出会い頭『殺す』なんて物騒なご挨拶を受けたヴィルフリート。
失礼ながらルシさんなら(元)天使だし、そうやって狙われるのも頷けるけど……。
上級悪魔って、有名なんじゃないの? ああ、わかったぞ、有名税……で、命を取られるのは困る。
私の眼前では謎の白い剣士が、鋭い踏み込みでヴィルフリートの首を狙っていた。
いや、狙っているのはいいんだけど、ヴィルフリートの腕の中に私はいるわけで。ヴィルフリートの喉を狙う=私の頭も危ない。
「ヴィルフリート、どうしたら……!」白い剣士の一撃を避け、私をルシさんのほうへと押し、意味を汲んだらしいルシさんは、私を腕に収めて四枚の羽根で包む。
ふわふわしてて、あったかい……。ルシさんのいい匂いもするし、ちょっとドキドキする。
――じゃなくて! 確かに羽根はいつまでも包まっていたいくらい気持ちいいけれど、今はヴィルフリートの様子のほうが大事だ!あの剣士が誰だか知らないけど……ヴィルフリートが攻撃を受けているんだから危ない。
私の声に反応して振り返る従者の悪魔は、いつものように余裕の表情を見せつつ、私に片眼を瞑ってウィンクした。
「安心しろ。あいつは敵じゃないし、俺は死なない」なんの根拠もなさそうな言葉なのに、ヴィルフリートが言うと……凄く頼もしくて、絶対大丈夫なんだと……何故かそう思えてしまう。
ひらひらと相手の攻撃を避け、その合間に白い剣士へと何かを話しかけている。
ヴィルフリートと白い剣士が会話を交わせば交わすほど、相手の攻撃の手は緩んでいって……ついには、剣を振るうことをやめたようだ。ああ、よかった。血が流れずに済んだみたいだ。
そうは言っても、ヴィルフリートは剣を抜いてはいなかったから……うっかり怪我しなくて良かったよ。
「……終わったようです」事の成り行きを見つめていたルシさんは、幾分体に入っていた力を緩めて、私の体を覆っていた羽根も元のように戻す。
彼自身も軽く戦闘態勢に入っていたようだ。まぁ、どさくさに紛れてどこかから襲い掛かる奴もいるかもしれないし、当然の事なんだろうな……って、あれ、私だけ何もしてない……。
ただでさえ頭が悪いとか文句まで言われているのに、このままじゃ私は完全に無能扱いされてしまう……。
今の生活はあまり主人らしからぬ状況……(来てからずっとこうなんだけど)
しかも主に厭らしい意味でやることはやっているだけだし、はたから見たら私は、男をはべらせて性行為に耽っているただの……ビッチなんじゃ……ないのか……。
がっくりと項垂れた私の身体を抱きかかえるように支えつつ、ルシさんは私の様子に気づいたようだ。
「ルカさん……? ああ、怖かったんですね。もう大丈夫ですよ」なんか私の様子をいい方向に勘違いしているようだけど、ルシさんもある意味被害者なんだよね……。
「……ごめんね、情けなくて」うう、この微笑がちょっと胸に痛いな……。まるっきりの善意だっていうのに。
「貴公が……あの『ウァレフォル』の後継者だとは……大変無礼な振る舞いをした」私が自己嫌悪に陥っている別のところで、先ほどの白い剣士はヴィルフリートへ軽く頭を下げ、己の非礼を詫びている。
ヴィルフリートも気にするなと寛大に許している。なんだろう、普通だったら怒るのに……ルシさんにされた場合だけかな。
いや、そんな事より……今、剣士さんが変な名前言ってたよね?
