【魔界で従者を手に入れました/21話】

ニーナへの処置は、ヴィルフリートとルシさん(やっぱりルシエル、とは言いづらかった)の知恵も借りて、私へ悪意ある行動や言動はしないことと、命令されたら逆らわない事を条件とした。

つまり、直接ではないけど、間接的に従属する……という事になってる、のかな。

しかも、私だけではなく……ヴィルフリートとルシさんの命令にも逆らえなくなっている。

おかげで……今のニーナは、私たちのパシリ同然。毎日こき使われてヘロヘロになっていた。

私は二度騙されているし、さすがにそこまで心も広くないから、ニーナがこうなっても自業自得なんだろうとは思っているけど。

もしも帰ってこないとか、命令を何度も無視した場合は……彼女に付けられた首輪から、ルシさんが作成した聖水のカプセルが壊れて喉元に零れる……という恐ろしい制裁が待っている。

ニーナは普通のお水ですら低温やけどするというし、凄い天使様の作成した聖水だったら、悪魔には劇薬だろう。

ルシエルさんは天界に戻ることはできないけど、そういったものを作るスキルなんかは失われていないのだという。

蛇の道は蛇、っていうか……穢されたとしても、聖なる存在であった事は変わらないようだ。


そうそう、ルシさんが来てから私には利が増えた。まず、何が嬉しいかって……ルシさんは、治癒魔法が使えること!!

ヴィルフリートも治癒魔法を使うことができるんだけど……悪魔しか癒せないって言っていた。

しかし、人間はもともと神様が作ったものだから、聖なる存在に近いのだという。

だから、ルシさんの治癒魔法は人間にも使えるわけで……しかも水や小さい空間の浄化もできる。私としては大変に嬉しかったりするワケで。

「ルカさんに喜んで貰えるとは、僕も嬉しいです……!」

また光り輝くような笑みを向けるルシさん。一方、ヴィルフリートは当然面白く無いという顔をしていた。

基本、どちらかが楽しそうだとどちらかがつまらなそうなので、私としてはちょっと気を遣うんだよ……。

「……ただの便利な男ってだけじゃねぇか。ま、ルカの傷を癒せるのだけは認めてやらんでもないが」

ぶつくさ言って、朝から赤ワイン(スペイン産)のコルクを抜いてワイングラスに注いでいる。

「ちょっと、朝からなんでお酒飲むのよ! お正月とかじゃないんだから!」

うう、朝からお酒=お正月っていう発想しかなくて貧困だけど、海外の方々はこうなのかな。

「俺は悪魔だぜ? 自堕落や淫蕩な生活は専売特許だ。それに、なかなかこの酒は美味なんだ」

グラスのボウル部分に手を添え、ゆっくり弧を描くように回して空気を含ませつつワインから立ちのぼる香りを楽しんでいるヴィルフリート。

なかなかサマになっているのは、彼が上品なところもあるから、なのだろう……か。

私にはお酒ってツーンとくるようにしか感じないけど、お貴族様には香りや味の違いが判るのかしら?


「――さて、ルカ。今日の予定は?」

ワインを一口飲んだ後、ヴィルフリートは世間話のようにそう尋ねてきた。

予定……予定ねぇ。そうだなぁ……。

「とりあえず、今日こそ周辺のお散歩かな。あと……魔界の縄張りとかもよく知らないから、そろそろそれも教えて。
なんかまずいことになったら困るから」
「あいよ。いい心がけだな……じゃあ、メシの後で俺の部屋に来いよ。じっくり教えてやる」
「……僕も一緒に行きます。何か嫌な予感がしますから」
「呼んでねぇよ」

テメーは来んな、という意味を含めてヴィルフリートが睨めば、やっぱり『そういうこと』を余計にするつもりですね、とばかりにルシさんも睨み返している。

「……さっき、テメーは朝の懺悔とか言って、頭がイカレてる遊びをしてただろうが!」
「あれは必要な行為です!」
「あのプレイのどこがどう必要なんだよ!」

ばん、とルシさんがテーブルに両手を叩きつけるように抗議すると、ヴィルフリートもダンと片手をテーブルへ置いて立ち上がった。

うへぇぇ……朝からまたバトルが開始されてしまった……。

止めなきゃいけないんだけど、お前は黙ってろとか言われそうだから、ちょっと静観しよう。

「へーえ? ルカに修道女の格好をさせて、自分を陥れた懺悔をさせつつ『秘跡を与えます』とか言って後ろからヤるのが必要だってのか?
ハッ、笑わせるぜ! どこのエロ漫画やポルノ小説のストーリーだよ!」

