わず胸元を隠すが、ヴィルフリートは私の服装から視線を逸らさず『変じゃねぇが、変に色気があって脱がしたくなる』と言ってきた。こんな時に何言ってんのよ……!

そこへ、満面の笑みを見せるルシさんが小走りにかけてきた。なんでこんなに爽やかなんだ。

「……あぁ、うん。やっぱりルカさんなら似合うと思っていましたよ。サイズもぴったりでしょう? 特注ですから」
――どこで作らせた。

そのうち自分で作り始めるかもしれない。ここはあまり彼のカスタム欲を刺激しないでおこう。

「しかし、このカソック……少し生地が薄いな。少し走るとめくれるだろ」
「通気性もよく、魔法防御力を上げた結果軽量化しました。防刃も考えましたが、僕等がいる分にはそれは必要ないでしょう」

魔法防御力を上げると軽量化されるのが、いまいちよくわからないけど……でも、たしかに軽くて動きやすい。

だが、おもむろにヴィルフリートが私を抱き寄せて、太ももまで大きく開いたスリットから手を忍ばせてくる!

「きゃぁああっ!?」
「おお、また普段付けねぇようなものを付けてるな。よしよし、後でじっくり――」

ちょっと待って下さい、と、ルシさんが私とヴィルフリートの間に入って、べりっと引き剥がすとそのまま私を自分の腕に抱え込む。

「もう朝です。ルカさんと僕の番ですよ! 君のために付けさせたわけじゃありません!」
――……真面目な顔をして、この子は何を言っているんだろう……。

しかし、ヴィルフリートも冗談じゃないと眉を吊り上げ譲ろうとしない。

「瘴気を無効化するほうが先だろ!」
「いいえ。僕の側にいれば関係ありません」

大いにある、ない、という問答を繰り返す二人。これはまたいつもの光景だ。

ルシさんの身体、男性にしてはちょっと細身だけど……抱きしめられると、なんだか私収まりがいいんだよなぁ……。

羽根もふわふわだし、思わず頬ずりしたくなる。

だが、ここでやると更なる火種を落とすことになってしまうため、自重しよう。


「……やる、やらないは何のことかよくわからないが……喧嘩するなら二人一緒にすればいいと思うのだが。
あと、そろそろわたしからも質問していいか……?」

ちょっと空気になりかけていた(むしろなっていた)クライヴさん。おお、なんと無知というのは恐ろしいのか。

二人で一緒にやれなどという解決案を出したため、ルシさんとヴィルフリートは顔を見合わせ、嫌々ながらも口論は収まってしまった。

あれ、これ、まずいんじゃない? そこで止まるのは私にとって良くないんじゃないの?

恐々誰かが口を開くのを待っていると、ルシさんが私の髪を撫でながら、大丈夫ですよと優しく告げた。

「なるべくルカさんが痛くないようにしますから」
……うう、やだよぅ……。どうされちゃうの……。

私が絶望をその身に纏っているのに気づかず、ヴィルフリートは『そういえばどうした』とクライヴさんに尋ねている。

「とりあえず、ここから出ないか? これからのこともあるので、ゆっくり話したい」
「そうだな、すっかり長居しちまった……おい、ルシエル。さっきの呼べよ」

さっきの、とは何だろう。

ルシさんも分かりましたといってから、私の身体を横抱きにして、しっかり掴まっていてくださいと声をかけると……


羽根を大きく開き、地を蹴って先ほど『対戦車ロケット砲』で開けた穴へと飛び上がった。

びっくりして思わずしがみつくと、ルシさんは愛おしげな顔をしたまま私の髪へ頬をすり寄せる。

「……貴女と少し離れただけで、心が軋むくらいに辛かった。ああ、ルカさん……、ルカさん……!」

ルシさんの心情をそのままに表したであろう言葉は、甘く切なく私の耳朶を打つ。

「心配させてごめんね、ルシさん……。でも、助けに来てくれてありがとう。凄く嬉しかったよ」

私が素直に礼を言うと、ルシさんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。

くぅう、あんなに恥ずかしくて辛くて怖い思いをした後でこの顔を見ると、安心した反動かキュンキュンしすぎる……!

心臓がドキドキと早鐘のようになってしまったので、ニコッと笑顔を返してサッと視線を逸らした。

「ふふ……照れたお顔も、可愛らしいですね。その表情も、実は好きです」

うわっ、もうバレた。うう、じっくり見ないでください。ほんと、困る……!

デレを全面に押し出してくるルシさんは、気を許すと心を持っていかれそうなくらいに……魅力的なのだ。

なんというか、心の壁とガードをゆっくり溶かしていくというか……。

ルシさんと三日ずっと二人っきりだったら、多分危ない。

そう思うと、男の色気ムンムンなヴィルフリートと三ヶ月一緒にいても陥落しなかった私は、自分を褒めちぎっていいはずだ。

まあ、ヴィルフリートは好意を言葉に乗せて来なかったから、というのもある。

今みたいに、好きだのなんだのと最初から言っていたのなら、私のように男経験の浅い人間の小娘なんか、イチコロだったろう。


無理やり開けた侵入口から、私を抱えて上へ上へと飛んでいくルシさん。

やがて、屋上にたどり着くと……ルシさんは私を下ろし、指を二本軽く唇に咥え、紫色の空へ向かって指笛を鳴らした。

「何呼んだの?」
「天界の忠実な友人です。悪魔にとっても、良好な存在ではあるようですが……」

友人? という顔をしていると、穴の中からヴィルフリートとクライヴさんが姿を見せた。

「ん? ヴィルフリート、クライヴさんを抱えてこなかったの?」
「バーカ。俺がそこまで誰かに優しくするわけ無いだろ。俺は自分とお前の為にしか動かねぇんだからな」

じゃあ、どうやってここまで……、という顔でクライヴさんを見ると、鷹に変化したから、と平然と口にした。

「え。クライヴさん……人間、だよね?」
「ああ。生まれつき、クルースニクとしての能力があるというだけだ」

どうやら……クライヴさんは一応人間でありながら、生まれつき人間の壁を超えた存在であるようだ。

「じゃあ、近所の人とかみんな……クライヴさんがすごい力を持っているって知っていたの?」
「当然だろう。まぁ、力のせいか、人として見てもらえはしなかったが……」
……あ……そうか、そうだよね。