「……ウァレフォル?」不思議そうに尋ねた私に、ルシさんが『悪魔の名前ですよ。ウァレフォルは知識も豊富で、何より薬を作るのがとても上手な悪魔なんです』と教えてくれた。
「じゃあ、ヴィルフリートは……本当は『ウァレフォル』っていう悪魔なの?」本当に何も知らなかったので聞いてみると、ヴィルフリートは面倒くさそうな顔をする。
「……結論から言えば、そうなる。だが、それは称号っつーか屋号みたいなもんだし、俺の名前はヴィルフリートだ。そうか……。職業の名前? で呼ばれるようなものなんだ。
「……もう僕は『セラフ』ではありませんけれど……堕天してしまいましたから、ただの『堕天使』というべきでしょう」悲しそうな顔をするルシさん。この人は、きっとセラフでいることに誇りとかを持っていたのだろう。
ごめんなさいという意思を載せてルシさんの手をそっと握ると、ルシさんはにこりと微笑んで私の手を握り返す。
「そんな顔をしなくてもいいですよ、ルカさん……。確かにセラフでいられなくなったのは残念でしたが、ルシさん……。
「それどころじゃないだろ。天使の適当な言葉に騙されてんじゃねぇよ……」感動のあまりちょっとウルッときそうになった私の頭を、ヴィルフリートがワシッと掴む。
ちょうど背を向けていたから見えなかったよ……。
適当じゃありませんと不満げなルシさんをスルーし、ヴィルフリートはルシさんから私を引き離して剣士のほうへ連れて行く。
「これは俺たちの主人だ。ルカという」白い剣士は、まじまじと私を見てから、ルシさんを訝しそうに見て……最後にヴィルフリートへ視線を戻した。
「……他にいるのか?」そう訊くと、剣士は納得したように首肯する。
「あの、ヴィルフリート。この人はいったい誰……?」おお、と思い出したような声を出して、ヴィルフリートは『こいつはクルースニク。吸血鬼専門のハンターだ』という紹介をした。
「……クルースニクの、クライヴだ」軽く頭を下げてくれたクライヴさんは、確かになんとなく……悪魔や天使とは違う雰囲気を持っていた。
「あ、よ、よろしくお願いします……」つられて頭を下げる私に、ヴィルフリートは『特によろしくすることはないぞ』と言っていた。
「しかし、魔界にいるとは珍しいですね。僕は人間の世界にしかいないと思っていました」ルシさんが好意的な眼差しを向けているのも珍しい。
「最近では、人間も激減してしまったばかりか……天使の監視が厳しいからな。クライヴさんの説明に、ルシさんが驚きの声を上げた。
「……見境が無くなってきましたね。ルカさん、十分に気をつけてください。人間の女性は狙われやすいですから」しれっと言ってのけるヴィルフリートだったが――誰のせいでそうなったと思ってんのよ。
とにかく気をつけた方がいい、とクライヴさんは私たちに忠告すると、邪魔したなと言い残していずこへと去っていく。
「悪魔なのに人間ぽい人だね……」ヴィルフリートが、また驚いたような声を出した。私が言ったことは、なんだか全部間違っている気がする。
「クルースニクは、人間から生まれた聖なる力を持った半魔だぞ。人間ぽいのも当たり前だ」バカ、とまた言われて、頬を膨らませた私に、苦笑しながらルシさんが教えてくれる。
「彼らは一応人間なんですよ。よく、吸血鬼と人間の間に生まれる『ダンピール』と間違われやすいのですが……なんてわかりやすい説明をしてくれるんだ、ルシさん。ああ、と手を打った私は、要点をまとめてみた。
「要するに、コウモリ的な扱いの器用貧乏なんだ」肩を落とすルシさん。目に見えてがっかりしているのですが……。ついにはルシさんにまで距離を持たれた気がする……。
空を見上げて『あいつらを倒すのは、日を改めてからにする』なんていうヴィルフリートに、ルシさんは難色を示した。
「集めてから一気に叩くつもりですか? あまり集め過ぎると、余計なものも呼びこんでしまうと思うのですが」え、私もやるの?
……言葉に出すと、ヴィルフリートとルシさんに叱られそうな気がするので、言わないでおいた。結構ものを知らない私もダメなんだけど、あの蔑みの視線ばかり受けるのは、ツライよ……。
今日あたり、ニーナに頼んで『悪魔・天使がよく分かる的な本』でも買ってきてもらおうかな……。
ひっそり勉強しておかないと、呆れられちゃう(手遅れだけどさ……)
二人は珍しく明日の予定について話し合いながら、私の前を歩いて城に戻っていく。
うーん、いつもこうして争いをしないでいてくれればいいんだけど。
やがて、話を終えた二人が寄り添うように私の両脇について、私の歩幅に合わせて速度を緩めてくれる。
こうして一緒にいてくれる二人の為にも、何より自分の為にも頑張らなくちゃいけないな。
軽く拳を握って、やる気を燃やす私は自分の事しか頭になくて――……。
岩陰から私をじっと見つめる存在になど、まったく気が付かないままなのだった。