ヴィルフリート、なんかあんた、エロ漫画だとかエロ小説だとか、また言っちゃいけないことをさらっと……。

「覘きとは最低ですね! お互い、ルカさんとの必要な行為中は関わらないようにという協定を結んだはずです……!」

そう、ゴタゴタを極力少なくするために、二人は(私を生かすための)一日一回行わなくてはいけない行為の最中は邪魔をしないという約束をしたのだった。

しかし、ヴィルフリートは耳の穴に小指を差し込み『邪魔はしてないぜ』とのたまっている。

「だいたい……ルカさんも快楽の境地に至ってくださっていたので……構わないです」

ちょっと頬を赤らめて、ボソボソ言うルシさん。いや、そのままこっちみんな。なんかドキドキするから。

「そりゃ、俺がちゃんと『教育』したんだから感じやすくはなってるだろ。お前の粗末なモノでもな」
「粗末……?! 僕の何が粗末だっていうんですか!」

激怒するルシさん。しかしですな、朝から非常にご飯のまずい会話になっています。

主に私との行為やら、シモの話になっているので、私としては二人からの羞恥プレイを受けているわけであって。

ご飯の味なんかわかったものじゃない。美味しそうに出来上がっている目玉焼きなんかは、砂を食むような感じだ。

「……いい加減にしてくれないかしら? 私、確かに身体を差し出していても……生きるためなんだからね?」

男の性欲処理とかのためにやってるわけでもないし。春をひさいでいるわけでもないし。

「でも、気持ちいいんだろ?」
「そうですよ。もっと、って、言ってくださるじゃないですか……」

ぐっ……。急に一致団結し始めた。

「そ、それは……。折角だったら……嫌々よりはと思って……」
「……スキなんだろ、結局。正直に言えよ?」

ヴィルフリートがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。くっ、厭らしい笑い方だなぁ!!

私が何も言わずに黙々と食事を続行すると『シカトすんなって言ったろ!!』と怒り出した。そうだった、忘れてた。

「……とにかく、朝からそういう話はやめてよ。ご飯くらいしか私の生活は楽しみがないんだから、美味しく食べたい」
「そうですね。よしましょう、こんな下劣な会話……」

ルシさんは流石天使なだけあって、道徳面での理解もある。すぐに違う話題を考えてくれているようだ。

「そういえば、魔界は思ったよりも広いのですね。僕はもう少し小さいのだと思っていました」
「言いかえれば、地下全体が俺たちの世界なわけだから、かなり広大だぜ」

そして天界は空全部が天界なわけだし、ある意味よく出来ている区分けだ。

「魔界って、やっぱり魔王とかサタンとか破壊神とか、そういう悪い神様とかもいるんでしょ?」
「ああ。邪神がいることはいる。誰か一人に支配されているわけじゃないんだぜ? 同様に、魔王も一人じゃない。数人いる。
人間だって、地上の統治者は一人じゃないだろ?」

へー。魔王はいっぱい居るんだ。じゃあ、ククク、魔王1がやられたか……あれは我々魔王の中でも最弱……とか、そういうネタが本当にあるわけだ。いや、ホントにあるのかは知らないけど。

「……神様の中にも、一番上にいる神様っているんでしょ? ほら、ゼウスとかオーディンとか……箱舟に乗せたりとか」

それを言うと、ルシさんは非常にびっくりした顔をして首を横に振る。『何言ってんだお前』という表情をされているから、違うみたい。

「ルカさん、僕はゼウスやオーディンに仕えたりしていません。
いえ、一応彼らに仕えている天使というか精霊たちもいるのですが……なんといいましょうか。僕らは宗教側のほうです」
「ああ、キリ――」「具体的な名前を出さなくて結構です」

言い切る前に止められた。はぁ、いろいろあるんだ。まぁ、オーディンとか呼び捨てにしているくらいだから、本当に違うみたい。

そんな私を横目で見ながら、盛大なため息をついたヴィルフリート。

「セラフって言ってるだろ。天使も崇める有名な宗教なんか、分かると思うんだが」
「魔界の事もですが、我々の事も知っておいてもらう方が良さそうですね……」

二人の視線がアホを見るような目で痛い。すいませんね無知で。うち神学校じゃなかったんですよっ。興味もなかったし!

「……今日は勉強だな。基礎から教えなけりゃいけないのは面倒だが……まさかこんなに知らないなんてな」
「僕も衝撃的でした。神話や聖書の話がごちゃごちゃになりすぎです……きちんと説明させてもらいます」

いかん、ルシさんのやる気スイッチを押してしまった。この人、まじめだからみっちり仕込まれるんだろうな……。

「ね、ねぇ。お勉強は、明日にしよう?」
「ダメだ。一気にやって対比を理解したほうがいい」
「そうです。神の名前や、邪神の種類もわかりますから」

二人とも首を縦には振ってくれない。

だいたい、お互い仲が悪い癖に、こういうときだけ一致団結しちゃってさ……。

私はがっくりと肩を落とし、みっちりと一日中勉強させられるハメになる、今日という日(と、自分の勉強不足)を恨むしかなかった。



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