【魔界で従者を手に入れました/22話】

ルシさんとヴィルフリートの正確な立ち位置(?)を知るべく、私は食事の後は勉強することになったんだけど……。


数時間にも及ぶ勉強が終わった後の二人の顔といったら……疲れ果て、少しやつれたようにも見える表情に変わってしまった。

「ルカがここまで無知だったとはな……悪魔の名前を10も言えないなんて、ありえないぜ……」

魔界草で淹れたコーヒーを飲んで、自分の眉間を揉んでいるヴィルフリート。

あの草、お風呂だといい匂いするのに飲み物にすると匂い消えてるんだよね、不思議。

紅茶でいいですかと聞いてから、ルシさんは自分と私の分を、浄化したお水で淹れて持ってきてくれた。

ああ、すみませんね、一番偉い天使様に淹れていただいて……。

しかし、そんなエンジェルなルシエルさんは、席につくなり秀麗なお顔に憂いを落とす。

「天使の名前でさえも、間違っていましたから……。『~エル』という名前が多いですよといっただけで、
箱ティッシュも天使の名前なのかと聞かれた時には、僕は倒れそうでした」

ごめんなさいヴィルフリート。ごめんなさいルシさんと、●リ●ール。

「でも、最後にはちゃんと言えるようになったし……」
「悪魔の名前を5個、天使の名前も5個じゃ、たいした進歩とは言えないな」

悪魔の数はすこぶる多いんだぜ、と言われても、全部覚える必要なんかないからどうでもいいし。

……そう言ったら、ヴィルフリートとルシさんから、ダメな子を見る眼を向けられた。


うう、私、主人なんだけどっ……。従者にバカにされてるっ……。


「ルカさん。ここは魔界ですよ。そこの住人の事を知らずに生きていこうというのですか?
コカトリスにつつかれたらどうします。それの場合の対処法は?
もしもインキュバスに誘惑されたらと考えたりしてください。覚えることはたくさんあるのです」

ルシさんは、多分尤もなことを言っているんだと思うんだけど……。

私には、コカトリスだとかインキュバスだとかも分からなかった。

それを察知したであろうヴィルフリートは、綺麗な黒髪をくしゃりと握りこむようにして頭を抱えた。

ルシさんですら、ヴィルフリートに『君は一体この数ヶ月、ルカさんに性以外の何を教えていたのです』と睨みつけた。

「……これは、見学に行った方が早いだろ。頭が悪いから、言葉だけで説明しても分かるわけがない」
「そうするしかないのであれば、致し方ありませんね……」
「ちょっと! 何さらっと頭が悪いとか主人に言ってるの!? 失礼すぎるでしょ!」

私の文句は二人にスルーされ、従者たちは早速出かける支度をし始めていた……。



「……あれが、コカトリスです。嘴で突かれると、石化してしまいます。
完全に石化した部分をまた突かれると……砕け散ります」

外に出て、しばらく歩くと雄鶏……尻尾が蛇? トカゲ? みたいな、にょろりと細長くて鱗に覆われた金色の鶏がいた。

「え、あんなに可愛いのに、そんなに怖いの!?」
「……外見だけで判断してはいけません。
対処法は魔界にも生えている、石化を解除する草がありますから……それを常に携帯するようにしましょう」

と、ルシさんは周囲を探って、細い葉っぱをした草を引っこ抜いて戻ると、私に見せる。

「これを毟り、茎から出る白い液を患部に当てます。瞬時に石化を回復してくれるでしょう」

へーえ。これは大事だ。覚えておこう。

「で。空を飛んでる鷲みたいなライオンいるだろ。あれがグリフォンだ」
「おや、ここにもグリフォンがいるとは……」

ヴィルフリートの指し示した先、確かにバサバサ飛んでいる生き物がいる。

「グリフォンは知ってる。紋章に書かれたりしてるわ」
「その通りだ。ドラゴンと並んで、人間の貴族たちには力の象徴とされていたな」

三人で城の周囲を歩く。しかし……この間は魔物なんて出なかったのに、今日はそれなりに出会う。

「今日は多いな。勝手に人の土地に入ってきやがって……。天使の匂いに釣られてきたんだろう」
「え……?」

きょとんとした顔を二人に向けると、ルシさんの顔が険しくなっていて……ヴィルフリートはいつも通りだった。

「こいつの匂いは、俺たちにとっては気になる。悪臭とかそういう、嗅覚での匂いじゃない……。
感覚、とでも言うべきか。敵が近くにいるわけだからな。神経が過敏になるのさ」