他の人から見れば、吸血鬼を平然と倒す人なんて怖いよね。

いつかクライヴさんを怒らせたら、殺されるかも……って思われたり、逆にクライヴさんが悪いことをするかもしれないから気をつけろ、って陰口叩かれたりしたんだろう……。

「あの……変なことを聞い――」

謝ろうとしたその時、甲高い鳥? の鳴き声を聞いた。

「ああ、来ましたよ」

ルシさんが軽く手を上げた先には、こちらにやってくる……大きな鷹ライオン……いや、グリフォン! しかも二匹!

「た、食べられちゃうよ!? 逃げたほうが……!」
「平気ですよ。僕が天使ということも判っているでしょうし、こちらにはヴィルフリートもいます。
どちらかを尊敬・畏怖していれば、牙を剥くことはまず無いです」

あったとしても、僕の敵ではありませんという黒い言葉に加え、ホルスターに入っている恐ろしいハンドガンを軽く叩いてみせた。

おお、神よ……。あなたの創った元セラフは敵と認定したものを笑顔で殺す、とんでもない子に成長してしまいました……。

その一端は私にもありますが、今後天使を創造なさる場合は十分にお気をつけ下さい……。

私の祈りは(ここ魔界だし)天に届くことはないのだけど、ちょっとグリフォンの運命が心配だ。

しかし、私の杞憂はどうということもなく……無事にグリフォンは突風を巻き起こしながらもルシさんの前に着地し、小首を傾げた。うわっ……か、可愛い……!

グリフォンって鳥臭いのかな。獣臭いのかな。ニオイ嗅いでみてもいいかなぁ……!

「さ、ルカさん。グリフォンに乗ってください。ヴィルフリートはクライヴさんとです」
「なんでお前が仕切ってんだよ」

不満たらたらのヴィルフリートに、当然じゃないですかと白い目を向けるルシさん。

「僕がクライヴさんと行ったら、これ幸いとルカさんに悪戯するつもりでしょう」
「…………しねぇよ」

あ。今少し黙った。するつもりだったんだ!

私が引き気味になると、もう一度『しねぇよ!』と声を荒げて否定する。

「乗ればいいのか、これは」
「はい。落ちても貴方なら大丈夫でしょうが、なるべく落ちないようにしがみついていてください」

わかった、と、もう一方のグリフォンの身体に手をついたクライヴさん。

この人、影が薄いんじゃなくてクールなだけ……なのかな。いや、うちの従者ズが喋り過ぎなんだ。

全員が乗ったのを確認したルシさんは、もう一度指笛を吹いてグリフォンを飛び立たせた。

「このまま、ヴィルフリートの城に向かいます。道は分かりますね?」

ルシさんがそう尋ねれば、安心しろというように、グリフォンたちはピィピィ鳴いた。

「すごい、ルシさん……! 手懐けてる!」
「いえ、彼らは上級の天使には従順ですよ。下位には従わないプライドの高い子たちですけどね」

そう言ってグリフォンの首の毛を撫でてやるルシさん。

「今思ったんだけど。ルシさん、自分で飛べるじゃない……あ、私がいるから、抱えて飛ぶと少し遅くなるからだね」

自己完結した私に、確かに少し速度は遅くなりますけど、と同意しつつ……私を支えてくれる腕に力を込めた。

「こうして、少しでも甘えたかったからです。
ルカさんは今のところ、心の底ではヴィルフリートのほうを信頼しているようですから……。
さっきも、僕よりヴィルフリートを呼びましたし、ちょっと……いいえ。実はかなり、嫉妬しました」

うわ、そこも分かるのか。あ、ていうか、どうしてヴィルフリートが来たんだろう。

だったら最初から呼んだら来たのだろうか……。

「もし、ルシさんをすぐ呼んだら、来てくれたの?」

距離がある場合は無理ですよと言われたが、半径100メートル以内の空間なら、召喚と同様になるので瞬時に来てくれるらしい。

逆に、今回みたいに距離が開いていた場合は、ちゃんとした召喚の魔法と、それなりの魔力を持たないと無理なのだそうだ。

「ルカさんも、魔法の勉強をしてみましょう。もしかすると、多大な魔力を秘めているかも」
「それなら、いいんだけどね……」

魔法とか使えるようになったら、いいなぁ……。

と、想像し続けられたら良かったんだけど……そうはいかなかった。

ルシさんは私を抱きしめて囁き続けるし、もう一匹のグリフォンからは、なんだか恐ろしく怖いオーラを感じる。

ああ、これは見なくても分かる。ヴィルフリートが放出しているんだろう。

しっかし、グリフォンでさえ怯えているのに、クライヴさんは平然としていて凄いなぁ……。

そうして私は城に着くまで、ルシさんのデレを受け続けることになったのだった。



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