俺は慣れたけどな、と言いつつも、時折ヴィルフリートがルシさんに『クサい』と文句を言って怒らせているのを私は知っている。

「じゃあ、ルシさんの匂いで集まってるの?」
「そうですね……。拘束具も幾つか外してもらいましたから……漏れ出る気配は隠せないのかもしれません」

ルシさんの拘束具(革のベルトみたいなやつ)は、ほとんど外した。残っているのは、首の部分と手首のだけだ。

首のところも外して良かったんだけど、ルシさんが取らなくていいと言ったので残してある。

なぜかと聞いたら、ニコリと微笑むだけだ。気に入ってんのかな。ううん、倒錯的ィ。

実際ルシさんの姿は……目立つ。

黒ずんできている……というか、まだ灰色にもなっていないけど、汚れてきている白い羽根は六枚もある。

しかも、この羽根は燐光を纏っていた。家にいるときには感じないんだけど、ルシさんが制御してるのかな。

「……どうされました?」

ルシさんが私の視線に気づき、グリフォンから視線を移す。紫紺の瞳が、また綺麗な色なんだよ……。

プラチナブロンドの髪の毛は風にながされてさらさらと揺れ、シミひとつない端正な顔立ち。うん、誰が何と言おうとイケメンである。

「あの……?」
「うあ、なんでもない……! ちょっとだけ、ルシさん格好いいなって思っただけ」

すると、ルシさんは一瞬表情を無くしてから……ぽっと頬を赤らめて視線を外した。

「あっ……、ありがとうございます……。ルカさんからそう言われると、すごく嬉しいです」

うわっ、どうしよう。凄い照れてる。あ、上の羽根二枚で顔が隠れた。便利だなぁ、その羽根……。

と思っていると、超絶に不機嫌そうなヴィルフリートが私の視界へ収まった。

「うわっ」
「うわ、じゃねーよ。お前は、俺という美形を側に置きながら、なんだって天使を先に褒めてるんだ」

いや、ヴィルフリートだって完璧に格好いい。男のロン毛はキモイとか思っていたけど、ヴィルフリートなら仕方がない。

私が生まれて初めて見たのに殿堂入りした、実質主席に君臨し続けている至高の美男子なのだから当然である。

誘われたら拒みづらい声音は、特に反則だ。至近距離でじっと見つめられて『キスしよう』と言われるだけでとろんとしてしまいそうに……いえ、なってますごめんなさい。

「ヴィ、ヴィルフリートは凄く素敵だよ。それに、ニーナもヴィルフリートが街に出ると、女の子が群がって凄いって言ってたし」
「あのアマ……余計なこと言いやがって」

チッと舌打ちしたヴィルフリートだったが、私の表情を伺っている。なんだ、別に怒ってないよ。

「まぁ、いろんな女が俺に身体を押し付けて『抱いてくれ』って言うわけだよ。断るのも一苦労だが、相手をするのも一苦労だ」
「はぁ。そうでしょうね……」

私の反応が乏しいのが気に入らないのか、ヴィルフリートは『違うっ』と、怒っている。

「そこは嫉妬するもんだろうが! 私の知らないヴィルフリートがいる、とか! お前、俺に興味持たなさ過ぎだろう!」

ああ、そっちか……。

「別に興味がないわけじゃ、ないわよ……」
「ほう?」

あ、ヴィルフリートの表情に明るさが戻ってしまった。ニヤリとした笑みを浮かべ、私の肩に手を置いて耳元で囁く。

「――じゃあ、あるんだな? 俺に好意が」

うっ、そうきたか。

しかも、今まで照れまくって顔を隠していたルシさんが、こちらの話を聞きながら羽根の間からじっと様子を伺っているよ……。

ルシさん、目が怖いよ。マジな顔してますよ。

「えー……あー……」

期待に満ち溢れるヴィルフリート。

剣呑な眼差しで私を見つめるルシさん。口には出さないが『ルカさんは僕が居ればいいんです』という電波を受信した。

返答次第では修羅場が展開されそうな状況になってしまった。

「どうなんだ、ルカ? 正直に言えよ」
「……ルカさん?」

うわああ、怖いよう!!

ここは『ヴィルフリート』『ルシエル』『どっちも』『答えない』という選択肢のどれかでやり過ごすしかない……!

「わ、私、二人とも、大事だよ?」

だが……私の選択は一番最悪だったようだ。


「なんだ、このへたれ」
「八方美人ですね」

すっかり興味が失せた様子のヴィルフリートと、少しばかりの軽蔑が含まれた視線を向けるルシさん。

「なによー! 自分たちで勝手に盛り上がった後で勝手に盛り下がって! 私だって誰も好きになれない葛藤があるんだからね!」
「お前が勝手にそう決めてるだけだろ」
「そうですよ。僕には素直になってください」

あいつら私に好いてもらうことが当然と思っているな……。人の気も知らずに……。

「ふん、自分たちは女の子じゃないからそう思えるだけだよ」
「そんなことない。男だって、そうそう一生添い遂げていいと思うような女はいないぞ」

そう言ったヴィルフリートの視線は、私に注がれている。

……ちょっと熱いので、困るな……。

しかし、視線を逸らしたのがいけなかったのだろう。

「ルカ。お前、ちゃんと俺を見ろ! 何嫌がってんだよ!」

がしっと肩を掴まれて、首筋を甘噛みされる。

「きゃあ!? ちょっと、何してんのよ! やだっ!」

しかも、ちょっと吸い付いてきたりするので甘い刺激が……っ!

「やめなさい! ルカさんから離れ――」

血相変えたルシさんが、私とヴィルフリートの間に入って引き離そうとした瞬間だった。


私たちの目の前に、白い剣士がどこからともなく現れたのだ。

「……ん?」

きょとんとした私とは対照的に、ルシさんは意外そうな顔をし、ヴィルフリートはぎょっとした顔をして唇を私の首から離す。


男の人は銀髪を揺らし、すぅと左右の目の色が違う、オッドアイを細める。

左は青で、右は赤い色で、珍しいなと思っていると……その男の人は口を開いた。


「吸血種か」
「いや、俺は――」

殺す、と男はいきなり言い放って、剣を向けるとヴィルフリートに斬りかかっていったのだった……!!



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